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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚02章 ~仲間の絆編~
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08 イーブイ、語る!




 遥か彼方の地平線へと続く山々の稜線は鮮やかに色づき、空の青さがさらにそれを引き立てる。紅葉というものを初めて見るザックスには実に新鮮な景色だった。とがった葉の木々ばかりがうっそうと茂る故郷の山々は、この時分、そろそろ寒さが厳しくなり始め、ちらほらと舞う白いものにうっすらと覆われ始める頃である。

「景色が気に入ったようでござるな」

「ああ、驚いたよ。《ペネロペイヤ》のすぐ近くにこんな場所があるなんて……」

 イーブイと再会したその夜、二人は、イーブイの手配した荷馬車の台に乗って、自由都市の正門を後にした。近郊の農村から麦を運んだ帰りらしい荷馬車の台から、澄み切った秋の空を眺めながら揺られる事2日、とある山のふもとにある掘立小屋に二人の姿はあった。

「マナを使えるようになると、冒険者はみな《転移の扉》ばかりを使うようになるでござるからな。拙者達は便利な道具を使ってどこにでも行っているようで、実は限られた狭い場所でばかり時を過ごしている事に、大抵気付かぬでござるよ」

「全くだ、すぐ近くにこんなきれいな場所があるなんて思いもしなかったよ」

「ここらあたりは野生の狼がいるくらいで凶暴なモンスターは現れんでござるからな……本当に良いところでござるよ……」

「モンスター? 山や野原に出るのか?」

「ザックス殿は南の生まれでござったな。あちらの方はそういった事は余りないようでござるが、北や西の国々ではそういう事もあるのでござるよ。古代遺跡そのもの、あるいは山が丸ごとダンジョンにある召喚魔法陣のようになっており、定期的にモンスターが現れる……そんな中で暮らす人々もいるのでござる」

「へえ……」

「詳しい事は拙者も知らぬでござるが、これは世界の成り立ちに関わる事であって、神殿のタブーに触れる事らしく、原因についてはこれ以上のことは分からないそうでござる」

「そうなのか……」

 世界は広い。

 まだまだ知らぬ事は山のようにあるようだ。

「さて、ザックス殿、それでは特訓を始めるでござるか」

「特訓って、一体、何をするんだ」

「闘技場覇者何某とその裏に控える者達の企みを叩きつぶすための秘策を身につけるためでござる」

「なあ、その事なんだが……」

 勝っても負けても逃げても、分の悪い展開になる事は間違いない。これで終わるとは思えない泥沼の未来が想像できるだけにザックスの腰は重かった。

「確かにザックス殿の心配はもっともでござる。実のところ拙者達が《ペネロペイヤ》を離れた日にはすでに、《転移の扉》周辺には興行主たちの手の者が張り付いておりまして、ザックス殿の動向は見張られていたでござる」

「つまり、荷馬車を使って都市を抜け出したのは奴らにとって盲点だった訳だな」

「あと一日遅かったら、多分それも無理でござった。今頃《ペネロペイヤ》は大騒ぎでござろうな……」

「嘘だろ……」

「後は大会期日近くまで特訓と静養を兼ねて身を隠し、その日に合わせて帰還し、その足で何某とやらを叩きのめす、それも思いっきり派手に……でござる。そこから先の事は拙者達にお任せ下され。まずは目先の勝利を確実にする事でござる」

「ああ、でもなんで、あんたがそこまで……」

「ふむ、敢えて言うなら、ウルガ殿達の名誉の為でござるかな」

「ウルガ達の?」

「ウルガ殿達はガンツ=ハミッシュの酒場、いや、この《ペネロペイヤ》の冒険者達の誇り。彼らは我々冒険者の先駆けとして多くの者達を引っ張ってきたでござる。《ブルポンズ》もダントン殿にひとかたならぬ世話になり申した。

 そんな彼らが長い間苦悩しながら、ようやくザックス殿の助力を得て、命を掛けて戦い散っていった、そんな死闘の末にある《魔将殺し》の称号を、金もうけや売名行為の為に利用しようと言う輩が、拙者は許せぬでござる」

「…………」

「残念ながら、拙者はザックス殿のように魔将と闘う事は出来なかった、いや、その資格すらなかったでござる。だからせめて、彼らの名誉に泥を塗るような真似をする輩から、失くしてはならぬものを守りたいと思うのでござるよ」

「そうか……、そうだよな。あんたの言うとおりだ」

「ではザックス殿には拙者の必殺技《体当たり》を伝授するでござる」

「た、体当たり?」

 戸惑うザックスにイーブイはニヤリと笑みを浮かべた。

「《体当たり》を甘く見ておると痛い目を見るでござるよ、ザックス殿」

 イーブイはザックスを滔々と豊かな青い水をたたえる湖を背に立たせた。

「念の為でござる。全ての強化系魔法を使った上で、魔法障壁を発生させて踏ん張っておくでござるよ」

「あ、ああ」

 言われたとおりに《全身強化》《倍力》を発動させ、さらに籠手の魔法障壁を発生させる。

「ザックス殿は泳げるでござるな……」

「ん? ああ」

「では、行くでござる」

 距離にして5歩程度の場所に離れて立っていたイーブイの姿が言葉と同時に揺れた。

 次の瞬間、凄まじい衝撃と共にザックスの身体は撥ね飛ばされ、水面上を数度はねた後、湖に沈んでいた……。




「なんだ、今のは」

 ずぶぬれになって水から上がったザックスは、開口一番イーブイにそう尋ねた。《全身強化》のおかげでさほどダメージはなかったが、気付いたら岸から遥かに離れた水中に投げ出されていた事は相当にショックだった。

「ただの体当たりでござるよ……」

 左側頭部のマゲを揺らしながら、イーブイはにこやかに笑う。

「嘘だろ」

と、言いつつ地面を見たザックスは、イーブイが立っていたところを目にして唖然とする。そこには人の背丈程度の幅のクレーターが生まれていた。

「このあたりの土は柔らかいでござるからな、拙者の踏み込みで大げさな穴になったでござる」

「…………」

「いかがでござるかな。ザックス殿」

「ああ、頼む、イーブイ、オレにこいつを教えてくれ」

 たった今、その威力の凄まじさを己の身をもって実感したばかりである。ザックスの冒険者としての本能がこの技の習得を求めていた。彼の様子に満足気な表情を浮かべて、イーブイは語り始めた。

「ザックス殿は《居合閃》という技をきいた事はござるかな?」

「いや、知らん」

「これは、サザール大陸の東、イステイリア諸島の戦士が使う剣技の一つでござるが、その第一段階を応用したものでござる」

「…………」

「大切なのは踏み込みの瞬間と衝突の瞬間のマナのコントロールでござる。拙者は特殊スキルとして《部分強化》《剛力》を持っておりますが、それだけでもあのくらいの威力は出せるでござる、拙者以上のスキルを使いこなすザックス殿ならばどれほどの力が生まれるか、御想像できますかな」

「いや……」

「戦闘の最中、補助魔法で身体を強化してしまえば大抵の者はそのまま戦闘のみに集中するでござる。しかし、強化した身体のマナをさらに己の意思の支配下に置き、集中と拡散を自在にコントロールする事で、瞬間的でござるが自身の能力値を遥かに越えた力を生み出す事が出来るのでござるよ」

「おい……」

「ザックス殿の理力値はMAX。マナのコントロールを重視するこの技とは抜群に相性が良いはずでござる。では、やってみるでござるかな……」

 今度はイーブイが湖を背にして立つ。

「拙者を先ほどのように弾き飛ばさねばこの技を使えたとは言えぬでござるよ。さあ、ザックス殿、多くの者の誇りと名誉のために、特訓あるのみでござる」

 展開したシールドを陽光に輝かせながらイーブイは笑う。そして、二人の特訓が始まった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ずいぶん形になってきたでござるな」

 あれから2日がたち、湖のほとりでのザックスとイーブイの特訓は続いていた。

「まだまだだよ。あんたを一歩か二歩程度しか吹き飛ばせないんじゃ、使い物にはならんだろう」

 ザックスの答えにイーブイは笑みで答えた。そんな彼にザックスはふと尋ねた。

「なあ、イーブイ、闘技場の奴らの強さってのはどうなんだ。俺達のこの技が十分に通用するのか」

 その問いにイーブイは、少し休憩するでござるか、と声をかけ、盾を閉じると《バッグ》から水筒を取り出した。

「率直に言って、間違いなく通用するでござる」

 きらきらと輝く水面を眺めながら、イーブイはぽつりと呟く。

「でもよ、闘技者とはいえ、やつらも冒険者なんだろ。それなりにマナLVも高いんじゃねえのか?」

「たしかにその通りでござる。だが、戦いとはステータスの数値で全てが決まるわけではないのでござるよ。特に人間同士の場合には……」

 その場にごろりと横になって、二人は澄んだ青い空を見上げる。イーブイは続けた。

「得物も戦い方も自由といえども、闘技場という場所には闘技場独自のルールが存在するでござる。見世物として成立しなければならぬでござるからな……。だが、それ故にそこで長く戦い続ければ続ける程、知らず知らずの内に窮屈な枠の中に己の意識が閉じ込められ、奇妙な戦いの型にはまり切ってしまうでござる。闘技場では負け知らずの猛者が、いざダンジョンに入って全くの使い物にならなかった、という事例はよくある事でござる」

「…………」

「逆に上級レベルダンジョンを探索する高レベル冒険者が闘技場であっさりと負けてしまう、これもよくある事でござる。闘技場の窮屈なルールに合わせようとするあまり、己を見失い実力が出せずに負けてしまうのでござるな」

 イーブイは続ける。

「要するにいかなる時でも自身の最大の力を発揮して相手を打ち倒せればよいのでござる。いくつかの戦術はあるでござるが、ザックス殿はこの《体当たり》を用いて、開始の合図と共にそれを決めればいい訳でござる」

「反則じゃないのか?」

「そう取られるやもしれぬでござる。だが、それでも構わぬのでござる。冒険者の戦いに開始の合図はありませぬ。自身よりも強大なモンスターに対しその弱点と隙をついて仕留める……我々の実戦とはそういうものでござる。そんな戦いの中でザックス殿は《魔将》を倒したのではござらぬか?」

「それはそうだが……」

「これは試合ではござらぬ。戦いでござる。

 挑戦状を送りつけられる事で先手こそ取られはしたものの、今、我々は奴らを出し抜いておることに変わりはありませぬ。奴らの土俵の上で奴らの定めたルールに従う必要はないのでござる。

 音信不通の相手が来るのか来ないのか、自身の出した挑戦状故にそれに縛られた覇者何某というものは、内心動揺しておるでしょう。そこへザックス殿が突然現れ、有無を言わさず叩きのめす。それが鮮やかであればあるほど、多くの者は納得せざるをえなくなる。

『冒険者』と『闘技者』は違うものなのだ、と……」

「なるほど、イーブイの考えが読めてきたぜ……」

「ここから先は、成り行き任せになるでござる。だが、この一手は、この先において、二度と同じようなバカ共が現れぬための、最善の一手だと拙者は考えておるでござる」

「…………」

「それに、これまで多くのダンジョンで難解な敵と一人で戦ってきたザックス殿は奴を前にした時、おそらく相手に対してさほど脅威は覚えぬはずでござる」

「どうしてだ?」

「それはおそらくその時になれば、自然と分かるはずでござるよ」

 空を見上げてイーブイはからからと笑った。

「なあ、イーブイ、あんた、なんでそんなに強いのに盾だけで戦ってるんだ? あんたならもっといろいろな得物が使えるはずだろうに……」

 その言葉に暫く、イーブイは黙り込んだ。そして彼はやがてぽつりと呟いた。

「拙者、生来の不器用者でござる」

「不器用者?」

 ザックスの言葉にイーブイは小さく笑った。

「拙者の爺様という方はイステイリアの生まれで、素晴らしい剣士であり申した。子供の頃の拙者は、爺様のようになる事が夢であったでござる」

 その瞳ははるか空の彼方を見つめている。

「剣の奥義の一つといわれる爺様の《居合閃》はそれは見事な物であったでござる。強力な踏み込みと共に一瞬の内に遥か向こうへと移動し、全ての者が倒れている……いつかあのような技を使える剣士になるのだと、幼い拙者は何度も剣を振り申した」

 僅かに言葉を区切る。

「しかし、拙者には剣を使う才能というものが全くといってよいほどに無かったでござる。爺様もその事に早くから気付いておったのでござろう。拙者に己のような剣士になれとは一言も申さなかったでござる。歳を重ねるごとに拙者自身、己に才能がないということはうすうす感づいていたでござる。しかし、それでも拙者は一縷の望みをかけて冒険者になり申した」

 イーブイは深くため息をついた。

「だが、そんな拙者の事を創世神はしっかり見ておられたのでござろうな。《戦士》職であった拙者が《転職》で得られたのは《剣士》でもなく《騎士》ですらない――《闘士》でござった」

 僅かに鼻をすする。

「泣いたでござるよ。神殿からの帰り道、拙者は人目もはばからず子供のように泣いたでござる。飲んで、泣いて、あの日は共に《転職》を果たしたブルポンズの面々だけでなく、マスターのガンツ殿にも本当に迷惑をかけたでござる。

 子供のころから憧れ続けた己の夢は一生かなえる事は出来ないのだ――拙者は只その想いだけで一生分の涙を使いきったでござる」

「…………」

「泣いて、泣いて、泣き通して……、ふと夜明けの空を部屋の窓から眺めたときに、爺様の言葉を思い出したでござる」

「なんて言ったんだ?」

「『剣は決して傷つけ勝ち取る為だけのものではない、己の大切な物を守る為のものでもあるのだ……』と」

「守る為のもの……」

「だから、拙者は考えたでござる。剣を使えぬ不器用者の拙者でも、守る事くらいはできるのではないか……と。そんな思いから拙者は《盾攻防術》を会得したでござる、そして爺様のような剣士になる夢をきっぱりと捨てるために、拙者はマゲを左に結うことにしたのでござる」

「そうだったのか……」

 イーブイはそこでやおら身を起こした。彼の視線の先には青い湖が広がっている。

「人生は理不尽でござる。それを心から望む物に決して与えられる事はない……。

 だが、その事で他者を恨み運命を呪うのは筋違いでござる。

 そして、視点を変えたならば、拙者がそれまでに見落としてきたものが、手近にたくさん転がっていたでござるよ。

 それは、ブルポンズという仲間であり、ザックス殿との出会いもそうでござる」

「俺が?」

「今はこうして肩を並べて共に湖を眺めておるでござるが、拙者は所詮、凡人でござる。そしていつかザックス殿は、拙者の頭の上を軽やかに駆け抜けて行くでござろう」

「俺はそんな大それたもんじゃ……」

「運命とはそういうものでござる。

 あれほど悩み続けたウルガ殿達の五年間を、ザックス殿は僅かな期間で吹き飛ばしてしまった。理由はどうあれ、それは他の誰にも真似の出来なかった事でござる。

 それ故に拙者達はザックス殿に憧れ、期待するのでござる」

「…………」

「いつか、ザックス殿は己の身に降りかかった困難と戦うべく、それにふさわしい仲間を見つけ、我らが立ち入れぬ領域で戦う日が来るでござろう。ですが、拙者はそんな時に何の力にもなれぬ己を嘆くつもりはござらん。

 なぜなら、拙者達は友だからでござる。

 例え、共に闘う事は出来なくとも、きっと何かの力にはなれるはずでござる。ただし、それまでの間はだれが何と言おうと拙者達はパーティでござる。パーティとは目的を同じくする運命共同体の事――それこそが《ザ・ブルポンズ》なのでござる。今は例えばらばらでも……、友の窮地には皆、何処からか必ず駆けつけてくるでござる」

「ありがとう、イーブイ」

「礼には及ばぬでござるよ。拙者達にとっても又、それが喜びなのでござる」

「そうか……」

「では、特訓を再開するでござるよ」

「そうだな」

 言葉と共に二人は立ち上がる。自身の踏み込み位置を確認したザックスに対して、イーブイはなぜか左腕の盾を外した。

「イーブイ?」

 訝しむザックスにイーブイは真顔で答える。

「先ほど『ブルポンズ』と言った折、拙者、大切な事を思い出したでござる。もう一つ大事な事をザックス殿に伝授せねばならぬ事を、すっかり忘れており申した」

 僅かな疑問が脳裏を駆け抜ける。そんなザックスを尻目にイーブイは続けた。

「温泉宿に滞在するうちに拙者達は一つの結論に達したでござる。ザックス殿という新たなメンバーが加入した事で、拙者達は《ザ・ブルポンズ》という新たなステージへと立つことになり申した。ならば……」

 背筋に冷たいものが走る。

「それにふさわしい『決めポーズ』と『名乗り』が必要であるはずだ、という事でござる」

「ちょっと、待てぇい!」

「ダメでござる。ザックス殿。この二つは我らにとって必須事項、さらにこの方針はすでに決定事項! そして、ザックス殿は我らの運命共同体なのでござる」

「だから、待てと言ってるだろうに……」

「ではザックス殿、これより新たなステージに立つ我らに相応しき新たなる『決めポーズ』と『名乗り』を伝授するでござる。準備はよろしいか?」

「オレの話を聞けーー」

 ザックスの叫びは、さわやかな秋の空と涼しげな湖水、そして鮮やかな色に彩られた山々の木々に静かに吸い込まれていった。




2011/09/04 初稿




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