表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚02章 ~仲間の絆編~
22/157

05 イリア、苦悩する!




 雑多な種族の人々がひしめき合う大食堂で手早く質素な食事を済ませたイリアは、与えられた個室に戻ると「はあ」と一つ丸い溜め息を吐き出した。いつもと変わらぬ質素な食事メニューであったがどうにも食べた気がしない。

 仕方なく手荷物の中からもぞもぞと携帯食料を取り出した。

 以前にザックスに教えられた冒険者向けのそれは、激しい彼らの一日を支えるべく、味はともかく栄養素だけは十分である。神殿で生活する神殿巫女としては、はしたない行為であるが、栄養不足で目を回しては元も子もない。試験の準備を手伝ってくれた姉巫女達の為にも、何としても期待に応えねばならないと考え、彼女は狭い自室で一人カリコリと携帯食を口にしていた。

「淋しいな……」

 ぽつりと呟く声が部屋の中に広がり消えて言った。

『お友達をたくさん作っていらっしゃいな』

 不安が先走るイリアに姉巫女達はそんな言葉で励ましつつ、彼女を笑顔で送り出した。過去に中級試験を受けた姉巫女達の様々な失敗談や思い出話を聞かされたイリアは、自分もそんな経験をして世界を広げたい、そんな希望と共にこの地を訪れていた。


 だが、現実は厳しかった。


 思い切って数人のよその神殿の巫女達に声をかけてみたのだが、その反応はあまり芳しいものではない。どうやら、彼女の幼さと兎族である事を示す外見が相手に警戒心を呼び起こし、場合によっては必要以上に敵愾心を持たせてしまうようだった。

 不運な事に、今回《ペネロペイヤ》の大神殿からこの試験を受験するのはイリア只一人のみである。

 神官試験を受ける者達は数名いるのだが、彼らと行動を共にする事は《ペネロペイヤ》での彼女の立場上、逆に相手に気を使わせてしまう事が分かっていたため、できなかった。

 結果として、彼女はこの神殿に来て以来、ずっと一人で時を過ごしていた。

 日程や場所、装備の確認などやるべき事をいくつか終えてしまった後は、もはや手持ち無沙汰となり、割り振られた自室で、経典の復習をしつつ、虚ろな時間を過ごすこととなった。

 ふと、思いついた彼女は荷物の中から小箱を一つ取り出す。柔らかな布状の外観のそれを開くと、中には鈍い輝きを秘めた《額環サークレット》が収められている。ザックスから贈られたそれを優しく撫でるように触れたイリアは、再び箱を閉じで両腕にしっかりと抱きしめ、ごろりと寝台に横になる。

「早く終わるといいのに……」

 一人きりになると、日々の生活の中で自身がいかに姉巫女達の庇護のもとに暮らしていたかを思い知る。

 巫女としての資質がどんなに優れていたとしてもそれでは人は集まらない。自分も敬愛するマリナ姉さまのような女性にならなければ……、そんな思いが小さな胸をよぎった。

 いつしか眠りの世界の住人となっていたイリアの孤独な夜は、こうして静かに更けて行った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 中級試験もいよいよ後半戦となった。


 筆記と面談を難なくクリアしてほっとしかけたイリアの前に、最後の関門である戦闘実技試験という難問が立ちはだかっていた。前日までの筆記と面談で振り落とされたものを除いた選抜者達によって構成されるパーティでの、初級レベルダンジョン探索である。

 神殿巫女であるイリアにとってダンジョンの探索はこれが2度目だった。

 初級巫女になった時の研修で、入ることとなった《初心者向けダンジョン》では彼女はほとんど戦闘を行う事なく、パーティの後ろに控えていた。戦闘はもっぱら血の気の多い神官候補生に任せ、傷ついた彼らを回復させつつパーティの後ろの方からおそるおそる様子見をしているだけだった。

 低級とはいえモンスターはモンスターである。そんな異形を相手に戦闘を行うのはさすがに恐ろしかった。

 だが、今度も同じような訳にはいかないだろう。

 気を引き締めた彼女は己の装備である魔法弓の状態を確認する。通常の矢を放つ事も可能なそれは《魔法銀ミスリル》製の弓と特殊な魔法素材の弦にマナを込める事で魔力矢弾を生成し、放つ事が可能である。

 巫女の中でも僅かな者にしか扱えないそれを、《ペネロペイヤ》の大神殿から借り受け、彼女はこの試験に臨んでいた。

 試験の為に臨時に供与された《バッグ》の中に数種の矢束とともに、携帯食と治療用の薬草水の瓶を数本、収納する。自室の姿見で戦闘用の巫女装束に身を包んだ己の姿を確認したイリアは、僅かに躊躇った後で、手荷物から《額環サークレット》を取り出して装着し、その上から鉢巻きを締める。

(目立たないよね……)

 念入りにチェックを済ませた彼女は準備を終えたことを確認すると自室を後にする。向かう先は最高神殿前の広場だった。




 一都市の北区画をほぼ占拠する最高神殿前には広大な広場が存在する。

 様々な施設が立ち並ぶ中に冒険者協会《エルタイヤ》支部の正門が面しているこの場所こそ《エルタイヤ》における《旅立ちの広場》であり、いくつかある《転移の門》が様々な場所へと通じていた。

 神殿内の巨大な通路をいそいそと歩き、ようやく表に出たイリアの眼前には、多数の人々の集う光景が広がる。大部分の者達が戦闘衣に身を包んだ神官や巫女たちであり、そんな彼らを目当てに幾つもの出店が立ち並び、試験に向かう彼らにアイテムや装備を提供していた。

 行き交う人の波に華奢な体をもまれながら、イリアは指定された集合場所へと向かう。

 共に仲間としてダンジョンに向かう人たちとうまくやれるだろうか、という期待と不安に小さな胸を膨らませて、彼女は人ごみを掻きわけ前へと進む。

 そんな彼女の目にふと、見知った姿が映った。

「えっ……」


――そんな事、あるはずがない。


 ここは《ペネロペイヤ》から遥かに離れた場所である。中級冒険者である彼がこんなところにいる事などあり得ない。

 頭の中をぐるぐると回るそんな思考に流されそうになりながらも彼女は、その姿を追いかける。ようやくたどり着いた先にあったのは、彼女の指定された集合地点に立つザックスの姿だった。

(どうして……)

 ただの偶然? 

 それとも私を心配して励ましに? 

 あろうはずもない妄想が次々にイリアの頭に浮かんでは消えていく。

(とりあえず、挨拶を……)

 なんて声をかけようか、と様々な言葉を思い浮かべながらザックスに近づこうとしたイリアは、ふとザックスの胸に審査官の印を見出した。

「あっ……」

 小さな声を上げてその足が止まる。


――なんだ、そういう事か。


 彼は今日この実技試験の審査官として、この場所に立っていたのだ、と彼女はようやく理解した。膨れ上がった期待が音を立ててしぼんでいく。

「バカだな……私……」

 ぽつりと呟いた時だった。後ろから不意に押されて彼女はその場に転んだ。

「なにやってんだ、ウサギ! こんなところでボーッと突っ立ってんじゃねえ、ノロマめ!」

 戦闘衣に身を包んだ神官らしき若い男が転んだイリアに悪態をつく。彼も又、中級試験の受験者のようだ。詫びる気配もないところをみると、どうやら故意に彼女の背中を押したらしい。

 公衆の面前で転んだ恥ずかしさに、顔から火が出る思いで立ちあがろうとしたイリアに、不意に手が差し伸べられる。顔を上げたイリアの目に映ったのはザックスの姿だった。

 差し伸べられた暖かい手をとると同時に、彼女の腰に手が当てられ、そのままぐっと強い力で引き上げられた。イリアが感謝の言葉を口にするのを封じるかのように、ザックスは彼女の膝の汚れをはたいて、彼女に話しかけた。

「戦闘実技試験を受験されるイリアさんですね……」

 とてもよそよそしい言葉だった。その一言に呆然とする。

(どうして……、嫌われてしまったんだろうか……)

 だが、ザックスが手元の帳面に彼女の名前を書き込む様子をみて、再び理解する。

(彼はきっと私のパーティの審査官になるんだ)

 よそよそしい顔を見せるザックスの姿に数日前のマリナの姿が重なった。筆記試験会場に試験官として現れた彼女は微笑みを浮かべる事もなく淡々と仕事をこなし、去っていった。

『これからはしばらく他人です。知ってる方に出会っても、あくまでも創世神殿の巫女として慎ましやかに振舞うんですよ……』

 マリナの言葉が不意に思い浮かんだ。ああ、あれは、こういう事だったのだ、と合点がいった。

 これは偶然ではない。きっと姉さまが私を気遣って手をまわしてくれたに違いない。

 だったらいつまでも甘えていて良い訳がない。自分は十分にやっていける事を証明して、姉さまに無用な心配をさせてはならないのだ――そう考えた彼女ははっきりとした声でザックスに告げる。

「実技審査でお世話になります。《ペネロペイヤ》のイリアです、よろしくお願いします、審査官殿」

 彼女の言葉に手を止めたザックスは、僅かに顔を上げた後で小さく右手をあげてその場を離れようする彼女を呼び止めた。




 緊張気味の少女の顔。

 おもわず駆け寄って一言かけてやりたくなるのは、彼女が愛らしい顔立ちをしているからだけではない。過去、彼自身が受けた彼女からの無垢な行為に、大きな借りがあるゆえである。

 だが、今は状況がそれを許さない。

 故に己の役割に徹するふりをして、少女が自身の力で目的を達するように見守らなければならなかった。


 数日前、最高神殿内で見かけたイリアの姿は、これまで見た事がないほどに弱々しかった。

 多くの人々が織りなす流れの中にぽつんと一人取り残されたように身を置くその姿に、ザックスはつい先日までの《ペネロペイヤ》での己の姿を重ねた。

 目的がないわけではない。だが、その目的の達成の為に励まし合う仲間がいるわけでもなく、ただ漠然と時を待つ。

 そんな時の孤独な人の姿というものは実に儚い。それがイリアのような美少女であるなら、なおさらである。必要以上に人の波の中に浮いてしまうその姿は、彼女の笑顔をよく知る者からすれば、いたたまれなくなる。

 マリナに報告すべきであるかと思ったものの、彼女も又、己の仕事で忙しい。否、彼女の事である。務めに忙殺される中で、イリアの状態をきちんと把握しているに違いない。きっと心を鬼にして、彼女を黙って見守っているのだろう。

「辛いな……」

 ザックスはぽつりと呟いた。

 だが、彼女はザックスに自分から声をかけ、堂々と神殿巫女として立ち振舞おうとする。そんな姿を目の当たりにしたザックスはふと彼女の額に気付いた。それゆえに、僅かばかり己の職権を濫用することにしたのである。

「イリアさん、鉢巻きが少し緩んでいるようだ。こちらへ……」

 僅かに指を滑らせ、彼女の鉢巻きの下にあるものの存在を確かめる。そのことに気付いたのだろう。イリアは僅かに顔を赤らめた。彼女の鉢巻きを直すふりをしながらザックスは周囲に決して聞こえぬよう小さく呟いた。

「頑張れ……。しっかり見てるぞ……」

 その言葉に彼女の小ぶりの耳がピクリと動いた……。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 運命的な出会いというものがある。

 その相手が絶世の美男美女であったならば、大抵の者は至福の時を過ごすことを夢見るだろう。だが、自身に害悪しかもたらさない相手だったなら、大抵はそんな運命を与えた神を呪う事になるだろう。その時のザックスの心情は概してそんな感じだった。


 事の起こりはどこかで聞いたような台詞からだった。

『おい、いいな、俺がリーダーなんだから、命令には絶対に従えよ』

 その言葉に受験者の出席帳簿とにらめっこをしていたザックスの手がぴたりと止まった。

 おそるおそる見上げた先には先ほどイリアを故意につき飛ばした男の後ろ姿があった。

「まさか……」

 急ぎ名簿を確認するもそれらしき名前はない。ただの偶然か……、と思いつつこちらをふり向いたその男の顔にザックスは唖然とする。

「ヘッポイ……」

 忌まわしきその名と行状が、ついでに奴の半生の年表までがモノローグつきで思い浮かぶ。だが、そんなザックスに、男はすぐさまこう答えた。

「ヘッポイだと……。あんな愚兄と一緒にするな。我が名はマヌケル。将来の最高神官となる男の名だ。覚えておけ! 愚鈍な審査官め!」

(駄目だ、こいつ思考回路が奴と同じだ……)

 そして、その災禍が降りかかるのは……。急ぎ帳面を確認し、それが己とイリアの身に降りかかるという事実に愕然とする。マリナの力もここまでは及ばなかったらしい。

「マジかよ……」

 ザックスの苦悩を増幅させるかのように奴の声が響き渡る。

「いいか、俺のこの輝かしい経歴に挫折という名の傷をつけ、足を引っ張るやつは許さんからな」

 すでにリーダーになる事を前提に、オレ様理論でパーティの主導権を握りつつある。愚兄譲りの人心掌握術、自己主張術にイリアを含めた周囲の者達はまんまと嵌っていた。

 パーティの基本方針は受験者の自主性によって決められるため、審査官であるザックスに口出しをする権利はない。自身の立場のもどかしさにかつてこれほど悔しい思いをした事はないだろう。

「特に、そこのウサギ! お前はどうもノロマのようだ。一番後ろに引っ込んで俺達の戦いの邪魔をするんじゃないぞ!」

 ダンジョン内で殿を任せられるのは戦闘技術と生存技術の高いものという冒険者の常識を気持ちよく無視して、オレ様理論で突っ走る。何よりもイリアに対する暴言の数々はどうにも我慢がならない。

(ダンジョン内ではなにが起きるか分からない。人も多い事だし、道中、一人くらいいなくなっても、別に構わねえよなあ……)

 腰の《ミスリルセイバー》に手を当てながら、ザックスはそんな物騒な事を考えるのだった。




「くらえ、モンスターめ! マヌケル・アタック!」

 必殺技に己の名をつける辺り、その自己顕示欲は愚兄以上である。だが、その一撃がライアットのモノマネであるところはいただけない。己の面子のためなら他人の手柄を容赦なく横取りする者の典型であろう。

 チームワークはともかくイリア達の、否、マヌケルの、マヌケルによる、マヌケルの為のパーティは順調に歩を進めていた。

 殿にはそれなりに経験のありそうな冒険者上がりと思われる神官がさりげなくついている辺り、メンバーそのものの潜在能力は決して悪いものではない。イリアに対する暴言などとっくに忘れて戦闘に興じているマヌケルは、目の前の事にしか興味がないらしい。

「いいか、俺達はこのダンジョンを踏破し最高の成績で堂々と合格するんだ! ついてこれない奴はおいていくからな」

(そんなことしたら、失格になるに決まってるだろうが……)

 もう幾度心の中でつっこみ続けたか分からない。周囲に気を配りながらザックスは彼らから少し離れてついていく。


 このダンジョンはザックス自身が過去に単独踏破していないものの内の一つであり、奇しくも先日、ザックスがヘッポイと行動を共にした場所だった。13ある初級レベルダンジョンの中では全12階層と比較的浅く、出現モンスターの強度レベルは中層部以降は若干高めだった。当然、最下層まで一本道ではない為、脇道に迷いながら進めば、おそらく2日がかりとなるだろう。

《鋼鉄槌》と《鉄の短槍》を装備した二人の神官が前衛に、3人の巫女を間に挟んで、最後尾を《鋼鉄の剣》を装備した神官が守る。この布陣ならば中階層まではどうにかなるだろう。

 全体のマナLVが10前後のパーティではあるが、明らかに戦闘慣れしていないものがパーティの半数を占めている辺り、中階層以降の集団戦では苦しくなるはずだ。事前に提出されたリストによるとイリアを除く二人の巫女は術師としての才能はさほど高くないようで強力な複数同時攻撃手段はない。頼みの綱はイリアの魔法弓を使っての魔法矢弾による遠隔同時攻撃であるが果して、その事に彼らが気付くのか?

「適当なところで止めるべきだろうな……」

 彼らの後ろ姿を眺めながらザックスはぽつりと呟いた。

 この試験ではダンジョン踏破にはさほどの意味がない。

 日程的なものもあるが、大切なのはその過程であって、状況に応じて適切な行動をとることができたかどうかが試される。

 例え、途中でダンジョンを離脱することになっても、それが審査官の目から見て適切な行動であると判断されたならば、その時点で合格となる。逆にマヌケルのように仲間を見捨ててでも己の手柄に執着する者は、神官としてあるまじき行為として『失格』となるわけである。

 当然、試験結果はパーティの全ての者に均一に及ぶ訳で、皆が受かるか落ちるかの一蓮托生となる。マヌケルを除く他の者達はその辺りの事にうすうす気づいているのだろうが、いかんせん、強烈すぎるマヌケルの個性にあてられ、ちぐはぐさが浮き彫りとなり、各人が思い思いに状況を切り抜けているといった様子である。イリアも見知らぬ者達との間に挟まれて、そのどこか遠慮がちな姿勢が、パーティのちぐはぐさに輪をかけていた。




2011/09/01 初稿




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ