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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚01章 ~魂の継承者編~
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02 ザックス、あごで使われる!

「おい、新入り、さっさとアイテムを集めろ!」

「のどが渇いた! ドリンクを出せ!」

「畜生、 怪我しちまったじゃねえか、《薬草水》はどこだ! これ以上ひどくなったらテメエのせいだからな!」

 次々に掛けられる暴言に従い、ザックスは走り回る。何かと腹立たしくはあるがこれも経験値の為。そう割り切って、ザックスは己の仕事に取り組んだ。

「ボク、もう疲れちゃったよ。ちょっと休もうよ……」

「分かりました、若様。もう少し行ったところに適当な場所がございます。そちらまで我慢頂けないでしょうか」

「ええっ! もう一歩も歩けないよ。ここで休もうよ」

「仕方ありませんね……」

 一行の中心となっている主従のやり取りをうんざりとした様子で聞きながら、ザックスはモンスターの残した換金アイテムの収集に精を出していた。


 波止場で老人と別れた翌日、ザックスは去り際に老人に教えられたとある店へと向かった。

『裏酒場』――冒険者協会非公認のその店の看板には協会の紋章が入っていない。自由都市《ペネロペイヤ》内に幾つも点在するそのような店は、協会公認の酒場で斡旋される事のないクエストやミッションを紹介している。協会非公認である為、クエストやダンジョン踏破記録が残ることもなく、通常の冒険者には敬遠されがちだが、世の中には好んでそのような場所を拠点に活動する者もいる。

 場所によっては非合法なものすら受け付けるその場所でザックスが見つけた仕事は、「ダンジョン探索パーティの荷物持ちと雑用」だった。

 待ち合わせの場所にいたのは平均レベル30程度の者達四名からなる一団であり、彼らの仲間に加わって雑務をこなすかたわら、ザックスは己の経験値稼ぎに励む事とした。

 雇い主達が挑むのは中級レベルのダンジョン踏破であり、すでにマナレベルが中級者クラスである彼らには、さほど困難とはいえない。内心楽勝だな、などと考えていたザックスだったが、探索開始からしばらくして、己の目論見が甘かったことに気づかされた。

 彼に与えられた仕事そのものはさほど困難な物ではない。『異界』と呼ばれる場所から魔法陣で召喚されるモンスター達の討伐後に残される様々な換金アイテムを、協会から供与された《ポーチ》に収めて回るのが彼の仕事だった。

 空間魔法を施された《ポーチ》には、いかなる大きさや形のアイテムであっても無限に収納可能である。魔法光や光苔によって明るく照らされているダンジョン内において、換金アイテムを収集する仕事は慣れてしまえば容易い。片方の手でアイテムに触れ、空いた方の手を《ポーチ》に突っ込んでマナを込めれば、速やかに収集物は《ポーチ》内へと転送される。

 収集の傍ら戦闘に参加する余裕ができると、己の置かれた状況が見え始める。やがて、ザックスには、雇い主達の無様さばかりが目につくようになった。

 でっぷりと肥えた体型の『若様』と呼ばれる主を中心としたこの一行は、どこかの国の貴族の子弟とその従者達であるらしい。嫡子として家を継ぐ事のできない貴族の二男、三男達が『修行』と称して冒険者に身を置き、実績を積む事で大商家や後継ぎ不在の貴族の家との縁組みを行う、というのはよく聞く話である。おそらく、この一行もそういった類のものであろう。

 だが、彼らの対モンスター戦闘は余りにも無様で無駄が多すぎた。新米冒険者であるザックスにすら、彼らのレベルが初級者とさほどかわらぬように窺えた。

 討伐モンスターランクが上がれば上がるほど、効果的な戦術や戦略が重要視される。冒険者の体力や魔力にも限界はあり、ダンジョンの踏破という長い道のりには相応の技術が必要とされる。にもかかわらず、パーティの強引ともいえる力押しは無駄な損害を出し続け、洗練という言葉には程遠い。おそらく実家からの資金を元手に経験値を買い漁った結果、数値だけが独り歩きしたパーティの典型なのだろう。

 初めての探索の下準備で、僅かな所持金とにらめっこしながら購入した高価な薬草水を、湯水のごとく消費しながら進撃するパーティ。その様子は、ある意味壮観であるが、先行きは不安だらけである。特に『若様』のやる気の無さは筋金入りであり、探索に飽きて、ダンジョンを離脱しようと言い出すのは時間の問題だった。それまでになんとか目標であるマナLVに達してほしいと思うものの、現時点では絶望的な模様である。手にした機会を最大限に生かすべく、ザックスの忍耐の時間は続いていた。



      ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



『おい!』『そこの!』などと呼ばれることにすっかり慣れてしまったダンジョン第九層で、変事は起きた。

「なんだ? あれは!」

 想定外の事態に、一団の足が止まる。

 このダンジョンは発見から何十年もたって、幾つものパーティによって踏破されている。すでにその攻略法から出現モンスターの傾向まで、完璧にマッピングされ、ダンジョン入口付近の協会経営の出店で手ごろな価格で売り出されている。ザックスの雇い主達も当然それを持参して攻略に挑んでいた。

 このダンジョンの周回モンスターの平均ランクはCまたはD、全三十階層の中で十層毎に出現するボスモンスターのランクは平均してBである。最初の難関であるボスモンスターに挑むか、あるいは一旦引き返し装備を整えるか、そんな議論に沸いていた雇い主らの肝を冷やすかのように、一匹のモンスターが道を塞いだ。

《ドラゴン》――数多のモンスター中、最強の種族である竜族において最弱とされながら、ランクAに分類されるモンスターである。その体躯はちょっとした建物程もあり、攻略マップに存在しないはずのモンスターの出現に、一団は腰を抜かした。

 彼らの実力では、残念ながらこの状況を切り抜けることはまず不可能といってよい。「ひぃー」と情けない声を上げ、素早い逃げ脚で一団の最後尾へと逃げ込んだ『馬鹿様』もとい、『若様』の戦力など当然当てにはならない。彼よりも多少腕が立つとはいえ、従者達の実力も初級冒険者に毛が生えた程度である。『全滅』という物騒な言葉が一瞬脳裏をよぎる。

 とにもかくにもまず逃げる事。

 状況を素早く判断し、的確な行動をとることこそが、冒険者として長く生き抜いていくコツである――訓練校の講師の言葉がザックスの脳裏にぼんやりと思い浮かんだ。

 ところが、ザックスの雇い主達は、無謀にも眼前に立ちふさがる自身の背丈の3倍程度の《ドラゴン》に挑みかからんと身構えていた。数多のモンスターの中でも《ドラゴン》は特別な存在である。特に『色つき』などと呼ばれる希少種も存在するらしく、強大なドラゴンを倒したパーティには《竜殺し》の称号が与えられるともいう。どうやらその名誉に目がくらんだのだろう。

 怯えの色をうかべて及び腰になりながらも、どうにか立ち向かおうという姿勢は立派であるが、現実は厳しい。矮小な人間達を一瞥すると、《ドラゴン》はその巨大な口を開き、咆哮を放った。

《ドラゴンの咆哮》――竜族が最強のモンスターとされる所以である魔力の込められた咆哮は、一撃でパーティのメンバーの精神を著しく掻き毟った。強烈な咆哮にあっさりと戦意を削り取られ、構えていた武器を取り落とすと、雇い主達はみな完全に逃げ腰になった。

「おい、何をやっている! こんな時こそお前の仕事だろう。ボクの盾になって逃走の時間を稼ぐんだ」

 怯えた表情をこれでもかと云わんばかりに張り付けた『若様』は、一人だけ比較的冷静に事態を受け止めていたザックスを正面に立たせた。

「ふざけんな、オレに何しろってんだ! こんなの仕事に入ってねえぞ!」

 彼のマナLVは未だに『5』。《ドラゴン》の攻撃を一撃でも食らえば、即座に終わりである。

「ええい、金なら後でいくらでもくれてやる。とにかくお前はボクがうまく逃げ果せるまで時間を稼げばいいんだよ!」

 言葉と共に剣を突き付けられ、ザックスは逃げ場を失った。

 前門の《ドラゴン》、後門の腰ぬけパーティ……。間に挟まれたザックスは仕方なく足元に落ちていた剣を拾う。

 さすがに金持ちパーティだけあって、拾い上げた長剣はザックスの持つ《鉄の剣》よりも一ランク上の材質でつくられている。しかし、それを以てしても、今のザックスの技量では鱗一つ傷つける事はできないだろう。

 こうなったら隙を見てこの場から逃げ出すしかない。報酬は無くなるだろうが命には代えられない。勝ち目0の凶悪なモンスターと腰ぬけパーティ。敵に回すならば絶対に後者である。

 滅茶苦茶に剣を振り回して、雇い主達を囮に逃走を図り、後の事はその時考えよう――しぶしぶながらに雇い主達に剣を向けようとしたその瞬間、再び《ドラゴン》が巨大な咆哮を放った。びりびりと震える空気の中を何とか咆哮の魔力をやり過ごし、反射的に身構える。おそいかかる圧倒的な迫力と殺気にも似た存在感に身を震わす。

 と、背後に全く人の気配がない事に気付いた。慌てて振り返った彼の視界には、誰も映らなかった。

 ――お・い!

 目が点になるとはこの事だろう。雇い主達の姿はどこにもなかった。

 彼の背後には元来た通路がぽっかりと口を開け、正面には攻撃意欲満々といった様子で巨大な顎を広げた《ドラゴン》がじわじわと距離を詰めている。

「あの、ろくでなしのクズ共が!」

 己の計画を棚に上げ、思わず叫び声を上げる。雇い主への敬意など、欠片も残っているであろうはずがない。

『若様』達御一行は、ご丁寧にザックスを一人残して自分達をパーティから強制解除したのである。ドラゴンと彼を一対一の状況に置き、緊急脱出アイテム《跳躍の指輪》を使って逃走したのだった。探索開始時に一パーティに一つだけ与えられるそれは、非戦闘時にのみダンジョン内のいかなる場所からでもパーティの脱出が可能である。どうやら彼らが意図したザックスの本当の仕事は、非常時の囮役であったようだ。

 ――じょ、冗談じゃねえ。

 今やダンジョン内にぽつんと一人取り残されたザックスの命は、風前の灯だった。いかに巨体を誇るとはいえ、ドラゴンの敏捷性はザックスのそれをはるかに上回っている。囮役も特殊スキルもない今のザックスがドラゴンを振り切って逃走する可能性は、限りなく0に近かった。

「畜生!」

 仕方なく壁際を回り込みながら、やけっぱち気味に剣を構える。《ドラゴン》がその太い前足で足元の岩を弾き飛ばした。すさまじいスピードで迫る岩石がザックスの傍らを砲弾のように通り抜け、背後の壁に大穴をあける。ガラガラと崩れおちる岩の音を背中で聞きながらも、ザックスは不思議と冷静であった。

 直ぐに飛びかかってこないところをみると、眼前の《ドラゴン》は慎重な性格らしい。

 火炎弾を放つことすらできない《ドラゴン》であるが、その怪力は今のザックスには十分すぎるほどに脅威である。ゆっくりと距離を詰めながら忍び寄るドラゴンは再び足元にある岩を弾き飛ばそうと試みる。

 ――一か八かだ!

 《ドラゴン》が再び岩を弾き飛ばすその瞬間、ザックスは前方に駆け出した。強烈な勢いで弾き飛ばされた岩がザックスの直ぐ傍らを掠め飛ぶ。肝を冷やしながらも、ザックスはそのまま岩を弾き飛ばした反動で動きを止めた《ドラゴン》の傍らを駆け抜けた。もと来た通路を逆にたどろうと試みる。

 とにかく逃げる!

 ひたすら逃げる!

 逃げて、逃げて、逃げまくる! 

 その一念のみでザックスは《ドラゴン》の傍らを駆け抜けた。

 岩石を弾き飛ばした反動から回復し、その巨体を旋回させて追いかけてくるまでの僅かな時間内。その間に少しでも通路の狭い場所に逃げ込んで、なんとかやり過ごそう――今のザックスが思いつくのはその程度の事だった。

 だが、ザックスがその傍らを駆け抜けようとしたその瞬間、予期せぬ方向からの一撃が襲い掛かった。

 その太く強靭な尾を風切り音を響かせながら振り回した《ドラゴン》は、ザックスの身体を強かに叩きのめした。

 反射的に持っていた剣を突きだしたものの、堪らず吹き飛ばされたザックスの身体は遥か反対側の壁面に強かにぶつけられ、全身の骨が砕かれたかのような衝撃で息が詰まる。

 尾に突き刺さった剣の痛みに《ドラゴン》は咆哮を上げて暴れまわった。その姿を、冷たい床面に放り出されたまま遠目にしながら、ふと、以前のことを思い出した。

「こんな事、前にもあったな……」

 声にならぬ声で呟きながら、ザックスの意識は暗転した。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 彼はただひたすらに走っていた。眼前で行われているのは単なる殺戮だった。

 猫が……否、獅子がネズミをいたぶるという比喩すら生ぬるい。直に自身もその当事者に置かれてしまうだろう、それもいたぶられる側の方に……。そして許容範囲の限界を超えた恐怖を目の当たりにした時、意外な行動をとるものである。


 《初心者向けダンジョン》最下層である第6層の大広間では、先行したいくつかのパーティが苛立ちを覚えながらボスモンスターの出現を待ちわびていた。一向に表れる様子のないボスモンスターに退屈を持て余した訓練生たちが口々に協会の不手際をなじり始めた頃、ようやく魔法陣が起動した。

 だが、彼らの予想に反して、鮮やかな輝きを放って現れたのは貧相な姿の壮年の男だった。唖然とする彼らを尻目に、現れた男は陰気な面相に不似合いな朗らかな笑顔を張り付けて、言い放った。

「見習い冒険者の皆さま、初めてのダンジョン踏破おめでとうございます。《十二魔将》を代表いたしまして、心からお喜び申し上げます」

 多くの者達がその言葉に呆気にとられ、男を見つめる。協会のしかけたイベントかと苦笑いする者達もいる。訓練生たちの反応を気にも留めることなく現れた男は続けた。

「つきましては私より記念品を贈呈させていただきます。ただ残念ながら、記念品の数には限りがございます。どうかしっかりと生き残って、ささやかな品をお受け取り下さいませ」

 言葉と同時に幾つもの青白い火炎弾が男の周囲に浮き上がり、弾け飛ぶと同時に周囲を焼き尽くす。余りの高温に消し炭一つ残さずに消えてしまった同期生の哀れな末路を目の当たりにした仲間達は、事態をようやく理解すると恐慌をきたした。

 戦闘範囲に入っていない者達の多くが《跳躍の指輪》を使って脱出を試みるものの、いかなる力が働いたのか、その効果はあっさりとかき消されてしまう。そんな彼らを嘲るかのように粗末な衣を身にまとった男は、ひたひたと彼らに近づくと指先に浮かび上がる僅かばかりの炎で、一人また一人と焼き尽くしていく。我先に上層階を目指して逃走を試みる訓練生たちの眼前に瞬間移動で現れるその姿は、まさに死神そのものだった。

 逃げ続ける彼らの前に、ダンジョン内の緊迫した空気を読み取れぬ周回モンスター達が立ちふさがり、幾人かが足止めされる。後ろから追いかけてきた魔人がモンスターごと訓練生達を焼き尽くす――百人近くいた彼らはあっという間に両手の指に満たぬ数まで減らされていた。


 ようやくたどり着いたダンジョン最上層において、気付けば周囲は見知らぬ者達ばかりになっていた。

再び魔人が現れる。

 出口まであと少し――その希望が彼と周囲の胸に僅かな光を灯し、勇気を奮い立たせた。相手は只一人、総がかりで挑めば手傷の一つも負わせて怯ませられるはず。名も知らぬ周囲の者達と力を合わせ、立ちふさがる魔人に一斉に襲い掛かる。ほとんどがむしゃらに切りつけたその剣は、確かに魔人を切りつけているにも拘わらず、手ごたえは全くなかった。

 不意に、再び最後尾の者から順次焼き尽くそうとする魔人の衣が、ほんの僅かだったが彼の剣に切り裂かれた。一瞬驚きの表情を浮かべた魔人は、攻撃をやめ、宙へと逃げるように浮かび上がった。

「近頃は根性無しの冒険者ばかりだ、と思ってましたが、どうやらそうでもないようですね……。おや? そろそろお時間のようです。お約束通りに記念品を贈呈して、お別れとさせていただきます。再び出会える事を心からお祈り申し上げます、見習い冒険者諸君。では、御機嫌よう!」

 言葉と同時に彼と僅かに生き残った周囲の者達に強烈な睡魔が押し寄せる。何かを囁くかの様に告げる声を耳にしながら、彼の記憶は薄れていった。



2011/07/16 初稿

2013/11/23 改稿



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