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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚01章 ~魂の継承者編~
16/157

16 ザックス、決着する!

 戦いの狼煙を上げたのはエルメラだった。

 最大級の《極大火炎連弾》が息つく間もなく連続で打ち込まれ、足元の砂地が焦土と化した。

 火炎弾の余波が収まらぬその場所に、ライアットの攻撃補助魔法で自身の身体を強化したウルガが《大剣》を手に斬り込んだ。

 特殊スキル《爆力》で大幅に強化されたその一閃を、灼熱の地獄を中心部で耐えきったエイルスが其の《大太刀》で難なく受け止める。すぐさま激しい剣撃が始まり、甲高い金属音が周囲に鳴り響く。

 ウルガの《大剣》が上段から轟音と共に大地を叩き割り、それを難なくかわしたエイルスに向かって、輝く刀身がさらに地から跳ね上がる。

 その軌道を完全に見切ったエイルスは、身をひるがえすと同時に《大太刀》を中空に走らせ幾筋もの閃光を同時に生む。《武装強化》によって輝くウルガの《軽装鎧ライトメイル》がそれらを弾き飛ばし《大剣》にマナを込めたウルガの強大な《火炎斬撃》が気合と共に放たれ、エイルスを再び襲う。宙返りで鮮やかにかわしながら距離をとって着地したエイルスの足元の影からダントンが現れ、《双剣》で《騎士甲冑》に覆われたエイルスの首を背後から狙った。

 前に倒れこむように転がりながら、《大太刀》でダントンを一閃したエイルスだったが、攻撃は互いに不発に終わり、エルメラが再び放った《火炎弾》によって、両者の距離が再び大きく広がった。

 息つく間もない攻防に呼吸を乱す事もなく、両者は再び対峙する。

《大太刀》を手に提げ無造作にたたずむエイルスに、じわじわとダントンとウルガが距離を詰め、後方からエルメラとライアットがその魔法で援護する――そんな図式が戦場を支配し始めた。

 それから数度、同じような展開が繰り返されるも、両者に決定打は生まれない。戦局が膠着するかと思われた最中、エイルスはウルガ達に告げた。

「こんなものか……」

 その言葉には明らかに失望の色が見えた。

「五年といったな。それだけの時間があってお前たちの力は何一つ変わらなかったのか……。無様だな」

「なんだと!」

「やはり人である事を捨てて正解だったようだ。これ以上闘ってもどうやら得られる物はないらしいな、かつての邦輩のよしみだ。直ぐに楽にしてやろう」

 言葉と共に全身にマナを込める。途端にエイルスの周囲の空気が変わり、辺りに巨大な殺気が満ち溢れた。

「《剣の魔将》エイルスの力の一端、とくと味わうがよい」

 《大太刀》の刃が黒く染まる。闇魔術の効果を与えられた魔法剣からは、濃密な闇が溢れだし、周囲の空間を侵食する。黒炎のような闇をまとった刀身を大上段に振りかざしたエイルスは、気合と共にウルガ達に向かって一閃した。

「いかん、集まれ!」

 ライアットの言葉と同時に四人の周囲に光の結界が生まれる。刀身から生み出された闇の炎が空間を走り、生み出された光の結界ごと四人を呑み込んで、周囲もろとも漆黒の炎で焼き尽くした。

「他愛もない……」

 闇が消え去った後には、倒れた四人の姿が残された。ライアットの結界は闇の浸食を防ぎきったものの、その衝撃までは殺せなかったようだ。

 エイルスが見下ろすその先で、最初に動き出したのはウルガだった。四人の先頭に立ってその大柄な体躯で真正面から衝撃を受け止めたウルガは、全身を暴れ回るダメージのせいか、己の《大剣》を支えに膝立ちしているのが精一杯らしい。

「これが……、《魔将》の本気か……」

「バカな事を言うな、今のはほんの少し力を入れた程度。本気ならば貴様らなどとっくに消し炭になっているはずだ」

「成程、不憫だな……」

「それは、お前の事か……」

「いや、未来ある冒険者のことだ。奴の前途多難さに少しばかり、同情しているのさ……」

「この期に及んで他人の心配とはずいぶんと余裕だな、ところで回復はまだなのか? 次はもう少し本気で行きたいのだが……」

 先ほどからウルガ達の周囲が明るく輝き、ライアットが回復の魔法を使っている事をエイルスはわざと見逃していた。

「その傲慢、高くつくぞ!」

 十分に回復したウルガが立ちあがる。後ろの三人も同時に立ちあがった。ふと、ウルガはここにいないもう一人の協力者の顔を思い浮かべた。

 ――これが終わったら奴の未来に手を貸したいと思ったが、どうやらそれは無理らしい。それでもせめて……、魔将の一人ぐらいは片づけて希望をみせてやらんとな……。

 小さな笑みを浮かべ、《大剣》を再び構えた。

「たっぷりと後悔しろ! 《剣》の魔将よ」

 言葉と同時に走り出す。その余りにも無防備な姿にエイルスは嘲笑した。

「バカが……、愚かさと共に死ぬがいい」

《大太刀》を構えて迎えうつ。だが迫りくるウルガの容貌に異変が生じた。

 体内から溢れるようなマナの輝きが生まれ、大柄な体躯がさらに膨張する。頭が、腕が、足が、人肌の色からさらに赤く変色していき、やがて異形のものと化す。

「竜戦士化……だと!」

 長身のエイルスをさらに頭二つ分ほど上回る背丈に、しなやかで強靭な体躯の一人の竜戦士が現れた。その左足が大地を力強く踏み込んだ瞬間、竜戦士の姿が消え、まるで瞬間移動したかのようにエイルスの眼前に現れた。

「忘れたのか、俺が、なぜ故郷の奴らに受け入れられなかったのかという事を……」

 言葉と同時に竜戦士と化したウルガが左拳でエイルスを殴りつけた。その拳をまともに受けたエイルスは砂地をゴムまりのように転がって行く。さらに転がった先に《超速》で移動して先回りしたウルガは、転がってきたエイルスの身体をその強靭な右足で宙に高く蹴り飛ばした。なすすべもなく宙に飛んだエイルスの身体を、さらに《超速》で先回りしてその《大剣》を叩きつけ、大地に叩き落とす。盛大な地響きと砂しぶきを上げて地面につっこんだエイルスの身体に、エルメラの《極大火炎連弾》が襲い掛かる。

 紅蓮の炎の中に黒い影が踊り、あたりに大地が溶解する異臭が立ち込める。

「やったか!」

「いえ、駄目よ! こんなのじゃ、あいつは倒れない……」

 エルメラの言葉通りだった。荒れ狂う炎がようやくおさまるとその場所に黒い球体が残される。徐々にそれが溶けるように薄くなって消えていったその中にあったのは、ほとんど無傷のエイルスの姿だった。

「今のはかなり危なかったな……」

 身体そのものに傷はないものの頑強な《騎士甲冑》は見る影もなく破砕し、もはや鎧としての機能は果たせない。留め金を外して甲冑を捨てたエイルスは鍛え上げられた上半身をむき出しにしたまま《大太刀》を握った。傍らに立つウルガの姿に目をやるとぽつりと呟いた。

「竜戦士化か……。ウルガ、それが、お前の切り札か……」

「そうだ、これでお前にもう勝ち目はない」

「笑わせてくれるな、竜人族が最強の戦士であるというのは、あくまでも《現世うつしよ》の世界の常識だ。まあ、いい、お前のその力、試させてもらおう」

 言葉と同時にエイルスの姿が消える。次の瞬間、ウルガの前に現れたエイルスの《大太刀》の一撃をウルガが受け止める。

「簡単に倒れてくれるなよ」

 言葉と同時に閃光が走る。エイルスの剣撃が幾筋もの閃光となってウルガを襲う。その閃光をウルガは捌き、かわし、いなしながら、隙を見て強烈な一撃を放つ。空気が震え、互いの剣撃が衝撃波となって周囲の岩を砕く。すさまじい破壊の渦に飲み込まれぬよう三人はそれを遠巻きにして隙を窺う。

「やるではないか、ならばこれはどうだ」

 激しい剣嵐の渦の中で不敵に笑みを浮かべるエイルスの体躯が、徐々に黒く染まっていく。その整った顔立ちが、一切の無駄のない鍛え上げられた鋼の肉体が、徐々に変貌し、異形の者と化した。

 ひときわ高い金属音が響き合う事で剣嵐が収まった中に現れたのは、鍔迫り合う竜戦士化したウルガと魔物と化したエイルスだった。

「それがお前の本性か……」

 ウルガの言葉に魔物は笑みを浮かべて答える。その僅かな隙をついてウルガが叫んだ。

「やれ! エルメラ!」

 言葉と同時に二人の周囲が熱化する。《極灼熱波呪文》――人がマナの力によって起こせる最大威力の熱が二人を襲った。

「ちっ、もろともか……」

 鍔迫り合いで動きのとれぬエイルスはウルガもろとも灼熱に焼き尽くされる。身体をまともに焼き尽くされるエイルスに対して、自身の身体の周囲をライアットの結界の膜で覆ったウルガは、咆哮を放ってエイルスを押し潰す。瞬間、周囲に凶悪な殺気が振りまかれた。

 灼熱の効果が徐々にとぎれたその先にあったのは、自身の左腕を剣と化したエイルスの姿と、それをまともに胸板に受けたウルガの姿だった。

「ウルガ!」

 エルメラの絶叫が響く。己の左腕で旧知の身体を貫いたまま、エイルスは告げた。

「狙いはよかった。だが、貴様の誤算は、わが本性の顕現の本質を見誤ったことだ」

 だが、胸板に刃を受けながらもウルガは笑みを浮かべた。

「お前の……、敗因は……、その……傲慢だ」

 言葉と同時に傷口を絞め、左腕でエイルスの右腕を掴んだ。

「終わりだ!」

 右腕の《大剣》を叩きつける。だが、その刃がエイルスの身体に触れる事はなかった。

「魔将となるとな、こんなこともできるのさ」

 エイルスの背中からさらに刃と化した一対の腕が生まれ、それを頭上で交差させて振りおろされた《大剣》をしっかりと受け止めていた。だが、ウルガの笑みは止まらない。

「これでお前は、もう動けん、やれ! ダントン!」

 瞬間、足元の影からダントンが現れ、エイルスの背中をとった。手にした《双剣》を捨て、隠し持った《小剣》の柄を両手でつかんでエイルスに襲い掛かる。

「ロットの仇だ、テメエの捨てた物の重さを思い知れ!」

 叫びと共に渾身の力でその背を襲う。


 ――血しぶきが焼け焦げた大地に激しく飛び散った。


「ダントン!」

 周囲の誰もが目を疑う。

 倒れ伏したのはダントンの方だった。エイルス達の足元に奇妙な輝きを放つ《小剣》が転がり、斬り上げられた反動でダントンの身体は二人から離れた場所に音を立てて叩きつけられる。

「切り札は常に二段構え、それが俺達の流儀だったな……」

 自身の左足を刃化して跳ね上げた勢いでダントンを斬り捨てた形のまま、エイルスは呟いた。再び足を元の形に戻すと大地をしっかりと踏みしめる。己の足元に転がる《小剣》に目をやり、わずかに眉を潜める。

「呪具か……、効果は知らんが、貴様らの事だ。相当、危ないものを持ちこんだのだろうな……」

 言葉と同時にゆっくりと足を持ちあげる。両腕を逆に封じられた事で、ウルガにもなすすべはない。

「や、やめろ」

 自身の血に染まった大地を必死に這いずりながら、ダントンが叫ぶ。

「捨てた物の重さか……。そんなものにしがみついているから、いつまでも惨めさを繰り返すのだ」

 ウルガ達の最後の希望を無残に砕くべく、言葉と同時に足を踏み下ろす。地響きと共に大地が揺れた。


 ――瞬間、周囲に風が舞った。


「何だと!」

 エイルスが声を上げる。踏み下ろした足の下で、呪具を破壊した手ごたえはなかった。代わりに何者かの影が勢いよく駆け抜け、それを拾い上げたことを察知する。

「何者だ!」

 視線の先には見知らぬ、まだ駆け出しの冒険者といった風体の若い男の姿があった。僅かに離れた場所で立ち止まった彼は、両の手で怪しく輝く《小剣》を弄びながら、堂々と『名乗り』を上げた。

「光速の超剣士、ザックス、参上!」

「ザックス!」

 四人が驚きの声を上げる。

「バカヤロウ、なぜ戻ってきた!」

 互いの動きを封じあったままでウルガが叫ぶ。怪しい輝きを秘めた《小剣》を手にしたザックスに、ダントンが息も絶え絶えに告げた。

「……ザックス、そいつを……俺に……よこして、お前は逃げろ!」

「バカ言ってんじゃねえ、今にも死にそうな顔して……。これでも飲んでしばらく安静にしてろ!」

ポーチ》から高級薬滋水を取り出して、ダントンに放り投げる。

「口移しは勘弁だぜ……」

「バカ、調子に乗ってんじゃないよ、あんたの敵う相手じゃないんだ!」

 そのまま、こちらにやってきそうな剣幕で、エルメラが叫ぶ。

「……んな事は分かってる。でもな、帰って来ない仲間をただ待ってるだけなんて、寝覚めの悪い事、まっぴらだ。今、このパーティのリーダーは俺だ! 俺の率いた最初のパーティが無様に全滅なんて格好悪いだろう。いいか、俺達はこいつを倒して全員で生きて帰る! リーダーの命令には絶対に従え!」

 危ない暴君のようなザックスの言葉に周囲が唖然とする中、彼はさらに続けた。

「エルメラ、《火炎弾》で牽制を。ウルガ、そのおっかない化物を絶対に動かすなよ。おっさんは俺に補助魔法を。出し惜しみはなしだぜ」

「バカ、止め……」

 言いかけたダントンの視線の先には《閃光弾》を手にしたザックスの姿があった。

「行くぜ、一発勝負だ!」

 ザックスの手から《閃光弾》が放り投げられる。眩しい輝きがウルガとエイルスを包む。

「どうなっても、知らないよ」

 《閃光弾》の輝きの中にエルメラが《極大火炎連弾》を打ち込んだ。眩しい輝きが収まると同時に、ザックスが二人の周囲を走り回り、撹乱する。ライアットの強化魔法によって《駿速》《倍力》《全身強化》の効果を得たザックスは、エイルスの隙を窺う。


 ――狙いは只一点、その心臓のみ。


 身動きのとれぬ二人の周囲を走り回り、《火炎弾》の熱が冷めるかどうかのその一瞬の機会を冷静に待つ。

「下らぬ、小細工を弄しおって、侮られたものよ……」

 エイルスは《心眼》を使い、冷静に気配を探る。いかに優秀な術者によって強化されようとも、所詮は駆け出しの冒険者。地力の差が違いすぎるのは明白である。

 ザックスが襲い掛かってくる気配を冷静に捉えたエイルスは、再び左足を刃に変え、カウンターの一閃を蹴りあげる。

「同じ手を食うかよ!」

 瞬時に間合いを変え、エイルスの右背部に回り込んだザックスが、背後から心臓を目掛けて、《小剣》を突き出した。

「もう、右足を変えても間に合わねえ!」

《小剣》の刃が異形の魔物の背を襲う。だが圧倒的な二人の実力差は、駆け出し冒険者の常識をはるかに超えていた。

 刃化した左足をそのまま下ろす勢いで右足を跳ね上げたエイルスの後ろ蹴りが、ザックスの鳩尾に決まり、ザックスはそのままたたらを踏んでその場に崩れた。

「ザコが、手間を掛けさせおって……」

 振り上げた右足を再び刃と化し、その場に崩れ落ちたザックスに向かって勢いよく振り下ろす。

「逃げろ、ザックス!」

 周囲の叫びも間に合わず、無慈悲な一撃が地に伏したザックスの身体に振り下ろされようとした、その瞬間だった。

 ――ったく、だらしない。この程度で動けなくなるのか……。まあいい、一度だけ、助けることにしよう。

 以前にどこかで聞いた声がザックスの脳裏をよぎった。同時に爆発的な力が体内に生まれ、ザックスはその場を飛び下がった。遅れて、エイルスの一閃が地を抉る。

「何っ!」

 決してよけられるはずのない一撃をかわし、死角に入った闖入者の気配を《心眼》を使って察知したエイルスは、驚愕に震えた。その場所に立っていたのは、先ほど地に伏して自身が止めを刺そうとしたものとは全く異なる力をその身に宿した男だった。

「どういう事だ!」

 この戦いの中、エイルスはその時初めて、理解できぬ不気味な力の存在に背筋を凍らせた。




 ――触媒をよこせ!

 言葉と同時に、ザックスの額の《賢者の額環》が砕け散って光に消えた。

 ――まだ足りぬ! 

 ザックスの左手にうっすらと絡まっていたイリアの髪が勢いよく燃え上がって行く。同時にザックスの中のマナがさらに爆発的に増加した。

 ――全開だ! 耐えろよ!

 言葉と同時に世界が揺れる。僅かな浮遊感と共に眼前に《魔将》の姿が現れる。下からはね上げられる刃の蹴りを右に左に自在にかわす。全てがゆっくりと動く時間の中で自身の身体だけが早回しで動くのを意識しながら、ザックスはその背に狙いをつけた。

 ――これは、おまけだ!

 腕にマナが集まると同時に腕力がみなぎった。そして、ザックスは己の手の中の小剣を、魔人の心臓目掛けて勢いよく叩きつけた。




 驚愕の表情を浮かべた魔人の胸板から突如として《小剣》の刃が生まれた。

 それと同時にそれまで凄まじい力で互いを拘束していた力の均衡が崩れて行く。バランスを崩したウルガの身体はよろめきながら後ずさり、尻もちをつく。刃に貫かれた胸からは血が噴き出し、同時に激しく吐血する。

 慌てて駆け寄ったエルメラがその背を支え、ライアットが治癒呪文で傷を塞ぐ。魔人の背に《小剣》を突き立てたザックスも又、よろめきながら後ろへ倒れ込むところを、薬滋水の力で回復したダントンによって支えられた。

 己に突き立てられたものを信じられぬかのように見つめるエイルスは、指一本動かすことなく立ちつくしている。傷口から覗く剣先から生まれる異様なマナにその動きを封じられているようだった。

 ザックスを抱えてその正面によろめきながら回り込んだダントンは、エイルスに向かって言い放った。

「その刃はお前を悠久の時間の中に封じこめるために作り出されたものだ。今、こうしてへばりかけているザックスが材料を見つけ、多くの人々の力によって彫金され、再びザックスがそれをお前につきたてた。分かるか! ラヴァン! 時間は流れ、着実に次の世代が生まれ、可能性を引き継いでいく。人は永遠に生きられない。だが、人の想いは……、冒険者の魂は確実に引き継がれ、様々な形に姿を変えながら永遠に生きていく!お前が捨ててしまったのはそういうものだ!」

 震える指先を伸ばし、《小剣》の刃先にそれを置く。僅かに力を込めたダントンの指先から流れ出る血が、《精霊金アマルガム》の《小剣》の刃先を濡らした。

「永遠に眠れ! かつての友にして仇敵、ラヴァンよ! 凍結破砕フロスト・ブレイク!」

 解呪の言葉と共に《小剣》が砕け散り、胸の傷から一匹の蛇が生み出される。それはすぐさまエイルスの身体に巻きついて、其の身体を永遠の氷の中へと閉じ込めていく。それだけに留まらず、エイルスの踏みしめる大地や周囲の空間までをも徐々に浸食する。空間の侵食に巻き込まれぬよう、よろめきながらそこから離れた二人は、氷の彫像と化したエイルスの最期をしっかりと確認した。

「脱出するぞ、ザックス、この場所はすぐにすべて浸食されるはずだ……。しっかりしろ、おい、リーダーなんだろ!」

 ダントンの言葉に真っ青になりながら、消えそうな意識にしがみつくかのように、ザックスは己の最後の使命を果たす。

 彼が《跳躍の指輪》にマナを込めると同時に、五人の身体から輝きが生まれた。

「さよなら、ラヴァン」

 エルメラの小さな呟きと共に、五人の姿はその場から消えていった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



《跳躍の指輪》で脱出を果たした一団は小高い丘の上にある『幻影の迷宮』の入口付近に現れた。水平線に朝日が昇り、夜明けの訪れと共に鳥たちが羽ばたいていく。

 脱出と同時にすべての体力とマナを使い果たしたザックスを目覚めさせたのは、エルメラのすすり泣く声だった。起き上がろうとした瞬間、全身に凄まじい痛みが走り、ザックスは低いうめき声を上げた。

「動くでない、若いの」

 気付けばすぐ側で、疲労を顔に浮かべたライアットが治癒の魔法を駆使して、ザックスの身体を治療している。

「お前の身体は全身の筋肉が断裂しかけ、骨にも大小様々なダメージを負っていた。いったい何をどうすればここまでになるのか……」

「治るのか?」

「誰に向かってモノを言っておる。例え貴様が……、まあ、よいわ……」

 口ごもりながらさらに治癒魔法を行使する。仕方なく寝ころんだまま、夜明けの空を見上げたザックスだったが、ふと、大切な事を思い出した。

「そういや、ウルガの傷はどうだったんだ、俺なんかより、かなりヤバかったんじゃないのか?」

 胸部を魔将の刃で貫かれたのである。それでも魔将を足止めし続ける事が出来たのはやはり、彼が竜戦士化していたからであろう。だが、ザックスの問いにライアットは何も答えなかった。代わりに足音がして、空を仰ぐザックスの視界に、ダントンが現れた。

「起きたみたいだな……」

「なあ、ウルガはどうした。おっさんの奴、意地悪して教えてくれねえんだよ……」

「おいおい、俺だって重傷だったんだぜ、少しは心配してくれねえのか……」

「なんで、はぐらかすんだよ!」

 怒りがザックスを突き動かし、激痛が体内を走り回る中で、無理やりに身体を起こす。

「バカ、無茶するな……」

 慌てて、ザックスの身体を抑えようとするダントンの向こうに、ザックスは竜戦士化したまま横たわったウルガと、その傍で泣き崩れるエルメラの姿を見た。

 言葉を失うザックスに、ダントンが淡々と告げた。

「ウルガの旦那はもう助からない、手遅れなんだ」

「何、馬鹿言ってるんだ、まだ薬滋水なら残ってるだろう! おっさんだって回復魔法が使えるんだ! 俺は今すぐ死ぬわけじゃないんだから、あっちを優先してやれよ!」

「黙れ! 若いの! 俺だって、それができるなら……、とっくにやっている!」

 声を荒げてのライアットの一喝に、ザックスは気圧される。ダントンが続けて語った。

「旦那は半竜人なんだ……」

「半竜人?」

「竜人と人間の間に生まれた子供って意味だ。そして半竜人は生涯に一度しか竜戦士化できない、己の命とひきかえにな……」

「そんな……」

「竜人と人とでは持っている資質が違いすぎるらしい。通常は竜人の資質を眠らせたまま半竜人は一生を終えるが、一度竜戦士化してその資質を活性化させてしまえば、強すぎる竜人の力によって、弱い人間の資質が崩壊していくんだ……」

「みんな、知ってたのか……」

「ああ、勿論、竜戦士化は切り札だったから使わぬに越した事はなかった。だが、そうする事は俺達にとっては半ば確定していたことなんだ……」

「だからあの時『さらば……』なんていったのかよ、ウルガの奴。冗談じゃないぞ、俺はみんなで生きて帰る為に無茶したってのに、肝心のウルガがそんなんじゃ、意味ないじゃないか……」

 起き上がり、ウルガの元へ行こうとするザックスを押しとどめて、ダントンは続けた。

「そんなことはないさ。俺達は勝ったんだ。お前のおかげでな。そして、一瞬でもこうして、又、皆で日の光を見る事が出来た。俺達はもう十分にやったんだよ」

「でもよ……」

「旦那からお前に伝言だ。『いいクエストだった、感謝している』だとよ」

 圧倒的な力を誇る戦士からの感謝の言葉。そしてそれは同時に別れの言葉である事に気づき、ザックスは沈黙した。

「あとは二人だけにさせてやってくれ。旦那と姐さんは故郷を出てから今までずっと一緒にやってきたんだ……」

 二人の姿を見つめるダントンのまなじりに、一筋の輝きが生まれた。

「畜生、こんなのってあるかよ……。こんな終わり方なんて納得できねえよ!」

 ザックスの嗚咽が周囲に響く。だが、それすらも遠くから響いてくる波の音に優しくかき消されていった。

 水平線の上を昇ってゆく朝日が、何事もなかったかの様に優しく静かに降り注ぎ、激しい戦いの終わりを告げていた。



2011/07/30 初稿

2013/11/23 改稿



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