36 ザックス、消滅する!
『知ってる? 一度負け癖がついたら、幸運の女神は肝心なところでそっぽを向き続けるのよ……』
ふと、そんな言葉を思い出しながら《魔将》ヒュディウスは己の失態に、歯噛みしていた。
己を宿敵と狙う冒険者に追い詰められながら、如何にか起死回生の一手を放ったものの、手に入れられたものは必要な手駒とはなりえぬ存在だった。
「ゆくゆく……縁がありますね……貴女とは……」
揺れ動く蒼い世界。
ぼんやりと浮かぶ光の中に、黒髪の神殿巫女が力なく宙に浮かぶ。
鮮やかな色彩の巫女服に豊満な肢体。艶やかな美貌のその彼女に意識はない。
転移時の魔力が残滓となってその身を包み、結界となってその身を守っていた。
ともあれ、その力は永遠ではない。やがては効力を失い、その結果、人の身でしかないその存在は消滅する事になるのだろう。
己に利せぬ存在の行く末など知るところではない。ましてや彼の企てを妨害した者である。
この場所で存在を保てるのは、《魔将》と呼ばれる彼と同格の者だけだった。
「運がなかったようですね、いえ、あるいは本望といったところでしょうか?」
己の犠牲をいとわず、愛するものどころか神を信じるあらゆる者の為に身を捧ぐ。
人の世で美徳とされるその行為を、堂々と体現する神殿巫女という存在。
世界の真実を知るがゆえに、そのあり方とその行為は、哀れを通り越して滑稽といえた。
だが、なぜかその存在に意識を奪われる。《現世》とは無縁の存在である彼には少しばかり不快な感覚だった。
ともあれ、恐怖を味わう事なく、存在が消滅するのは彼女にとって幸せな事であろう。あるいは創世神なる者の導きか?
その身を守る輝きが徐々に薄れ、《蒼》が徐々にその存在を浸食し始める。やがて、完全に呑みこむのは時間の問題だった。
《現世》の価値観ではいざ知らず、《魔将》たる彼にとっては歯牙にかける価値もない、取るに足らぬ力なき存在。
ただ、なぜかその結末から目が離せなかった。すぐに消えるであろうその横顔から、目が離せない。
既に己には存在せぬはずの思考が何かを訴えかける。
湧きあがる不快感を、言葉にして吐き出そうとしたその時だった。
新たな眩しい輝きが生まれる。
それは宙を漂う神殿巫女を守るように寄り添い、形をなした。
現れたその姿にヒュディウスは驚愕した。
それは……、あり得ぬ再会だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
巨大な蒼い奔流の中に放り込まれ、彼は完全に翻弄されていた。
最早、思考は止まり、たったひとつの感情だけが彼の全てを支配する。
その全てを呑みこみ、蹂躙し、分解し、消滅させる力。
戦いの場に立ちさえすれば、いかなる強敵であっても手の打ちようはある。
最悪、逃走という手段すらも、生存闘争の中では決して間違った選択肢ではない。
だが、この場所では戦いそのものが成立しない。
ただ、己を蹂躙する圧倒的な力を前にして、彼を支配しているのはたったひとつの感情だった。
――恐ろしい。
己の全てが消滅してしまう恐怖そのものだった。
既に全身の感覚までもがなくなりつつある。
――もうじき全てが消え去ってしまう。
抗うすべなくその場全てを支配する圧倒的な力に屈服し、全てを受け入れるべく観念しかけたその時だった。
『……を示せ!』
どこかで聞いた誰かの言葉。
混乱する意識の中、かすかに耳を捉えたその言葉に、わずかに意識が反応した。
――何を示せっていうんだよ?
不意にそんな問いが脳裏に浮かんだ。
『帰ってきて……』
再び浮かんだ誰かの言葉にまたもや意識が反応した。
――どこに帰れっていうんだよ?
さらに問いが浮かんだ。
勿論、答えは浮かばない。再び静寂の闇に意識が戻りかけた。
『必ず……、帰ってきてください!』
浮かび上がる何者かの言葉。先ほどよりもはっきりとしたものに意識が揺れ動く。
――帰るって言ったってよ……、オレには……。
真っ先に思い浮かんだのは、決してよい思い出とはならぬ故郷の山々とそこで共に過ごした人々との日々。
――あそこにはもう帰れないんだよ、オレは。
古き卑しき者達に過去を奪われ、未来を蹂躙された。その現実から目をそむけたがるのは、人としての己の弱さゆえであろう。
再び意識が眠りかけた。
『しっかりしてよ! 貴方は私達のリーダーなのよ! 貴方が迷ったり、いなくなったりしたら、皆が迷うのよ! 分かってる?』
激しい叱咤が意識を叩き起こした。浮かんだのは涙顔の金髪の姫君の姿だった。
――分かってるって。だから、そんな顔するな! お前には似合わねえよ!
喧騒にざわめく街並みを行き交う人々。出会った数多の冒険者。仲間となった者達。
そして、壮麗な大神殿に暮らす銀色の髪の少女の姿が浮かんだ。
『必ず……、帰ってきてください!』
それが左腕に巻きつけられた護符に込められた彼女の願いであった事を思い出す。
護符に込められた願いは、温もりとなって、左腕に宿る。
それが温もりとなって全身の感覚が蘇る。とたんに己を圧し潰さんとする圧倒的な圧力にさらされた。
『意思を示せ!』
声が再び蘇る。
――オレの……示すべき……意思は!
圧倒的な力が支配蹂躙する世界で、石ころの価値もない存在である己を顕現させるべき意思を己の中に探す。
様々な記憶が走馬灯のように脳裏に蘇る。
そして彼は結論へと至った。
「オレは……、オレは……仲間とともに……、あの場所に帰る! 必ずな!」
少しばかりお茶目で腹黒で、時として導き手ともなる旅の道づれとともに、彼らを待つ仲間達の元へと帰還する意思を、世界に対して堂々と宣言した。
ふっと軽くなった全身が輝き始める。
次の瞬間、彼――ザックスは宿敵の驚愕する眼前に転移していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ありえません……。まったくあなたという人は……」
突如として現れたザックスの姿に、ヒュディウスは驚愕の表情を張り付けたまま絶句する。
その眼前で意識を失ったまま宙を漂うマリナの身体を確保し、抱き上げるとザックスは宿敵と対峙した。
ヒュディウスは一つ溜息をついた。
「愚かですね……。本当に貴方は……。ここがどういう場所か知って、そうしているのですか?」
「《揺らぎの世界》って奴だろう? 面倒臭い能書きはいいんだよ。大事なのは目的を果たす事だ!」
後は己の腕の中のマリナとともに帰還することだった。勿論眼前の魔人が只でそれを許してくれるとは到底思えなかったが……。
「悪いが、もうテメエと遊んでる余裕はないんでな……。で、オレ達を見逃してくれるのかい?」
ダメ元で尋ねた質問に魔人の回答は意外な物だった。
「見逃すも何も……」
魔人はふん、と一つ鼻で笑う。
「私が手を下すべくもありません。貴方方にはもう選択肢はないのですよ。消滅するという只一つの選択肢以外はね……」
ザックスが目を細めた。瞬間、彼の着ていた《ブリガンダイン》がアンダーシャツごと消滅した。
首から下げた《クナ石》が周囲の《蒼》に飲みこまれそうになりながら、頼りなげに輝いている。
「ここは意思のみが存在と現象を許される世界。強き意思の宿らぬ存在は瞬く間に消滅するということです」
彼だけでなく、その身につけている装備、武具までもが消滅しうるという事らしい。
「だったら……、さっさと帰還してやるさ!」
目を閉じ、仲間達が待っている場所への帰還をイメージする。
とたんに腕の中のマリナの温もりが消失しかけた。慌てて、帰還の意思を中断する。
マリナの温もりと重さが腕の中に再び戻り、安堵した。
「これは……一体……」
動揺するザックスに魔人が答えた。
「意思のみが存在と現象を許される世界だと申しあげたでしょう? 帰還するという貴方の意思は貴方にしか働かない。尤も只の冒険者でしかない貴方が、ここでそんな振る舞いをしている事自体が最早、奇跡としか言いようがないわけですが……」
「だったら、彼女を叩き起こして……」
腕の中のマリナを揺さぶろうとした瞬間、彼女が身に着けていたアクセサリーが消失する。
「やめておいた方がよろしいですよ。目を覚ました瞬間、ここを支配する力の重圧に耐えきれず、消滅するのが堰の山です。今、彼女が意識を失っているのは、人の防衛本能のなせるわざでしょう。尤も……」
彼女に視線を移して魔人は続けた。
「その存在の消滅はもはや免れないでしょうが……」
ここを訪れた際に襲われた一連の恐怖を思い出し、ザックスは魔人の言葉に従った。
帰還するなら己一人で……。当然、マリナを見捨てる事になる。
自身が手詰まりの状況に置かれた事を自覚する。
「目的はイリアだろう? 不要なマリナさんはテメエ自身で送り返すのが筋ってもんだろう?」
「どうして私がそんな事を? しかも貴方方は、私の企てを阻んだ身。相応の報いがふさわしいでしょう?」
「……だろうな……」
伝説の魔人に《現世》の義理人情や取引の原理は通用しないらしい。
そうこうしているうちにマリナの巫女服や黒髪を《蒼》が侵食し始めた。
その存在がかき消えぬよう抱き上げた腕に力を入れた瞬間だった。左腕の護符に宿るイリアの意思が温かく周囲を照らした。
マリナの存在を侵そうとする《蒼》の浸食が止まる。
「成程、やはり彼女の力でしたか……。貴方がそうして無事でいられる理由とは……」
ヒュディウスが小さく笑った。
「しかし、その力も絶対ではない。彼女自身がこの場にいたなら打つ手もあったでしょうが……。結局のところあなた達の未来は何一つ変わらない。お気の毒です……」
まるで全てが決まっているかのような高みからの言い草に、ザックスは反発する。
「勝手に決め付けてんじゃねえよ。必ずどうにか……」
「なりませんよ。絶対に……。ここで奇跡を起こす事は創世の……」
「うるせえ! 知った事か!」
ザックスの怒りの波動が周囲の《蒼》を震わせる。ヒュディウスが嘲笑した。
「己を信じ最後は気合と根性で、あるいは無我夢中で頑張りさえすれば。彼我の力量差、広大な世界に対する己の存在の卑小さ、それらと向き合いもせず現実から目をそむけ続ける愚か者の常套句です。不可能な事は不可能。ならば置かれた現実を見つめ直し、在り方を変え、手段を変え、現実に対応するのが智者賢者。対して状況から目をそらし、いつまでも無様な己にしがみつき都合のいい理想にしがみつく。その結果、愚者である貴方は消滅するのです!」
魔人の正論にギリリと奥歯をかみしめる。
状況は確実に悪化している。イリアの護符に守られているとはいえ、ザックス自身、周囲からの不快な《蒼》の浸食に圧迫感を感じている。
現状、帰還可能な者はザックス一人。マリナは救えない。
「仲間とともに、あの場所に帰る!」
自身をここまで導き、己をこの世界にとどめるその意志は、もはや実現不可能だった。
意識を失ったままのその顔を見つめる。
平和な街で出会い、時にからかわれ、ふりまわされ、命を救われたことすらある恩人を見捨てる事など、最初からその選択肢にはない。
彼女を見捨てて帰還すれば、おそらく自身が冒険者として、あるいは人として大切な何かを失ってしまうだろう事を、ザックスは直感していた。
左腕の護符が、二人を守らんとぼんやりとした輝きを放つ。
大切な者達の為にあっさりとその銀の髪が切り捨てられたその光景が蘇った。
『必ず……、帰ってきてください!』
その真摯な願いに応えられぬ事ができぬ今、それに見合う代償を考える。
答えが出るのにさほどの時間はかからなかった。
その解答を幾度も反芻し、己の覚悟を確かめた。
――後悔はしないな……。
今、自身が選ぶべき最良の選択肢を見出し、それに従うべく行動する。
一つ大きく深呼吸すると、ザックスはマリナの身体をそっと手放した。眼前にふわりとその豊満な肢体が浮かび、巫女服の裾がひらひらと揺れる。
ヒュディウスが目を細めた。
ザックスは己の左腕に手をやり護符を握り締めた。力任せに引きちぎる。
ヒュディウスが怪訝な表情を浮かべた。
戒めを解かれた無数の銀糸が宙を漂い、侵食しようとする《蒼》をよせつけぬよう二人を守る球状の結界となり、強く輝き始めた。
――長くは……、もたない!
直感したザックスのさらなる行動にヒュディウスが驚愕の表情を浮かべる。
結界の壁をすり抜け、ザックスはその外へと一歩踏み出していた。
とたんにのしかかる圧力。
世界に紛れ込んだ異物を排除できぬ苛立ちを晴らそうとするかのように、ザックスに《蒼》の浸食が襲いかかった。
飲みこまれぬよう歯を食いしばり、己をこの《揺らぎの世界》に存在させ続けるべく、ザックスはたったひとつの意思を念じ続けた。
さらに圧力がのしかかる。
全身を圧し潰さんとするかのような圧倒的な《蒼》の質量。
やわらかな新雪に埋まっていくかのように、足元からずぶずぶとそれに飲みこまれ、ザックスの形が失われていく。
全身の感覚が再び遠のき、抵抗するかのようにその場でもがき始めた。
自分から進んでおぼれるかのような無様なザックスの姿を前に、ヒュディウスの表情は驚愕から嘲笑へと変わった。最早お前に用はないとばかりに背を向ける。
その姿に怒りが腹の底から湧きあがる。
眼前に立つは全ての元凶。
突如現れたその魔人に翻弄され続け、普通の人生とは程遠い苦労を背負い込まされ、数多の人々の不幸を目のあたりにしてきた。
「だから……、テメエを……!」
必死な言葉すらも《蒼》が飲みこんでいく。
この世界に存在し続けるだけの『意思』が足りない。
この世界に存在し続けるだけの『怒り』が足りない。
この世界に存在し続けるだけの『覚悟』が足りない。
足りないものだらけの己が、存在する価値も意義も与えられず、この世界から消滅する事を強制される――それがどうしても許せなかった。
「だから……、テメエを……、」
さらなる怒りが湧きあがり、腹の底から脳髄へと突きあげた。
怒りが高揚感へと変わり、全身の感覚が蘇る。
失われつつあったザックスの形が再び蘇り、両腕にさらなる輝きが蘇った。
背を向け、その場から立ち去ろうとしていた宿敵に、ザックスは静かに言い放った。
「おい、どこ行くつもりだ。こっちの用はまだ済んじゃいないだよ、ヒュディウス!」
振り返ったヒュディウスは、ザックスの姿に三度、驚愕の表情を浮かべた。
「ザックスさん、それは……」
その視線はザックスの両腕に注がれている。つられてそこへ視線を移したザックスも目を見張る。
偉大なドワーフ職人たちの技術によって生み出された紅の《皇龍の小手》。
二つに分かれ両前腕に輝くウルガの魂ともいうべき《竜人石》が燦然と深紅の輝きを放ち、手から肩口までをすっぽりと覆う紅の《腕甲》に形を変えていた。
――そういう事かよ……。
この《揺らぎの世界》を訪れて以来、度々聞こえた声の正体にザックスは気づいた。
かつて《貴華の迷宮》で眼前の魔人と戦った時の記憶が蘇った。
同時に相次ぐ激戦の中で己を支え続けた高揚感の正体にも気づく。
左手で腰の愛刀の鞘を握り、不敵に笑って言い放った。
「ヒュディウス、今度は逃げるなよ! テメエとはここで決着をつける!」
最早、《蒼》に侵食され、消滅する心配はなかった。
《揺らぎの世界》の中で揺らがぬ『唯一の意思』がザックスの存在を支えていた。
ヒュディウスは表情を消し、値踏みするかのようにザックスを見つめる。
腕に輝く紅の腕甲。そして腰の《千薙の太刀》。最後にザックス自身を。
「貴方がそうしてここに存在し続けていられるのは、どうやら貴方だけの力ではない……という事ですか」
「ウルガの力あってのことだってくらいは自覚してるさ」
虎の威を借る……、否、竜人の威を借るなんとやら。
戦いの中で己を支え、精神を高揚させ続けていたのは、《皇竜の小手》に輝く竜人石に込められたウルガの闘争の意思だった。
最初にそれを感じたのは《貴華の迷宮》でのヒュディウスとの戦い。
そして、《七つ頭の重蛇》との戦いの時。
武器に対する迷いが晴れた瞬間、竜人石に込められた闘争の意思は、ザックスの精神を高揚させ、さらには彼に呼び掛けさえした。彼だけがさらなるヒュディウスとの戦いに挑めたのもそのせいだろう。
そして今、《皇龍の小手》はその本来の姿である《皇龍の腕甲》となってザックスの両腕に装着され、その精神を支え続けている。
だが、ヒュディウスはさらなる指摘をした。
「それだけではないでしょう?」
首をかしげるザックスに彼は続けた。
「その大太刀。この場に存在し続けるのに十分な狂気といっていいほどの作り手の思いが感じられます。そして貴方自身がフィルメイアであること……」
「どういう意味だ?」
「分からないならいいのです。そして間抜けな事にそんな貴方自身の中にかつて私が播いた種の存在……」
おそらく魔将の呪いの元凶となっている何かの事を指しているのだろう。
「それらあらゆる要素が、皮肉にも貴方をこの場にとどめる原因となったという訳ですか……。本当に無茶苦茶な人ですね、貴方は……」
「知らなかったのか? オレはとても幸運に恵まれた冒険者なんだぜ!」
十倍増しくらいで悪運にも恵まれているような気がするのは、この際忘れた方がいいだろう。
軽口を取り合わずにヒュディウスは一つ溜息をついた。
「それで……、貴方はどうするつもりですか? 貴方がここに存在することができたとして……、彼女にはもう時間はほとんど残されてはいない……」
ザックスの背後に浮かぶマリナを守る結界は、少しずつであるが確実に輝きを弱めていた。
「お前には関係ない事さ」
背後を振り返る事なくザックスは言い放った。ヒュディウスの表情がわずかに険しくなる。
宿敵を前に、ザックスは続けた。
「結局のところ……、お前と出会ったことから全ては始まった。全ての原因たるお前を排除しない限り、ここをしのいだとしても、オレにも仲間達にも、そしてイリアにも未来はない。お前だって指をくわえてオレの帰還を見逃すつもりはないはずだ。違うか?」
ヒュディウスが小さく口元を歪める。
「だったら答えは一つだ。ここでオレは『テメエを殺す』!」
愛刀を手にザックスは堂々と宣言とした。ヒュディウスが表情を消した。
「冒険者と伝説の魔人。《現世》ではその差は圧倒的かもしれない。だが、今、この場ではオレとお前は存在そのものが対等だ。オレが『テメエを殺す』ことを『唯一の意思』としてこの場に留まる以上、お前はここから逃げられない、違うか?」
直感ともいうべき根拠のない確信。
だが真実をついている事は《魔将》ヒュディウスの表情が物語っていた。
膝をたわめそっと腰を落とす。愛刀の柄に柔らかく手を掛ける。
「テメエを殺す。それがオレが《揺らぎの世界》に存在し続けるためのたった一つの意思だ……。そして……」
静かに、そして確かに言い放つ。
「決着をつけよう……。テメエとの因縁、今、この時をもって終わらせる!」
激しく金属のぶつかり合う甲高い音が響いた。
2018/01/30 初稿