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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚05章 ~狂乱の蛇神編~
152/157

34 ザックス、激戦する!

 広大な石畳の空間から、戦の熱気が徐々に消えつつあった。

 精も根も尽き果てたかのように、冒険者達は崩れ落ちる。

 最初から最後まで戦い続けた前衛の三人――特に獣戦士化で長時間戦ったシュリーシャとブラッドンは、最早その場から一歩も動けぬようだった。

 戦闘の最中、結界の維持のために終始、膨大な量のマナを放出し続けたアルティナとクロルも、その場に崩れ落ちるようにしゃがみこんでいた。下手なボスモンスターとの戦闘など比べるべくもない疲労が二人を襲っていた。

 誰もが消耗していた。

 アシェイトルを見送ったイリアの傍らに《祝福の錫杖》を手にしたマリナが寄り添った。

「お疲れさまでした、そして……お帰りなさい……イリア。本当に……よく頑張りましたわね……」

「姉様……」

 片手を背中に回されそっと抱きしめられたイリアの身体を、ふわりと懐かしい香りが包みこんだ。

 理解を越える事態に翻弄され続けた日々が蘇る。


 あまりにも多くの事がありすぎた。

 そして、いくつもの命が散る様を目のあたりにした。


 感情が飽和し、今のイリアは素直に泣くことすらままならなかった。

 ふと視線を感じ、顔を上げる。

 立っていたのは、リュウガが拾ってきた《両刃の大鎌》と《輝く大盾》を手にしたライアットだった。

 彼も疲労困憊しているはずだが、厳しい表情を崩さぬままその場に立っている。

 いつもと変わらぬその姿の中にイリアを心配していたことを示すわずかな感情が感じられるのは、義理とはいえ、長年親子として接してきたからだろう。

「随分と心配なさっていたのですよ、おじさまも……」

 マリナに背を押され、イリアはライアットの元へと歩み寄ろうとした……その瞬間だった。


 大気の密度が変わる。


 ギラギラとした殺気混じりのその気配に俊敏に反応し、身構えようとした冒険者達の身体に重圧がかかり、身動きできなくなる。

 すかさずそれぞれの周囲に光が生まれ、それは檻となって彼らを拘束した。

 只一人その場を跳躍し、難を逃れる事が出来たのはザックスだけだった。

 着地と同時に愛刀を抜き放つ。

 消耗しているためか、どうにも足元がおぼつかない。

 ふらつきをどうにかこらえて、周囲を見回した。

 その場に現れたのは無数の光の檻。

 そのいくつかの中に仲間達が拘束されていた。イリアと錫杖を手にしたマリナも同じ檻の中に囚われている。

 バンガスとリュウガがそれぞれの武器をふるって光の檻を壊そうともがくが、それらはびくともしない。

 再び周囲の空間の揺らぎを感じ取り、その場を跳躍する。

 現れた光の檻が、間一髪、ザックスの残像を拘束する。

 難を逃れ着地すると同時に、ザックスは叫んだ。

「いい加減にしろ、ヒュディウス。こそこそ隠れてないで、出てこい!」

 誰もいないはずのその場所に放たれたその一喝に、暫しの時を置いて返答がなされた。

「おやおや、やっぱりばれてしまいましたか……。さすがですね、ザックスさん」

 現れたのは《杯の魔将》ヒュディウス。

 その名にふさわしく手にした輝く杯を胸の前に捧げている。

「不本意ながらの長い付き合いだ……。裏で小細工を弄するだけのテメエのやり方なんて、十分に承知だ」

 抜き放った《千薙せんなぎ太刀たち》を握りしめ、己の中の高揚感そのままに現れた宿敵をザックスは睨みつけた。

 かつて、《貴華の迷宮》で死闘を繰り広げた事が脳裏に蘇る。

「ようやく……、追いついたぜ!」

 ゆっくりと歩み、《魔将》の眼前に立ちはだかる。

 閉ざされた空間である光の檻の中で、アルティナが彼の行動を制止しようと叫んでいたが、今のザックスには聞こえなかった。

 ヒュディウスはザックスを一瞥し、それから周囲を見回した。

 おそらくは魔人が生み出したのであろう光の檻。イリアとマリナが囚われたものへと視線を向け、さらに宙へと泳がせる。

「最後は神の境地へと至りましたか……、いやはや、恐れ入りましたよ……。本当に……」

現世うつしよ》の存在でありながら、ほんの一瞬でも神の領域へと至り、代償として存在が消滅する。それは、逝ってしまったアシェイトルへの手向けの言葉だった。

「テメエがそれを後押ししたんだろうが!」

 混乱に拍車をかけ続けた眼前の《魔将》に向かってザックスは抜刀した。

 ガチンと金属のぶつかりあう音が響き、《千薙せんなぎ太刀たち》の刃は、前へと一歩踏み込んだヒュディウスが手にした剣の刃でしっかりと受け止められていた。

 ザックスは目を見張る。

 いつもならば己の手の届かぬ所に身を置き、高みの見物を決め込むヒュディウスらしくない振る舞いだった。

 鍔迫り合う刃を通し、幻像ではなくしっかりと大地に足を下ろした《魔将》の重さとその意思を感じ取る。

――この野郎、何企んでやがる!

 先ほどの戦闘以来、燃え上がり続ける闘争本能とは別なところで、冷静な思考が魔人の思惟と行動の意味を分析する。

 右手に剣――《アークセイバー》を、左手に《輝く杯》を手にしたヒュディウスとがっちり鍔迫り合いながら、ザックスはその視線と表情の動きを見逃すまいとする。瞬間、ヒュディウスの重さが消失した。

 後方に大きく飛び下がり空っぽの《光の檻》の上に着地する。

 重さのつり合いを失ったザックスがその場でたたらを踏み、その眼前の石畳が激しい音を立てて砕け散った。

 叩きつけられる大鎌の刃と舞い散る血しぶき。

「おっさん!」

 驚愕するザックスの眼前で《両刃の大鎌》と《輝く大盾》を手にしたライアットが体勢を整え、ヒュディウスを睨みつける。

《両刃の大鎌》を握る右腕からは大きく出血している。

 その能力以上の負荷をかけて、彼がこの場に飛び込んだ事は明らかだった。

「驚きました……。空間を切断したという訳ですか……。さすが……といったところですか」

 忌々しげな表情をヒュディウスが浮かべる。

「でも、相当な無理をしたようですね。それ以上やるとお命にかかわりますよ、ライアットさん!」

 その言葉が証明されるかのように、ライアットはその場に崩れ落ち、片膝をつく。

 慌てて彼をかばうかのようにして、ザックスはヒュディウスとライアットの間に割り込んだ。

「おっさん、しっかりしろ! へばってんじゃねえ!」

 彼を鼓舞せんといつもの軽口を叩いたザックスへの返答はない。

 神器を二つも所持するが故に負荷が大きすぎるのだろうか?

 ぜいぜいと荒い息をつきながらも、ライアットは大鎌を杖代わりにどうにか立ち上がる。ザックスの隣に立ち、大盾を構えたものの、その顔色は非常に悪かった。結界を維持し続けたことで、体内のマナは枯渇しかけているのだろう。

「《斬界の戦器》。戦いのどさくさにまぎれて使い手となりうる者を叩き出したというのに、まだもう一人いらしたとは……」

 ザックスの脳裏に、先ほどの激戦の最中、消滅したはずの獅子猫族の男の姿が思い浮かんだ。

「ヒュディウス、お前、レガードの奴をどうかしたのか?」

 死からも復活する再生能力をもつというレガードであったが、先ほどから一向に再生する気配はない。

 あまりにもあっけなさすぎる彼の消滅に、らしく無さを感じていたザックスに、ヒュディウスは笑った。

「あの方の無茶は少々度が過ぎましたのでね。道理を捻じ曲げられてはたまりません。という事で、先ほど隙を見て退場していただきました。今頃どこか身知らぬ場所に放り出されて目を白黒されている事でしょう。裏切り者にはそれなりに難儀していただかないと、私としても割が合いません」

 散々大口を叩いて乱入しながら、まんまとヒュディウスの術中にはまったまぬけなバカネコ。

 使えない野郎だと心でののしると同時に、その無事に一瞬、安どしてしまった己の間抜けさにチッと一つ舌を打つ。

 傍らのライアットがようやく息を整え、ザックスに囁いた。

「気を抜くな、若いの、この空間は奴の支配下だ」

「あ、ああ……」

 とはいえ、気をつけようとしたところで、今のザックスには対策の立てようがない。あいかわらずの行き当たりばったりで対応するしかなかった。

 空間全体がヒュディウスの支配下にある以上、囚われた仲間たちからの援護も期待できない。

 戦力として最も期待できるアルティナも、囚われた《光の檻》の中で状況を打開しようとあの手この手を尽くしているようだが、マナを消耗した状態ではできることに限りがあるらしい。崩れ落ちそうになってはどうにか踏みとどまって忌々しげに遮られた壁を叩いている。

――こっちはどうにかするから、貴方は早まらないで!

 残念ながら彼女の願いどおりに事態が進行するほど、現実は甘くない。

「これから……、どうしたものでしょうか……」

 空っぽの光の檻の上で周囲を見渡すヒュディウスを、ザックスとライアットは左右から挟撃するように動いた。

《魔将》の視線の先にはイリアとマリナが捕らえられた檻がある。彼女達に対して何らかの企てをしているのは明らかだった。

 先手必勝とばかりに二人がヒュディウスに襲いかかる。

 一瞬早く飛び出し大盾を叩きつけるライアットの頭上を、ヒュディウスは華麗に跳躍して石畳の上に舞い降りる。

 すかさず斬りつけるザックスの刃を、杯を何処かへとしまい、両手持ちしたアークセイバーでしっかりと受け止める。

 そのままくるりと体を入れ替え放り出されたザックスに、背後からのライアットの刃が叩きつけられた。

 一瞬、同志討ちとなりかけたものの、ライアットの刃が斬ったのはザックスの残像のみだった。

 危機をうまく脱し、再びザックスの刃がヒュディウスを襲う。

 踊るように鮮やかなステップを踏みつつ、《アークセイバー》でヒュディウスはザックスの攻撃を防御する。さらにライアットが加わるが、数の不利などものともしないその防御が全く乱れない。


 三人による鮮やかな攻防――。


 程なく、ライアットの動きが鈍り始めた。

 とたんにヒュディウスが攻勢に転ずる。

 動きの鈍ったライアットを盾にザックスの動きを封じ、ライアットのみへと攻撃を集中する。

《輝く大盾》を構えて防戦一方となったライアットという枷に、ザックスは苛立った。

「おっさん、離れろ! ここは任せてくれ!」

 実力では圧倒的にザックスの上をいくライアットはいつもならば頼もしい助っ人である。だがここまでの消耗があまりに大きすぎた。ほとんど空っぽの体力を気力のみで支えての戦いは、そろそろ限界だった。

 生意気な若造の言葉に憤慨する事もなく、冷静に判断したライアットは、隙をついて飛び下がりザックスと立ち位置を交代した。さらに大きく後方へと飛び下がり片膝をつく。

 代わって間合いへと飛び込んだザックスは、空間もろともヒュディウスを一閃する。

《抜刀閃》の圧倒的なパワーは、防御したヒュディウスを後方へ跳ね飛ばした。

 ヒュディウスの表情から余裕が消える。

 すかさずさらにザックスは《抜刀閃》を仕掛けた。

 必殺の間合いを見切り、鮮やかな一振りで反撃を試みたヒュディウスだったが、その刃の先にザックスの姿はない。

 かわされた勢いそのままに距離をとり、方向転換と同時に再びザックスは《抜刀閃》の構えをとる。

 一撃必殺のヒットアンドアウェイ――。

 ヒュディウスの接近戦での戦闘技術が尋常でない事は、《貴華の迷宮》での一戦で先刻承知である。《アークセイバー》を両手で巧みに駆使しての防御はほとんど鉄壁であり、そこから隙をついて繰り出される雷光のごとき攻撃を前にして、一瞬の油断が命取りとなる。如何にか《千薙せんなぎ太刀たち》を己のものとしたとはいえ、その根本的な戦闘技術の差は一朝一夕で埋まるものではなかった。

 過日の敗北から得られた結論は、遠距離からパワーとスピードで圧倒することだった。

 巧緻は拙速に劣る――。

 戦の基本原理そのままに、新たに得た愛剣の力を信じ、ザックスはヒュディウスを《抜刀閃》のみで追撃する。

 いつしか若さと力に任せた刃の暴風が、伝説の魔人を翻弄していた。

 傍観者にしかなりえぬ冒険者達の心中に、密かな期待が生まれる。

――このままいけば、もしかするかも……。

 その期待はザックスの中にも膨れ上がる。己が圧倒的優勢になりつつある事を本能で理解する。

 連戦の疲労を全く感じることなく高揚し続ける精神そのままに、ザックスは刃を抜き、もう幾度目かも分からぬほどに再度の《抜刀閃》が放たれた。

 防御し損ねたヒュディウスの動きがわずかに乱れる。

 絶好の機会が訪れたことを、次弾を装填しながら感じ取った。

――ここでキメる!

 戦場に身を置く者の本能がその瞬間を嗅ぎ分けた。それに従い、ザックスは必殺の一撃を再度放った。


 閃光が交錯する。


 白刃が相手の身体を完全に捉えたほんの一瞬の手ごたえ。

 相手の肉を削り血を啜ったのは《千薙せんなぎ太刀たち》。

 そして……、

 さらにもう一振り。

 ザックスの胴体を貫通し突き立てられた《アークセイバー》。

「ヒュディウス、テメエ……、やりやがっ……たな……」

 激しく吐血し、ザックスは仰向けに倒れた。

 ぬるりと《アークセイバー》がザックスの身体から引き抜かれる。

 いくつもの悲鳴が空間を隔てた向こうから聞こえたような気がした。

「アシェイトルさんを見習ったという訳ではありませんが……。さすがに……乱暴でしたか……」

 剣を片手にわき腹を押さえよろめきながら後退するヒュディウスの方にも余裕は全くない。

 左のわき腹をザックスに斬らせつつ、ヒュディウスはさらに踏み込んでその刃を突き立てた。

《抜刀閃》の勢いもろとも貫かれたザックスに逃げ道はなかった。

 動きのわずかな乱れから見せられた隙は、魔人の誘いだった。

 その事に気づいたときは完全な手遅れだった。

「お見事でしたよ。ザックスさん。対等な相手として、最大限の敬意とともに全力を尽くさせていただきました」

 倒れたザックスから大きく距離をとると、ヒュディウスはわき腹の傷に手を当てた。 治癒の輝きが生まれるが、《抜刀閃》の一撃は予想以上に深かったらしく、回復に手間取っている。

 倒れたザックスにライアットが駆け寄った。

 何かを叫んでいるようだが、ザックスには随分と遠くの出来事のように感じられた。貫かれた腹部の激痛の中に穏やかな温もりが混じっていく。

 乏しい魔力でライアットが治癒の魔法をかけている事に気付いたザックスの意識が、急激に覚醒する。

「若いの、しっかりしろ!」

 返事をしようとした瞬間に、頬を張られる。

「い、痛ってーよ、おっさん!」

 口腔内に広がる血の味にせき込みつつ、吐き出した己の声が余りにも弱々しい事に呆れ果てる。こちらの腹部の傷も想像以上に深く、ライアットの状態も悪いせいか一向に回復しない。

 震える手で《バッグ》に手をのばし、高級薬滋水をどうにか探し当てる。口に含もうと身体を起こしかけたところで、ザックスは顔色を変えた。

「おっさん、こっちは……後回しだ! イリアと……マリナさんを……」

 顔をあげたライアットの表情が一変する。

 まだ完全に回復していないわき腹を押さえつつ、イリアとマリナが捕らえられた光の檻の上にヒュディウスが立っていた。

 捕らえられた冒険者達が檻の中で暴れるが、空間そのものを断絶している檻はびくともしない

「すみませんが、お二方……、勝負はここまでです。それから……、こちらのお嬢さんは……、ともに連れてまいる事にします」

二人が捕らわれた檻がさらに輝く。どこかに転送するつもりだという事は、状況に疎いザックスでも理解できた。

「おっさん!」

 大声をあげた瞬間、激痛が腹部を走り抜け、再びその場に仰向けに倒れて悶絶する。

 倒れたザックスの声に押されるように大盾と大鎌を持ったライアットが飛び出した。

 間一髪でヒュディウスの姿がその場から消える。

 光の檻がさらにその輝きを増した。

 今にも消えようとしている檻の前で大盾を放り出したライアットが、大鎌を構えた。

 その姿を目にするや否や、機転を利かせたマリナが手にしていた錫状にマナを込め始める。イリアがそれに加勢した。

 ライアットが本調子でない今、三人は内と外から同時に神器で閉ざされた空間をこじ開けようとしていた。


 輝きがさらに増す――。


 ライアットの気合が弾け、大鎌がきらめいた。閃光が走り、空間が断裂する。

 光の中から黒い何かが勢いよく飛び出し、石床を転がった。

 眩しい輝きの中、二人を捉えた檻が消滅し、その状況を目にした誰もが息をのむ。

 放り出されたままの《輝く大盾》。

 両腕を血まみれにしてその場に両ひざをつく《両刃の大鎌》を手にしたライアット。

 石床の上で転倒したまま《祝福の錫杖》を手に呆然とするイリア。


 そして……。

 マリナの姿のみが、その場からかき消えるように無くなった。



2018/01/21 初稿



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