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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚05章 ~狂乱の蛇神編~
150/157

32 激闘、続く!

 結界内で上級冒険者達と魔獣の圧倒的な戦闘が膠着し始めた頃、後方の空間が大きく揺れ、何かが弾けたような感覚が生じた。

 一同の視線が注がれる。

 領域内に新たに何者かが侵入したようだった。

 転移の輝きとともに現れた新たな光は徐々に人型となる。その姿が完全に顕現した時、ザックスの表情が険しくなった。

「アイツ……、何しにきやがった」

 現れたのは獅子猫族の冒険者レガード。

 領域内に現れるや否や、戦場の空気を敏感に感じ取り、表情に好戦的な笑みが生まれる。結界内の誰もが振り返り、その姿に眉を潜めた。ライアットのみがその姿を一瞥しただけで、すぐに魔獣へと視線を戻した。

 現れたレガードはバンガス達の死闘を横目に悠然と歩き始め、結界へと近づいた。

 ザックスが、アルティナが、クロルが、イリアが、マリナが……。

 それぞれの感情が込められた視線が彼に向けられる。それらを涼しげに受け止めつつレガードは口を開いた。

「安全なとこに引きこもって、相変わらずちまちまやってるようだな。力のない奴はお呼びじゃないってわけか」

「レガード、テメエ!」

 ザックスを挑発するかのように笑ったレガードは、イリアとマリナを一瞥した。

 イリアとレガードの視線が交錯する。

 口元をわずかに緩めたレガードは、結界を維持する《祝福の聖杖》、そしてライアットが手にした《輝く大盾》に視線を移し、最後に持ち主を失い石床に転がったままの《両刃の大鎌》に目を向ける。

 巨大な魔獣と三人の上級冒険者達の激戦を横目に、レガードは大鎌に手をのばそうとした。

「よせ。お前ごときに扱える代物ではない。資格なき者には災いをもたらすぞ!」

 ライアットが厳しい口調でそれを制した。

「ふん、扱うには神殿様にお伺いを立ててってわけか……、くだらねえ」

 小さく鼻で一つ笑うと無造作に長柄を手にする。《神鋼鉄オリハルコン》製のそれを軽々と手にし、ブンと一振りする。空を切り裂く刃の威力は通常の鎌型武器となんら変わりはない。

 わずかに目を細めてその刃を睨みつけたレガードは不敵に笑う。

「成程、そういうことか……、面白ぇ!」

 レガードの両腕に一瞬、緊張がみなぎる。鈍い輝きの刃に輝きが生まれ始めた。輝きはさらに力強いものへと変わる。

「マナを……、でも……、なんか変だ」

 その本来の能力を引き出すための扱い方は、大盾や錫杖と同じなのだろう。だが、冷静なクロルの視線のその先で、レガードが突然、苦悶の表情を浮かべた。

「く……、が……!」

 長柄を握る表情に余裕はない。

 両腕が震え始め、大鎌が暴れるかのように左右に大きく揺れ始めた。

「くそったれが……」

 手の中で暴れる大鎌を如何にか制御しようとするものの、徒労に終わる。

 瞬間、何かが弾けるような音とともに、支えを失った大鎌は石畳の上に転がり、レガードの両腕はズタズタになって鮮血に染まった。赤い血が石畳を濡らすものの、レガードの再生能力によって、それらは腕の傷とともに消滅していく。

 わずかな時間で傷をいやしたレガードは、荒く息をつきながら床に転がった大鎌を睨みつけた。

「面白ぇ玩具だ。さすがは神殿様ってとこか。でもな……」

 再び不敵な笑みを浮かべると、片足で転がる大鎌の柄を蹴りあげ、再びそれを手にした。

「いけません、レガードさん!」

「おやめください、レガードさん。それは《神器》です。神殿の加護のないまま、一介の冒険者である貴方に扱う事はできません」、イリアとマリナがレガードに忠告する。大鎌を手にしたレガードが振り返った。

 心配そうな表情を浮かべるマリナとイリアを……、彼に厳しい視線を向ける冒険者達を……、そして最後にザックスへと視線をやる。

「黙って見てな、クソ巫女共! 世の中にはお前達の枠じゃ計れない現実ってのが、存在することをな!」

 彼の口調と言葉は確信に満ちていた。

 挑発的な笑みをザックスに向けてレガードは大きく吠える。目を閉じると大鎌を持ったままの両腕をだらりと下げた。

 一瞬、彼を取り巻く空気が小さくしぼんだかのように見えたが、次の瞬間、圧倒的なマナがその全身にみなぎった。

 全身が大きく膨れ上がったかのような錯覚とともに、変化し始めた。

「獣戦士化……ですか」

 ルメーユの表情は厳しい。いかに獣人族冒険者の奥の手とはいえ、それは万能ではない。

 誰もが疑義の視線を送るその先で、獣戦士へと変貌を遂げたレガードが再び大鎌に挑む。

 咆哮とともに両腕にマナを込めると、再び刃が輝き始める。

「マナだけじゃ足りんだろう? 俺の命、食らってみろ!」

 正気とは思えぬレガードの言葉に従うかのように、《両刃の大鎌》の刃はさらなる輝きを放つ。再びレガードの腕から鮮血が吹き出すものの、彼はその手を決して放そうとしなかった。

 一匹の獣といわくつきの神器との力比べが続き、ついに主従関係が確定した。

「とったぜ!」

 高らかに勝利宣言をしたレガードが、支配下に置いた大鎌を軽々とふり回す。刃から生まれた真空刃が離れた場所の石畳を大きく切り裂いた。

「バカな……」

 驚愕の表情を浮かべたのはライアットだった。唖然とする結界内の冒険者達に向かってレガードは大きく咆哮する。圧倒的な力の体現者の振る舞いを前に、ザックスもまた驚愕する。

「戦鬼……。いえ、これが《覇戦鬼》……の力……?」

 イリアが小さくつぶやいた。

 呼応するかのようにレガードは再び咆哮すると、戦場に向かって堂々と歩き始める。

「よう、腰抜け。そこで指を咥えて仲間ごっこしながら遊んでな! ここから先はこの俺の戦場だ!」

 背中を向けたままザックスに吐き捨てると、レガードの意識は眼前の戦場へと移った。

 結界維持に不可欠な聖杖の柄を握りしめたまま、ザックスは唇をかみしめ、その背を黙って見送る。

 レガードという新たな要素が戦場に放り込まれることで、戦況はさらに変化するだろう。決して十分でない自分の調子、戦力不足の仲間達を守る結界の維持のためにも、今は我慢の時だった。

 とはいえ、今すぐにでも飛び出したいという、というのが前衛職、否、冒険者としての本能だった。

傍らに立つアルティナの香り、イリアの歌声に後押しされ、それをどうにか理性で抑えつける。

 ままならぬ状況に苛立ちを募らせるザックスをあざ笑うように、レガードは闘争の醍醐味を存分に味わうべく混沌渦巻く戦場へと飛び込んで行った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 攻防は一進一退だった。

 全力を解放して戦う二人の獣戦士のかく乱で隙を作り、バンガスが一撃を決める。

スピードでは決して負けていないし、何より《七つ頭の重蛇》の頭部は混乱し、統率がとれていない。

 だが魔獣の強固すぎる外殻と無限ともいえる再生能力のおかげで、優勢な手ごたえが感じられなかった。

 圧倒的な力を誇る冒険者とはいえ、所詮人間であり、限界はある。時がたてばたつほど不利になるのはこちらだった。

 長期戦の中、ほんのわずかに垣間見える反撃の機会に、致命の一打を確実に叩き込まなければならなかった。

 再び一頭が隙を見せる。

 ブラッドンとシュリーシャが突撃し、攻撃を喰らった頭部がバンガスの眼前でダウンした。

 すかさず致命の一撃を与えるべく、大斧を振りかぶり、迷いなく振り下ろす。

 インパクトの瞬間、横合いに気配を感じたところで、バンガスの身体は強い衝撃とともに宙を飛んでいた。

 わずかな滞空時間、しかし、冒険者としての頭脳と経験が自身におきた状況を冷静に分析していた。

 予期せぬ一撃を与えたのは別の頭部であり、さらにその目は宙を舞うバンガスに狙いを定めていた。

――偶然……だよな?

 バンガスの背筋にぞくりと悪寒が走る。

 ここまで均衡を保てたのは、混乱するそれぞれの頭部の統率がとれていなかった事が大きい。

 仲間をおとりにするという戦術的思考による意図的な攻撃。全ての頭部が連携して動くようになれば、戦力不足の今の状況ではなすすべがない。

 手にした大斧を宙で振り回し、着地点への軌道を強引に修正する。

 着地と同時にさらに回避行動をとったバンガスのすぐ傍の空間を、魔獣の牙が切り裂いた。

――やべえ!

 これまでに感じられなかった明確な殺気を向けられ、状況が一段階、悪化した事を理解した。

 どういう理由かわからないが、魔獣の頭部達の統率がとれ始めている。

 大斧の刃を正面に構えて反射的に防御の構えをとったバンガスを狙って、さらに別の頭部が頭突きを仕掛けた。

 バンガスの危機に素早く反応した二人の獣戦士たちが、防御に加勢する。

 ガツンと鈍い音を立てて三人がかりで如何にか受け止めたものの、ダメージは0ではない。

 そこを狙ったかのように別の頭部が襲いかかる。完全に回避不能のタイミングでの一撃だった。

 修羅場をくぐった防衛本能がとっさに防御姿勢をとらせた。

――間に合わない!

 誰もがそう思ったその瞬間、閃光が走った。

 続いて甲殻で覆われ頑強なはずの頭部があっさりと切断され、ごろりと音を立てて石床の上を転がった。すぐにそれはマナの輝きとなって消滅する。

 呆気にとられるバンガスの眼前に身知らぬ獅子猫族の獣戦士が立っていた。

《悲嘆》の仮面をかぶった男が持っていたはずの《両刃の大鎌》を手に、周囲の上級冒険者達を一瞥もせずに魔獣と向かい合う。

「がっかりだな。圧倒的な力で全てを手にする覇王の道より、全てを壊し尽くす凶王の道を選んだという訳か……」

 頭部を一つ失って、警戒するかのように後退した魔獣の中に、レガードは自身をあっさりと退けた男の姿を思い浮かべる。

 その視線の先には頭部を一つ失ったままレガード達に敵意をむき出しにする魔獣の姿があった。頭部を一つ失ったことで、その殺意は完全に冒険者達に向けられた。

「自分たちを脅かす敵を前に、ようやく目が覚めたってか……。人間だな……、どこまでも……」

 圧倒的な力を持ち人外の存在となりながら、本質を変えられぬその姿をレガードは嘲笑する。

「おい、お前、どこから湧いて出た? 何者だ?」

 大斧の先を魔獣に向けながらバンガスが尋ねた。いつの間にかレガードの背後をとっていたブラッドンが、突撃槍の穂先をその背に定め、シュリーシャは少し離れた場所で魔獣とレガードの双方を警戒している。

「俺の事を知りたきゃ、後ろのやつらに聞くんだな」

 警戒するバンガス達に構わず無造作に歩を進める。今のレガードの目には魔獣の姿しか映っていなかった。

「こいつは俺の獲物だ、邪魔すんじゃねえぞ、この足手まとい共!」

 大鎌の柄を両手にレガードはそう宣言すると威嚇する魔獣に向かって突き進んだ。

「テメエ、ふざけんな!」

 素早く視線を合わせたバンガス達は、一歩遅れてそれに続く。素性はどうあれ、今は自分達と目的を同じくするという事を理解し、彼らはとりあえずの共闘の道を選んだ。

――もう、どうにでもなりやがれ!

 めまぐるしく変わる状況に、バンガスはとうとう思考を放棄し、冒険者の本能に従って、再度獲物へと襲いかかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 レガードの参戦によって冒険者側に傾きかけた天秤は、失われた頭部が再生し、さらにいくつかの頭部が連携して攻撃を始めたことで再び平衡を取り戻していた。

 レガードが振り回す大鎌は、硬いはずの外殻をやすやすと斬り裂き、それを突破口に三人の上級冒険者達が攻撃を加えた。まだ統率のとれぬ頭部をわざと放置し、殺意をあらわに示すものから優先して叩き潰していく。

 一時は冒険者側に優勢に傾く天秤も、無限ともいえる再生能力によって再び平衡に戻り、徐々に魔獣側へと傾いていく。

 温かな波動に包まれた結界の中で、のうのうと傍観者で居続けねばならぬ己の無様さにザックスは歯ぎしりする。

――アイツとオレと何が違う?

 実力か?

 持っている武器か?

 あるいは生まれ持った戦士としての資質の差か?

 一つ一つの要素を思い浮かべ、大きく首を振る。そのどれにも決定的な差はないはずだった。

 だが、レガードは前線で暴れまわり、ザックスは後方で指をくわえて眺めているのが現実だった。

「あの大鎌……、あんな使い方して、よく折れないね……」

 ザックスと同じ切断系の武器を無造作に振り回し、当たるを幸いとばかりにその甲殻に叩きつける。

 レガードの余りにも無法な戦いぶりに、クロルが呆れたようにつぶやいた。

「武器に対する愛着など微塵も感じられんな」

「神器を使い捨てですか。なんとも豪快な御仁ですね」

リュウガとルメーユの言葉を耳にして、ザックスは思わず己の腰の愛刀に手をやった。

 素材は同じ《神鋼鉄オリハルコン》。

 とある師弟の魂と人生の全てが込められたその結晶は、神器ほどではないにしても、この戦場で決して役者不足というわけではない。現に一段落ちる《魔法銀ミスリル》製の武器でバンガス達は堂々と渡り合っている。

 武器の性能は申し分ないはずだった。

――でも、オレはこいつを信じきれていない……。

 愛刀の柄を握り締める彼の脳裏に、ふと、過去の出来事が思い浮かぶ。

《貴華の迷宮》の最下層でかけだし冒険者としての自分を支えてくれた《ミスリルセイバー》は、ヒュディウスの手によって砕かれた。

 再起を図り、新たな愛刀となった《地斬剣》は凶悪な《レッドドラゴン》の顎により、あっさりかみ砕かれた。

 頼みとする武器を失った瞬間の心もとなさが蘇る。

「なんだ、そういう事かよ……」

 自分の中に足りぬもの、そして不調の原因となっていたものにようやく気付き、小さく自嘲する。

 その姿に周囲が怪訝な表情を浮かべた。

「ザックス、大丈夫?」

 心配するアルティナに小さく頷きながら微笑むと、大きく一つ深呼吸した。

「アルティナ、クロル、結界の維持を任せる」

 結界内の誰もがその言葉に驚いた。迷わずザックスは歩き出す。先頭で大盾を構えているライアットの背に声をかけた。

「おっさん、出る。道を開けてくれ」

 一拍の間をおいて振り向く事なくライアットが尋ねた。

「迷いは晴れたのか?」

「気づいてたのかよ。人が悪いな、相変わらず……」

 常に命のリスクを伴う戦士としての覚悟。ザックスの問題は、他人に指摘されたからといって如何にかできる問題ではない。

 ライアットが言葉にしなかったのはそういう事なのだろう。

 大盾の結界が消滅する。

 迷わず、その外へとザックスは歩を進めた。

 結界に阻まれていた戦場の臭いと熱がザックスの五感を刺激し、冒険者として、否、戦士としての本能を刺激する。両腕が奇妙に熱を持ち始めていたがその時のザックスは気づかなかった。背後の仲間たちの気配が再び消滅する。結界が閉じられたのだろう。

「さあーて、それじゃ一丁、やってみるか!」

 振り返る事なくさらに歩を進める。

 迷いが晴れたせいだろうか。圧倒的な凶暴さを誇る魔獣を前に、ザックスの心は不思議と穏やかで、奇妙な高揚感に包まれていた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 圧倒的な質量を誇る巨躯が大地を圧し潰し、甲殻に覆われた重厚な巨尾が周囲を薙ぎ払う。多様なブレスが吹きつけられ、隙を見せたものには容赦なく牙が襲いかかる。

 攻撃パターンはさほどでもないが、繰り出されるどの一撃も、当たれば即致命傷になりかねない。

 ミスが全く許されぬ状況の中、四人の冒険者達は要所要所でわずかに見え隠れする隙をつき、その硬い巨躯に必殺の念とともに刃を突き立てていた。

 大鎌での攻撃を皮切りに、傷を広げ、致命の一撃を叩き込み、すかさず回避する。

 とはいえ、いつ果てるとも分からぬ魔獣の体力を削りつづけるのは、戦闘というより作業に近かった。

 レガードの参戦で一時的に優勢を得たものの、それぞれの頭部が連携し始めたことで、攻撃のバリエーションに幅が生まれ、魔獣の強さはさらに増したようだった。

延々と続く同じような展開の中、先に集中力を切らした方が負け――そして敗北は死に直結する、修羅場をくぐった冒険者なら誰もが知るところである。

 傷つけ、回復し、さらにそれを傷つける。

 延々と続く終わりのない作業を支えるのは忍耐の精神だけだった。

 と、いつ果てるともない戦況に小さな変化が生まれた。

 若干、優勢に戦況を進めていた《七つ頭の重蛇》が、突然何かに警戒するかのようにじりじりと後退しながらとぐろを巻いた。

 七つの頭部が牙をむき、巨大な尻尾を立てて冒険者達を威嚇する。

 突然の魔獣の変化に冒険者達は眉を潜めた。

 レガードが何かに気づいて背後を振り返った。その口元が小さく歪む。

 つられて振り返ったバンガス達は、その理由をすぐに理解した。

 四人に近づいてきたのは彼らがよく知る者。しかし、それまでの彼とは全く別人のような空気を纏っていた。

「悪いな、待たせたか?」

 いつもなら悪態の一つもつくところだが、今の彼からはそのような雰囲気はみじんも感じられない。

 愛刀を腰に下げたその立ち姿は、不思議と力強かった。

 バンガスは彼の両腕に目をやり、わずかに目を見張る。

「ザックス、お前、その小手……」

 指摘されて本人もようやく気づいたらしい。

「ん……?なんだ……、これ……?」

 ザックスの両腕を守る紅の小手。《皇竜の小手》と呼ばれるその中央部に輝く深紅の石に輝きが生まれ、小手全体をぼんやりと輝かせていた。

「まあ、いいか」

 理解不能な現象についてあれこれ考えても仕方がない。すぐに興味を失くし、視線を上げたザックスは、そのまま歩みを進め、一同の先頭に出る。魔獣の殺気が全て己に向かっているのが、全身で感じ取れた。

「一暴れするから、しばらく休んでな!」

バッグ》から《高級薬滋水》の瓶を取り出すとレガードに放り投げる。

「何の真似だ?」

「いいから休んでろ。獣戦士化ってのにも、限界があるんだろう?」

 膨大なマナを急激に消費するためか、ブラッドン、シュリーシャ、共に疲労の色が濃い。

 ザックスに《高級薬滋水》を押しつけられたレガードは、暫しザックスを睨みつけた。鋭い視線をやり過ごし、ザックスはゆったりとした歩調で魔獣に向かって歩き始めた。

「お前……」

 レガードまでもが目を見張る。

 周囲が一体何にそんなに驚いているのかよく分からないまま、ザックスの意識は眼前の獲物へと移った。

――やっぱりでかいな……。

 相手は間違いなくSSクラス。その脅威はドラゴンにも匹敵するだろう。

《亜竜の森》の祠で戦った《レッドドラゴン》の巨躯を思い出す。全くといってなす術のなかったあの時よりも、状況はさらに悪いはずだった。

――でも、どうにかなりそうなんだよな。なんとなくなんだけど……。

 不思議な高揚感に体が支配される。以前にもどこかで同じような事があった事を思い出した。

 半身に構え、愛刀の柄を握る。その傍らに強い怒気を纏った気配が立ちはだかった。

「休んでろ、って言わなかったか?」

「黙れ! お前に指図されるいわれはない。思いあがるな、腰抜け」

 獣戦士化したまま憤慨するレガードが、一息に飲み干した瓶を石床にたたきつけた。

背後のバンガス達も休むつもりはないらしい。

「まあ、いいけどよ……。途中でへばってヘマしても、助けてやらねえからな……」

「誰に向かって……」

 レガードの返事を最後まで聞く事なく、ザックスは一気に飛び出し、魔獣に襲いかかった。

 高熱のブレスが容赦なく襲いかかる。

《皇龍の小手》の結界を発動させて真正面から飛び込んだザックスは、ブレスをものともせずに間合いを詰め、踏み込みと同時に《居合閃》を放った。

 鞘から飛び出した《千薙せんなぎ太刀たち》の刃は怪しげな輝きを放ち、魔獣の首ごと空間を一閃する。

 真中の首がゴトリと音を立てて落ちた。そしてすぐ左のものがもう一つ。

「マジかよ……、おい……」

 ザックスの背後にいた四人の上級冒険者達が、そして結界内の仲間たちまでもが目を見張る。

 いきなり首を二つ失った魔獣は暴れながら後退した。

 抜き放った愛刀を鞘に納め、ザックスはさらに追撃の体勢に入る。確かな手ごたえを感じ取っていた。

 手の中の愛刀の柄を握り締める。

千薙せんなぎ太刀たち》。ここにきて初めて、柄から切っ先までの刃そのものが、己と一体化したような感覚を覚えた。

――まだ、ぼんやりだけどな……。

 魔獣の咆哮が衝撃波となって大気を揺らす。小手の結界でガードすると再び突撃する。

 直前で右側に移動し、胴体部めがけて再び愛刀を抜く。

 硬すぎるはずの甲殻に幾筋もの亀裂が走り、わずかな時を置いて、内側から漆黒の煙が勢いよく弾けた。

 ダメージを深く刻み込まれた《七つ頭の重蛇》は巨大な尾を振り回して暴れまわる。巻き込まれぬようにその場を飛び下がり、ザックスは間合いを取った。魔獣はすぐさま再生を試み、胴体部の傷はみるみる消えていった。

 だが、ザックスの攻撃が効いているのは、誰の目にも明らかだった。

 再び剣を鞘に納め、右腕を軽く振り回す。これまでと違って全く違和感はない。

 うまく使えている――その実感がさらなる自信へとつながる。

「ザックスに続け! おいしいところを持っていかせるな!」

 怒鳴るバンガスが魔獣に取り付き、シュリーシャと、ブラッドンが続いた。一拍遅れてレガードの大鎌が再び魔獣の胴体部を切り裂く。身体の数か所に生まれた亀裂から黒い煙が噴き出し、決して崩れぬはずの巨大なとぐろが徐々に崩れていく。

 暴れる獲物の背後に回り、ザックスは再び攻撃態勢に入った。

 結局のところ、己に足りなかったのは武器への信頼であり、己自身への信頼だった。

 二度も愛剣をへし折られ、苦労してようやく手に入れた新たな武器には、作り手たちの大きく重すぎる想いが込められていた。

 その想いに応えるべく大事に扱おうとするその心が、迷いとなってザックスを無意識に束縛していた。


 剣は所詮、剣であり、武器は所詮、道具である。

 道具を信じても頼り過ぎるな――フィルメイアの先達の言葉を思い出す。


 神器を使い捨てにするかのごとく無造作に扱い、暴れまわるレガードの姿を目の前にして、ザックスはようやくその事を思い出した。

 真に優れた道具ならばいかに扱おうとも、決して遣い手を裏切らないはずだった。

――だからこの技もいけるはずだ。

 柄の留め金を弾き、石床を割らんとばかりに踏みつける。抜刀の瞬間、己の重さの全てを刃に預けた。

 複数の閃光が同時に走り、ごつごつとした外殻に保護された胴体部がなます切りにされる。

 ぱっくりと大きく割れた傷口から噴出した煙に構わず、レガードがさらに一閃し、再生の隙を与えない。バンガス達が怒涛の勢いで追撃し、体勢を立て直したザックスが再び《居合閃》を放った。

 胴体部を切り刻まれ、たまらず魔獣は仰向けに崩れ落ちた。

「炎弾よ、弾ぜろ!」

 後方から澄んだ声とともに複数の火炎弾が傷口から魔獣の体内に着弾し、弾けた。

 悲鳴のような咆哮とともに全身の外殻がバラバラと崩れ落ち、マナの輝きとなって消滅する。

 受けたダメージの大きさに魔獣の再生能力が間に合わなくなり始めているようだった。

「ここが勝負どころです!」

 いつの間にか後方の結界が開かれ、ルメーユ達が飛び出していた。

 輝きを失った聖杖を手にしたマリナとイリアを守るように立ちはだかるライアットを残し、冒険者達が総がかりで魔獣に襲いかかる。

 さらに少し離れた場所で凛とした声が響き渡った。

「炎よ、烈風と交わり猛り狂え! かの忌まわしきものをその存在ごと焼き尽くせ!」

 生まれたのは巨大な火球弾。

 ただの炎弾ではない。火球内で轟々と複数の炎が渦を巻いている。

 傲然と音をたてて放たれたそれは、魔獣の胴体部に突き刺さるように着弾し破裂した。爆発が爆発を生み、生じた炎がその全身を焼き尽くす。

 さらにルメーユの魔法が乱れ飛び、倒れたまま起き上がれぬ魔獣の頭部に前衛職の五人が加撃する。

 全身の甲殻がバラバラと剥がれおち、《七つ頭の重蛇》の頭部が次々に斬り飛ばされ、あるいは叩き潰されていく。

 地に落ちた頭は断末魔を上げ、マナの輝きとなって消えていった。

「離れろ!」

 バンガスの指示で飛び下がった場所を、唯一残された攻撃手段である巨大な尾が振り抜かれた。あっさりとそれをかわした五人がそれに反撃する。つい先ほどまで圧倒的な攻撃力で冒険者達を翻弄していた大尾は、わずかな時間で甲殻が砕かれ、あっさりと斬り飛ばされてしまった。石床の上で意思を持っているかのようにしばらく暴れた後、大尾はやがて動きをとめ、マナの輝きとなって消滅した。

――もう少しだ。

 冒険者達の誰もがそう確信し、最後の死力をふり絞る。

 巨大な山が崩れ落ち、圧倒的だった凶獣の面影はもはやない。

 勝敗の天秤は大きく冒険者側に傾いていた。

 

 ただし、それは表面的な物でしかなかったのだが……。



2017/11/03 初稿



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