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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚05章 ~狂乱の蛇神編~
149/157

31 激闘、始まる!

「若いの、元気なの、小さいの。お前達は《祝福の聖杖》にマナを込めろ! 要領は《ドラゴンキラー》の時を思い出せ!」

 床に転がったままだった『微笑』の仮面の男が手にしていた錫杖を指さしライアットが叫んだ。

「マリナ、イリア、《神霊の唄》を唄って、聖杖で結界を! 他の者は結界内でしばらく待機だ!」

 ボロボロの装備のままのライアットが先頭に立ち、《輝く大盾》を石床にたたきつけるようにして身構えた。

 冒険者たちは機敏に動き、ライアットの指示に従った。

 杖をすばやく拾い上げたクロルがザックスとアルティナとともに速やかに指示に従う。

 考えている暇はなかった。眼前のモンスターは既に攻撃態勢に入ろうとしていた。

《貴華の迷宮》での事を思い出しながら杖を手にした三人は、ありったけのマナを注ぎ込む。

 イリアとマリナの澄みきった歌声が響き始めると同時に、三人のマナを注ぎこまれた聖杖の結界が起動した。冒険者達の足元に円形の魔法陣が輝き、その範囲内を安らぎの光で満たしはじめた。

「すごいよ、この杖。まだ全然、余裕だ。《ドラゴンキラー》なんて足元にも及ばない」

 魔力MAXの三人分のマナを注ぎこまれて尚、発熱する事もなく悠然と輝く杖を前にしてクロルが目を丸くする。

「でも、この程度の結界じゃ……」

 最も魔法に精通するアルティナが眉を潜める。瞬間、前方にさらなる輝きが現れた。

その中心にいたのは《輝く大盾》を手にしたライアットだった。

 神器といわれるその大盾は、半紡錘型のその表面が大きく割れ、ザックス達が初めて目にする解放形状へと姿を変えていた。

 そこから巨大な力が生み出され、新たな結界を構成する。さらに二つの結界の力が融合し、より強力な防御壁へと変容していく。

 半球状の結界を支える膨大なマナの輝きとその密度に冒険者達は言葉を失った。

 その結界に向け、アシェイトルの操る巨大な魔獣が光のブレスを放つ。

 閃光、灼熱、轟音。

 結界外にいれば、瞬時に消滅するのは間違いないだろうと思えるほどの圧倒的な力が空間を蹂躙した。

 けれども彼らを守る結界は完全に機能し、魔獣の凶悪な攻撃にもまったく動じてはいない。

 結界外の石畳が蒸発するように消滅していく光景に背筋が凍りはしたものの、ザックスはそれほど脅威を感じなかった。この中にいれば大丈夫だという安心感がそうさせたのだろう。

 やがてブレスの威力が減退し、完全に停止する。ブレスを放ち終えた大蛇の頭が次々に消滅すると、周囲に静寂が戻る。

 同時にライアットが盾の結界を消した。

 石の溶けた何とも言えぬ臭いと重さを感じさせる熱気が徐々に結界内を侵食する

「行け、バンガス。俺はここから動けん。攻撃は任せる! 人の姿に惑わされるなよ。本体は魔獣だ!」

「承知した!」

 ルメーユの放った烈風陣で周囲の空気の淀みを一掃した中を、ライアットの指示を受け、補助魔法で身体強化したバンガス、ブラッドン、シュリーシャが結界外へと飛び出していく。

 頭部を再生中の魔獣に猛然と三人の前衛職が襲いかかった。

 胴体までをも現した魔獣が振り回す蛇の尾をかいくぐり、三人が本体へと肉薄する。 一つ一つ再生していく牙と角を持たぬ頭に上級冒険者達の強力な攻撃が加えられた。

 ブラッドンとシュリーシャが圧倒的なスピードで再生中の蛇の頭達を翻弄する。その動きはザックスがようやく追い切れるくらいだった。これまでの鬱憤を晴らすかのように暴れまわる二人の背後で、しっかりと溜めを利かせたバンガスの巨斧がギラリと光った。まるで申し合わせたかのように左右に飛び下がった二人のいた場所に、マナが込められた強力な大斧の一撃が叩きつけられ、まともにそれを喰らった蛇の頭が一つ消滅した。

 回転回避する勢いを利用して大地に刺さった斧を引きぬいたバンガスのいた場所に別の頭が攻撃をかける。巨体に似合わぬ俊敏な動きでそれを再び前転回避したバンガスと入れ替えに、ブラッドンとシュリーシャがそれに襲いかかった。凶悪な蛇の頭を二人の斧槍が無残に引き裂き、さらに別方向から二人に襲いかかろうとする蛇の頭の攻撃をバンガスが大斧の刃でガードした。

 めまぐるしく攻防を入れ替えながらの息の合った三人の動きに魔獣は大きく翻弄される。

 繰り返される攻防。

 冒険者達が頭を一つ一つ潰す度に、大蛇はそれを再生していく。

 魔獣を操っているであろうアシェイトルの表情に動揺はない。対して離れてその激しい攻防を見守るザックスの表情には徐々に焦りが浮かび始めた。

 三人の攻撃は確実に効いている。

 しかし、蛇の頭が破壊されるスピードを再生するそれが徐々に上回り始め、既に四つ目までが完全に再生していた。再生した頭部の数が増すほど、魔獣の攻防は強化され、おそらく本体であろう胴体部への攻撃は遠のいていく。

「下がれ!」

 五つ目の蛇の頭が完全に再生を果たしたところでライアットの指示が飛ぶ。三人が結界内へと飛び込むと同時に、角と牙をもたぬ蛇たちの火炎と毒のブレスが再び結界を襲った。

 ライアットによって閉じられた結界内で、厳しい表情を変えずに大きく肩で息を切りながら呼吸を整える三人の姿に、それまでの攻防が決して楽なものでなかったことが窺えた。初撃必殺を狙って全開で飛び出していったのだろうが、必殺どころか決定的なダメージすら与えられなかったのが現実である。

「怪我はないな」

 バンガスの問いにシュリーシャとブラッドンが一つ頷いた。

「ええ、でもこっちの攻撃が薄いわ。一歩踏み込むためにも盾が欲しいところだけど、盾持ちじゃ後退が間に合わずブレスの餌食になるだろうし……」

 一瞬、ザックスとバンガスの視線が交錯する。

――駒が足りない。

 この状況で、それを補えるのはザックスしかいなかった。同じ前衛職のリュウガでは荷が重い。その事を分かっているのか、リュウガは自身の愛槍を手にしたまま、結界内で沈黙したままその場に片膝をついて待機している。上級職達に力量で劣る彼の出番は、終盤の止めを刺す頃だろう。

 手にした杖をザックスは不安げに見上げる。

 頭上の先端部から輝きを放ち続ける《祝福の聖杖》は三人のマナを無尽蔵に吸い上げ放出し続けている。今、ザックスが抜ければ、結界の威力は確実に減退し、防御に不安が生まれるだろう。

――どうするよ?

 次の攻撃に備えて身構えた三人の背後でザックスは唇をかみしめる。蛇の頭が最初から五つとも健在な分だけ、次の攻防はこちらに厳しいものとなるだろう。

 バンガス達にためらいはない。状況がどうあれ、機が来れば彼らは問答無用で飛び出すはずだ。

 心に生まれる小さな焦りがわずかな手の震えとなった。それを敏感に感じ取ったのが、同じく杖を握るアルティナだった。

「ザックス、行って! ここは私達に任せて!」

「でも、それじゃ、結界が……」

「大丈夫、起動した後の維持だけなら私達でも問題ないわ」

 すぐ間近から彼を見上げるアルティナの瞳と言葉に迷いはなかった。魔法や魔力に関してはザックスよりもはるかに造詣の深い彼女の言葉である以上、間違いないだろう。

「及ばずながら私達も協力しましょう」

 ルメーユとレンディが進み出る。

「あの相手では私の《烈風陣》もそよ風程度ですからね……」

「回復の方はいいのかい?」

「気づきませんか? この結界は回復の力も兼ねています。レンディの魔力を結界の維持に回しても同じでしょうから」

「分かったよ。後は任せた!」

 再びアルティナと視線を交わすとザックスはおそるおそる杖から手を離す。瞬間、結界に小さな揺らぎが生まれたものの、再びそれは元の輝きを放ち始めた。

 二歩離れた場所で歌い続ける巫女姉妹と視線を交わすと、ザックスはルメーユ達と場所を代わりバンガス達へと近づいた。

「ようやく真打ちの登場ってとこかしら、ザッくん?」

 おもわずずっこける。

「誰が真打ちだ。こいつは只の援護要員だ! 足引っ張んじゃねえぞ!」

「おいコラ、誰が援護要員だと? テメエがビシッと一発で決めないからオレの出番が回ってきたんだろうが!」

 冒険者の流儀に従い、バンガスの挑発に負けじとやり返す。代わる代わるにブレスが吐きつけられる結界内の温度がさらに上がり、背後でクロルがリュウガにかける声が遮られた。

「おしゃべりはその辺にしとけ、若いの。そろそろだ」

 ライアットの言葉と同時に、ブレスを吐き出し切って、五つの頭が徐々に後退し始める。

「行け!」

 ブレスを遮っていた《輝く大盾》の結界が消滅し、熱気と臭気の漂う空気の中を四人の前衛職が飛び出した。

 先頭にブラッドンとシュリーシャが、続いてバンガス、ザックスと続く。

 眼前に立ちはだかるのは《五つ頭の大蛇》。

 脅威なのは必殺のブレスだけではない。とぐろを巻いて鎮座する薄い闇色のその巨体から繰り出されるだろう圧倒的な打撃をまともに食えば一撃で戦闘不能にもなりかねない。

 後退しかけた蛇の頭を斧槍を持った二人が翻弄し、バンガスが再度の一撃を決める。

 蛇の頭ごと地を割るバンガスの斧の上にほんの一瞬の隙間が生まれた。

「そこを動くなよ、バンガス!」

 己よりも身長の高いバンガスの頭上を飛び越えたザックスが着地したのは、彼の斧の上だった。

 迷わず、両腕の《皇竜の小手》の結界を発動し、強引にその隙間を押し広げた。左右から襲いかかる二つの頭が繰り出す強烈な頭突きを身を固めて受け止める。

 ガツンと加わる衝撃に如何にか耐えきれたのは、ザックスの力量というよりは小手の性能のおかげだろう。

 わずかに生まれた隙間を強引に押し広げて足場を作ったザックスを襲った二つの頭に、シュリーシャとブラッドンが斧槍の刃を叩きつけた。

「オラー!」

 咆哮とともにバンガスが大地に突き刺さった斧をザックスごと頭上へと跳ねあげる。その刃を蹴り飛ばしたザックスがさらに高く飛び上がった。

 まさに冒険者ならではの無茶ぶりで強引に間合いに飛び込んだザックスが、身体を回転させながら《千薙せんなぎ太刀たち》を抜き放ち、巨体の胴体部に渾身の一撃を切りつけた。

 ザックス自身すらも刃の重さとなってのその一撃は一瞬、その場の空間すらも切り裂いたかのように見えた。

 予期せぬ一撃を胴体部に深くくらってバランスを崩した《五つ頭の蛇》は、その場に轟音を立てて崩れ落ちる。

 胴体上でそれまで余裕を浮かべていたアシェイトルの姿が消え去り、大蛇の身体がボロボロに崩れかけた石床の上をのたうちまわった。

 巻き込まれたザックスの身体が大きく跳ね飛ばされ、少し離れた石床の上に叩きつけられ痛みに顔をしかめながらもどうにか起き上がる。

 ここぞとばかりにバンガス達三人が大蛇に襲いかかり、それぞれが渾身の一撃を叩き込んだ。

 強烈なブラッドンの《三段斬り》と、シュリーシャの流れるような《流星槍》、そして、十分に溜めをつけてのバンガスの《岩斬閃》が大蛇の胴を次々に捉え、傷口から漆黒の液体が噴き出した。

 跳ね飛ばされた身体のダメージを如何にかなだめつつ、起き上がったザックスもまた《抜刀閃》の体勢に入る。

 意外に早くやってきた絶好の攻撃のタイミングを得て、少しでもその機会を広げようとするのは、前衛職の本能だった。

「オレの場所をあけろ!」

千薙せんなぎ太刀たち》を腰だめに構えたザックスの一言に三人の前衛職が俊敏に反応し、大きく傷口の開いた胴体部が彼の視界に広がった。

 体に染みついた《抜刀閃》のルーティンに従って、飛び出そうとしたその瞬間……。

『ゾクリ』と背筋が凍る。

 慌てて《抜刀閃》を中止して、その場から大きく飛び下がる。

 同じ事を感じ取ったらしく、バンガス達も一瞬でその場から後退した。

 転げまわる巨大な胴体と振り回される蛇の尾。そして小さくブレスを吐きながら苦悶する五つの蛇の頭。

 周囲に地響きを立てながら大地を転げまわるその姿は、大ダメージを受けて悶絶する大型モンスターに良くある光景だった。

――でも、何かが違う。

 修羅場をくぐってきた冒険者の勘がそう告げた。

――もっとヤバい何かが、起きようとしている。

 転倒に巻き込まれぬように距離をとった四人の前衛職達は皆、それを直感した。

 そしてそれを裏付けるように魔獣自身に変化が起きた。

 それまでとは比べ物にならぬほどに巨大で濃密なマナの気配。魔獣の体内から生まれ出たそれは殺気とともに周囲の空気を侵食していく。どす黒い色までがついたようなその光景にバンガスが叫んだ。

「もっと下がれ! 弾けるぞ!」

 言葉と同時にそれは起こった。

 ライアットが結界を閉じ、ブラッドンとシュリーシャが後方へと大きく後退し、ザックスがバンガスをかばって小手の結界を発動した瞬間。

 魔獣の傷口から無数の何かが飛び出し、周囲に飛び散った。

 触手状だったそれらはすぐに形状を変え、大蛇の姿へと変化する。

 それらはこの場所にたどりつくまでに彼らが戦ってきた蛇族の若者達が変化した姿に酷似していた。

 ただし、完全な形状のものはほとんどなく、胴体部から尾にかけての部分が霧状にぼやけている。

 それらが十や二十どころの騒ぎではない。

 数える事がバカバカしくなるほどの集団が《五つ頭の蛇》とザックス達の周囲を埋め尽くした。

「なんだ、こいつら、モンスターなのか?」

 眼前を埋め尽くす蛇、否、蛇もどき達は感情と意思を持った蛇族の若者達とは違い、どこかその目はうつろで、そのあり方はダンジョン内のモンスターに酷似していた。さらに、呪祖のような無数の言葉までもがおどろおどろしく周囲を埋め尽くす。

――もっと力を。

――さらなる栄光を。

――我らを蔑む世界に復讐を。

 吐き気を催すような負の感情の入り乱れたその光景に、冒険者達の誰もが眉を潜めた。

「どうやらザックス君の目の覚めるような一撃は、突破口を開いたのではなく、何か得体の知れないものを目覚めさせてましまった訳ですね」

 結界の中からのルメーユの冷ややかな分析に、やっぱり悪運度の賜物ね、とアルティナとクロルが溜息をつく。

「この状況でバカいってないで……、どうするの?」

 レンディの緊張した声にルメーユが叫んだ。

「バンガス、幸い魔獣は動きを止めています。動きだす前に先にできそこないの蛇達を叩いてください!」

 その声に四人の前衛職達が瞬時に反応し、攻撃にかかる。

 結界内で最初に反応したのはリュウガだった。

 ここぞとばかりに積りに積った鬱憤を晴らすべく、結界外に飛び出し、槍技で蛇達を切り裂き突き崩していく。

「私もでる! 一匹一匹はさほどの強さはないみたいだし」

「では、私もここから援護を……。アルティナさん、クロル君。結界の維持をお願いします」

 レンディとルメーユの声とともに臨機応変という言葉を見事に体現した動きを見せながら、冒険者達は有象無象の蛇もどきに牙をむいた。

 巨大な大斧の刃が空を切り裂き、数体の蛇もどきを薙ぎ払う。

 大きく振り払う事で生まれた隙を補うように、マナの輝きにあふれる太刀の刃が烈風となってさらに数体を引き裂いた。

「テメエ、貸しだなんて思うなよ!」

「そんなセコイ真似、誰がするか! それにしても次から次へと限がねえ……」

 背中合わせになって反撃の暴風の中心にいるのは、バンガスとザックスだった。

 彼らの視界の端では、暴れるのをやめてとぐろを巻き、眠ったように動かぬ巨大な《五つ首の大蛇》がいる。

 大きく切り裂かれた傷口は再生せずに、次から次へと不気味な触手が生まれ出て、それが蛇もどきとなって冒険者達に襲いかかった。冒険者達に倒されたそれらは、ダンジョン内のモンスターと同様にマナの光となって消滅する。ただし、倒した分だけ、否、倒した以上に次々に後続が生まれつつあるのが現状だった。

 動かぬ魔獣のさらに向こうではシュリーシャとブラッドンが、ライアット達が維持し続けている結界の周囲ではリュウガとレンディが、それぞれ奮戦していた。

 乱戦の模様を呈している状況で、彼らの戦い方に危なげはないものの、決して余裕がある訳ではない。一つ何かが崩れれば、たちまち戦局が崩壊する危険と隣合わせで、彼らは戦い続けていた。

 じわじわと時間だけが過ぎて行き、作業と化しつつある蛇もどきとの戦いに終わりは一向に見えない。

 膠着しつつある状況にじっと耐え好機を待つのが、修羅場をくぐり続けた冒険者のセオリーである。

「ザックス、わかってるんだろうな!」

「こんな時の対処法くらい心得てるさ!」

 バンガスが攻め、ザックスが守る。ザックスが攻め、バンガスが守る。

 最も派手に暴れまわる二人は交互にわずかな休憩をはさみながらの攻防の中で、背中合わせになってその意思を確かめる。

 忍耐力と持久戦。

 定石中の定石ともいえるその言葉にふさわしき行動をとるべく二人は……。

「ちっ、ごちゃごちゃ湧いて出てきやがって……。こういうときは……」

「やっかい事は……元から断つ!」

 膠着しつつある状況にしびれを切らした二人は、ほぼ同時に動かぬ魔獣へと突進を始めた。

――やっぱり……、そうなるわよね。

――まあ、あの二人ですから、予想は出来ましたが……。

 結界の中の魔導士二人がこめかみを押さえる中、忍耐という言葉には縁遠い二つのパーティのリーダーは、先を争うように動かぬ魔獣へと向かっていく。

 突如突進を始めた太刀と大斧の暴風に驚いたかのように、蛇もどきたちが二人の周囲に吸い寄せられ、戦いの流れが変わっていく。だが、魔獣を守るかのように蛇もどき達の抵抗が増し、二人はすぐさまその壁に行く手を阻まれた。

「バンガス様とその子分をこの程度で足止めできると思ってんのか、コラァ!」

「誰がいつ、テメエの子分になった!」

「あっ、テメエ、オレをまた踏み台にしやがって!」

 暴言を放ったバンガスを蹴りつける次いでに踏み台にして、さらなる攻撃力へと転化したザックスの太刀が周囲を薙ぎ払う。

 蛇もどき達がマナの光となって消えることで生まれた空間にさらに後続が崩れるようになだれ込みその場所を埋め尽くす。

 好転せぬ状況に二人は、そして周囲の者達の心の中に徐々に焦りが生まれつつあった。

 数だけが脅威の蛇もどき達の後方で、それまで眠るように動きを止めたままだった魔獣の五つ首が動き出す。

 それぞれが大きく鎌首をもたげて周囲を睨みつけ、恐ろしいほどの殺気が充満した。

――やべえ!

 本能的に危険を感じたザックスとバンガスがその場を飛び離れた瞬間、魔獣は巨大な咆哮とともに大尾で、周囲を蛇もどきごと薙ぎ払った。

 魔獣の周囲を守るようにしていた蛇もどき達のみがまとめて薙ぎ払われ、マナの光となって消滅する。黒い霧のように姿を変えたマナを、五つ首の魔獣はそれぞれの巨大な顎を広げて吸い込んだ。

「おい、どうなってる?」

「知るかよ、そんなこと」

 吸い込まれる勢いに巻き込まれぬよう、石床に大斧を叩きつけたバンガスと小手の結界で耐えるザックス。

 少し離れた場所にいたブラッドン達は穂先を地面に突き立て体勢を低くすることで耐えていた。

 全く未知の状況に混乱する冒険者達に解答を与えたのは、魔獣自身だった。

 自身の身体から飛び出たものを再び取り込んだ魔獣が、再度咆哮する。

 咆哮の衝撃に耐えられずにザックス達は跳ね飛ばされ、その場をゴロゴロと転がった。素早く起き上がったザックスは、魔獣の姿を目にして愕然とする。

「おい、マジかよ……」

 まるで全身に鎧を着たかのようにごつごつとした新しい外殻を纏った《五つ頭の大蛇》。身体全体がふた回り以上大型化し、その頭部はさらに二つ増え、《七つ頭の重蛇》と化していた。

「ゴテゴテしたモン着こんで、数を増やせば、どうにかなると思ったら……」

 バンガスの言葉は途中で遮られる。

 硬い外殻を纏った巨大な尾が周囲を薙ぎ払い、巻き込まれそうになった二人は慌てて転がってそれを回避する。巨大な石の塊が轟音とともに振り回される光景に肝を冷やし、二人はライアット達の結界まで後退した。

 転がるように飛び込んだ二人は大きく肩で息をしながら呼吸を整える。リュウガとレンディは先に結界内に退避し、魔獣の向こう側にいたシュリーシャとブラッドンは結界内に戻れず、魔獣の攻撃範囲外へと大きく身を移していた。

 その姿を大きく変貌した魔獣は、巨大な咆哮とともにその巨体で周囲を蹂躙する。

 その挙動で起こる地響きは攻撃範囲外にある結界の障壁すら波打たせた。すでに小さな山をも思わせるほどに大型化したその姿の中に、圧倒的なマナの力が感じられる。

「なんなんだ、一体、ありゃ?」

「壊せるかよ、あんなもの!」

 ザックスの言葉に一瞬バンガスが渋い表情を浮かべた。

《七つ首の重蛇》が全身に纏った岩のような外殻の隙間からは、黒い煙のようなものが漏れだしている。

「でも、アイツ……、なんだか様子が変だよ」

 クロルの指摘通り、変貌した魔獣の様子はどこかおかしかった。

 七つの頭は全く統率がとれておらず、各々がそれぞれ独立したかのように行動し、ときに頭同士で牙をむく。やみくもに振り回される大尾は周囲を容赦なく蹂躙し、その巨躯は時折、思いついたかのようにあらぬ方向へと突進を掛けた。

「どうやら理性が吹き飛んでしまっているみたいですね」

 魔獣を支配しているかのようなアシェイトルの姿は消えたまま現れず、《七つ頭の重蛇》に彼もまた呑みこまれたのか。あるいは彼自身が理性を失ってしまった姿なのか。

「このまま、放っておけば、勝手に自滅するんじゃない?」

「かもしれませんが……」

 クロルの指摘にルメーユが考え込むそぶりを見せる。

「若いの、結界維持に戻れ、来るぞ」

 ライアットの指示に即座に反応したザックスが結界の強化のために杖を握ったその瞬間、強烈な衝撃が結界内を突き抜けた。

 理性を失い荒れ狂う魔獣の体当たりに、如何にか結界は維持できたものの、決してそこが安全な場所ではない事を認識した冒険者達の表情から余裕が消える。

 結界に大きな衝撃を与えた魔獣は再びあらぬ方向へと突進し、その隙にシュリーシャとブラッドンが結界内へと滑りこんだ。

 ほのかな温かさを感じさせる回復の光の中でルメーユが結論を出す。

「どうやら放置したとしても、向こうが弱る前にこっちが潰れそうですね」

「当然でしょ、さっさとこっちから仕掛けて叩き潰すわよ! 指加えて待ってたって得られるものなんて何にもないわ!」

 一息に呑みほした《高級薬滋水》の瓶をその場に叩きつけたシュリーシャが言い放ち、無造作に《バッグ》に手を突っ込んだ。

 取り出したのは《突撃槍》。

 武装を斧槍から変更したシュリーシャに倣って、ブラッドンもまた同じように《突撃槍》を取り出した。

「やる気か?」

 バンガスの短い問いに二人の犬族の獣人種が小さく頷いた。

「しゃあねえな。じゃあ、レンディ、ルメーユ、こっちも頼む」

 バンガスの意図を素早く汲み取りレンディが彼の大きな背中に両手をあてた。彼の《軽装鎧ライトメイル》にほのかな魔法の輝きがともる。さらにルメーユが三人の武器に斬れ味強化の効果をもつ《魔力付与エンチャント》の呪文を掛けた。

 再攻撃の為に着々と準備が整う中で、ブラッドンとシュリーシャはその場で精神を統一する。《獣戦士化》という切り札を持ってこの状況に対処するつもりらしい。

「バンガス、オレも……」

「テメエはそこで留守番だ!」

 再度攻撃に加わろうとしたザックスの言葉をバンガスが遮った。

「おい、どういう事だよ?」

「テメエ、あれが斬れるのか?」

 バンガスの問いに一瞬黙りこむ。

「そんなモンやってみなきゃ……」

「さっき、らしくもなく『壊せるかよ、あんなもの』っていったよな? あれを斬り裂くイメージ、ちゃんとできてるか?」

 バンガスが再度尋ねた。

 即答できぬのは己に迷いがある証拠であり、周囲の者達の多くがそれを見抜くだけの力量を備えている。

 ザックス自身、バンガスの指摘が正しい事は承知していた。

 結果を実現するためのイメージが描けないという事は、己に状況を突破するだけの技量がないという事を示している事は冒険者にとって周知の事実である。

 ただ、だからといって、はいそうですかと素直に引き下がる訳にもいかない。

「三人でどうにかなる相手かよ?」

「悪いが足手まといをかばう余力はねえ。最初のミッションの時のことを忘れたのか?」

 バンガス達と初めて組んだそのミッションでの一連の出来事を思い出し、ザックスは唇をかみしめる。

「安心しろ。テメエの力量はここにいる誰もが認めている。今はテメエの実力不足というよりは敵との相性の問題だ。只な……」

バンガスが視線を落とす。その先には、《千薙せんなぎ太刀たち》がある。

「その剣……、相当な上物みたいだが、肝心のテメエがそれをいまいち使いこなしてねえ。今のテメエはそいつに振り回されてる……、違うか?」

 さすがは《ガンツ=ハミッシュ》筆頭の戦士である。

 ここまで蛇族の戦士や蛇もどきといった力量差のある相手に対して力技で如何にかごまかしてきたものの、過去、幾度もともに戦ったバンガスの目はごまかせなかった。二人の戦闘リズムの微妙なズレからそれを敏感に察知したのだろう。

「とにかくそいつをどうにかしろ。要はテメエの心の問題だ!」

 レガードの時のように競った状況では、小さなミスが致命傷となりかねない。

 再び結界に大きな衝撃が走る。

 アルティナが小さな悲鳴を上げ、巫女姉妹の唄が一瞬途切れかけた。

 大尾で、胴体で、そして七つの頭部で。二度、三度……さらに幾度も結界に執拗に攻撃を続けた魔獣だったが、不意に興味を失ってしまったかのようにあらぬ方向へと突進していった。暴虐の限りを尽くした小さな山が離れて行くのを結界内で呆然と見送る冒険者達の表情に、あいかわらず余裕はない。

「今のは……、かなりヤバかったな……」

「バンガス、行ってください。どうやらこの結界はもはや絶対のものではないようです。攻撃は最大の防御の言葉どおり、まずは奴をできるだけ引き離してください。それから、ザックス君は……」

 緊張感に満ちた冒険者達の視線はザックスに注がれる。

 絶対ではないとはいえ、結界がどうにか機能する以上、この状況では防御を優先させるべきである事は明白だった。

「了解。俺はここに残る」

 その言葉で全てが動き出す。

 ブラッドンとシュリーシャの獣戦士化が完了し、爆発的に増加したマナの力をその身に宿した神々しい獣戦士が現れた。

「出るぞ!」

 バンガスの声と同時に三人が開かれた結界から飛び出した。

 再度のリターンマッチに参加資格を失ってしまったザックスは、一人唇をかみしめ、左手に握った剣の柄を見やった。

 剣そのものに問題はない。ザックス自身がそのポテンシャルを十分に引き出せていないだけである。

――何かが足りない。

千薙せんなぎ太刀たち》を自在に使いこなすためのそれが何なのか。ぼんやりと見えそうで見えない己に歯噛みする。

「ザックス、焦っちゃダメ、今は我慢の時よ」

 すぐ傍らで共に《祝福の聖杖》を支えるアルティナが、心配そうに言う。随分と余裕のない表情を浮かべていたようだった。

「分かってるさ……」

 ぶっきらぼうに答えて、視界と意識を戦場へと移す。

 すでにそこでは、強大化した魔獣と冒険者三人による激しい死闘が繰り広げられていた。

 空間そのものを揺るがすような巨大な咆哮。

 不規則に振り回される七つの頭から吐き出される多様なブレス。

 巨大な胴体が地響きをたてて足元を揺るがし、硬い甲殻をまとった大尾が全てを薙ぎ払う。

――足が無いってのが、これほど厄介だとは思わなかったぜ。

 ほんのわずかな予備動作から直感を最大限に働かせて攻撃を回避しつつ、つけいる隙を探す。

 圧倒的な巨躯を誇る大型モンスターの腹の下に滑りこんで大ダメージを与えて転倒させるのが、前衛職の華。一つ判断を誤れば、大ダメージ間違いなしのその行為のスリリングさを一度知れば、たいていの冒険者は病みつきになる。

 判断を決して誤らず、もしもの時の安全マージンを確保しつつその行為を幾度も成功させてきたからこそ、今のバンガスがある。

 だが大地を無作為に這いずりまわる巨体の前では、不可能だった。しかも魔獣自身が混乱している様子で、その動作に規則性も意思も見出せない。

――こいつは間違いなく過去最悪の敵だ。

 かつてザックスとともに戦った《ブルードラゴン》を越える圧倒的な脅威を前に、バンガスは小さく舌打ちする。

 獣戦士化した二人のスピードは《七つ頭の重蛇》を圧倒的に上回り、全ての頭の動きを翻弄する。そこへ力を溜めたバンガスが一撃必殺とばかりに愛斧を打ち付け、隙を見せた頭一つ一つをつぶしていくセオリーに変わりはなかった。

――しかも、硬すぎるんだよな、こいつら!

 纏った硬い外殻がこすれ合い耳障りな音を立てる。並みのボスモンスターなら大ダメージ間違いなしのはずの必殺の一撃は、せいぜい中程度のダメージを与えるくらいで、ひるんだ頭の代わりに別の頭が、容赦なく牙をむく。標的に狙いを定める感情のない冷酷な視線とすぐ眼前を横切る鋭い牙に背筋が凍った。

 別方向から頭突きをかました頭部の勢いそのままに、大きく跳ね飛ばされたのを利用して間合いの外に着地する。バンガスの脱出を確認した二人が大きく飛び下がり距離をとった。

 目標を見失った《七つ頭の重蛇》は、その場にとぐろを巻いて頭同士が互いに威嚇し合う。攻撃を受けて破損した外殻からは黒い煙が吹き出し、やがて、外殻が再生し始めた。

「本腰入れて、長期戦になりそうね。アタシ、あんまり好きじゃないのよねぇ、こういうちまちました展開って……」

 再生の速度とこちらの攻撃力から見当をつけたらしく、獣戦士化したシュリーシャがバンガスの傍らで面倒臭そうにつぶやいた。

 とはいえ、好きでなくてもやらねばならぬのが大人というものである。

 大きく咆哮して気合を入れ直すと、三人は再び攻撃を開始した。その後方で小さな変化が起きていた事に、彼らはまだ気づいていなかった。



2017/09/25 初稿



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