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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚05章 ~狂乱の蛇神編~
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29 アシェイトル、裁く!

「問う。創世神にあらざる偽神を騙ったのは貴様か?」

 アシェイトルの前に立ちはだかり尊大に尋ねたのは、『微笑』『悲嘆』『憤怒』の仮面をかぶった三人の男たちだった。

 そのうちの一人の男の姿に、傍観者となった少女は、なぜかよからぬ胸騒ぎを覚えた。

「さて、偽神とはなんのことでしょうか。我ら蛇族を守護するのは遥か古より偉大なる蛇神の御意志。そして神々なる存在はそれを信ずる者達とともに、遥か古より無数に存在する。どこの誰ともわからぬ者が騙る唯一絶対たる創世神なる紛い物など有象無象の一つにしれぬはずですが……」

 論理破綻を承知でアシェイトルは審問官達を挑発する。『微笑』の仮面の男が錫杖を一つ床にたたきつけて返答した。

「黙るがよい、背神者め。遥か古の時代より創世神こそが唯一にして絶対の存在。未開部族の中に数多存在する辺境神の神話とその奇跡など所詮、我らが神の偉大なる奇跡を無知な者達が語り歪めたものにすぎぬ」

「それを証明する事は、過去いかなる智者賢者にもできなかった……。いえ、都合の悪い事実を暴き立てようとする者を何者かがせっせと消して回ったのですよね、みなさん?」

 あてこするアシェイトルの言葉に三人の審問官が動じる様子はない。

「愚かな人の身で、疑問を持ちその事に触れようとする事自体がおこがましいというのが分からぬか?」

「さて、どうしたものでしょう。既にこの身は人を越えた存在。凡俗の苦悩などとうに超えておりますゆえ……」

 アシェイトルの背後の空間から巨大な三体の蛇の頭と一本の尾が生まれた。その身体が宙にふわりと浮かびあがり、三つの巨大な頭を背にとぐろを巻く尾の上に立った。

 その姿を目にするや否や、三人の審問官から巨大なマナの力とともに怒気があふれた。

「《賢き者》蛇族の長、アシェイトルよ。すでにそなたは世界を守護する偉大なる神の愛に背を向けた背神者ではなく、神に仇なす恐るべき邪神の手先であることを確信した! 故に我らが神の名とその理を以てのこれ以上の審問は不要。邪悪なる神敵として貴様を処断する!」

 アシェイトルは無言のまま微笑んだ。その眼前に突如として『悲嘆』の仮面の男が現れ、手にした《両刃の大鎌》でアシェイトルの身体を切り裂いた。

「邪悪なる神敵に神罰を!」

 目にもとまらぬ早業にアシェイトルはなすすべもない。

 だが、その身体が崩れ落ちる事は無かった。胴を大きく切り裂かれたまま血の一滴すら流れぬその姿で、アシェイトルは微笑み続けた。代わりに三つの頭が猛然と『悲嘆』の仮面の男に襲いかかった。微塵も動揺する事なくその場を大きく飛び下がり、男は仲間のところへ飛び下がった。その眼前でアシェイトルの身体の深い傷口は何事もなかったのように、再生していた。

 審問官達の間に緊張が高まる。

 彼の手にした異常な力の存在は予想していたようであったが、その本当の力量は未知数といったところだろう。

『憤怒』の仮面をつけた男が進み出る。鈍く輝く半紡錘形の大盾を手に、その堂々たる体躯に圧倒的な怒気を身にまとう。

 並び立つ『悲嘆』と『憤怒』の仮面の男たちの背後で、『微笑』の仮面の男が錫状の飾り輪をシャラリと鳴らした。

 それを合図に二人の男が猛然とアシェイトルに襲いかかった。

 襲いかかる二つの頭部を『憤怒』の男の大盾が受け止める。交互に頭突きをぶつける二つの蛇の頭を盾の表面に生まれた輝く魔法陣が吐き出されるブレスもろとも楽々と防いだ。

 ドスンと音を立ててもう一つの頭部が地に転がる。

『悲嘆』の仮面の男が両刃の鎌で鮮やかに斬り落としたそれは、地に落ちるや否やマナの光となって消滅した。間髪をおかずにさらに動きを止めた二つの頭部が切り落とされた。まがまがしい頭部を失った首の代わりに、巨大な蛇の尾が二人を薙ぎ払う。

『悲嘆』の男が楽々と身をかわし、『憤怒』の男が大盾でもって軽々とそれを受け止める。

 宙に浮いたままのアシェイトルの表情に動揺はない。さも当然とばかりに彼は蛇の尾を引いた。


 一瞬の激しい攻防――。

 そして、つかの間の静寂が訪れる。


 上級冒険者同士ですらめったにお目にかかれぬハイレベルな戦いの傍観者は、その価値の分からぬ幼い神殿巫女只一人だった。

『微笑』の男がシャラリと飾り輪を鳴らし、再び『悲嘆』と『憤怒』の男が左右に別れた。

 表情を消し、アシェイトルが宙を一歩進み出る。そのまとう空気が変わった。

 再び背後から蛇の頭が現れる。

 

 一つ、二つ、三つ、そして四つ。


 先ほどまでのものとは異なり、凶悪な面構えのそれらの頭部には鋭い角が生え、牙も鋭い。

 全身の色までもがより深く闇色に染まった。

 そのまがまがしい姿に一瞬、『ドラゴン』という言葉が傍観者の心に浮かんだ。

「では、今度はこちらからまいりましょう」

 言葉ともに四つの頭が審問官達に襲いかかる。

 牙と角だけではない。各々の口から毒、炎、石化の多様なブレスが次々に吐き出され、空間を蹂躙する。

 三人の審問官が縦陣形に位置を変え、先頭に立った『憤怒』の男が、魔法陣を輝かせた大盾でそれらを防御した。質量を活かした激しい蛇の頭突きに一瞬、魔法陣が大きく揺れるが、それを、背後から『微笑』の男が錫状の力で強化する。

 強靭無比な結界の中から、『悲嘆』の仮面の男が飛び出てアシェイトルに襲いかかった。

 その鎌が本体を切り裂く寸前、強化された蛇の尾ががっちりとガードする。

 一瞬できた隙を狙って二つの頭部が『悲嘆』の男に逆襲した。

『悲嘆』の男が宙を踊る。まるで道化師のような身のこなしに余裕はあったが、双方の圧倒的な力量差にはつながらなかった。鋭い角で、あるいは禍々しい牙で攻勢に転じた二つの頭部を軽くあしらいながら後退をかける。

 四つの頭部が再び集まりブレスを吐き出す。同時に吐き出された数種のそれらを飛び出した『憤怒』の男が再び手にした《輝く大盾》で防いだ。魔法陣によって弾かれたブレスは周囲の地面を融解させ、炭化させ、石化させた。

 再び互いににらみ合う。

 互いに手の内を探り合いながら、相手の奥の手の存在を推し量る。

『微笑』の男の錫状が一つ地を叩く。それを合図に『憤怒』と『悲嘆』が左右に別れ、三角陣を組む。


 再び始まる攻防。

 襲いかかる四つの頭部と二人の男が激突した。

《輝く大盾》と《両刃の鎌》がガツンと鈍い音を立てて大蛇の牙と激突する。左右二手に分かれて攻撃者を迎撃する蛇の本体にわずかな隙が生まれた。

 その隙をつき『微笑』の男の錫状が鮮やかに振り抜かれた。

 打ち出されたのは光の槍のごとき魔法の一撃。

 巨大な蛇の頭部の隙間をついて放たれたそれは、一直線にアシェイトルへと向かった。


 直撃とともに生まれる爆光――。


 一瞬、その中に影が浮かんだように見えたのは傍観者の気のせいでは無かった。

 薄れゆく爆発の煙の中にうっすらと浮かんだのはボロボロになった五つ目の蛇の頭だった。

 マナの光となって消えて行ったその向こうに、平然と宙に佇むアシェイトルの姿がある。

「異端審問官。冒険者を凌駕した存在などと噂には聞いていましたが、さほどでもないようですね」

 三人の審問官に動揺の気配は無い。だが、彼らが背負う圧倒的な力に陰りが浮かんだようだった。

 冷徹な微笑を頬に浮かべ、アシェイトルは続けた。

「さて、ここからは私も未知の領域に踏み込むこととしましょう。みなさん、本気にならないと危ないですよ」

 再び生まれる五つ目の頭。宙に浮かぶアシェイトルの顔から表情が消えた。

「愚者よ、それ以上の過ぎた力の行使は、身の破滅をもたらすぞ」

『微笑』の男の言葉にアシェイトルは冷たく解答した。

「いらぬ心配ですよ。こちらの力のストックは十分以上にございます。それよりもご自身の心配と偽神への信仰がゆらがぬようになされる方が懸命と存じますが……」

 互いに退く事はない。攻防が再開した。


 四つの首と戦う二人の仮面の男。

 その戦場のわずかな隙間を縫うようにして、『微笑』の男が錫杖を振り抜き再度、光の槍を放った。

 前回のものよりもさらに威力のあるそれがアシェイトルへと向けられる。

 瞬間、戦闘に参加していなかった五つ目の蛇の顎が輝き、放たれた光の槍に勝るとも劣らぬ威力の光のブレスが放たれた。

 光の槍が、自らを蛇の尾で守ろうともしなかったアシェイトルに直撃し、その全身を蒸発させる。

 交差するように放たれた光のブレスは、『微笑』の男とは見当違いの方向へと放たれ、自らの首の一つを巻き込み消滅させた。

 ブレスを放った首がマナの光となって消滅し、アシェイトルをも失って、本体が大きく揺らいだ。

――やったか。

 言葉にはしなかったものの、そのような期待がわずかに膨らむ。

 だが、瞬時にそれは大きな動揺へと変わる。

 カランという音ともに《両刃の鎌》と《悲嘆》の仮面が石床に転がった。

 殺気に満ち溢れていた持ち主の気配はすでにどこにもない。

 自らの首をも巻き込んでアシェイトルが放った光のブレスがねらったのは、『悲嘆』の仮面の男だった。

 直撃を受け、一瞬にして消え去った同志の姿に残された二人の審問官の間に動揺が走る。

 追い打ちをかけるかのように宙からアシェイトルの声が降ってきた。

「まずは一人。少々乱暴な手段でしたが、形勢はこちらに有利になったようですね……」

 鋭い角と牙をもつ五つの蛇の頭。そして太い胴体が現れ、巨大な尾へとつながった。

 光の槍の直撃によって消滅したはずのアシェイトルの姿が、なにごともなかったかのように胴体上に浮き上がる。

「バカな……」

『憤怒』の男はすぐに己を立て直したようだったが、『微笑』の男の動揺は収まらなかった。

「本来ならば、偽神の使徒でありながらも勇敢なるお二人に敬意を表し、一人一人お相手すべきなのでしょうが、こちらも色々と事情がございます。今度はお二人まとめて消して差し上げましょう」

 その言葉に偽りなどないようにアシェイトルは笑った。呼応するかのようにその支配化にある《五つ首の大蛇》がその凶悪な鎌首を持ち上げ、それぞれの顎を大きく開いた。

 生みだされる五つの光。

 それがどのような結果をもたらすのかをその場にいる誰もが想像できた。

『憤怒』の男が果敢に前に進みでて左腕の盾を輝かせる。その姿を前にして、『微笑』の男は動じる己の心を立て直し、すぐさま次の行動へと移った。

 手にした錫杖を眼前へと捧げる。鈍い輝きとともに錫杖がふわりと浮かび上がった。

「偉大なる創世神よ、この身に御身の大いなる力を分け与えたまえ!」

 彼が朗々と口ずさんだのは《神霊の唄》。

 唄は力となって錫杖を輝かせ、その大いなる輝きが前方で立ちはだかる『憤怒の男』の《輝く大盾》へと吸い込まれていく。

 さらなる輝きを増した大盾は、巨大な魔法陣の防御壁を張りめぐらせ、《五つ首の大蛇》の次なる攻撃に備えた。

「禍つ神を妄信する愚かな信徒よ、偉大なる蛇神による裁き、謹んでその身に受けるがよい」

 アシェイトルの言葉と同時に五つの巨大な顎が同時に開き、そこに光が集中する。

 背筋を凍らせるほどの圧倒的な力が凝集したその光は、先ほどのそれとは比べるべくもなかった。

 それらが全部で五つ――。

 突如として訪れた圧倒的なクライマックスに場の空気が大きく震え、重さを加速させていく。

 ほんのわずかな刺激を与えただけで、巨大な雪崩のように荒れ狂うであろう力の奔流に、傍観者は身を震わした。

 ごくりと息を呑んだその瞬間、鮮烈な光のブレスが、二人の審問官めがけて放たれた。

 あらゆるものを呑みこみ、焼き尽くし、消滅させるまばゆい光がその場を覆い尽くす。

 永遠とも思える灼熱の時間がゆっくりと過ぎてゆく。

 やがて光が消え去った時、その場に立っていたのは、ボロボロの戦装束を身にまとった『憤怒』の仮面の男、只一人だった。

 全身が焼け焦げかけながらも、その左腕の《輝く大盾》は健在で、持ち主を災厄から如何にか守り通していた。

 が、その背後でふわりとその場に浮かぶように立っていた錫状は、その主を失った事で、力を失い、その場に仮面とともにカランと音を立てて転がった。

 強力すぎる光のブレスを放った五つの首が次々にマナの光となって消滅し、すぐに何もなかったかのように角をもたぬ次の首が現れた。

 強力すぎる奥の手を放ちながらも全く衰える気配のない《五つ首の大蛇》を前に、ただ一人、『憤怒』の仮面の男のみが残された。

 全身を光に焼かれ、その足元はおぼつかない。それでも闘志を失う事なく彼は手にした盾を構えた。

 容赦のない猛攻が再開する。

 再生した五つの蛇の頭が大顎を広げ、男を丸のみにせんと次々に襲いかかった。

『憤怒』の男が手にした大盾とそれらが衝突するたびに魔法陣が輝き、その場に踏みとどまっていた男は衝撃に耐えきれずに徐々に後退していく。

 彼とて決して状況を諦めているわけではない。

 攻撃のわずかな隙をついて、手にした大盾をカウンター気味に叩きつけ、蛇の頭を一つ消滅させる。

 だが、すぐさま残された四つの首の攻撃に翻弄され、さらに再生した首がそれに加わり、不利な立場はさらに悪い方向へと向かった。

 余りにも一方的すぎる展開となってしまったその戦いに、傍観者である少女は目を背けられなかった。

 彼が神殿側であるからというだけではない何かが、少女の中に予感となって広がり、彼女は必死でそれを否定しながらも、男の生存を願っていた。

「もうやめて! 誰か助けて! お願い!」

 一方的に蹂躙され始めたその姿に居ても立ってもいられなくなった少女は、自らを束縛する光の檻の中で必死に叫んでいた。

 だが、彼女の願いをかなえる者などその場にはおらず、無情にも最悪の事態が訪れる。

 とうとう踏みとどまる力を失くした『憤怒』の男が大蛇の尾の薙ぎ払いの一撃によって宙を舞い、空中でさらなる容赦のない頭突きが加えられた。

 壊れた人形のように宙を舞い、地に叩きつけられた男の顔から『憤怒』の仮面が外れ、音を立てて石床に転がった。

 血にまみれたその顔を一目見た瞬間、少女の心に絶望が広がった。

「いやぁー! 義父様ぁー!」

 己の中にあった予感の正体と容赦のない現実に、傍観者でしかない少女の心は破裂寸前だった。

 そして、その叫びは止めを刺そうとした蛇頭達の動きを寸前で止めた。

 皮肉にも少女の絶叫が、戦場にほんの一瞬のためらいを生みだし、それに呼応するかのように、空間内の別の場所に新たな光が生まれた。

 現れたのは冒険者達――少女が望み続けた者とその仲間達だった。

 その姿を目にすると、アシェイトルは蛇の頭達を後退させた。

 一つまた一つと蛇の頭が宙に消えていく。

 閉ざされていたはずの檻の中に彼の冷静な声が響いた。

「あの者達とともにお帰りなさい、お嬢さん。そして、傲慢で愚かな神殿と世界への我が復讐の意思を広く知らしめなさい」

 一呼吸おいて、彼は続けた。

「ヒュディウス殿。これより一切の手だしはなりません、よろしいですね」

 姿と気配を消し、いずこからこの場を傍観しているだけの魔人の返答は無かった。

 それを肯定ととらえたのだろう。

 拘束されていた光の檻から少女は解放される。

 苛烈な戦闘の敗者となって力なくその場に横たわる義父と、はるばる《ペネロペイヤ》から迎えにやってきた者達の前に、忽然と少女が無事な姿で現れる。

 その場の誰もが喜びと困惑の表情を入り混じらせた。



2017/09/13 初稿


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