26 ザックス、再会する!
転移したその場所で最初に臭ったのは、焼け焦げた肉の匂いだった。
神殿内の腐臭の不快さにも往生したが、それに勝るとも劣らぬものだった。
あたり一体焼けただれ、無残に切り裂かれた蛇族の若者達と思しき死体が散乱する。
その場所で激しい戦闘が行われた事は、一目瞭然だった。
少しばかり緩みかけていたパーティの空気が再び引き締まる。
「随分と静かだね、もう終わっちゃったのかな?」
「うむ、ここが《忘れられた遺跡》という場所のようだな」
「間違いないでしょうね」
クロルとリュウガ、そしてマリナがそれぞれの感想を述べる。
戦闘の気配を感じ取るや否や、愛剣を引きぬいて身構えていたザックスは、剣を鞘におさめ周囲を見渡した。
無残に崩れ落ちた遺跡の建物、焼けただれた大地、そして、散乱する死体。石壁に大きくついた傷跡をたどるとどのような戦闘が行われたかが、なんとなく想像できた。
ふと一人の男の姿が脳裏に浮かぶ。
――多分、あの野郎の仕業だな。
因縁の相手が、戦いを楽しみながらここで暴れまわったことが、容易に想像できた。
「聞いてるかい、ザックス」
クロルに不意に呼びかけられ、ザックスは驚いた。
「なんだよ、急に?」
ザックスの返事に「はあ」と一つ溜息をつくと、クロルは小声で答えた。
「少し見て回ったけど、イリアさんの……その……」
わずかに口ごもる。小さく首を横に振ってクロルは続けた。
「イリアさんはまだ、生きてるよ、きっと……」
多分、少し離れた場所でリュウガとともに死体を見分しているマリナを気遣ったのだろう。
「当たり前だ。イリアはどこかにいるはずだ」
目的を思わず見失いかけていた己を叱咤する。己にとってハオウ――レガードの存在がそこまで大きいなどという事は許せなかった。
「……そうだね」
暫しじっとザックスの様子を見つめていたクロルは、わずかに肩をすくめた。
「じゃあ、手分けして探した方がいいだろうね」
「そうだな、じゃあ、リュウガ、マリナさんを連れてあっちへ、クロルは向こうへ。俺はこっちを探す。何かあったら閃光弾で合図を……」
三人が了解の意思を示す。
「ザックス、そっちは気をつけて……」
「うむ、警戒は怠らぬがよいぞ」
「分かってるよ」
二人はザックスがその方角を選んだ理由に、気付いているようだった。
仲間達に背を向け、彼は先へと進む。彼の行く道には、まだいくつもの死体が転がっている。
「イリア、どこだ?」
ザックスの呼びかけに返事は無い。古に滅び去ったであろう遺跡の街並みは不気味に静まり返っている。
生々しい戦闘の爪痕とその結果である無数の死体は遺跡の北の方に向かっていた。
北に向かって進むごとに死体の数は減っていくもの、建物や大地についた破壊の爪痕はさらに大きくなっていく。
その光景を目にしてザックスは、《亜竜の森》でみた《タイラン》と《ルプト》の戦いを思い出した。
たった一匹の巨大な女王に群れをなして襲いかかる《ルプト》達。
周囲の光景から、この場所でそれが再現されたように思えた。
――あの野郎。
小さく舌打ちする。
当然、数に勝るのは蛇族の方であろうから、戦っている相手はレガード只一人。おそらく、ヒュディウスはそのような戦いに手は貸さないだろうし、レガードはたった一人でそのような状況に挑むのを好む事も、なんとなく想像できた。
――強くなってやがる。以前よりも桁違いに……。
彼と最後に会ったのはあの運命の日であるから、そのころよりも強くなっているのは当然である。
だがレガードが大地に刻みつけたであろう得物の痕跡に、己の力に対する絶対的な自信を感じさせた。おそらく、今のザックスと同じくらいか、あるいはそれ以上か……。
LVが最高値に達しているという事とは別に、冒険者として、ザックスとは全く異なる方向で自分のやり方を築いているのは間違いなかった。
《千薙の太刀》の鞘を握る手に力が入る。右腕に走る痛みは既にマリナによって治癒されていた。
ふと建物の陰に人影を見たような気がした。
瞬時にそこへ身を移し、愛剣の柄を握った彼は、予想だにせぬ光景に言葉を失った。
恐怖の表情を張り付けたまま石化した蛇族の若者達の姿。
――なにがあったんだ、こいつら?
無意識に全身に力が入る。シュリーシャから《石化魔眼》の存在は聞いており、その対策も一応は考えてある。
状況から同志討ちのようにも思えるが、それ以上の事は分からなかった。
まさかレガードに味方したという訳ではないだろう。
先ほどから己の中に生まれる彼への感情の種類について、今は考えたくなかった。
「イリア、どこだ? いたら返事をしろ!」
相変わらず周囲は静まり返ったままだった。
転がっている死体の中に、彼女のそれがまぎれているという状況は、全く想像できなかった。
だが、温かい微笑みの似合うウサ耳少女が、自分の呼びかけでひょっこりと物陰から出てくるという状況もまた、想像できなかった。
「イリア、どこだ?」
傷跡をたどってさらに歩を進める。なんとなくこの先にあるものの想像はついた。それは確信に近かった。
それゆえだろうか?
そこへ行く事に、彼の中で何かがブレーキをかけていた。
鈍る足を叱咤して彼はその場所へ踏み込んだ。
破壊の一撃がクレーターとなって広がったその場所には、蛇族と思しき者達の姿は一切ない。
立ち止り黙って周囲を見回す。この場所が終着点である事は確かだった。
風の音の中に、時折石壁が崩れる音がまじる。
再び歩き出し、周囲を探索する。
破壊をまぬがれ、倒壊しかけた建物の数々。もともと原形を保ってはいなかったのだろうが……。
ふと足をとめた。
倒壊しかけた一棟の建物。いや、それは建物の態はとっくになしてはいない。その向こうに人の気配を感じた。
ただし、それは求める者のものでない事は直感的に分かった。
むしろ、それは、彼が一番会いたくない者。
それでもザックスは、イリアの行方の唯一の手掛かりを得るため、仕方なくそこへ足を向けた。
色々な感情が脳裏に渦巻くものの、ザックスの心音はむしろ平穏そのものだった。
《千薙の太刀》の鞘を左手で握り、彼はさらに数歩踏み進んだ。
そして……。
彼らは、その場所で、再会した……。
あの日から、一年以上たっての再会だった……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
倒壊しかけた建物の陰に彼はその身を横たえていた。その傍らに彼の武器らしきスタッフが、無造作に放り出されている。
横たわるその身体には大小様々な傷が残っていた。そのうちの一つ、わき腹を貫かれたかのようなそれは、致命傷といっていいほどに大きなものだった。
――死んでいるのか?
眠ったように横たわる彼――レガードに、ザックスは近づこうとした。瞬間、彼が目を見開いた。
「よう、腰抜けフィルメイア……、久しぶりだな……」
少しばかりかすれた声だったが、確かに聞き覚えのあるそれだった。
「バカネコ、まだ生きてたのか?」
訓練校でのやり取りを思い出しつつ、ザックスはそれに答える。彼が再生能力者である事はマリナとエルシーから聞いて知っていた。だが、その能力がどれほどのものかは、まだザックスには分からない。
身を起こそうとするがさすがに傷が痛いらしく、レガードはその場に起き上がれなかった。
「イリアはどこだ?」
「再会して死にかけている旧知に、いきなりそれかよ、腰抜け……」
「悪いがいまさら、テメエと仲良くしようなんて思っちゃいねえよ。踏みつけられたくなかったらとっとと答えろ、バカネコ!」
「さあな、俺が知る訳ねえだろ、ヒュディウスの奴にでも聞くんだな!」
「テメエ……」
その傷だらけの身体を蹴りつけようとする衝動を、理性で押しとどめる。
ザックスの葛藤を見抜いたかのように、レガードは彼を鼻で笑った。
「相変わらず、ちまちまと自分を抑えつけているみたいだな。お前、もしかしてあの頃よりも弱くなったんじゃねえのか?」
「なんだと!」
「フン、ヒュディウスの野郎にひと泡吹かせたっていうから、期待したんだが、それほどでもなかったようだな」
「じゃあ、テメエは一体、何してたんだ? あのド陰気な《魔将》なんぞと手を組んで。自分がした事がどういう事だか分かってんのか?」
「知った事か。俺はやりたいように振る舞い、必要な物を奪った。それの何が悪い、腰抜け!」
ククッと小さくレガードは笑う。ザックスの怒りのボルテージがさらに高まった。全く意に介さずにレガードは続けた。
「あの蛇共、只の負け犬のクズ集団かと思いきや、どうしてどうして。なかなかに面白かったぜ。おまけになかなかの芸達者ときた。毒に火炎に石化のブレス。仲間ごと巻き込んで勝利を拾おうとするあのイカレっぷりは、実に楽しめたな」
「…………」
「それでも叶わぬと見れば、ついには共食いまで始める始末。劣等感に怨念と執念。自分だけは助かりたいと味方の背中を切りつける浅ましさ。滅びゆく者の典型だな。最後に残った奴がそれでも勝てぬと分かった時の絶望の表情は……」
「いい加減にしろよ、ハオウ!」
レガードが言葉を止め、じろりとザックスを見上げた。
「お前、やっぱり弱くなったな」
「どういう意味だ!」
「言葉どおりさ。確かに冒険者としてのお前は強くなったのかも知れんが、あの頃のお前はもっとキレてた。自分以外は皆敵だって目をして、イカレてた……」
よいしょっとレガードは身を起こす。そのまま引きずるように背後の壁にもたれかかった。その身体についた無数の傷口が全体的に小さくなっている事にザックスは気づいた。このままいけば、いずれ、全快するのかもしれない。
「ハオウ……か。確かに陰で俺の事をそう呼んでいるやつらもいたな。まあ、皆くたばったが。当然か……」
ザックスの表情が険しくなる。
「なんだ、お前、あんなくだらない奴らに同情でもしてたのか、らしくもない。お前は俺と同じ側の扱いだったはずだろう? 『孤狼』なんてあだ名されて……」
「知るか! そんな事……」
「訓練校の中にいた奴らってのは、どいつもこいつも下らん奴らばかりだった。石に映し出される表示を見せ合っては、どっちが強いだの弱いだのと……。低いレベルで競い合って……ばかばかしい」
ふと脳裏にあの頃の日々がその頃の感情とともに蘇る。
「知ってたか? あいつら、まだ冒険者になってもいないうちから、連れだってあちこちの酒場を回っては、将来の所属先を根回ししてたんだぜ。全く御苦労な事だ。弱者の考える事は理解できねえ。無駄な事に労力を割き、挙句の果てにはあの結末、まあ、らしいといえばらしいがな……」
心底しらけたような表情をレガードは浮かべた。
「どいつもこいつも、ちまちましすぎてうんざりだった。俺が面白いと思った奴の数は片手の指にも満たなかった。まあ、その一人にお前が入っていたわけだが……」
にやりとレガードは笑う。その視線を外して、ザックスは近くの崩れた石壁に身を任せ、腕を組む。
「あの頃のお前は俺と同じようにイライラしてたはずだ。いきなり最初の手合わせで、この俺をあっという間にのしちまうくらいにな」
「あれは失敗だった。おかげでテメエには随分付きまとわれた……。適当に加減でもしとけばよかったな」
「ふん、出来もしない事を……」
当時の記憶がさらに蘇る。あの頃の己がなぜ彼に対してあれほどイライラしていたのか、ザックスには未だに良く分からなかった。
「そんな俺達を遠巻きにして、ハオウだのコロウだのと陰口を叩いていた奴らに、お前は最後に媚びた。仲間ごっこに入れてもらって満足した……、違うか?」
「勝手な解釈してんじゃねえよ!」
「じゃあ、奴らを利用したとでもいうのか? 笑わせるな、そんな器用な真似、あの頃のお前に出来る訳ないだろう?」
一瞬、言葉に詰まる。
「せっかくの俺の誘いを蹴っ飛ばし、弱い奴らと群れて自分を抑えつけてのミッションは楽しかったか、腰抜け?」
「テメエと組むよりはましだ!」
「だが、最後には共闘した……」
あの日の記憶が再び蘇る。
確かに死を覚悟し、それでもヒュディウスに一糸報いんと斬りつけた時、レガードの存在を近くに感じていた事を思い出した。あの日、己の死を眼前にした時、ともにパーティを組み、あえない最期を遂げた仲間達への感傷はなかった。
その事を思い出し、ちっと小さくザックスは舌打ちする。
そんな彼の姿をレガードは面白そうに眺めていた。
忌々しげにザックスは彼に問う。
「じゃあ、テメエは一体、何がしたいんだ!」
「知っているだろう、宣言したはずだ、お前たちの眼の前で」
訓練校に入ってまだ日の浅いうちのある日の光景。全員を前に、レガードは堂々宣言した。
『冒険者としての己の力を以て、サザール大陸を制覇する』と。
「バカバカしい……」
「でも、あの日のお前は笑っていなかった。クソ教官共も含めて、ほぼ全員が腹を抱えて笑う中で、ほんのわずかだったが笑わなかった奴ら。そういえば、あの眠ったままのエルフ女もそうだったな。あの時笑わなかったお前達は大なり小なり、なんとなく気づいていたはずだ、冒険者の可能性という奴に。そしてそれを常識という殻をかぶせて見ないようにした……。違うか?」
ザックスは返事をしなかった。ただレガードに対するイラつきだけが積み重なっていく。
レガードは胸元からクナ石を取り出した。青く輝く指先大のそれは冒険者である事のただ一つの証だった。
「クナ石。冒険者って奴らは皆こいつで神殿に首輪をつけられる。そして現れる数字が己の可能性を縛りつけ、冒険者協会が冒険者達の動向を監視する。その事に気づかぬバカな奴らが、数字だ、職だ、お宝だ、と浮かれて命と金を搾取される。ステータス表示なんてくだらないなんて言い張る奴も所詮は同じ。圧倒的な力を持って自由である事を謡いながらも、何の事は無い。本当は不自由で窮屈な枠の中でがんじがらめに縛られているだけ――それが冒険者というシステムの本質だ。凡俗が及びもしない圧倒的な力を持ちながらも、街を行く通りすがりの凡人、滑稽なしきたりを振りかざす凡庸な村人共となんら変わりない現状に甘んじている事にすら気づかない」
「だから力で踏みつけるってわけか。妄想もいい加減にしろ!」
「強者が搾取し、弱者が踏みつけられる。当然の理だろう?」
「力だけが強者の絶対基準って時点で、テメエはズレてんだよ、バカネコ」
「勘違いしてるのは、お前だ、腰抜け。神殿、王侯貴族、大商人。奴らは強者じゃねえ。強者のふりをした弱者だ。システムにうまく乗っかってるってだけの運のいい奴らに過ぎん。確かに知恵を回し、己の富を増やすためにせっせと小細工する点では、搾取されることを喜ぶ凡俗共とあきらかに一線を画するだろう。だが、ほんの少し道を踏み間違えれば、あっという間に周りに足を引っ張られ、なり代わられてしまう只の弱者だ。そして、それを脅かすのが冒険者の可能性。だから奴らはあの手この手で冒険者を縛ろうとする。この一年、お前は俺と違っていろんなものに触れてきたのだろう。そう思った事は無いのか?」
《最高神殿》で、《アテレスタ》で、そして、大砂漠の旅で……。
レガードの言葉の中に、思い当たる要素がいくつもあった事をザックスは思い出す。
「心当たりがあるって顔だな。まあ当然か……。随分と派手な御活躍だってヒュディウスが笑ってたぜ。《魔将殺し》だったか。もしかしてその言葉の意味も分からずに得意になってたのか、お前?」
「何が言いたいんだ、テメエ?」
「分からなきゃ、それでいいさ。お前も所詮は、強者と弱者の間を行ったり来たりの半端者ってだけの話だ」
ザックスがレガードを睨みつける。強烈な殺気がザックスから放たれた。
「俺にイラついてるんだろ、だが、その感情の正体をお前は相変わらず見ようとしていない……、あの頃からずっとな。だったら俺が教えてやるよ、腰抜け。それは『憧れ』が裏返った『嫉妬』だ。お前は俺と同じ側の人間だ。お前が理性で抑えつけてる本当のお前の姿を、俺という鏡に映して見ているだけだ。本当はそう振る舞いたいと思う己の姿を俺に見せつけられ、物分かりのよさでごまかしてるお前は、俺に嫉妬してるんだよ」
「黙れ! いい加減にしろ!」
「何故いつまでもここで立ち話してる。お前は何をしにここへ来た? 俺に会いに来たわけじゃないだろう?」
「当たり前だ! 最初に言ったはずだ、イリアはどこだと!」
レガードはフンと鼻で笑い飛ばす。
「それが、お前の本音? 笑わせんなよ。本当は大嫌いな俺にお前のテリトリーをいいように荒らされたから怒ってるってだけの話だろう? あの小娘も不憫だな。半端者に関わり、その言を信じ、ヒュディウスに狙われ、それでも健気に迎えが来るのを待っている。当の半端者にとって一番大事なのは『雄』の理屈。小娘の存在価値は二の次でしかないってのにな……」
つかつかと歩み寄ったザックスは、レガードの胸倉をつかみ強引にその身体を引き起こすと、右腕で思いきり殴りつけた。マナで強化された力を行使しての一撃で、レガードは崩れかけた背後の壁にめり込み、ずるずると崩れ落ちる。塞がりかけていたレガードのわき腹の傷口が開き、再度の出血が見られた。
互いに睨みあう。静寂が訪れ、時が静かに流れていく。
無言のままザックスは《袋》に手を伸ばし、《高級薬滋水》を取り出し、レガードの前に置いた。
「何の真似だ?」
訝しげに尋ねる彼にザックスは答えた。
「そいつを飲んで、さっさと回復しろ。回復したらそこに転がってる武器をとれ! お前をここで斬り殺す!」
「フン、結局そうくる訳か、フィルメイア。仲間だ協力だと言ったところで、所詮、最後はお前も力での解決手段が最も正しいと思ってるやつの一人ってわけだ」
「さっさとしろ、それとも怖いか? 全てを捨て去ってヒュディウスと手を組み、お前がこの一年で得た力ってのは、その程度ってわけか」
ザックスの言葉にレガードが目を細めた。
「あいかわらず傲慢な奴だ。戦闘ならテメエにかなうものはないってのも変わらねえ……。いいだろう。なら俺の手にした力をみせてやる……、いや、みせつけてやろう!」
手にした《高級薬滋水》の瓶を一息に飲み干す。全身から何かが陽炎のように立ち昇り、傷口が瞬く間に再生していく。
「言っておくが……、今の俺の身体は不死身だぞ」
「だからどうした? 百回生き返るなら百一回殺してやる。千回生き返るなら千一回殺してやる。切り刻まれる恐怖って奴をテメエのその曲がった性根に刻みつけてやる! それだけのことだ!」
空き瓶を左手に持ったレガードは、スタッフを拾い上げ歩きだす。ザックスもそれに続く。
クレーターの広がった大地の上で、両者は対峙しにらみ合う。
空になった小瓶をレガードが放り投げる。太陽の光を受けてきらきらと輝く小瓶が、くるくると宙を踊った。
互いに軽く膝をたわめ、武器に手を掛ける。
放物線を描いた小瓶が落下し、音を立てて砕け散った。それが開始の合図だった。
両者の姿が一瞬にして消え、中央でガツンと鈍い音を立てて激突した。
ザックスの《抜刀閃》をスタッフでレガードが防ぐ。力が乗り切る前の《抜刀閃》を防いだレガードのスタッフが輝きを放つ。
一瞬にしてザックスはその場を離れた。ほんのわずかに遅れて光の刃を放つ《光刃斧》で、レガードはその場を薙ぎ払う。
土煙が舞い上がり、互いの視界を奪ったかのように見えるなか、再びガツンと金属のぶつかる音がする。再度のザックスの斬り返しをレガードが《光刃斧》の柄で防ぎ反撃に転じた。熱の感じられぬ光の一撃がザックスをかすめる。皮一枚でそれを見切ると、《連続切り》で反撃する。だが、ザックスの剣の刃はレガードの身体を捉えられず、レガードは後ろへと飛び下がった。
――やっかいな武器だな。
本来ならスピードでザックス、パワーでレガードといったところだろう。
自在に放出できる光の刃によって軽量化され、《大斧》のように使う事も出来れば、槍のようにも使え、そして《神鋼鉄》製の柄による防御は固い。
この戦い、おそらく大技は使えない。
かつて力任せだっただけのレガードの今の戦闘技術は、あの頃とは比べ物にならなかった。
対してザックスはまだ《千薙の太刀》を使いこなせてはいなかった。
スピードで勝っていながらも、徐々にレガードに押され始める。
武器の習熟度の差が、そのまま戦闘の経過に影響する。
――だったら……。
レガードが大きく《光刃斧》で薙ぎ払った瞬間、《千薙の太刀》を鞘におさめ、その懐に飛び込む。《体当たり》の勢いを利用して、鞘におさめた剣の柄がレガードの顎を捉えた。
奇襲を受け、レガードが大きくのけぞる。
剣を抜くには狭すぎる間合いで、ザックスは右こぶしでレガードの顔面を狙った。それを視界にとらえたレガードは、刃を納めた《光刃斧》を放り出し、突進するザックスの身体に左拳を添える。
踵が鳴り、《寸勁》の一撃がザックスの身体を捉えた。
衝突する二人の冒険者が弾かれあう。レガードはその場に崩れ落ち、離れた場所にザックスが転がった。すぐに起き上がったものの、その場から動く事が出来ない。
踏み込んだ地面が軟らかかったことと、レガードの体勢が崩れていなかったら、その威力はさらなるものだっただろう。己の身体を突き抜けた衝撃によるダメージは、ザックスを戦慄させた。
――相変わらず、とんでもねえ野郎だな、こいつ。
ザックスよりも頭一つ大きい身長ながら、猫族らしくそのもともとの身体能力は極めて高い。
フィルメイアとして生まれ育ったザックスの優位点は、武器の習熟度のはずだったが、今やその利点すらも失いつつある。
レガードが脳震盪のダメージからまだ立ち直れないと見計らい、ザックスは腰から《千薙の太刀》を外してその場に放り出し、レガードに組みついた。
背後を取り、その首を絞め落とそうとする。レガードは一つ大きく咆哮すると、そのまま前転した。のしかかったショックで緩んだ腕から脱出すると、起き上がりざま左手でザックスの右手首を握りしめ、右手でザックスを殴りつけた。
その一撃をどうにかかわしたザックスは、掴まれた右腕をそのままに流れに逆らわずレガードのわきの下をくぐり、逆にその左腕を極め、そのまま大地に叩きつけた。
ゴキッと鈍い音とともにレガードの左腕が折れる。有無を言わせず、折れた左腕をさらに攻め続けた。
常人では痛みに耐えられず失神してもおかしくない。
レガードが大きく咆哮する。
不意に彼の四肢が大きく膨れ上がった。折れた腕をしっかりと決めたままのザックスごとレガードは立ち上がり、身体を回転させた勢いで、ザックスを放り投げた。
――化け物かよ、こいつ。
常識外れのパワーに背筋がゾクリとする。これ以上の格闘戦は不利だった。
2017/08/23 初稿