14 ザックス、想いを背負う!
ガンツ=ハミッシュの酒場――。
食事時を終えたこの店には、一人きりの夜を過ごすことに淋しさを感じる冒険者達がどこからともなく集まっては、その懐事情に応じた酒と共に語り合っている。
人間族、獣人族、妖精族。
いかなる種族であろうと人の形をした者は孤独である事に耐えられない。たまたま訪れた流れの吟遊詩人の奏でる竪琴が、照明をおとした店内に優しく流れ、郷里の調べに涙する者もいる。
雑多な種族が入り混じった店内には、穏やかないつもの夜の光景があった。
ふと一人の冒険者が、建てつけの悪くなった扉を押し開いて店に入ってくる。金属音がこすれる音を僅かに立てながら、ギシギシと鳴る年季の入った階段を踏みしめて、そのまま一目散に二階席の一番奥、店内の全てが一望できるこの店の最上卓の前に立った。
「おっ、やっと、来たか」
すでに卓についていた三人の内の一人、ダントンが、現れた冒険者――ザックスに席を勧めた。麦酒を注文した彼は勧められた席に着くとそのまま店内を見渡した。階下の席から、時折わっとあがる歓声に耳を傾け、よく冷えたジョッキを手にすると先に来ていた者達と共に乾杯する。
「いい、クエストをクリアしてきたみたいだね」
卓上の火晶石の欠片が放つ炎がぼんやりと浮かぶ向こうで、エルメラがザックスに声をかけた。
「それほどでもないさ」
「もう、一人前の冒険者ってところか」
「まだまだ、知らない事ばかりだな」
ダントンの冷やかしに、ザックスは動じる様子もなく答えた。
卓の一番奥に座るウルガは三人のやりとりを肴に、終始無言でお気に入りの葡萄酒のボトルを煽っていた。首元の僅かに赤みがかった青いクナ石が、炎の瞬きにちらちらと輝く。
「謙遜だな、ダンジョン史に名を残すなんて滅多なことじゃできないぜ」
「偶然さ。オレ一人じゃ絶対にできなかった。それに非情に徹しきることもできなかった」
「非情に? なんでそんなことしなきゃ、ならなかったんだ?」
「へっ? それを試したんじゃなかったのかよ」
あの時の苦悩はなんだったんだとでも言いたげなザックスに、ダントンはきょとんとした顔で答えた。
「さあ、何の事だ? そんなことより、おもしろい奴らだっただろう」
心底楽しげにダントンが言う。どうやら第二の試練の真の意図は《ブルポンズ》と行動を共にさせる事にあったらしい。
「型破りすぎだろ。なぜ、あいつらと組ませたんだ?」
ザックスの問いにダントンは直ぐに答えなかった。ジョッキの麦酒を煽ると一息つき、宙に視線を走らせながらぽつりと呟いた。
「お前にとって冒険者とはどういうものなのか……、それをお前自身の中できちんと確認しておいて欲しかったのさ」
「どういう意味だ?」
「年を重ね、上級者になっていくほどに冒険者ってのは、いろんな重荷を背負っていく。お前さんが俺達と行動を共にする事で無用な重荷を抱えるようになって行く前に、あんな冒険者のあり方もあるんだって事を知っておいてほしかったのさ。ミッションやクエストを通して得られる感動の瞬間を、仲間達と共に分かち合う、そのやり方は人それぞれだ。俺達よりはるかに経験が少なくても、奴らはそんな時間の楽しさを正しく理解している数少ないパーティなのさ」
その言葉は重く響いた。ちっ、少し湿っぽくなっちまったなと、ダントンは階下に麦酒の注文を行った。
「ちょいと見せてもらってもいいかい」
エルメラの要求に応じて、ザックスはクナ石の首飾りを手渡した。
名前 ザックス
マナLV 23
体力 140 攻撃力 201 守備力 164
魔力 MAX 魔法攻撃 0 魔法防御 155
智力 153
技能 128
特殊スキル 加速 全身強化 剛力 直感
剣撃術 斧撃術 一刀両断 乱れ斬り
称号 中級冒険者
職業 剣士
敏捷 156
魅力 87
総運値 0 幸運度 MAX 悪運度 MAX
状態 呪い(詳細不明)
備考 協会指定案件6―129号にて生還
武器 非資格者による閲覧の為表示不可
防具 非資格者による閲覧の為表示不可
その他 非資格者による閲覧の為表示不可
表示に目を通したウルガとエルメラからクナ石を受け取ると、再びジョッキに口をつける。そこからは四人で何気ない雑談に耽るだけだった。様々な冒険の中で得た貴重な体験や意外な裏話、耳寄りな情報、冒険者ならではの話題に興じて彼らは只静かに語り合った。
この時間が永遠に続けばよいのに……、ザックスはふとそんな感慨にとらわれた。もしかしたらそこに座る誰もがそう考えていたのかもしれない。
「さて、俺はそろそろ行くぜ」
話題が途切れた頃になって、ダントンが腰を上げる。
「なんだい、付き合いが悪いね」
「へっ、明日は大事な日だからな、いまからしっかりハッスルしとくんだよ。なんだったら姐さん、相手してくれるかい?」
「肝心な時にへばんないようにしなよ!」
「ちっ、あっさりスルーかよ」
軽口をたたき合い、ダントンはザックスの肩をポンと一つ叩いて去って行った。陽気な口笛を吹きながら店を出ていくダントンを見送ったザックスは、再び卓上の静寂の中に身を浸した。
卓上の火晶石の欠片がポロリと二つに割れ炎が小さくなり始めた頃、ウルガが静かに口を開いた。
「始まりは俺達三人だった。名声を求めた俺、ラヴァンは力を、エルメラは富を求めた」
聞きなれぬ名が混じっているが、おそらくは彼らの昔話なのだろう。そのようにザックスは理解した。
「故郷は豊かだったが退屈だった。だが、そんなところでも俺には居場所がなかった。ラヴァンもエルメラも似たようなものだ。文無し同然であの場所を抜け出し、時に盗みをしながら、そうやってこの街にたどりついて冒険者になった。あの頃は本当に怖いもの知らずだったな」
虚ろな炎の向こうで、遠い過去を懐かしむようにウルガの笑みが浮かんだ。
「見習い冒険者になってこの酒場の扉をくぐったその日に、俺とラヴァンはこの席に座っていた奴らに喧嘩を売った。一番眺めが良かったんでな。当然、ボコボコにされて放り出された」
「あの時は面白かったねえ」
「その時にエルメラが言ったのさ。『三年だ、三年でその場所をあたし達のモノにして見せる』ってな」
「リーダーの面が気に入らなかったんだよ。不細工な顔のくせにあたしに『自分の女になれ』なんて戯言をほざくからさ」
「おかげでずいぶんと無茶をする羽目になったな。あちらこちらで恨みも買った。だが、そんな奴らを叩きのめして俺達は力をつけていった」
懐かしい過去をどこか誇らしげにウルガは語る。
「一年後に俺達はダントンとロットの兄弟と知り合った。紆余曲折はあったがやつらが仲間になる事で、俺達のパーティは完成した。さらに一年後には俺達はこの店の二階席の一角に座る事をガンツに許された。周りにいた奴らには……、特にこの席に座っていた奴らには脅威だったんだろうな」
「揉めたのか?」
その問いにウルガは無言で首を振った。代わりにエルメラが答えた。
「奴らはいなくなっちまったんだよ。あの頃はよくあった事さ。未踏破ダンジョンに入ってそのまま帰ってこない……。奴らが何を求めたのかは知らないが、そうしてここからいなくなった。顔と性格は悪かったけど、それでも本物の冒険者であったという事だね」
ぽつりと呟いてボトルを傾けた。
「三年目になって俺達は宣言どおりこの場所を手に入れた。同時にこの都市の冒険者の中でオレ達の事を知らぬ者などいなくなった。上級冒険者になった俺達は幾つものダンジョンを攻略していくうちに、何かが少しずつ変わり始めていた」
「何だ? それは……」
「名声を求めてとびだしたはずの俺が、いつの間にか気付けば本物の冒険者になっていたのさ、おそらくな。未知の物を探求する……ただその楽しさのみに囚われ始めていた。エルメラ達も似たようなものさ。だが、一人だけ変わらなかった奴もいた」
その言葉にエルメラが顔を伏せた。
「それからしばらくしていくつかの上級レベルダンジョンを踏破した俺達は資金を貯め、アドべクシュの海――《大円洋》にこぎ出した。目的は《大円洋》の真ん中にあると言われる《幻影島》だ」
「《幻影島》? 初めて聞くな……」
「その島には天に通じる果てしなく高い塔がある、と言われている。実際のところは分からない。島の実在すら怪しいからな。それでも俺達はそれを探し求めた。今思えば、ずいぶんな無茶をしていたものだとつくづく思う」
あるかどうかも分からぬ物を求めて大海をさすらう。それにかかる膨大な資金や労力を考えれば大変なことである。冒険者としての圧倒的な情熱がそれを可能としたのだろう。
「航海の最中、資材も食糧も尽き始め、そろそろ一度都市に戻ろうかと考え始めた頃だった。俺達はとある島に怪しげな建物を見つけた。この大陸のどの建築様式とも異なる、とても不思議な建物、あえていうならば神殿なんだろうな」
「あたし達は、それに引き寄せられるように近づいたのさ……」
「そこには何があったんだ?」
「たった一つのものを除いて特別なものは何もなかった。人が生活していた痕跡の全くないその場所にあったのは……《魔王》だった」
ザックスは唖然とする。
「《魔王》って、あの……?」
「そうだ、子供ですら知っている世界の覇者にして、神への反抗者。四大魔王の一人、いや一つというべきものがそこにあった」
「《魔王》があった?」
「俺達は確かにそれを見たはずなのだが、俺達の記憶に残っているのは、それがそこにあったという事実だけだ。余りにもその圧倒的すぎる存在感に、俺達はそれがどんな形をしていたのかということすら認識できなかった。そして《魔王》の方も俺達の存在すら知覚していなかったはずだ。ただ一人を除いて……な」
ウルガは目を閉じた。エルメラは顔を伏せ、何も言おうとしなかった。
「俺達の中でラヴァンだけが奴に挑んだ。そして敗れた。奴らの間にどんなやり取りがあったかは分からない。だが、戦いに負けた奴は《魔王》についていく事を選んだ」
「そんな……」
「制止しようとした俺とダントンを振りほどき、はげしく食い下がったロットをあっさりと斬り捨て、《魔王》の軍門に下ったラヴァンは、《魔将》となって俺達の前から姿を消した。そして、その瞬間から俺達の時間は止まった。それから五年、再び訪れたその島にも手掛かりはなく、時折流れてくる《十二魔将》の顕現の噂もほとんど空振りに終わった。《十二魔将》に関して言えば、俺達のこの五年間の成果は0に近い。そして明日が五年の間でおそらく最初で最後のチャンスになる……はずだ」
グラスの葡萄酒を飲み干したウルガは、そっとそれを脇に置きザックスに向かって頭を下げた。首元の赤みがかった青いクナ石がゆらゆらと揺れる。
「お、おい、ちょっと、何してんだよ」
慌てるザックスに構わず、ウルガは言葉を続けた。
「ザックス、俺達は明日、奴と戦わねばならない。俺達は俺達自身の為に、あの日止まった時間を取り戻さなければならない。いや、取り戻したいんだ! そして、そのために俺達はお前の力を必要としている。今のお前の力を考えれば、これは余りに無謀な挑戦だと言う事は十分に承知している。だが、それでもお前に頼みたい。力を貸してくれ。ザックス! 俺達に奴と相見える機会を与えて欲しい」
「あたしからも、頼むよ。この通りだ!」
自分達の全てをさらした偉大な上級冒険者の二人に頭を下げられ、ザックスは言葉を失った。これが、彼らが背負い続けてきた重荷なのだと理解する。今ここにいないダントンも又、彼らと同じ想いを抱えているのだろう。
二人のなり振りかまわぬ姿を目の前にして、ザックスは静かな口調で彼らに答えた。
「顔を上げてくれ、二人とも。上級冒険者のあんた達が俺みたいな駆け出しに頭を下げてちゃ、格好がつかないぜ、それに……」
僅かに言葉を切った。つい、先日、神殿内で出会った《杯》の魔将と名乗った男の顔を思い出す。
「《十二魔将》の事は俺の問題でもあるんだ。俺はもう一度ヒュディウスの奴を見つけ出さなきゃならないんだ」
「ヒュディウス?」
顔を上げた二人が疑問を投げかける。僅かに周囲を窺うと、ザックスは声を潜めて二人に語った。
「数日前のクエストで、又、会ったんだよ。俺に《呪い》らしきものをかけた《杯》を司る魔将ってやつにな」
二人の顔色が大きく変わった。
「お前、よく無事で……」
「ただ、向こうも都合が悪かったみたいでな、おかげでとんでもない化物とやりあう羽目になったけど……」
「あんたって奴は……。つくづくあんたの悪運度って奴を、信じてみたくなったよ」
「とにかく、《魔将》の事に関してはこっちも当事者なんだし、協力させてもらうよ。俺自身の為にもな……」
ザックスはジョッキを手にした。僅かに笑みをうかべると、ウルガとエルメラもそれぞれのグラスを手にとった。
「明日の勝利を誓って……」
チン、と透き通った音色が辺りに響く。それが各々の決意の証だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
世界の全てが青く揺らいでいた。否、揺らいでいる事こそ、その世界の正しい姿である。
時の存在せぬ揺らぎの一角から、確定された事象の集合する《現世》への門を開くと、彼――そう呼ぶ事が正確であるか否かは不明であるが――は、己の開いた門をくぐって顕現した。扉を通り抜けたその場所には、一人の男が立っていた。
「久しぶりという挨拶は我らには不似合いですね、《剣》の」
その言葉が終わらぬうちに、二人の間に閃光が走り、現れた男の胴が二つに割れた。だが、直ぐに元通りになってゆく様子に動じる事もなく、二人は互いに言葉をかわす。
「俺をわざわざ呼び出しておきながら、自分は《幻像》を送ってくるとはどういう了見だ、《杯》の」
「やれやれ、《魔将》の中で最も短気な貴方にかかると私も形無しですね……」
「この身を《魔将》と化してまだ日が浅いからと、俺をなめているのか、《杯》の」
その言葉に《杯》の魔将は肩をすくめた。
「己が身を《魔将》と化したその時から、我らは時の流れの外側に身を置くものであるはず。日の浅さなど些細なことであり、我々の本質はその執着の度合いと己を存在させうる《概念》によって左右されるはず、お忘れか? 《剣》の」
その言葉に舌打ちする《剣》の魔将の様子を眺め、《杯》の魔将は言葉を続けた。
「今の私にはこの姿での現界が精一杯でしてね。できれば機嫌を直していただけるとありがたいのですが……」
「貴様が《現世》に何やらちょっかいを掛けているというのはどうやら本当らしいな。まあいい、ところで俺に何の用だ」
「やれやれ、そんな噂が、もう、たっていたのですか、お恥ずかしい限りです」
はぐらかすようなその言葉に《剣》の魔将は《杯》の魔将を睨みつける。その視線を軽く受け流して《杯》の魔将は続けた。
「直に《揺らぎの晩》が参ります。そしてこの場所が数ある無限回廊の一角に呑み込まれると言う事は御存知でしょう」
「ああ」
「実はこの場所の守護を貴方にお願いしたいのです」
「ここは貴様の領域ではなかったのか?」
「まあ、そうなのですが、今の私はこういう身体ですので守護者としての力を満足に振るう事ができないのですよ。故に暇そうな……、おっと失礼、戦意豊富なれどその効果的な使い道にめぐまれぬ貴方に、この場所の守護を一晩だけお願いしたいのです」
《杯》の魔将を睨みつけながら《剣》の魔将は黙って聞いている。
「何、たった一晩だけ、月が夜空に満ちてマナの力が強まり、この《狭間の世界》そのものが揺らいでしまっている間だけ、でよいのです。おそらく滅多な事は起きないでしょうが、それでも万が一という事もあります。《現世》の者が《揺らぎの世界》に迷いこめば、いかなる不測の事態がおきるか分かりません、それを止めて頂きたいのです」
「らしくない言葉だな。《不測》や《混乱》といった言葉を何よりも好む貴様が安定を望むなどとは……。その言葉を額面通りに受け取るものが魔将達の間にいると思っているのか?」
「なあに、今の私は《不測》や《混乱》を求め過ぎたあまり、自分の首を締めすぎて、その後始末に追われているのですよ。まったくお恥ずかしい限りです」
「どうだかな、まあ、いいだろう。望み通り世界の揺らぐ間だけここを守護してやろう」
「有り難い、さすがは《剣》の。頑固な変人集団である《十二魔将》の中で唯一話の分かる……」
言葉が終わることなく、再び胴が二つに割れた。
「失せろ、貴様の世辞などいらん。言葉の裏側に何が潜んでいるか気味が悪いわ」
「くっくっ……ではよろしくお願いいたします。《剣》の」
言葉と同時に《杯》の魔将は己の姿をかき消していく。その姿を見送った《剣》の魔将と呼ばれた男は忌々しそうに舌打ちした。
2011/07/28 初稿
2013/11/23 改稿