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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚05章 ~狂乱の蛇神編~
136/157

18 リュウガ、キレる!

「……で、シュリーシャさんの容態は?」

「ええ、もう全快しています。マリナ様のおかげで……。有難い事です」

 まだ、少し目の赤いルメーユに尋ねたザックスはその答えにほっと胸をなでおろす。

 彼女の石化しかけた身体はマリナの巫女の力によって解呪され、レンディによって回復された。

 眠ったままの状態が長かったためかすさまじい空腹であったらしく、今、彼女は体力の回復に全力でつとめているという。そのタフネスぶりは、さすが上級冒険者といったところだろう。

「ブラッドンの事、よかったな……」

「おかげさまでありがとうございます。でも、すみません、君達の方はまだ……」

 彼の気遣いにそっと肩をすくめ、ザックスは答えて見せる。

 今、彼らがおかれている状況は、単純に人探しというわけにはいかなかった。

 室内に女性陣を、それを護衛する形でブラッドンとバンガスを配置し、ザックスはルメーユ、クロル、リュウガとともに離れを囲み、周囲をけん制していた。離れと母屋そして屋敷の土地の周囲にかなりの人数が配置されており、至るところから感じられる視線には様々な感情が込められ、少々、否、かなり鬱陶しかった。

「あんたはこっちにいていいのか? 大事な話し合いの最中なんだろ?」

 室内では女性陣が食事と休憩がてら、置かれた状況についての様々な確認がなされている。

「そちらはレンディに任せました。それに今はこちらの方が少し面白そうですからね……」

 彼らしい少しばかり皮肉気な笑みが口元に浮かぶ。

「ああ、あれね……」

 先ほどより母屋の方から、激しい議論の声が聞こえている。議論というよりは怒鳴り合い、否、一方的に怒鳴りつけていると言った方が正しいかもしれない。

 知性のかけらすら感じさせぬ感情的な老人たちの怒号の矛先は、ザックス達をここまで案内してきたトレイトンに向けられていた。

 建物自体がもともと普通の住居として作られているゆえか、内密な話を行うというには不向きな作りである。

 時折、漏れ聞こえる彼の冷静な反論も、取り乱したいくつもの怒声の前では、蟷螂の斧といったところだろう。

「だーいぶ、テンパってるようですね……彼ら……」

「ルメーユさん、顔、顔……」

「おっといけません、そうでした……」

 物事が全く思い通りにいかずに閉塞する状況に苛立ち、老人たちが若者をつるしあげるという単純な構図だが、ザックスは違和感を覚えた。他人の不幸は蜜の味とばかりに状況を楽しんでいたルメーユは、それを目ざとく見つけたらしい。

「ザックス君、何か、気になる事でも……」

「まあ……ね……」

 聞こえてくる議論の中から、よく知る人物のらしく無さを強く感じ取る。

 ここまでの道中、大きなトラブルもなく、「帰ってこれない」とか「内戦中の」などと言われて随分と緊張していた一行にとっては拍子抜けだった。《アテレスタ》ですごした日々の方が過酷ではなかったかというのが、ザックスの実感だった。

 全ては案内役のトレイトンのおかげであった。

 道中、著名な神殿巫女であるマリナへの取り入りは少々度が過ぎてはいた。だが、この隠れ里につくや否や、彼はマリナの存在を老人達に公表せず、ザックス達一行を冒険者協会よりの実情調査として紹介した。結果として、速やかにブラッドン達に引き合わされたわけだが、そこでめでたしめでたしという訳にはいかないようだった。

 これを期に冒険者協会と関係強化する利をとくトレイトンに対して、感情的な老人達はすみやかな目先の事態の状況打開にこだわっていた。

「それにしてもトレイトンさん。先ほどから随分と真っ当な事をおっしゃておられますね。どこかに模範解答でもあるのでしょうか?」

 ザックスの疑問を読み取ったかのようにルメーユがつぶやいた。

「模範解答……なのか?」

「ええ、えてしてそれは実態を伴わないものですが」

 彼は小さく微笑む。その意味を考え、ザックスは黙りこむ。

『大体、なぜ貴様はここにいる。貴様らに与えた役割は、総族長会議への繋ぎと自由都市での情報収集のみのはずであろう』

『だからこそ、彼らを導いたのです。結果としてそれは将来の蛇族に利する事。なぜ、それが分からぬのですか』

『黙れ、判断するのは我らである!』

『その結果、首府を追い出され、半獣共をのさばらせ、いいように実権を握られてしまったと……』

『現状を招いたのは、由緒ある純粋種でありながら、半獣共にすら及ばぬ役立たずなお前達若者のせいであろう!』

 聞こえてくるやり取りは、いつしか互いの憎しみのみがぶつかり合い、火花を散らしていた。

『ともかく、もうこれ以上は待てぬ! 我らは半獣共との一時停戦の道を探る!』

『いまさら、どうやって? 大体、そのような事、誰が支持する』

『方法などいくらでもあろう。便宜的に息子殿を総族長と認め、主だった者にも一定の地位を認めてやればよい。主導権を奪い返した後で、内紛を起こさせてやるのはたやすかろう』

『貴方方は半獣を遇されるとおっしゃられるか? 貴方方のもとで働いてきた我ら純粋種の若者たちの不満はどうされるおつもりか?』

『一時的な事である。少々の事、我慢せぬか!』

『理屈倒れで、失策続きの貴方方の言、誰が信じるのですか?』

『ふん、まあ、よい。その戯言、いつか後悔させてやろう』

『まずは目先の事からだ。幸い、今の我らには冒険者という良い手ごまがあるからのう』

『引き渡して交渉の材料とするか……』

『あの者たちに手を出すのは、考えなおされる事を御忠告しておきましょう』

『ふん、半獣どもにすら及ばなかった奴らがいかほどのものぞ!』

 聞き耳をたてていたルメーユが肩をすくめる。

「おやおや、妙な方向に飛び火しましたね……。その半獣人にすら及ばなかった冒険者に頼らざるを得なかったという事すらすっかり忘れてしまっておられるようですよ、ククッ」

「おい、いいのかよ、あいつら……オレ達を……」

 腰につりさげた愛剣の柄の感触を確かめる。思わぬことで一戦交える事になるかもしれない。

 少し離れた場所に立っていたクロルとリュウガもその事に気づいたらしく、表情に緊張が走る。

「では、少し、こちらをお任せしますね、ザックス君」

「あ、ああ……」

「事がおこりましたら、手はず通りに……」

「了解」

 にやりと毒のある笑みを浮かべたルメーユが離れの建物の中へと消えていく。彼が動くという事は事態が動き始めるという事。それを見てリュウガとクロルが近付いた。

「どうするんだよ、ザックス。どうにも人探しって雰囲気じゃないよ」

「力づくで吐かせるか?」

 内心の不安と焦りを同時に代弁してくれる仲間達のおかげで、ザックスは冷静にその先を思考する。

「まずは相手の出方だな、それより何か気付いた事はないか」

「うーん、向こうも一枚岩じゃないってことくらいかな……」

「あの話を聞いてれば、そうだな……」

「周りで耳を澄ましてるやつらもってことさ……」

「へっ?」

 何気なく周囲を見回す。

 ザックス達のいる離れと母屋の周囲には、警備よろしく結構な人数が配置されていた。議論の応酬が長引くうちに、その数は少しずつ増えているようだった。

「みんな自分達の先行きが不安なのさ。それなのにあんな能天気に怒鳴り合いしてれば、殺意の一つや二つ芽生えてもおかしくないってね……」

「聞かれる事が承知という訳ではないのか」

 リュウガの問いにクロルは首を振る。

「違うね、あれは見えてないんだよ。下にいる者の気持や感情って奴が……。トレイトンさんもそうだけど、下の者は上に従って当然、種族は同じでも決して対等ではない、 同じ人ですらない。蛇族ってのはそういう考え方が徹底してるみたいだね」

「つまり、今、オレ達の周りにいる奴らは、そういった状況に不満を持ち、成り行き次第で敵にも味方にもなる……ってわけか」

「最悪なのは、皆がお手々つないでこっちに向かってくる事だけどね……」

 そっとクロルが肩をすくめる。

「フン、ここにいる奴らなど徒党を組んだところで大したことはない。我一人でも十分だ!」

 どこか苛立ったようにリュウガが言う。

 実際はそうなのだろう。ザックス達冒険者が本気になれば隠れ里の制圧は決して不可能ではない。

 ただ、それをやってしまえば、当事者間だけでなく、冒険者と蛇族あるいは獣人族社会の間で決定的な亀裂になりかねない。そのくらいの事は今のザックスにも想像はついた。実力行使が圧倒的な正解となるのは、人の世では稀な事だろう。


 暫くして母屋から現れたのは四人の身なりの良い蛇族の老人だった。さらにトレイトンと数人の若者達がそれにつき従う。

 警備をかねて配置されていた者たちも徐々に増え始め、柵の向こうにも、老若男女問わず集落の者達が集まり始めていた。

「やるか?」

 ギラリと穂先の光る槍をブンと一振りするとリュウガが傍らに立つ。

「いや、もう少しひきつける。クロル、ルメーユさん達を……」

 ザックスの意図を悟り、クロルは建物の中にかけ込んでいった。

 近づいてくる老重鎮達をとどめるかのようにザックスとリュウガはその眼前に立ちはだかった。とくん、とくんとザックスの鼓動は平常と何も変わらない。互いの距離はまだ十数歩というところだろうか?

「随分ぞろぞろとひきつれて、何の用だ?」

 顔に笑顔を、手に武器をというのが正しい異文化コミュニケーションのやり方と言うが、この場合、もはや笑顔は必要ないだろう。

 ザックスが得物の柄に手を掛けているの目にして老人達の歩みがとまった。

 しばしの沈黙が訪れる。老重鎮達はザックス達との折衝役にトレイトンを指名したようだが、肝心の彼は周囲の若者たちとともに背後に控えたまま、動こうとしなかった。 不快な表情を浮かべて彼らを睨みつけると、一人の重鎮が進み出た。

「我らが保護した二人の冒険者を渡していただこう」

「どうするつもりだ」

「拾った以上は我らの物。貴殿には関係ないゆえ、早々にこの里を立ち去っていただこう」

「ずいぶんと乱暴だな。いつオレ達の仲間はあんた達の所有物になったんだ?」

「一時でも我らが庇護を得た以上、その恩を返すのは当然のことであろう?」

「知ってるか? 恩ってのは受けた方が感じるものであって、むやみやたらと押し付けるもんじゃねえ。ましてや与えた以上の見返りを要求するってのは恥ずかしいことなんだぜ、まともな世の中じゃな」

「小僧、我らを愚弄するか!」

 不敵に笑うザックスに老重鎮達が顔色を変える。

 その顔を見ているうちにその首の一つや二つ、切り飛ばしても良心がこれっぽっちも痛まぬような錯覚を覚えた。蛇族という種族の思考には、良心的な他者に不快感を覚えさせる何かがあるようだ。

「そこを通せ、小僧!」

「やだね!」

「ならば力づくでどいてもらおう!」

 一人の老人が周囲にいた若者達をけしかけようとした瞬間だった。

 カチンという音とともに、ザックスが愛剣を一閃する。

 目にもとまらぬ早業で抜かれた《千薙(せんなぎ)太刀たち》が生み出す《抜刀閃》の衝撃波が、両者の中間点の地面を真一文字に切り裂き、剣圧が烈風となって土煙とともに広がった。勢いに押され、老人達がその場にへたり込む。圧倒的な力量差を見せつけられ、周囲の若者達が数歩引きさがって沈黙する。

 抜き放たれたギラリと輝く刃を何事もなかったように腰に収めると、ザックスは一歩前進して再び仁王立ちとなり、へたり込んだ老人達を見下ろした。

「あんた達、少し、冒険者の力を甘く見過ぎなんじゃないか? なんだったらここにいる全員の首を一瞬で跳ね飛ばしてやってもいいんだぜ!」

 すっかり悪役のノリで宣言する。

「面白いな、半分、我にもよこせ」

 その傍らに愛槍を手にしたリュウガが立つ。ザックスよりもさらに屈強な戦士の言葉に若者達は縮こまり、老人達はがくがくと震え始めた。その後方で唯一トレイトンだけが、小さくうすら笑いを浮かべている。

「いいぜ、ただし、このジジイ共はオレがやる。どうにもこの勘違いっぷりの甚だしい傲慢な面が気に食わねえ」

「ふむ、しかたないな。では我はその分、数で憂さ晴らしをするか」

 二人の言葉に蛇族の一団は恐慌をきたし始めた。

 巻き添えは御免だとばかりに数人の者達が慌てて、その場を逃げ出していく。すっかり震えあがりながらも、なんとか威厳を取り戻そうと一人の老人が口を開く。

「き、貴様ら、無礼であるぞ。わ、我ら偉大なる蛇族、歴史を遡れば彼の屈強と名高いあの竜人族と祖を同じくする……」

「黙れ! この慮外者どもが!」

 雷鳴のごとき一喝が周囲に響き渡る。その激しさに傍らに立っていたザックスまでもが一瞬、緊張した。

 ――リュウガの奴、本気で怒ってやがる。

 ここまでの悪役然とした二人のやり取りは、実のところ茶番であり、ルメーユの仕込みだった。

 だが、彼らの不用意な発言がリュウガの中の何かを刺激したらしい。

 三又槍を手に数歩歩み出したリュウガに表情は無い。短いつきあいながらも彼が本気で怒っている事だけは、ザックスにも理解できた。

「お、おい、リュウガ、ちょっと……」

 ザックスの制止に耳も貸さず、進み出たリュウガは腰の抜けた老人達を見下ろし、ブンと槍を大きく一振りするとその穂先を鼻先で止めた。

「ひぃーー」

 すっかりおびえた様子の老重鎮達に向かってリュウガは静かに言い放った。

「竜人族と祖を同じくするだと。ふざけるな! 貴様らのように卑劣、傲慢、臆病な者共が、我ら誇りある竜人族と同等など、勘違いも甚だしい。その戯言、二度と言えぬように、その口、永遠に塞いでやろうか?」

「な、なんなんだ、貴様……」

 烈火のごとく怒るリュウガの剣幕に老人達は完全に縮みあがっている。

 ――ああ、そういう事か。

 そのやり取りでザックスはようやく事態を理解する。

『竜人族と祖を同じくする偉大なる蛇族様云々』というのは、おそらく騙りなのだろう。

 竜人族の里で見た彼らの在り方が必ずしも心正しきものとは言えないが、もしも彼らが同じ状況に置かれたならば、彼らは間違いなく自分達の力でもって事をなし、自らの誇りと尊厳を守ろうとするだろう。絶対脳筋主義の彼らからみれば、蛇族の浅ましい思考は恥ずべきものに違いない。そんな者達と同列に扱われれば、リュウガの怒りは当然だろう。

 ここにくるまでにも、事あるごとにトレイトンが件のフレーズを使っていた事を思い出す。その度にリュウガの怒りが増幅し、とうとう爆発したのだろう。外見もさほど似ておらず、極めつけに、彼らは本物の竜人族について全く知らぬようだった。

 強者の威を借りその系譜を騙る行為とは、所詮、現実の己の無能さを露呈し、己が卑劣な弱者である事を公言しているようなものである。卑劣な負け犬根性がどっぷりと染みついたそのあり方に比べれば、たいていの者には絶対脳筋主義の竜人族の方が、はるかに好感を持てるに違いない。

 その内面の激しさを知るだけに、一度火のついたリュウガの怒りはなかなかに収まらぬだろう。

 この際、首の一つや二つ飛ばしても……、などという考えを理性で押しとどめ、さて、どうすべきかなとザックスは思案する。

 そんな時だった。

「やれやれ、いけませんねぇ。蛇族の皆さまには礼をもって平和的にと、あれほど念を押しておいたではないですか!」

 背後から聞こえたのは、離れの中にいたはずの腹黒性悪魔導師の声だった。そのまますたすたと歩み寄り、腰を抜かした老人達が立ちあがるのに手を貸した。

「申し訳ありません、皆さま。うちの血気盛んな若い者達がとんだ粗相をいたしまして……」

 話のできそうな相手が現れたことで、老重鎮達もほっとしたのだろう。

「なんと、無礼な奴らだ!」

「だから、冒険者というのは……」

「この不始末、高くつきますぞ!」

 下手な相手に条件反射で強気になってしまうのは、実に彼ららしい。そんな彼らにルメーユは、実に申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「まことに申し訳ない。たった一人の戦士ですら小国一つ程度ならあっさりと滅ぼしてしまうほどの戦闘力を持つといわれる竜人族。実は皆さまの眼前の彼こそがその竜人族であり、しかも彼は最長老殿に代わって他種族との交流について大きな権限を持っていらっしゃるそうです」

 それを聞いた時の蛇族の者達の表情は、トレイトンのものをも含め、実に味わい深いものだった。唖然とする彼らをしり目にルメーユが振り返った。

「二人とも、下がってください。後はこちらで……」

 いつもの皮肉気な笑みに加えて、小さく一つウィンクする。

 引き時だと理解したザックスは、傍らで槍を構えたままのリュウガを促した。暫し、穂先を向けて睨みつけたままのリュウガだったが、再びブンと槍を大きく一振りして石突きを地面にたたきつけた。大地に伝わる衝撃にびくりとおびえる老重鎮達をもう一度睨みつけると、彼はルメーユとともに現れたクロルのいる場所まで引きさがった。

「御苦労さん、でもちょっと、やりすぎじゃない?」

「あの程度で……。うまく悪役をやって見せるのが我らの役目だろう」

「本気だったんじゃないのかよ」

「ふん、他愛もない。あのようなことで本気で怒る訳ないであろう」

 あいかわらず無表情のリュウガの言葉に、ザックスとクロルは顔を見合わせる。

『絶対、本気だったよね』

『ああ、多分な……』

 二人のひそひそ話はリュウガの耳にも聞こえているはずである。

 三人の眼前ではルメーユが老重役たちと交渉を始めようとしていた。ザックス達のおかげで色々とやりやすくなったらしく、どことなくうきうきとしたその背中に、その人柄の悪さが確かににじみ出る。

『大恩あるはずの我々に乱暴狼藉を働き、冒険者とは何と無礼な者達であるか!』

『ははは、申し訳ございません。近頃は、先達の言葉に耳を貸さずに暴走する若者が増えましてね。全く嘆かわしい事です』

『しゅ、首府を追われ、厳しい隠遁生活の中、危険を冒してまで、我々は貴方方の仲間を保護したのですぞ』

『有難い事です。おかげ様で今や、二人ともぴんぴんしております』

『は? 今、なんと? 確か一人は、石化してひん死の状態であったのでは……』

『ああ、御存知なかったのですか。我々の一行の中に神殿に携わる方がおられまして、その方のお力で、彼女は無事に命をとりとめました』

『し、神殿ですと……!』

 老重鎮達が驚愕の表情を浮かべる。その背後でトレイトンが小さく舌打ちをしたように見えた。

『ああ、これも御存知なかったのですね。一連の事態の把握のために、我々はその方の護衛としてこの地に参ったのですよ。生き残りの冒険者の回収など、たまたま……、ついでの事です』

『な、な、な……』

 絶句する老人達。

 慌ててトレイトンを振り返るが、下を向いて片膝をついたまま控えるその表情を窺い知ることはできなかった。そしてさらに追い打ちがかけられる。

 周囲のどよめきの中、離れの建物の中からバンガス、ブラッドン、レンディ、そして眠っていたはずのシュリーシャが元気な姿で現れ、彼らに左右を守られながら、最後に華やかな神殿巫女の装束に着替えたマリナが現れた。その登場の瞬間、周囲の空気が変わり、どことなく神々しさすら感じさせた。

 離れの建物内にはエルフのアルティナのみが残っている。例によって純粋種のエルフの存在が、彼らのちっぽけなプライドを刺激し、無理難題を押し付けられる事を警戒しての事だった。

「神殿……巫女……」

 さすがにこの地でマリナの名を知る者はいないだろう。だが、創世神殿の代名詞たる巫女の登場に、老重鎮達は完全に虚をつかれ言葉を失っていた。

 彼らに重要な情報を隠匿したトレイトンを責めるのも忘れ、慌てて膝をつく。

 両脇を冒険者達に守られ、マリナが彼らの傍らに歩み寄った。優雅な神殿礼とともに彼女は口を開く。

「申し遅れました、偉大にして賢き一族の皆さま……。私はペネロペイヤ大神殿の巫女マリナと申します」

「これは巫女様、遠路はるばるよくぞ、お越しに。しかし、一体いかような御用で我らが地に?」

「みなさまのご苦労と御苦難、遥か離れた自由都市にも聞こえております。こちらにはたしか、大神殿もあったとか。我らが同志と信者の皆さま達は御無事なのでしょうか?」

「そ、それは……」

 心配げな表情を浮かべて眉をひそめるマリナに、老人達が言い淀む。

 その大半が悲惨な事態に置かれている事はトレイトンとブラッドンの話、そして周辺の村々の様子から既に察しはついていた。

 為政者として本来保護すべき彼らを放り出して、自分達だけが逃げ出したわけだから、その決まり悪さはいかほどのものだろう。そして、その事実は、神殿が蛇族を神敵とみなしかねぬ事に気付いているのだろうか?

 押し黙りかけた老人達に、数多の者達を魅了するその微笑みを持ってマリナは再び語りかける。

「大丈夫です。我らが創世神の教えを信じる者は皆平等。皆さまをお見捨てになる事は決してありません、御安心ください」

「おお、巫女様、ありがとうございます」

 まるで子供のような表情を浮かべて、マリナにすがらんばかりの老人達の様子にザックスは一つ溜息をつく。

「権威ってのは、人を愚かにするもんだね……」

 何気なくつぶやいたクロルが肩をすくめた。

「これで、なんとかなりそうだな」

「そうだね」

 老人達の心はもう十分につかんでいるだろう。

 後は機を見て、ルメーユとマリナが、《失われた遺跡》の所在を聞き出せば万々歳である。

 ザックスの中でイリアの笑顔が少しだけ近づいたような気がして、ほっとしかけたその時だった。

「た、大変でございます」

 一人の身なりの良い蛇族の若者が取り乱した様子で、その場へと駆け込んできた。

「なんだ、貴様、巫女様の御前であるぞ」

「も、申し訳ございません、し、しかし……」

 取り乱しながらもその場に平伏する若者を一人の老重鎮が怒鳴りつける。すっかり委縮しながらも、若者はどうにか役割を果たそうとした。

「た、只今、村の入口に『最高神殿よりの使者』と名乗られる方々が到着しました」

「何?」

 周囲にどよめきが生まれ、ルメーユとマリナが顔を見合わせる。マリナが尋ねた。

「どのような方々ですか?」

「は、はい。なんとも不気味な仮面をつけ神官衣に似た黒い衣をまとわれた方々が三名ほど、我らが同胞がこの地まで御連れいたしたもようです。たしか『いたん、なんとか』とか」

「もしや、それは異端審問官ですか?」

「そ、そうです、そのとおりです、賢明なる巫女様……」

 全てを伝え切ってほっとする若者に対して、マリナの表情が一気にこわばった。傍らのルメーユの顔色も悪い。

「異端審問官? 一体、何だい、それ?」

「さあな、オレが知る訳ねえだろ、只……」

 小声のクロルの問いにザックスは首を振る。彼の眼前で表情をこわばらせるマリナと先達の冒険者達の姿に不穏なものを感じた。

「なんか、ヤバいことになりそうだな……」

 悪運に愛される冒険者としての勘が確かにそう告げた。



2016/05/28 初稿



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