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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚05章 ~狂乱の蛇神編~
135/157

17 ザックス、溜まる!

 旅程は順調に消化されている……とは言い難かった。

 自由都市《ケルケイヤ》を出発した一同は、馬と馬車に分乗し、目的地を目指していた。

 旅の案内人はトレイトンただ一人であり、その人柄はともかく……、案内役としては十分といえた。

 強い者にはこびへつらうのがトレイトンの流儀らしく、同行者がかの有名な神殿巫女マリナであると知ったその瞬間から、それまでの横柄さを消し去り、その御機嫌を伺おうとしていた。

 尤も冒険者達に対する相変わらずの傲慢な態度と、時折なされる法外な要求に一行が辟易することは珍しい事ではなかった。

 ルメーユとマリナの機転によって事なきを得ていたが、リーダーの一人であるザックスの堪忍袋は日増しに限界に近付きつつあった。

 もう一人のリーダーであるバンガスは、「俺は大人だからな……」と涼しい顔を見せていたが、時折夜中に荒地のど真中に巨大なクレーターをせっせと作ってストレスを発散する姿は、実に彼らしく大人げなかった。否、それこそが今時の大人の正しいあり方なのかもしれない。

「あれでこそ、バンガスね……」

「健康的でなによりです」

 公私ともにパートナーであるというレンディの言葉に、ルメーユが安心したかのように相槌をうつ。彼らのパーティのリーダーに物分かりの良さというのは不要らしい。

 対して、一行の中には、らしくない姿を見せる者もあった。

 いつもならばマリナに無意味に対抗心をみせるはずのアルティナは、旅に不慣れなマリナを気遣い何かと心配りをしていた。

 そしてもう一人、竜人族のリュウガは、トレイトンに対して含むところがあるようだったが、一行の旅の目的の完遂を優先して、その感情と言動をじっと押さえつけているようにザックスには思えた。

 その内に秘める激しさを知るザックスは、彼が暴発せぬように気を使い、そのリーダーぶりをクロルに冷やかされていた。

 ザックス自身も周囲に気を配ることで、時が刻々と過ぎていくも、イリアの現状がまったく掴めぬ焦りを紛らわしていた。

 それぞれの思惑を胸に秘めつつ、一行は目的地である隠れ里へと日一日と近づいていた。


 空には満天の星が輝き、夏の星座が広い夜空を次々に駆けぬける。

 荒野にキャンプを設営し、身を寄せ合って眠る仲間達から離れたザックスは、見回りがてら一人暗闇の中を歩いていた。

 今のところ、冒険者である彼らを襲撃しようとする間抜けな盗賊団はいないようだが、なにかと閉鎖的な土地柄である。警戒するにこしたことはないと考えるザックスに、近づく気配があった。

 その足音からすぐに敵ではないことは理解できるが、別の意味で溜息をつく。

「退屈していらっしゃいますか?」

 ランタンの光とともに現れたのはマリナだった。

「まあな」

「警戒だけなら焚火の近くでもよろしいのでは?」

「眠気覚ましだよ」

《ケルケイヤ》を出発して十日近く経過し、思った以上に疲れが溜まっていた。

 体力的なものというよりは精神的なものといった方がよいだろう。

 途中休憩と補給のために立ち寄ったいくつかの蛇族の集落の貧困ぶりと彼らの歪な社会は、表面的にではあれ信頼と信用によって成り立つ自由都市とは全く異なるものだった。疲れ切った様子の村長に当然のように横柄に接するトレイトンが食糧と水を要求し、数日分の村民の生活を支えるだけの量を奪い取ろうとした。まるでこちらが山賊になったかのような錯覚を覚え、一行はそれぞれに気分を害していた。やせ衰えた集落の子供達の恨みがましげな視線が未だに印象に残る。不衛生な集落に泊るよりも、乾きかけた大地の上での野宿の方が健康的であるのは皮肉だった。

 砂漠の旅路をふと懐かしく振り返る。

 鷹揚で心豊かな人々とともに過ごした日々に感じた世界の広さはとても充実したものだった。イリアの事がなければ、世界の窮屈さと人の世の醜さばかりが目につく旅など、すぐに放り出してしまっていたことだろう。

「こちらの眠気覚ましもいかがですか」

 マリナは水筒の中の酸味の強い果実汁をザックスに勧める。舌がしびれるような渋みはマリナの言うようにおしよせる眠気を払うにはうってつけだった。

 ランタンを置き二人は乾いた大地に腰を下ろす。

「調子はどうだい?」

「皆さまには随分と気を使っていただいていますから……。それに旅の同行は私が言いだしたこと。疲れたなどと弱音を吐いている場合ではありません、それにあの娘の事を思えば……」

 この旅の最中、マリナの腹黒さ、もといお茶目さは、すっかり影を潜めていた。著名な神殿巫女マリナとして周囲に接し、言動を保っていた。おまけにらしくもなく、アルティナが彼女に付き添い、旅に不慣れなマリナを気遣っていた。二人が妙に気が合っているように見えるのが、これまでを知るだけに、ザックスには異様に訝しく思えた。

 旅の最中、案内役のトレイトンは必要以上に近隣の村落に立ち寄っては、神殿巫女マリナとその案内役を務める己を同族の者たちにアピールしていた。それは、神殿の後ろ盾による部族の中での己の地位の確立という打算まみれの行動だった。

 とはいえ、トレイトンには蛇族の実態調査などという大義名分で案内役を依頼している以上、彼の行動はあながち的外れでもない。こちらの本音を読み取られる事なく、一日も早く真の目的を果たすために先へ進むべく、彼を説得するのは随分と骨の折れる作業だった。

「ザックスさんこそ無理をなさっていらっしゃるのではありませんか?」

「この程度、上級ダンジョン攻略に比べれば大したことないさ」

「ふふっ、頼もしい事です」

 本音をいえば、頭の中を空っぽにして武器を振り回している方が楽なのかもしれない。人の世の複雑怪奇なやり取りよりも、敵か味方か、勝者か敗者か、二者択一の世界のルールの方が懐かしく思えた。

 気づけば冒険者の本業から随分と遠ざかっている。

「それにしても人の縁とは分からぬものですね」

 ランタンの光に照らされるマリナの顔に微笑が浮かぶ。

「なんだよ、突然?」

 首をかしげるザックスの顔をマリナがまじまじと見つめる。アルティナとは異なる魅力にあふれる彼女にじっと見つめられ、ザックスの心音が跳ね上がる。

「知っていましたか、ザックスさん。私、貴方と初めてお会いした頃、冒険者としての貴方の未来を潰し、《ぺネロペイヤ》から追い出すつもりだったのですよ」

「へっ……?」

 物騒な言葉と裏腹に、一瞬、その顔にいたずらを見つかった時の子供のような表情が浮かぶ。

 ふとあの頃の事を思い出す。わずか一年前の事でありながら、もうずいぶんと昔のように思えた。

「なんで、また……」

「だって、そうでしょう? あの頃の貴方は突然目の前に現れて私達家族からイリアを奪い取ろうとする張本人……。《魔将》がらみのこれ以上はない厄介事を持ち込む極悪人に思えたのですから」

「ちょっと待て、オレはそんなつもりは全く……」

「ふふっ、分かっていますよ」

 マリナは微笑んだ。

「でも、私達にとってはそうだったのです。可愛い末の妹分を言葉巧みに騙そうとする掠奪者。だから私は貴方の弱みを握るべく近づいた」

「それって、おっさんもかよ?」

 マリナはそっと首を横に振る。

「いえ、おじさまは違います。おじさまは初めから冒険者としての価値観で、貴方と向き合っておられました」

「そ、そうか……」

 なんとなくザックスはほっとする。

「でも、トロイヤ神殿の一件で私はそれまでの己を、大いに恥じました。己に何の得にもならぬ戦いに自ら飛び込み、私や出会ったばかりの神殿の人々を守ろうと貴方は命がけで奮戦された」

「そういやぁ、そんなこともあったっけ……。まあ、あれはヒュディウスがらみだから、結果として……だな……」

「逃げ出そうと思えば逃げだせたはずです。だが貴方は戦いの場へと赴いた。そんな貴方の背を見て私は己自身を恥ずかしく思いました。常日頃から神殿のあり方について、疑義を呈しておきながら、肝心の私自身が、その神殿の傲慢な立場に立って、無意識に貴方を見下ろしていました」

「そりゃ、まあ、仕方ないんだろうけど……」

 自由都市で神殿巫女マリナの名を知らぬものはない、というのは若干の誇張かもしれない。だが、そのような彼女から見れば、駆け出し冒険者などとるに足らぬ存在だろう。

 明かされた事実は不本意だが、彼女の立場を考えれば当然だろうと考えるくらいの余裕は、今のザックスにはあった。

「お怒りになられましたか?」

「まあ、面白くはないだろうけど、それ以上にあんた達には世話になったからな……。返しきれない恩もある」

《アテレスタ》で死にかけたザックスに惜しみなく《エリクサー》を使って、命を助けてくれたのはマリナだった。

「そう言っていただけて安心しました」

 マリナの表情が和らいだ。過ごした時間の中で培われたそれなりの信頼関係があったからこそ、彼女はかつての己の秘密の悪事を告白したのだろう。

「とっくに過ぎたことなんだから、とっとと忘れちまえよ」

 人間、寛容と許容の精神が大事という。小さな器では何かと癖のある凸凹パーティのリーダーなど務まるものではない。お騒がせなあの男の戦友など言わずもがな……。

「ふふっ、ではそうさせていただきます」

 彼女は小さく頭を下げた。だが、一連の仕草にいつもの彼女とは違う硬さを感じた。

 話を終えた彼女はキャンプに戻るべく立ち上がる。ザックスもまた彼女を送るべくその場を立ちあがった。

 ランタンを手に二人は並んで歩く。キャンプが近付いたところでふと彼女は立ち止まりザックスに向き直った。

 何かを内に秘めたような表情とともに彼女は口を開いた。

「ザックスさん、あの娘を……、イリアをお願いします。あの娘を《ぺネロペイヤ》で待つ姉妹達のもとへ必ず連れ帰ってください」

 いつもなら優雅に見えるはずのその神殿礼には、どこか張りつめたものがあった。

 ――マリナさんは何かを隠している。

 そして、それは彼女だけではない。もう一人の彼女もまた同じ。例え、ザックスが追及したところで、二人が口にすることは決してないだろう。

「分かったよ、任せときな。全部まとめてケリつけて、必ずみんなで《ぺネロペイヤ》に帰ろう」

 ザックスの言葉にマリナは表情を崩した。


 その夜の二人のやり取りを知るのは、満天に輝く星々のみだった――。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 浅い眠りから不意に覚醒する。

 それはダンジョン内で野営する時の冒険者の感覚に近かった。

 モンスターの急襲に迅速に対応することができねば、冒険者として長くやっていくことはできない。

 問題なのは、彼がそうして感覚を研ぎ澄ませている場所が、安全なはずの村落の中という事だった。

 あてがわれた室内の据えた匂いに嗅覚の鋭い犬族としては随分と難儀したものだが、そのような事が些細に感じられるほどにその場所は窮屈で不自由な場所だった。

 意識を失ったまま眠りについたままの臨時の相棒の様子に変化がない事を確かめ、彼はいつも通り、耳を澄まして扉の向こうの気配を探る。眠ったままの彼女の規則正しい息遣いのみが彼の感覚に捕らえられ、今が安全であることを確認する。

「シュリーシャ、まだ目醒めぬか……」

 左半身の大部分が石になったままの彼女は、ブラッドンの眼前で粗末な寝台に横たわったまま眠り続けていた。

 彼女の石化の進行は身体の半身で止まっている。もしかしたら眠った状態で、彼女の身体は石化に抵抗し続けているのかもしれない。

 川に飛び込み流されながらも、二人は如何にか血なまぐさい首府を脱出した。とはいえ、半身が石になったまま気絶したその身体を抱え、おぼれかけながらも川を泳ぎ切ったところで力尽き倒れた彼らは、この村の住人に保護された。その場所が、首府を追われた部族の主だった重鎮達が身を潜める隠れ里だったのは偶然だった。

 それは幸運ともいえ、悪運ともいえた。

 一人、目を覚ましたブラッドンは、決して好意的とはいえない歓待じんもんを受けた後で、この部屋へと招待ゆうへいされた。多少の自由はあるため、軟禁と言った方が正確かもしれない。

 隠れ里に身を置く蛇族の重鎮達は、総族長会議から派遣された暗殺部隊の失敗に大きく動揺し、今後の方針について意見が大きく割れ始めていた。


 冒険者たちをも凌駕する戦力を有する半獣人達に恭順し、協調しようと主張するもの。

 純粋種の誇りだけを支えに徹底抗戦を主張する者。


 前者の方が数こそ多いものの、部族の上位に位置する者達の多い後者の強硬な反対によってどうにか均衡が保たれているようだった。両者の間に溝を生む原因となったブラッドンには、当然、両陣営から冷たい視線が向けられた。

 二人を保護することで、今後の総族長会議からさらなる援助を引き出そうというのが、その狙いなのだろう。だが、突然、取引の相手が反逆者に変わったということにもなりかねぬ空気は、じりじりと肌に感じられた。

 定期的に運ばれる食事に十分に気を配り、身の回りの世話と称して己と眠るシュリーシャに近づく女性達との言動を注意深く観察する。散歩と称して歩き回る村内で、何気なくやり取りされる会話に耳をすまし、事態の打開を図る機会をうかがう日々が続いていた。否、それはあくまでも希望的観測であり、状況はじりじりと悪くなりつつあると言った方が正しい。

 今、そこにいないかつての仲間たちと過ごした時間がどうしようもなく懐かしく感じられた。

 ――もしかしたらこのまま目覚めぬ方がよいかもしれんな。

 村内に渦巻く閉塞的な負の空気は、知らず知らずにブラッドンの思考にも影響を及ぼしつつある。

 いつもならばかなり鬱陶しいはずのシュリーシャのとめどないおしゃべりまでもが懐かしく感じられる。

 ――彼女が健在であれば、その闊達極まりない饒舌さで、この鬱屈した空気を弾き飛ばしてくれるかもしれない。

 眠り続ける整った顔立ちの孤犬族の美女の横顔に、ふと、とりとめもない希望を重ねる己に気付き、思わず苦笑する。

 ――成程、これが一生の間違いのもととなる訳か……。

 目の前の美女は眠っているからそう見えるだけで、一度口を開けば、《ガルガンディア通り》の昼間の支配者であるオバチャン達と大差ない事を思い出す。

『アイツは遠くから眺めて楽しむもの……、決して近づいちゃならねえ……』

 過酷な現実に絶望し、ヤケ酒を煽る知人達の姿がふと思い出された。

 ――まだまだ余裕はあるようだ。

 日増しに悪くなっていく状況の中で、それでもまだ余裕のある己の思考に小さく胸をなでおろし、彼は再び意識を集中する。

 耐える事、待つ事、そしてほんの一瞬見えるチャンスの尾を逃さぬ事。

 冒険者の流儀に従って、彼はじっと機会をうかがい続けていた。


 そんなある日の事だった。

 村落全体が騒然とした空気に包まれ、多くの者達が言い争う声で彼は目を覚ました。

 起き上がるや否や、副装の短槍を手に部屋の入口に陣取り、外の気配を窺う。

 場合によっては村落の住人全てを敵に回してでも、彼女を連れて脱出しなければならないかもしれない。

 いよいよ、覚悟を決めるときが来たのだろうか――ふと、弱気になりながらも、ブラッドンは眠り続けるシュリーシャを守るべく、閉ざされた扉の前に陣取り、時を待つ。己の鼓動の音のみが強く存在を主張した。

 入口の扉の向こう……、廊下から玄関口へ……、そしてその先にある母屋へと。

 鋭い聴覚と嗅覚、そして冒険者の感が意識の網を広げていく。

 広範囲に広げられた意識の網の中をいくつもの気配と足音が激しく出入りする。

 どれもが蛇族のものであり、漏れ聞こえる会話の端々から状況を推察する。

『外部から訪問者があらわれたようだ』

『訪問者は部族の若者らしい』

『客人を案内してきたようだ』

『人間族という事は敵ではないのか?』

『分からん、半獣共の罠かも知れん』

『上の方々の判断を仰げ!』

 少しずつ鮮明になりつつある状況に、ほんの少し、胸をなでおろしかけた時、母屋の方からこちらへと近づく複数の足音に気付いた。足音はまっすぐに向かってくる。

 足音に交じって聞こえる小さな金属音に全身を再び緊張させる。それは足音の主たちが武装している事を意味している。

 扉から離れ、《短槍》を構える。

 だが、彼の冒険者としての勘が、そして感覚のいくつかが、その行為に疑問符をつけた。

 ――なつかしい。

 ふと、そんな感情が胸をよぎった事に当惑する。

 ――戦いを前に臆してしまったのだろうか。

 一度敗北すると思わぬところで負け癖がついてしまうこともある。苦い記憶が運ぶ臆病風というその病に侵され、ここ一番という場面で身体が動かなくなり命を落とす冒険者も少なくはない。逃げ出したいという思考が己を錯覚に導いたのかもしれぬとブラッドンは感じた。

 ギリリと歯を食いしばり、体内のマナを開放し全身に力をみなぎらせる。

 ――シュリーシャには指一本、触れさせはせん!

 何かを守るという感情を力に変え、彼は扉の開く瞬間を待つ。数の上で圧倒的に劣勢な彼に行えるのは、機先を制することだけだった。

 室内に彼の殺気が充満する。その瞬間、すぐそこまで迫っていた複数の足音がぴたりと止まった。

 ――気付かれたか。

 いつもの彼ならそのようなヘマはしない。やはり己が冷静でない事を再確認しつつ、瞬時に彼は戦術を変更する。扉を開く最初の敵を捕獲し、盾とする。その状況をイメージし、その一瞬に集中する。

 と、思わぬ事態が訪れた。

「おい、ブラッドン、そこにいるの……、お前だよな」

「えっ」とばかりに動揺する。それは余りにも慣れ親しんだ懐かしい声だった。

 不器用で直情的で、単純ではあるが情にもろい巨漢の姿が思い浮かぶ。積み重ねてきた時間と思い出が脳裏をよぎる。

「すみませんが、開けてくれませんかね。到着早々、いきなり串刺しってのは勘弁ですよ」

 少しばかり皮肉気味な声を掛けたのは、ひょうひょうとしながらも実は寂しがりな切れ者魔導師だった。

「ブラッドン、いるなら返事して。迎えに来たんだからね……」

 パーティの華と呼ぶには少々地味でも、その女性らしい細やかな心配りは間違いなくパーティに欠かせぬものである。

 全身の力が急激に抜けていく。返事をしようにも声が出ない。

 火のつきかけた闘争本能と仲間への信頼感が交錯し、思考が混乱する。

 そのような彼を正常に引き戻したのは、背後からの思わぬ一声だった。

「ブラッドン、何してるの、貴方? 迎えが来たんでしょ、早く開けてあげなさいよ」

 振り返れば目を覚ましたばかりのシュリーシャが弱々しく微笑んでいた。

「シュリーシャ……、お前……」

「あんなギラついた殺気、間近で感じたら嫌でも目が覚めるわよ。あんな起こし方をするなんて……。貴方はもうすこしロマンチックのなんたるかを学ぶべきね。まったくこれだから……」

 なにやら言いたげな様子だがまだ口がうまく動かぬようだった。扉の向こうの彼らもブラッドンの殺気が急激に消え去ったのを感じ取ったのだろう。

「開けるぞ、ブラッドン、いいな」

 野太い声とともに扉が勢いよく開け放たれる。一瞬、入口に光が差し込んだように見えたのは明らかに彼の錯覚だった。

 喜びも悲しみも、そして苦労も分かち合ってきた三人の仲間たち……。

 後方にも、数人の人影が感じられた。だが今のブラッドンには彼らの姿しか目に映らなかった。

 《短槍》を支えに如何にか立っていたが、ずるずると腰に力が入らなくなり、片膝をつく。

「どうしました、ブラッドン、どこか悪いのですか?」

「しっかりして、きちんと見せて……」

 駆け寄ってくる仲間たちの彼を思いやる感情がとてつもなく暖かかった。

「いや、済まぬ。大丈夫だ」

「大丈夫って、お前」

「本当に大丈夫だ。我は……」

 そこまでが限界だった。張りつめていたものが一気に切れ、不覚にも涙腺を伝って何かが流れ落ちる。

 ありがとうと言うべきなのだろうが、今の彼にいかなる言葉も発せないだろう。

 その状態に気付いた仲間たちもまた、同様に目頭をおさえていた。

 室内に入ろうとした後続の集団の先頭にいた若者がその状況に気付き、そっと背をむけ、その仲間達を引きとめた事に彼らが気付く事は無かった。



2016/05/23 初稿



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