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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚01章 ~魂の継承者編~
13/157

13 ザックス、怒る!


 勢いよく扉を蹴り飛ばして侵入した者の姿に、ブレルモンは眉を顰めた。

 見慣れぬ装備を身にまとい、白銀に輝く刀身の剣を手に、迫ってくる男が立ち止まる。しばらくしてからようやく、それが査察に訪れた若い神官であることに気付いた。

「ヤハル殿と申したか、これは一体、どういう事なのかな?」

 だが、彼がその言葉に耳を貸す事はない。立ち止まった彼は無言のまま、ブレルモンと話していたフードの男を睨みつけている。しばらくしてようやく口を開く。溢れだしそうな感情を押し付けるかのような低いその声には、恨みの念がたっぷりと込められているようだった。

「一月ぶりの再会は久しぶりって言っていいんだよな! まさかこんな所で会えるとは思わなかったぜ」

 フードの男は僅かに微笑する。己の存在がないがしろにされた事に、ブレルモンは激怒した。

「何の真似だ! 小僧! たかだか神官風情がこのわしをないがしろにするとは何事だ! わしは貴様がこびへつらっている冒険者上がりの高神官などとは比べ物にならぬほどの傑物なのだぞ! 本来ならこんな辺鄙な都市の神官長で収まるような人間ではないのだ! もっと敬わんか!」

「黙ってろ、麦酒樽! お前に用はない! そこで静かにお座りしてろ!」

 予期せぬ暴言にブレルモンが絶句する。代わりに口を開いたのは、彼の後を追ってきたマリナだった。

「申し訳ありません、高神官様。この者にはよく言って聞かせますので、なにとぞご容赦を……」

 慌てた様子でザックスの前に立とうとしたマリナだったが、不意にその細腰がしっかりと抱きしめられ、背後へと無理矢理押し込まれた。無作法極まりないその扱いに唖然とするよりも、己を抱きしめる尋常ではない腕の強さに動揺する。垣間見えるその表情の中に、フードの人物への凄まじい敵意と憎しみを見出した。眼前のフードの男が得体の知れぬ悪しき者であるとマリナは直感した。

 彼女を守るかのように背後において、剣先をフードの男に向けたザックスは、叫んだ。もはや押さえつける事の出来ない感情の叫びが室内に大きく轟いた。

「挨拶ぐらいしたらどうなんだ! まさかオレの事を忘れた、ってんじゃないだろうな?」

 返事をしたのはブレルモンだった。

「いい加減にしろ、小僧! ロシュフォール卿は貴様ごときが声をかけるなど恐れ多いお方。さる王国の宮廷魔術師に暴言を吐けば、自由都市の一つや二つ、灰にされても文句は言えぬのだぞ」

「なるほど、名はロシュフォールというのか」

「貴様、いい加減に……」

「黙れ、麦酒樽! こいつは宮廷魔術師なんて可愛いものじゃねえ。そうだよな! 《十二魔将》さんよ!」

 ザックスの言葉に室内が凍りついた。彼の背で黙って成行きを見守っていたマリナも絶句した。

《十二魔将》……伝説の魔人達の一人が目の前にいる。ザックスの言葉を信じるならば、己は今、とんでもない場所に居合わせている――という事実にマリナは驚愕する。

 凍りついた室内の空気を再び動かしたのは、ロシュフォールと呼ばれたフードの男だった。

「くっくっくっ……麦酒樽ですか。確かに言われてみればよく似てますね。いや、笑わせて頂きましたよ。それにどうやら貴方の中には、私の蒔いた種があるようだ……」

「ロシュフォール卿、貴方、まさ……」

 ブレルモンがぴくぴくと痙攣し始める。

「まったく人が話しているというのに身の程をわきまえぬ方ですね。ああ、そうそう、自己紹介が遅れました。私は《杯》を司る魔将ヒュディウスと申します。よろしければ、貴方のお名前を聞かせてはもらえませんか、勇敢な冒険者殿?」

「ザックスだ!」

「ザックスさんですか。あれからこちらでは一月になるのですね。その割にはまだ全く成長が足りないようだ、新芽が苗木になりかけというところでしょうか?」

「お前、一体オレに何をした。答えろ! オレにかけた《呪い》とはなんだ!」

「《呪い》ですって、これは面妖な。いや、そうか。この世界ではそうなってしまうのですね。まあいいでしょう。ですが困りましたね。こういうのを不測の事態というのですか。私はどちらかを選択しなければいけないということですね。いやはや、困りました」

 どこまでもふざけた物言いの魔将の様子にザックスはいら立ちを覚えた。どこか会話がかみ合わないのは、見ている世界、あるいは視点の違いというべきなのか。二人の間の決定的な齟齬にいら立ちを募らせる。構わず、ヒュディウスは飄々と語った。

「仕方ありません。まだまだ先行き不透明ですが、成長する楽しみというのもありますし……。こちらの苗木を育てる事にしましょう。さて、麦酒樽さん……」

 言葉と同時にブレルモンの痙攣が解ける。ぜいぜいと息をつきながらブレルモンは、恐怖の表情を全面に張り付けて後ずさる。ヒュディウスは不気味な笑みを浮かべて言い放った。

「あなた、もう、要りません。だからこちらの苗木の肥料になって頂けますか?」

「ば、バカな、《十二魔将》だと、ふざけるな。私は貴様が宮廷魔術師だというから協力したんだぞ、これでも私は神官なんだ、魔人なんかに貸す力など……がっ……」

 ヒュディウスが指を鳴らした。同時に再びブレルモンが胸を押さえて苦しみだす。彼の姿を笑って眺め、ヒュディウスはザックスに告げた。

「残念ながら今の私は、先日のように貴方とスリルあるひと時を過ごす事ができないのですよ。そこで代わりのものをご用意させていただきます。若干、物足りないかもしれませんが、今のあなたには十分でしょう」

 言葉と同時にブレルモンの四肢が肥大化しはじめ、醜く膨れ上がって行く。やがて、異形の魔物へと化していった。

 その過程にザックスとマリナは絶句する。生まれた異形がさらに肥大していく様子を、楽しそうに眺めていた魔人の姿がふわりと宙に浮いた。

「おい、逃げる気か!」

「先ほどこの方は自分が優秀だなどとおっしゃられておりましたが、あながち間違ってもいないのですよ、血筋だけをみればね。彼の血筋を何代か辿れば竜人族に行きつくのです。そういう訳で彼の中に眠る竜人の因子をマナで覚醒させてみると、ご覧のとおりです」

 異形と成り果てたその巨大な姿は、かつてザックスが《錬金の迷宮》内で遭遇した《ドラゴン》に酷似している。だが倍近いその体躯は白っぽく変色し、ところどころ腐臭を放っている。それを尻目にヒュディウスは続けた。

「残念ながら私はもう行かねばなりません。お名残り惜しいですが、今はまだ私達の運命は互いに交わる時ではありません。代わりと云ってはなんですが、これをプレゼントさせていただきます。《ドラゴンゾンビ》、貴方達冒険者風に言えば、AAランクボスモンスターといったところです。今の貴方には若干手に余るかもしれませんが、どうぞ十分にお相手差し上げて、さらなる実力の向上にお役立て下さい。また会える日を心よりお待ち申し上げております」

「おい、待て」

 ザックスの制止に耳すら貸さず、魔人はその姿を揺るがせ、宙に消える。残されたのは巨大な咆哮と共に暴れまわるブレルモンの醜悪ななれの果てだった。その巨体を所かまわず周囲にぶつけ、忌々しげに魔力のこもった咆哮を放つ。その瞳に理性の色はない。完全に自我を喪失しているように見える。

 不意に口から放たれた溶解液がザックスに向かって飛散する。飛びあがってかわそうとした彼は、自身の背にマリナがいた事を思い出す。

 間一髪、左籠手の魔法障壁を展開して防いだものの、ザックスの足に溶解液がかかり、《金剛糸のズボン》の一部が溶解した。

「マリナさん、逃げるん……」

 彼女の顔を見たザックスはハッとする。瞳の焦点が合っていないその姿に、ドラゴンの咆哮の魔力を彼女がまともに受けた事に気づく。すぐさまマリナを抱きかかえ、《加速》と《身体強化》をかけたザックスは、部屋の入口まで後退する。

「マリナさん。しっかりしろ!」

 身体を揺する事、数度、ようやく彼女は正気を取り戻した。

「ご、ごめんなさい、私……」

 溶解したザックスの装備をみて、マリナは己が足手まといになっていた事に気付いた。

「逃げてくれ、ここはなんとか食い止める」

「でも……」

「あんたを守りながらじゃ戦えない、残念だが、あれはオレ一人では手に余る代物だ」

「そんな……」

「あんたは神殿巫女なんだろ。だったらこの建物の中にいる戦えぬ人たちを助けてくれ!」

 ザックスの言葉にマリナは眼を見開いた。ほんの僅かなためらいの後で小さく首肯する。了解の意思を確かめ、立ち上がろうとするザックスを不意に彼女は押しとどめた。そして何事か呟くと彼女の柔らかな口唇がザックスの頬に触れた。

 同時にザックスの身体の中のマナが急激に活性化していく。突然の出来事にザックスはうろたえた。

「マ、マリナさん……?」

「《巫女の加護》を今、貴方にかけました。これであなたの能力値は一時的にですが上がります。攻撃補助呪文の効果も倍増するはずです」

「あ、有難う……」

「それと、周囲をご覧ください。この部屋は神聖水に満たされています。効力こそ落ちていますが、アンデッド系のモンスターにはその効果は絶大なはずです。強さのランクが一つもしくは二つ下がっていてもおかしくありません」

 言われてみれば、正気をなくして暴れまわる《ドラゴンゾンビ》の動きは鈍いように見える。

「確かに、これなら何とかなるかも知れないな」

 ザックスに手を取られて立ち上がったマリナは、僅かに頬を赤らめ、小さく微笑んだ。

「直ぐに神殿内の人々を避難させ、おじ……、いえ、ライアット高神官を呼んでまいります。だからそれまで……」

 わずかに言葉を切った。

「何としても持ちこたえてください。貴方にもしもの事があれば悲しむ娘がいるという事を、ゆめゆめ忘れなさいませぬよう」

「わっ、分かってるよ……」

 ぎこちなく微笑むと彼女は、身をひるがえし一目散に走り出す。その姿が扉の向こうに消えるや否や、ザックスは荒れ狂う凶獣に向かって突き進んで行った。




 咆哮をあげて暴れる凶獣が柱に頭を激突させ、その衝撃で部屋が揺れた。

 マナによって加護された石造りの部屋は強固な構造となっているものの、崩壊するのは時間の問題である。果敢に躍りかかり、強靭な体躯を《ミスリルセイバー》で幾度か斬りつけたものの、《ドラゴンゾンビ》のもつ厄介な再生能力が決定打を打たせない。斬り飛ばされた前腕が即座に再生する様子を目の当たりにした時点で、ザックスは戦術の方針転換を余儀なくされた。

「どうするよ……」

 マリナによる《巫女の加護》と強化系の魔法を三重にかけた今の状態で、なんとか五分の状態に持ちこんでいるものの、いずれ効力が切れるだろう。それまでになんとか決定打を打たねばならない。理性を失い、辺り構わず暴れまわる凶獣を観察するうちに、ザックスはふと気付いた。

「あれだな……」

 神聖水の泉にふれた部分の肉体の再生が他の個所に比べて著しく遅れている。建物への度重なる衝撃で上層階からこぼれおちる神聖水はすでに止まっているものの、傍らで滔々と水をたたえる泉に突き落とせばかなりのダメージを与えられるかもしれない。問題はどうやってそこまで誘導できるかということだろうか。

 眼前の正気を失ったモンスターはザックスに目標を絞っているわけではない。ところ構わず目の前のものをやみくもに破壊して回っていた。

 モンスターの周囲をぐるりと回り込んだザックスは泉に膝までつかり、《ミスリルセイバー》を泉の水に浸した。剣のミスリルと泉のマナが反応し、簡易光術魔法剣が生成される。光り輝く剣を手に、再びザックスは真正面から飛び込んで《ドラゴンゾンビ》に切りつけた。

 二度、三度、ザックスが斬りつけるたびに《ドラゴンゾンビ》の身体から白い煙が上がり、傷の再生効果が著しく遅延する。やれるかと思ったのもつかの間、四度目に切りつけた時には剣に宿ったマナは消失し、切りつけた傷は再びその再生速度を増した。さらに不意打ちの左腕の一撃が、魔法障壁でガードしたザックスの身体を再び泉にまで撥ね飛ばした。

「やっぱ、付け焼刃じゃ駄目か」

 水中に弾き飛ばされ、《全身強化》の効果でダメージこそさほどないものの、こちらの攻撃も効果的ではなかったらしい。さらに悪い事に、泉のマナの効力でザックスは大きな目眩に襲われた。

「俺って、アンデッド扱いかよ」

 押し寄せる目眩と吐き気を我慢しながら、ザックスはさらなる効果的な戦術を模索する。

 先ほどの攻撃の唯一の収穫は《ドラゴンゾンビ》の意識がこちらに向かったことだろうか。眼前のモンスターは本能的に泉の水を警戒しているのか、こちらに必要以上に近寄ろうとしない。

 ――あれを使うか。

 左手で腰に装着した《ポーチ》の中の秘密欠陥兵器を探り当てる。

 ヴォーケンから預かったのは2発。マナを込めればあと一度ずつ使えたはずである。

 再び泉に剣を浸し簡易魔法剣を生成する。《加速》《剛力》《全身強化》の順に攻撃補助魔法をかけ直すとザックスは泉から離れ、周囲を大きく回り込むと、《ドラゴンゾンビ》の背を泉に向けさせる。

 身体組織の崩壊と再生を繰り返しながら、《ドラゴンゾンビ》は咆哮を上げてザックスに襲い掛かる。その攻撃を《加速》の効果を使って巧みにかわしたザックスは簡易魔法剣で腹部を切りつけ、身体を半歩後退させて左右を入れ替えると、起動させた左手の《爆裂弾》を、再生の遅れた傷の中に埋め込んだ。

 同時に、左手の《魔法障壁の籠手》を発動させる。

 凄まじい爆発音と共に《ドラゴンゾンビ》の腹部が破裂する。爆発の衝撃を籠手の障壁で殺しつつ、ザックスは飛び下がった。よたよたと足元をふらつかせながらモンスターは泉に向かって後ずさる。

「もう一発だ!」

 後退したザックスは再び《ポーチ》から取り出したもう一つの《爆裂弾》を手にしてマナを込めた。間髪を容れず、《ドラゴンゾンビ》の懐に飛び込んで行く。

 斬りつけた《ミスリルセイバー》が撥ね飛ばされるにも構わず、しゃにむにつっこんだザックスは起動した《爆裂弾》を飛び上がりざま、モンスターの巨大な口の中に放り込んだ。

《爆裂弾》はその凄まじい破壊力で《ドラゴンゾンビ》の頭部を微塵に弾き飛ばす。

 魔法障壁を展開し損ねてその衝撃を殺しきれなかったザックスの身体が宙に放り出され、床に転がった。《全身強化》の効力を以てしても耐えきれない痛みがその身体を襲う。激痛に床を転げまわりつつ、ザックスが目にしたのは、頭部を失い腹部に大穴をあけた《ドラゴンゾンビ》が泉に倒れ込む姿だった。

 徐々に小さくなっていく水音と共に室内に静寂が戻る。

「やったぜ!」

 全身を襲う痛みに顔をしかめながら、勝利の余韻に浸る。

 すでに体力が限界に近く、激しい戦闘で《金剛糸の上下》はボロボロになっており《羽の靴》には大きな穴があいている。戦闘の最後に弾き飛ばされた《ミスリルセイバー》も周囲には見当たらない。とりあえずどうにか生き残った事で、マリナとの約束も果たせそうだった。幸いここは神殿であるから治癒の魔法ぐらい使える神官はいるだろう。

「これって経費で落ちるんだろうな……。そういや、その前にオレはマリナさんに契約終了の申し出をしちまってたし、どうなるんだろ?」

などと呑気な呟きを口走る事ができるのは、生死のぎりぎりのラインでの戦闘に勝利できたからこそであろう。


 しかし、勝利の余韻に浸るのは、ザックスの早計だった。戦いは未だ終結してはいなかった。

 激しく水の跳ねる音と共に巨大な足音が再び部屋を揺らす。

 不意を突かれたザックスは、慌てて音のした方向に視線を向けた。そこには泉の中で崩壊したはずの《ドラゴンゾンビ》の躯が、這い上がろうとする姿があった。すでに頭部はなく腹部には大穴が開き、身体の至る所から白煙をあげて腐臭を漂わせている。その姿のままで《ドラゴンゾンビ》は残った両足でよたよたと大地を踏みしめ、確実にザックスへと近づいた。

「ちょっと待てよ、もう打つ手はねえぞ……」

《爆裂弾》を使い切り、《ミスリルセイバー》も手元にない。《ポーチ》の中にはまだ《鉄の剣》が残っているものの、はたして、《ドラゴンゾンビ》に通用するであろうか? さらにザックスの身体は限界を迎えた体力と全身を襲う激痛と目眩で指一本動かせぬ状態である。徐々に近づきつつあるその巨大な影に、背筋が震えた。

 ――ヤバいな。

 何度目かになる確実な死の予感が警報をならす、その時だった。

 部屋の中を一陣の風が駆け抜け、ザックスと《ドラゴンゾンビ》の間に一人の男が割って入った。見覚えのある神官衣姿の男の背を見て、ザックスはなぜかひどく安堵感を覚えた。

 飛び込んできた男――高神官ライアットは石造りの床を強烈に踏み込むと、両手で持った《金剛槌ダイヤ・メイス》でモンスターの身体を天井に向かって撥ね飛ばした。その非常識すぎる破壊力にザックスは唖然とする。

 天井に叩きつけられ、そのままめり込んだ《ドラゴンゾンビ》に向かって、すかさずライアットは何事かを呟く。途端に周囲の泉の水が宙に浮き、空中に巨大な水の球体が生まれた。

 それをそのまま天井の躯に叩きつける。崩壊を加速させていく躯を呑み込んだ水球は徐々に小さくなり、やがて空中で完全に消滅した。

 あまりにあっけなくついてしまった決着とライアットの凄まじい実力にザックスは唖然とする。ウルガにも決して引けをとらぬのではないかという思いが脳裏をよぎった。

 息一つ乱さずに戦い終えたライアットは周囲を見回した。倒れているザックスに視線を向けると彼の元へと歩み寄り、見下ろしたまま傲然と言い放った。

「若いの。冒険者である以上、無謀である事は仕方がない。だが、戦いの詰めが甘いのは愚かだったな。今のお前に大切な物は守れんし、ましてや己の大切な物を預けることなど、とてもできんな」

 傲慢な物言いに言葉を失うザックスを無視して、ライアットはすたすたと歩き去って行く。代わって彼に近づいたのはマリナだった。

「あのおっさん、好き勝手言いやがって……」

「黙って下さい。傷を治します」

 聞き覚えのある声の中に強い緊張を感じた。すぐさま治癒の魔法がかけられ全身が仄かなぬくもりに包まれる。視界に映るマリナの顔色はひどく青ざめていた。どうやら相当重傷のようだと、ザックスはようやく理解した。

「大丈夫ですか……」

 マリナの声が、徐々に遠くなっていく。

「ああ、とっても気持ちいいよ、できたらもう少し、このままでいさせてくれ……イリア……」

 暖かな懐かしい安らぎに包まれた意識を手放しながら、ザックスは無意識にここにいない者の名を呼んで眠りに落ちていった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「おい、ザックス、神殿から荷物が届いたぞ」

 昼食時、酒場に食事を取りに降りたザックスは、ガンツに呼ばれた。周囲の者達から羨望の眼差しを受ける事はなかった。大抵の者たちが昨日、ボロボロの恰好で帰還したザックスの姿を見て、同情の視線を送っていた。

 ――きっと奴は神殿の禁忌タブーに触れて、恐ろしい目に遭わされたに違いない。

 そのような憶測が叫ばれる中、彼にその事について触れようとする者は皆無だった。当然、神殿から届いた荷物の内容について詮索しようとする者も又、皆無である。

 自室に戻ったザックスは包みを開いて困惑した。中には先日の戦いの中で破損した装備品に代わる品々と手紙が入っている。送り主の名を見てザックスは眉を顰め、その内容に悪寒が走った。


 先日のクエストにおいて破損したザックス様の装備一式に代わる品を感謝の念と共にお贈りさせていただきます。

 神聖護布の上衣

 疾風金剛のひざ当て

 バトルブーツ 

 以上3点、どうぞお納めくださいませ。

 尚、先日ザックス様と過ごしためくるめく熱く激しき一夜は、決して忘れられぬ事になりそうです。

 私の粗末な胸に御身体を預け、こっそりと感触をお楽しみになられていた貴方様が、私を庇い、単身戦いに赴かれていったその凛々しきお姿と英雄譚は、今思い出しても大変心踊るものであり、私一人の胸の内に収めるにはあまりに大きすぎます。

 故に、昨夜、イリアをはじめとする妹達を前にその詳細のあれこれを、しっかりと包み隠さずお話しさせていただきました。

 あしからず……。

  追伸 

 装備品一式の見立てはイリアと私で行わせていただきました。お気に召していただければ幸いです。


「あの女性ひとは!!」

 ザックスの悲鳴が自室に轟いた。

 マリナの性格である。話を盛り上げるために様々に脚色して尾ひれをつけまくっているに違いない。

 次に神殿に行った時に何と言われるのか……。ふと、愛らしい顔立ちの兎族の巫女少女にプイッと顔をそむけられる光景を思い浮かべ、ザックスは自室の寝台の上でどっぷりと落ち込むのだった。



2011/07/27 初稿

2013/11/23 改稿



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