09 シュリーシャ、戦う!
「最後まで役にたたなかったわね。まあ偶然とはいえ一匹仕留めただけでもよしとするべきかしら……」
配下の男達の無残な結末にも顔色一つ変えず、蛇族の女はぽつりと呟き、その存在を忘れ去る。
「化け物……」
シュリーシャが何気なく口にしたその言葉は、大蛇と化した男達に向けられたものというだけでなく、そんな彼らを仲間どころか、同じ人として扱おうともせぬ女に向けられたものだろう。蛇族の女が口端に小さな笑みを浮かべた。
「いいわね、貴女、フワフワのモコモコでとっても素敵。きっと皆に人気があるのでしょうね。それに比べて見てよ、私のこの醜い姿」
悲しげな表情と共に己の両の腕を広げる。種族差からくる美的価値観の違いは説明しにくいものであるが、たしかに自由都市に暮らす者から見れば、蛇族の姿は決して美しいものとは言い難いだろう。
「羨ましいわ、羨ましいわ……。素敵で幸せそうな貴女がとっても妬ましいわ。だからね……、ゆっくりと嬲って引き裂いて、毛皮をはいではく製にして飾ってあげる。永遠を生きる私の傍らで永遠に私を楽しませるのよ」
三人の冒険者達の背筋に冷たいものが走る。その言葉の意味よりも、それを楽しげに口にした女の狂気に恐怖する。
もはや言葉は通じぬとばかりに、狼犬族の男が構えた槍を手に女におそいかかった。《駿速》とともに一瞬で間合いを詰めた男の槍が女の身体を貫いた。
間違いなく急所を貫かれたはずの女だったが、相変わらず動揺の色はない。苦悶の表情を見せることすらなく、《短槍》に身体を貫かれたまま彼女は微笑んだ。
「酷いわ、貴方。か弱い女にいきなり暴力を振うなんて……。そんな悪い子にはお仕置きよ」
《短槍》で身体を貫かれながらも女に全く動じる様子はない。ウィンクしながら茶目っけたっぷりに言葉をかけられた狼犬族の男の顔に、一瞬戸惑いが浮かぶ。やがてそれはすぐに恐怖へと変わった。まるで震えているかのようにその身体が小刻みに揺れ始める。
「駄目よ、貴方はもう私の『瞳』に捕らえられた。そう、私の瞳に映る貴方はもう私の物。永遠にね……」
場に奇妙な気配が揺らぎ、ブラッドンと狐犬族の女はその場から一歩も動けなかった。冒険者としての直感が危険な何かを察知する。
「その場から離れて!」
シュリーシャの警告は既に手遅れだった。
「お、お前……」
恐怖に顔を歪めたまま槍を手に立ち尽くす男の四肢が瞬く間に石化する。石化は直ぐに四肢から胴体へと及び、やがて全身を覆った。持っていた槍共々一瞬にして生まれた石の彫像は、その重さ故にバランスを崩してその場に倒れ、バラバラに砕け散った。
「石化魔眼……。冗談でしょ……」
シュリーシャの言葉が全てを指し示す。眼前に立ちはだかるのは、ほとんど伝説級といっていい能力の使い手であった。
「あらあら、残念ね。いい飾り物になると思ったのだけど……。まあいいわ、代わりはまだあるものね……」
刺し貫かれたはずの身体の傷はいつの間にか消失し、女は艶やかに微笑む。言葉の矛先が己に向いている事を理解したブラッドンが怒りと共に咆哮する。
常日頃は冷静なパーティの抑え役である彼だったが、眼前で次々に仲間を無残にやられる異常事態にもはや冷静さを保てなくなりつつあった。と、背後に立っていたはずのシュリーシャが進み出て、彼の視界の前に立ち塞がる。
「ダメよ、ブラッドン。状況が悪すぎる。実力が全く分からない上に、残ったのは私達二人だけ。今、私達がすべきことは……分かるわよね?」
シュリーシャの言葉でブラッドンは冷静な思考を取り戻す。大きく深呼吸をすると彼は愛用の《斧槍》の石突きで石床を一つ叩いた。無数の修羅場を経験した冒険者の思考が、自身のおかれた最悪な状況の打開策を模索する。
「魔眼の対処法は分かるか?」
「ええ。距離と呼吸、後はそれに逆らう強い意思。さすがに《石化魔眼》を相手にするのは初めてだけど、おそらく対処法は同じはず……」
シュリーシャの傍らに立ったブラッドンが小さく頷いた。先ほどの狼犬族の男の無残な結末から、二人は冷静に相手の能力に対する仮説を立てる。とはいえ、正体不明の相手に正面切って挑むほど無謀ではない。
用心深く距離をとる二人を前にして、蛇族の女は余裕の表情を崩さない。その謎めいた実力はまったく計り知れなかった。
「さて、お二人とも私一人で相手する事になったわね。どうやら貴方達は手練れの御様子。こちらも少し本気でお相手しないと失礼というものね」
身にまとっていた一枚布の裾をはらりと崩す。
「はしたなくて御免なさい。でもすぐに気持ち良く逝かせてあげるから問題ないわよね……」
言葉と同時に彼女の身体から爆発的なマナの気配が発せられ、その下半身が蛇の如く変化する。ラミアという魔物に酷似した姿に変わった女は、二人の眼前でゆらりととぐろを巻いた。
獣人族の血をひく冒険者にのみ可能な獣戦士化に似た変身を眼前であっさりとやってのけられ、ブラッドン達の目つきが厳しくなる。自分達がより逼迫した状況に追い込まれた事を冒険者の本能が告げていた。背中を合わせながら武器を構える二人は、小声でやり取りする。
「もう何が起きても不思議じゃないわね、一、二の三でトンズラするわよ。アンタはあっち、アタシはこっち。後は運任せ。とにかく生き延びて、この訳わかんない状況を族長共に報告する事、ついでに横っ面にゲンコツの一発も叩き込んでね、オッケー?」
一つ無言で頷いたブラッドンの気配を読み取ると狐犬族の女は小さく笑う。
「無事に生き延びたら、感謝しなさいよ、じゃあね!」
それが合図だった。《駿速》をかけた二人は同時にその場を飛び出した。問題だったのは当初の予定に反して、二人が同じ方向へと向かった事だろう。
《斧槍》を手にしたブラッドンと短槍を手にしたシュリーシャは、同時にラミア化した蛇族の女に飛びかかり容赦ない攻撃の嵐を加えた。
女の視界の死角へと回り込みながらの攻撃は、硬質化した蛇族の女の身体の表面を容赦なく削っていく。
息つく間もない上級冒険者の攻撃をラミア化した女は、眉一つ動かさずにそれに耐え、巨大な尾で反撃を加えた。正確さを少しばかり欠いた攻撃を巧みにかわし、二人は再び女から距離をとる。
「何、考えてんのよ、アンタはあっちっていったでしょ!」
開口一番、予定とは全く別の方向へと向かった己の事を棚に上げたシュリーシャは、ブラッドンに食ってかかる。
「その言葉、そのままそっくり返す」
ブラッドンが憮然とした表情で言い返した。偶然にも相棒を逃がす為に己を犠牲にするという選択肢をとった二人は一瞬、にらみ合う。
しばらくしてはあ、と一つため息をついたシュリーシャがしみじみと言う。
「アンタって律儀だもんね……。自分だけ要領よく逃げるなんて選択できなかったわよね。まあ、そんなアンタだからアタシも……」
言葉を止める。二人の嵐のような攻撃で全身傷だらけの蛇族の女の身体の再生が果たされた事に気づいた。
「鮮やかなお手並みでしたわね、お二人とも。お陰で布地がすっかりボロボロ。ここらじゃ滅多に手に入らない逸品だから、とても気に入っておりましたのに」
言葉と裏腹にボロボロになった布地を無造作に放り捨てる。上半身を人型、下半身が蛇の魔物――ラミアのように変化したその身体を惜しげもなく二人の眼前にさらし、チロリと舌を舐め上げた。
「冒険者というのはすごいものですわね。でも獣鬼化したこの私の敵ではないようだけど」
それまでの余裕の笑みの代わりに険呑な笑みを浮かべたラミア化した女の言葉に二人は眉を潜める。
「獣鬼化?」
「知らないの? まあ、それも当然。これは私のような選ばれた者のみが偉大なる蛇神様より与えられた力。背神者や蛇神様を信じる力が弱い者では先程の者達のようになってしまうのよ」
大蛇になって理性を失い互いを食い合って死んだ二人の結末が脳裏をよぎる。原理としてはおそらく獣人族の上級冒険者クラスの力を持つ者のみが可能な「獣戦士化」に近いのだろう。だが、冒険者でもない彼らがその力を使う事でのリスクは高過ぎるはずだ。
恍惚とした表情に狂気の笑みが混ざる。女は身も心も既に立派なモンスターのように思えた。
「……ったく、訳わかんない女に絡まれてるわね……、つくづく今日のアタシ達ってついてないわ。ブラッドン、アンタなんかいわくつきの変なアイテム拾ったんじゃないでしょうね。そのせいだったらタダじゃおかないわよ。まあ、それはおいといて、さっさとこんな陰気な場所からおさらばして、早くウチに帰らないと。来月の特売市に間に合わなくなっちゃうわ。仕方ないから、『奥の手』をやるわね。悪いけど後のフォローよろしく。頼りにしてるわよ!」
僅かに躊躇いの空気を放った後で頷いたブラッドンの前に、シュリーシャが進み出る。
どちらか一人を犠牲にして逃走を図るよりも、二人で力を合わせてこの事態を突破する事を選択した。それが絶体絶命の修羅場を生き残り上級へと至った冒険者達が培ってきた冒険者魂という名の生存本能である。協力して生き延びようという強い意思は常識を超える力を発揮する。
彼女は呼吸を整え、瞬時に己の意識を内面に集中する。身体の深部から突き上げるようなマナの波動を全身へと送り出す。無限の力が全身から解放される感覚に一瞬、恍惚とした表情を浮かべつつ、彼女は獣戦士化を果たしていた。
すらりと引き締まった全身を覆う黄金色の体毛とふわりと舞う四本の尾。
数多の獣人族の中でも圧倒的な神々しさを持つという狐犬族の獣戦士の登場によって場の空気が大きく変わった。
獣戦士化――瞬間的に圧倒的な力を得られることと引き換えに、戦闘後暫くは行動不能になるという欠点をもつ。
冒険者達はパーティで行動する事でその欠点を補いつつ、その圧倒的力量の恩恵を受ける。
得体の知れぬ敵にシュリーシャが対峙し、戦闘後、一時的に行動不能となるであろう彼女を守りつつこの街を無事に離れることが、ブラッドンの役割だった。
神々しいまでの輝きに満ちた獣戦士の姿を目の前にして、ラミアと化した女は卑しげな笑みを口元に張り付けた。
「不幸だわ、理不尽だわ、納得いかないわ。私は何も持ってないのに、貴女はたくさんの物を持ってるのね。羨ましいわ、妬ましいわ、悔しいわ。気に入らないから消えちゃいなさい。私よりも美しくて、力に溢れて、幸せに輝いている者なんてこの世にあってはならないの!」
二体の姿がその場からかき消える。石畳の広場のすぐそばを轟々と流れる川の水音の中に、何かが激しくぶつかり合う音が混じり始めた。
互いにスピードには自信があるようだが、おそらく《駿速》を用いているだろうラミアの女に対して、さらに上位スキルの《超速》を用いて圧倒的な手数で獣戦士が攻め立てる。名のある冒険者の中でも五指に入ると言われる速度と圧倒的な戦闘経験。その前ではラミア化した女は手も足もでない……筈だった。
愛用の《短槍》を手にシュリーシャはラミア化した女に襲い掛かりスピードを生かした無数の穂先で切り刻む。爪と巨大な尾を武器に防戦するラミアは、傷つくたびに恍惚とした表情に笑みを浮かべた。
「すごいわ、すごいわ……、もっと……、もっとよ」
傷ついた端からその肉体は圧倒的な速度で傷を修復していく。その事実に動揺することなく獣戦士はさらに加速する。
彼女クラスの冒険者ともなれば、不死身に近いものや、圧倒的な生命力を誇るものとの長時間の死闘などざらに経験している。
――傷の治りが早いならば、それを上回る速度で戦えばいい。
戦士職特有の単純極まりない力技思想だが、えてして、修羅場では真理である。
さらに加速し、その場にいくつもの分身を生み出す獣戦士と、その中心で笑みを絶やすことのない獣鬼。
その異常な戦闘が繰り広げられる広場で傍観者となっているのはブラッドンただ一人だった。
戦況を見守りながらも周囲を警戒するブラッドンの脳裏に疑念が渦巻く。
――おかしい。
いつまでたっても敵の後続が現れない。相変わらず神殿内からは不気味な歓声や嬌声が沸き起こるものの、逃げ出した冒険者に追手がかかった様子はない。街の中心を轟々と流れる川の音と蛇族の若者たちの死体のみがその場所で存在感を示す。
ラミアの女の言葉を信じるならば、政庁側に向かった猫族の冒険者たちのチームが全滅したという以上、こちらにかけつけてもおかしくないのだが、現れたのは先ほどの三人のみ。そのうちの二人は戦力と言うにはあまりにも脆すぎる。
そのおかげで難を逃れているわけだが、自分達冒険者の常識とは全く異なる事態の展開に不安ばかりが肥大化する。
その内心の動揺を眼前で奮闘する相棒に気づかれぬようにしながら、彼は注意深く周囲の気配を探る。
一人静かに戦況を見守るブラッドンをよそに、二体の超越者の戦闘はさらに過激さを増す。
スピードで圧倒的に勝るシュリーシャに対して、ラミア化した女はカウンター気味の攻撃で反撃する。手数ではシュリーシャが圧倒的に勝るものの、硬質化した皮膚と再生能力、さらに両手の爪をのばして双剣のように振るうラミアの女には、《石化魔眼》という絶対的な切り札がある。
激しい戦闘は周囲に転がっていたいくつもの若者たちの躯を巻き込んで弾き飛ばし、さらに石畳をも破壊する。
上級冒険者の全力についてこれる《獣鬼化》という得体の知れぬ力にブラッドンは底知れぬ恐怖を覚え始めていた。
戦闘中のシュリーシャも同様らしく、圧倒的優勢に見える戦況にも拘らずその表情は徐々に厳しくなっていく。
不意に彼女の異変に気づいた。その左腕がわずかに紫色に変色しつつあった。
――毒か。
爪に仕込んでいたのか、あるいはもっと別の方法なのか。当事者のシュリーシャでなければ分からぬだろう。
いつもなら回復役の出番である。ほがらかな人間族の女性の顔が思い浮かんだ。暴走気味の大男と皮肉屋の魔導師の顔がさらに浮かぶ。
すっかり居場所となってしまった、二階席の一角。ドワーフ料理長の自慢の一品の味までが思い出される。
――帰れるだろうか……あの場所に。
ふとそんな不安に駆られた。
弱気になりつつある己に気付き、思わず頭を振る。
《袋》の中の解毒薬を確かめつつ、シュリーシャの様子を探る。
獣戦士化の最中は軽い興奮状態であるため、身体のダメージはさほど気にはならない。だが、それゆえに危険ともいえた。
「シュリーシャ!」
ほんの一瞬の戦いの間隙をついて、彼女に解毒薬の存在を知らせる。だが、彼女がそれを受け取るだけの時間は無かった。
下手に攻守を後退しようとすれば、一気に状況が覆されるだろう。冒険者の本能がそれを理解させた。
ほんの一瞬、シュリーシャと視線が合う。彼女の意図を理解する。
――ここで決める!
全身の体毛がさらに輝きを増す。全力を持って目の前の獲物をしとめるべく彼女は方向とともにラミアの懐に飛び込む。
一閃必殺の念とともに繰り出された《短槍》の一突きをラミアは両手の爪を交差して受け止める。
衝突と同時に音を立てて爪が砕け散った。
わずかに勢いを失いつつもシュリーシャの短槍がラミアの身体を捉えた。
互いのマナがぶつかり合い、輝きが飛び散った。
ほんの一瞬の静寂ののちにシュリーシャがバックステップでラミアから離れた。そのままブラッドンの元へと飛び下がる。
《短槍》を突き立てられたままのラミアの身体が音を立てて倒れた。巨大な尾を振り回しつつその場で悶絶し、転げまわる。
それを見届けたシュリーシャの身体もよろめいた。慌てて、それを支え、手にした解毒薬と水筒を彼女に手渡す。
「何をした?」
「目には目を、毒には毒をってね」
獣戦士化したままの彼女はわずかに片目をつむる。だが、その表情に小さな違和感を覚えた。
「ウチの陰気な魔導士特製の強烈な奴よ。手ごたえはあった。仕掛けは上々。ただ……、こっちもちょっとドジっちゃった」
荒い息をしながらも解毒薬を一息に飲み干した彼女だったが、消耗が激しいらしく、一人で立ちあがれそうになかった、否、その時点でようやく彼女の異変に気づく。その左足が石化しつつあった。
その状況にブラッドンは眉を潜めた。シュリーシャはわずかに微笑んだ。
「逃げなさい、ブラッドン。私はこの足じゃもう走れない。あの女、ホント執念深いわ。嫌な性格してるわね」
「バカ言うな。片足くらいなら……まだどうにか……」
「左手もね、感覚がなくなりつつあるの。獣戦士化が解けたらどうなるか分からない。だから……」
全てをあきらめたかのように達観した笑みを浮かべるその姿に、逝ってしまったドワーフの顔が重なった。
「断る」
「わがまま言わないでよ!」
「それはこっちのセリフだ。お前も冒険者なら、強かに生き延びる方法を考えろ!」
シュリーシャが沈黙する。愛用の斧槍を《袋》にしまい、体温を失いつつある彼女の左腕をつかんでその身体を右肩で支える。
もう、仲間を失うのは御免だった。
あるはずの、あるいは、いるはずのものがそこにいない。大切なものであればあるほど、その喪失感を埋める苦しみは耐えがたい。
その身体を抱え、退路へと歩みを進めようとする。
この状況で二人同時に脱出可能な唯一の方法。
《獣戦士》化したまま熱を放つその身体を支えて、一直線にそこを目指す。
だが、二人の前に再び障害が立ちはだかった。
「やってくれたな! このクソ女! テメエ、もう絶対に許さねえ!」
毒で身体の一部が変色し、シュリーシャに突き立てられた短槍を強引に引き抜いて手にしたラミアの女が形相を変えた。
「浅いわね、感情が激発してキャラ代わってるじゃない。女性はいつでもエレガントでなくちゃね……。アンタもそう思うでしょ、ブラッドン」
『女性はいつでもエレガントに……』
名言ではあるがセリフの主の中身が、《ガルガンディア》通りのオバチャンではいただけない。
そんな心情を読み取られたのか、軽く足を踏みつけられる。
「まだ、余裕はあるようだな」
「この程度でテンパってたら、冒険者なんてつとまらないわ! で、どうするつもり?」
「もう分かってるだろう?」
「…………。やっぱり…………ねえ、ブラッドン他に代案ないの?」
「あると思うか?」
「そうよねえ……」
シュリーシャが、なぜかしおれる。
「テメエら、アタシを無視すんじゃねえ!」
怒りの表情を隠すことなくラミアが手にした短槍を投げつけた。それを合図に二人の冒険者は最後の力を振りしぼる。
残された足にマナを込め、獣戦士化した力でもって前方へ跳躍する。その勢いを利用して浮き上がった彼女の身体を支えながら、突進する。圧倒的素早さを誇る上級冒険者の瞬時の動きを、ラミアの女は視界で捉える事が出来なかった。ガツンと頭部に衝撃が走る。
「ア、アタシを踏み台に……!」
頭部の衝撃にくらくらしながら振り返ったその先には、街の東西を横切る川にかかった橋の上に立つ二人の冒険所の姿があった。
一瞬、怪訝な表情を浮かべたラミアは、すぐにその意図を悟った。
「逃がしゃしないよ」
慌てて二人を追いかける。だが、既に遅かった。
欄干からのぞく川の水量は十分にあり、流れは速い。
「ブラッドン、やっぱり考え直さない? 私、実は泳げないの……」
「奇遇だな、我も得意ではない。だが我らはともに犬族。犬かきくらいはできるだろう」
「で、でも……、こんな汚い川……飛び込んだりしたら……」
「喋るな、舌をかむぞ」
ラミアは背後まで迫っている。躊躇なくブラッドンは欄干を蹴って、川へと飛び込んだ。
「全身オイルとブラッシングは、お金がかかるのよー」
シュリーシャの言葉を最後に、全ての音が消えた。
激しい水の流れに二人の身体は押しがなされ、その姿は水間に消えていく。
水の勢いに翻弄されながらも、己の命より大事な女の見栄というものに、ブラッドンはあきれ果てていた。
2016/04/24 初稿