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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚04章 ~遊探の旅路編~
116/157

30 アルティナ、キメる!

 あの日、湖のほとりで――。


「《融合魔法》……ですか?」

 初めて聞く老婆の言葉にアルティナは眉を潜めた。それが、より強大な力を求めるアルティナに老婆が与えた二つ目の課題の正体だった。老婆は一つ頷き、さらに驚異的な技を見せた。

 右手の指先に炎をともしつつ、左手の指先に小さな雷撃を弾かせる。

「異なる二つの要素を同時に発動させ、それを融合させるんだよ。アタシが使えるのは四種の要素――火、雷、風、闇、それらを組み合わせその性質を強化することで通常よりも強大な力を生み出したのさ」

 老婆と同じことを試みるものの、とても不可能である。一つの方を意識すれば、もう片方はすぐに消える。

「簡単な事だろう?」

 にやりと老婆は笑った。慌てて首を横にふるアルティナに老婆は微笑んだ。

「まず違う要素を同時に扱う事。それを融合させて発動させる事、そしてコントロールする事。この三つの問題を全て解決しなければならない。魔法とはイメージの産物。同じ結果を出すにしても、その過程は人によって大きく異なる。魔法を消滅させるのなら、結果をぶつけ合えばいいから、異なるマナをぶつけ合っても問題ない。魔法防御の基本は打ち消し合う者同士をぶつけることだからね。でも、異なる要素を融合させるには同じ性質のマナでないと駄目なんだ。だからこれは二人以上では絶対に不可能。九割方の人間がこの段階で挫折する。さらに、融合させるもの、例えば火と水、風や雷と土、あるいは光と闇といった相反する要素は、融合の仕方によっては消滅して意味をなさぬこともある。不可能ではないけれどね。そして、最後にコントロールする事。これが一番の難題だ。融合に成功してもその威力をコントロールできないと何が起きるか分からない。モンスター一つ潰す為に、街が一つ消え去ったなんて間抜けは、実に後味が悪いものさ」

 老婆の表情は変わらぬが、それが意味する事を理解する。

「最後に一つだけ。生み出した桁違いの威力はいずれ、通常の魔法にも影響を与える。イメージがより深まるんだから当然、その魔法の威力も格段に上がっていく。そしてさらに強くなった魔法を融合させて、さらにその上を……。そうやって使い手は強大な力に溺れ、いつしか道を踏み誤る。ある意味、呪いのようなものさ。アタシの師匠達は、強過ぎる力におぼれて道を踏み外した。一人はもう一人の手によって。そして残った一人もアタシの手で……。幸いアタシは道を踏み外すことなく、どうにかこうやって八百屋の隠居をやっていられるけれどね……」

 彼女はそっとアルティナの手を取った。しわくちゃなその手には穏やかな温もりが感じられる。

「気をお付け、お嬢さん。そして己を見失いそうになった時は、大切な人達とのつながりを思い出すんだ。自分の基準がどこにあるのかをよく考えるんだよ。人は人と触れ合い、その関係の中でこそ初めて生きるもの。一人ぼっちという孤独な欠片のままでは、それは生きているとは決して言えないんだからね……」

 老婆の笑みの中に浮かんだ形容しがたい悲しみの色は、その時のアルティナの心に深く突き刺さった。

 



 ――それでも今は、それにかけなければならない!

 全滅必至の状況で、全くお荷物状態の《魔将》との戦いの時よりは、僅かに先に進んでいるはずである。そして何より、共に死地を乗り越えてきた大切な仲間達を失いたくはなかった。

「来るぞ、アルティナ嬢!」

 その言葉で彼女は我に返る。

 眼前の奇妙奇天烈な人間族の男は、つい先ほども、その無茶ぶりを発揮して、驚くべき方法で事態を打開したばかりである。

『アルティナ嬢、少しばかりオレ様に力を貸してくれ。我が友ザックスは、オレ様の実力を軽んじ、一人であの赤トカゲとやり合うつもりらしい。ここは貴女の力を借りてオレ様とこの盾の力を示し、あの者に灸をすえてやらねばならん!』

 ともに戦場に立ちながら、信を置く者に必要とされぬ屈辱という点において共感した二人の決死の一手は、不可能とも思える奇跡を生んだ。それはヘッポイだけでなく、アルティナにも自信を取り戻させるきっかけとなった。

 周囲にさらに緊張が走る。ザックスが何かを仕掛けるつもりであり、リュウガがそれを援護するのだろう。

 ヘッポイの盾を再び冷気の結界で強化しつつ、彼女は心から願う。

「どうか、死なないで……」

 その呟きは激しい火炎の渦に飲み込まれた。ヘッポイの盾が輝き、展開する魔法陣が四人を守る。

 そして火炎の壁が眼前から消えた瞬間、熱気の冷めやらぬ空気の中をリュウガとザックスが飛び出していった。

 ザックスが左手の《閃光弾》を投げ付ける。《レッドドラゴン》の眼前で激しい輝きが生まれると同時に、そこに向かってリュウガが力任せに三叉槍を投げ付けた。一直線に伸びる槍の穂先が、視界を奪われた《レッドドラゴン》の左目を襲う。

 さらに眩しい光の中から突如として現れたザックスが、懐深くにもぐりこみ、僅かに膝を撓めた。ヘッポイの《鳳翔拳》を見よう見まねで真似するかのように飛び上がる。同時に《地斬剣》を横なぎに一閃し、大きく開かれたあぎと目がけて力まかせに叩き込んだ。

 周囲にガキンと鈍い音が響き渡り、ザックスの攻撃が見事に成功したかに見えた。

 だが、ドラゴンはその恐るべき力で、勢いよく斬りつけられた《地斬剣》の刃を噛み止めていた。宙に浮いたままのザックスとドラゴンの視線が合う。瞬間、ザックスにはドラゴンの目が笑ったように見えた。凄まじい音を立てながらドラゴンは咥えた《地斬剣》の刃を恐るべき顎力でかみ砕く。愛剣をかみ砕かれ、身体の支えを失ったザックスは、そのまま地に落ちた。

 その光景に誰もが慄然とした。

 頼みの《地斬剣》を失い、柄のみを握ったままのザックスの動揺は計り知れない。非常識すぎるその圧倒的な力に呆然とするザックスの前で勝ち誇るかのように咆哮すると、《レッドドラゴン》が再び彼に向けてブレスの姿勢を取ろうとした。

「ザックス、その場から離れるんだ、早く!」

 それまで完全に気配を消していたクロルが、突然、ドラゴンの右側に飛び出した。その右手に持った球体の存在に気付き、ザックスは反射的に後退する。その後退と同時に、クロルはそれをドラゴンの眼前に転がした。

 めまぐるしく移り変わる状況の盲点を突くかのように突如として投げ込まれたそれは、ゆっくりコロコロと転がってドラゴンの足元で止まった。すかさずヒュンと空気を切り裂く音がして、クロルが《スリング・ショット》でそれを正確に撃ち抜いた。球体がはじけ、何かがドラゴンの足元で輝きながら周囲にとび散った。

 その場にいた全ての者達がその効果に息をのむものの、状況にとりたてて変化はない。

 ――不発か?

 当のクロルはその場を離れることもなく、《スリング・ショット》を撃った体勢のまま、緊張した面持ちで成行きを見守っている。

 凍りつくが如く加熱した時が止まる。だが、そこから何も変化がないと見るや否や、ドラゴンが再び、体内のマナを活性化させて、ブレスの姿勢に入った……その瞬間だった。

 ドラゴンの足元に光輝く魔法陣が生まれ、強力なマナの気配が周囲に漂う。慌てたようにドラゴンがブレスを中断し、宙へ舞いあがろうとした。魔法陣の輝きがさらに強まり、石床から無数の太い鎖が現れ、ドラゴンの巨躯に向かって触手のように伸びる。伸びた鎖は、一気に襲いかかりドラゴンの頭を、口を、身体を、雁字搦めに地に縛りつけた。

「よし、かかった!」

 喜びを全身で表すかのようにクロルが、ガッツポーズをする。

 強大な力でねじ伏せるられるかのように、地に縛り付けられた《レッドドラゴン》は、そこから逃げ出そうと暴れるものの、その度に鎖がより強大な力で締め上げていく。

 その光景は、ダンジョン内で冒険者を悩ませるトラップが発動した光景に酷似していた。強大な力で傍若無人にザックス達を追いたてていた《レッドドラゴン》を一瞬で窮地に陥れたその一撃に、皆が表情を緩めたが、当のクロルの表情は険しい。

「皆、それほど長くは持たないよ。今の内になんとかして!」

 その言葉通り、《レッドドラゴン》を縛りつける魔法陣の光は徐々に弱くなり、それに比例して拘束力も弱まりつつある。怒りに燃えた《レッドドラゴン》が身を起こそうとする度に、不気味な音をたてて、鎖がきしむ。

 柄だけになった《地斬剣》をその場に捨て、ザックスは予備の《ミスリルセイバー》を取り出した。だが、それを引き抜くや否や、その軽すぎる感触に大きく戸惑った。以前のものとほとんど変わらぬはずだが、全くと言っていいほど手になじまぬその剣の感触に、眼前の《レッドドラゴン》にそれを突き立てるイメージが全く湧き上がらない。

 魔法陣の力が弱まり、ついに鎖が一本はじけ飛んだ。はじけた鎖はそのままマナの光となって消滅する。

「何してるんだよ! 早くしないと!」

 兎にも角にも攻撃あるのみとばかりに、クロルに急かされるまま、ザックスは《抜刀閃》の構えをとって攻撃に移ろうとする。

 不意に、アルティナが前に進み出し、拘束から逃げ出そうと暴れる《レッドドラゴン》の正面に立った。

「アルティナ、下がれ、危ないぞ」

 驚いたザックスの忠告に首をふり、彼女は告げた。

「皆、もっと離れて。何が起きるか分からないから、巻き込まれないようにして!」

 そう言い置いて、そのまま精神統一を始める。彼女の中から膨大なマナが湧きあがる気配を感じ取り、誰もが慌てて、その言葉に従った。

 立ちはだかる彼女が醸し出す空気から、これまで見たこともない未知の世界を予感する。

 眼前で暴れる《レッドドラゴン》を前にしてアルティナの心に大きな動揺はなかった。

 静かにその目を閉じる。彼女の呼吸に乱れはない。

 全てはその集中力次第。まだ完成というには程遠いそれを成功させねば、おそらくパーティに未来はない。その絶望的な状況が逆に彼女を冷静にさせていた。

 全ては術者のイメージとその心の在り方が決める。少なくとも老婆はそう言った。その言葉を信じ、己の内側と向き合い、幾つもの光景を思い浮かべる。


 冷たい冬に吹き荒れる氷雪。

 砂漠のレースで《カメジロー》がおこした巨大な砂嵐。

 あらゆる物を凍てつく氷の中に封じ込めた《白羊山脈》の氷の洞窟。

そして……、眼前の《レッドドラゴン》に、《白羊山脈》の洞窟で見た壁画のドラゴンの姿を重ねる。


 己がこれから生み出すこととなるであろう現象への過程から結果へといたる道筋が、明確に浮かび上がる。

 この旅の間、老婆から教えられた融合魔法の術理を己が手にするべく、彼女は幾度も訓練を重ねた。度重なる失敗の日々にめげることなく、幾度も挑戦し、異なる要素の同時発動の段階を経て、ようやくその融合の段階まで漕ぎ着けたところである。だが、その成功は百回やったとして僅かに二、三度。ほとんどまぐれに近い。調子が悪ければ、同時発動すらままならぬ、全くの未完成品をもって事に当たらなければならぬのは、あまりにも無謀すぎる挑戦といえた。

 ――それでも今は、賭けるしかない!

 心から信頼できるかけがえのない仲間達を失わぬために……。

 そして、より広い世界を知る為の冒険の日々を失わぬ為に……。

 触れ合い関係を作った人々とすごした時間こそを基準とし、彼女はその為だけに道を切り開かんとする。瞬間、全ての要素の歯車が、彼女の中でカチリと音を立てて噛みあった。


 目を開いたアルティナは左手を伸ばし、心の内から湧き上がる思いに突き動かされるように生まれた言葉を、呪文スペルに乗せ、その涼やかな声で朗々と謳いあげる。


『氷雪よ、荒れ狂う風刃と交わりて、氷狼の牙と化せ! 彼の荒ぶる凶獣を凍てつかせよ!』


 一瞬にして、アルティナとドラゴンの間の空間が変貌する。

 伸ばされたアルティナの左手から発動した《猛吹雪ブリザード》が氷洞の中で激しく渦を巻き、鋭い氷の結晶がキラキラと輝きながら強風の中に舞う。それらが、戒めの鎖で身動きのとれぬ《レッドドラゴン》に向かって一気に襲いかかった。暴風が生み出した氷洞の中で、鋭い氷の刃が《レッドドラゴン》の身体をずたずたに引き裂き、容赦なく削り取る。

 紅蓮の炎の塊のような《レッドドラゴン》の身体がその傷口から、瞬時に凍りつき始めた。やがて氷は全身を覆っていく。激しい《猛吹雪ブリザード》の勢いの余波が周囲に広がり、それに耐えきれずにザックス達は皆、地に伏せた。

 やがて吹き荒れる《猛吹雪ブリザード》が収まり、おそるおそる顔をあげたその先には、立ち尽くすアルティナと、クロルの戒めの鎖で縛り付けられたまま、全身を氷漬けにされ、巨大な氷塊の中に封じられた《レッドドラゴン》の姿があった。

 ――やった、のか?

 うっすらと周囲に積もった氷の粒が消えていく中で起き上がったザックス達に言葉はない。不意に、その眼前でふらりと彼女の身体が揺れ、そのまま崩れ落ちた。慌てて駆け寄ったザックスが、その均整のとれた肢体を抱き止める。

 いつもと変わらぬ表情のままの彼女だったが、その身体は氷のように冷たかった。

「アルティナ、しっかりしろ。おい、どうしたんだよ?」

 呼びかけるザックスの声でうっすらと目を開き、彼女は微笑んだ。

「ゴメン、ザックス、ドジッちゃった……。まだ……」

 何事かを言いかけたまま、目を閉じて意識を失う。

 体内の急激なマナの減少による一時的なショックのようだった。まだザックス自身、十分な体力がなかった頃に悩まされた、マナ酔いが行きついた時の状態に似ていた。

「無茶したな……、お前……」

 そのまま彼女を抱きあげ、眼前の氷塊を見上げる。

《レッドドラゴン》の巨躯を完全に封じた氷塊は、巨大な棺のように見える。だが、その中に封じられている《レッドドラゴン》の目から光は消えていない。巨大な氷塊の中でその瞳は爛々と輝き、鎖と氷によって二重に拘束された屈辱に対して報復をすべく、牙をといでいるように見える。鎖で縛られた口の隙間から、炎がのぞき、アルティナの生み出した渾身の氷塊を内側から徐々に溶かしつつあるようだ。

 その光景を目にして、背筋にぞくりと悪寒が走る。

『まだ、終わってないわ』

 おそらく彼女はそういいたかったのだろう。そして、それは厳然とした事実である。並みのボスモンスターならば瞬殺出来る程の力を秘めたクロルとアルティナの渾身の一撃は、只の時間稼ぎにしかなっていない事に誰もが慄然とした。

 アルティナを抱きかかえたまま、ザックスは氷の中の《レッドドラゴン》と睨みあう。氷の中でザックス達をあざ笑うかの様にドラゴンの口元が輝き、氷塊の一部が小さな音を立ててひび割れた。

「どうするの。ザックス。このままじゃ、かなりまずいよ」

 状況は切迫しつつある。

 暫しの時間稼ぎと引き換えにアルティナが倒れた事によって、只ですら少ないパーティの戦力は、より縮小していた。

 気を失った彼女の身体を支える為にさらに一人の戦力が失われ、彼女を守る者の援護の為に、さらに一人分の戦力が削られる。しかも、パーティ唯一の魔法の使い手を失ったことで、これまで完全に封じ込めていたブレスへの防御が不能となった。ザックスの腕の中で目を閉じたままのアルティナの状態も、予断を許さない。文字通り絶体絶命の状況といえた。

「クロル、さっきのヤツ、もう一度できないか?」

 その言葉にクロルは申し訳なさそうな顔を浮かべる。

「ゴメン、あれ、たった一つしかない試作品なんだ。本当はもっとズタズタにするつもりだっただけど……。アイツ、固すぎだよ」

「そうか……」

 試作品でありながら、ザックスやリュウガですら手も足も出ない相手を、完璧に拘束したのだから、それ以上を求めるのは酷というものだろう。

 アルティナを抱き上げたまま、ザックスは振り返り、《始原の門》の側に立つヘッポイの元へと赴いた。

 一行の最後方で自慢の《大盾》を構えていたヘッポイも、圧倒的な状況の悪さに気付いているようだ。いつもの威勢の良さは影を潜め、何時になく深刻な表情を浮かべている。ヘッポイと向き合い、ザックスは彼に告げた。

「ヘッポイ、済まないが二つ、頼みがある」

「何だ、我が友よ。この状況、役に立てるとは思わんが、オレ様に出来る事なら何でもするぞ」

 めずらしく殊勝な事をいうヘッポイに違和感を覚え、苦笑する。その場に片膝をついて腕の中のアルティナをその場に寝かせた。立ち上がり、再び口を開く。

「お前に……、このオレの……他の何物にも代えられぬ、かけがえのない仲間を任せたい」

 ヘッポイが目を見張る。しばし、ザックスの顔を凝視した後で、彼は胸を張り答えた。

「心得た、我が友よ! オレ様の命に代えても、アルティナ嬢を守り切ってみせよう」

 互いにニヤリと笑みをかわし、ザックスはさらに続けた。

「もう一つ……、だ」

 僅かに息を突く。続いて出たザックスの言葉に、仲間達は皆、驚いた。

「《躁運のダイス》をオレに貸してくれ」

「なんだと…」

 さすがのヘッポイもこの提案には意表をつかれたようだ。二人の傍らでクロルも唖然としている。

 背後で大きな音を立てて氷塊の一部が崩れ落ちる。時間はほとんど残されていないといってよいだろう。

「現状、状況は最悪だ。これ以上はないって程にな。だからといって、オレはここで終わるつもりはない。お前らだってそうだろ?」

 三人の仲間が頷いた。

「だったら思いつく限りのことをやって足掻いてやる。真の金持ちとは、どんな些細なことにも全力を尽くすものなんだろう?」

 ニヤリと挑発の笑みを浮かべるザックスに、ヘッポイが不敵な笑みで答えた。

「面白い、我が友よ。お前のその提案、気に入ったぞ。ダイスはお前が振るのか?」

「ああ、そのつもりだ。アルティナがいない以上、オレが振った方がいいからな」

 さんざん悩まされた幸運度、悪運度ともに最大値を誇るこのステータス値を今、ここで使わぬ手はない。

 ヘッポイからそれを受け取り、ザックスは再び、ドラゴンと向かい合う。再び氷の一部が砕け落ち、さらに拘束していた鎖までもが一本はじけ飛んで消えた。

「このような強敵がいるとは……、世の中は広いな。貴様たちと旅ができたこと、我は誇りに思うぞ」

 ザックスの右手に槍を拾い上げたリュウガが立って、身構える。

「リュウガ、オレ達はここで玉砕するつもりなんてないぞ。皆で戦い、生きて帰るんだ」

「そうであったな。では……、より広い世界を見聞する為に、我は全力を尽くそう」

 さらにザックスの左手にクロルが立つ。その両手には《爆榴弾》が握られている。

「まだまだ作りたいもののアイデアが一杯あるんだ。援護は任せてよ」

 小柄なホビットは、この旅の間にいつの間にか、パーティ内に独自の地位を築いていた。

 三人の背後で《輝く大盾・イミテーション》を手にし、横たわるアルティナを庇ってヘッポイが立ちはだかる。

「皆の者、存分に暴れてくるがいい。回復薬の準備は万端ぞ!」

 どうやら、回復役ではなく、回復薬に徹するつもりらしい。『カネは蔵から湧いてくる』と豪語する程の資力を誇るヘッポイではあったが、その資力に奢ることなく、一冒険者としてのその勇敢な活躍がなければ、この戦いもっと苦しいものだっただろう。

 ――カネの力というのも、侮り難いものだな。

 様々な問題はあれど、それでも頼もしい仲間となって共に戦う彼の言葉を背に受け、ザックスは不敵に笑った。

 預かったダイスを手にして、再び《レッドドラゴン》と視線を合わせる。氷の中で漏れだした炎が、さらに氷塊を砕いた。

《地斬剣》はあろうことか噛み砕かれ、頼りのアルティナは戦闘不能。パーティ全体が力量不足で、装備も心もとない。数字と実績ばかりが先走り、上級冒険者として余りにいびつすぎる今の己の姿を思い知る。挙句の果てにすべての要素が心もとない状況での、なりふり構わぬ運頼み。


 ――それでも、オレ達はここで負けるわけにはいかない!


 欲しい物は己の手で、それができねば仲間と共に。立ちふさがる邪魔者は堂々とぶつかり排除する。それが冒険者の流儀である。

 受けた屈辱を晴らさんと『殺る気満々』の《レッドドラゴン》に対峙するのは、絶望的な状況にも拘らず、逆転の勝利を信じ続ける『やる気満々』、否、『やる気爛々』の冒険者達。

 ふと、ザックスは気付く。

 この全てが足りなさすぎる状況で、誰も怖じることなく信頼に支えられた闘志を胸に、危難に立ち向かおうとしている。それが幸運と奇跡を呼び込むのかもしれない、と。かつてのウルガ達と共にした冒険と同じように……。

 手の中のダイスにマナを込め放りだす。激しく回転しながら転がるダイスに目もくれず、腰の《ミスリルセイバー》に手をかける。もはやダイスの目を見るつもりはなかった。あとはドラゴンにぶつかるだけである。ザックスの意図を理解した仲間達も彼と同じく身構えた。

 冒険者達の眼前で、ついに《レッドドラゴン》を閉じ籠めていた氷塊が完全に砕け散り、その巨躯を拘束していた鎖がすべてはじけ飛んだ。拘束から解かれた《レッドドラゴン》が大きく咆哮する。


 そして、ダイスの回転が止まった――。


 途端に周囲が眩しく輝き始める。

 その輝きが収まった時がザックス達の攻撃の時。いっぱいに引き絞った弓につがえられた矢の如く、三人の身体に緊張がみなぎった。

 やがて徐々に輝きが消えていく。

 視界が広がった先に、濃い闇が生まれた。

《躁運のダイス》によって変化した状況は、一体、彼らに何をもたらすか分からない。

 鬼が出るか蛇が出るか……。

 伝説の中に生きる巨大な強敵に、再度の挑戦状を叩きつけるべく、冒険者達は敢然と飛び出した……。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 禁猟地への門の上にある物見やぐらでは、一人の物見番がぼんやりと、夜の闇につつまれた禁猟地の空に浮かぶ三日月を眺めていた。

 遥か彼方に広がる真っ暗な闇の中では、森に住む虫や小動物達の鳴き声に、時折、夜行性の《肉食亜竜》達のそれが混じる。

 いつもと変わらぬ退屈な夜――。

 以前は時折、《肉食亜竜》に追われて巨大な《草食亜竜》がこちら側にやってくることもあったが、最近はそのようなことは滅多にない。首にかかった呼子の出番が全くないという事実と物見番として過ごしてきた経験が、この禁猟地に小さくない異変が生まれつつあることを予感させていた。

 だが、それを訴えたところで里の老人達がそれをまともに取り上げる事はない。『若者は経験不足な未熟者』という狭隘な偏見と共に、機嫌を悪くした彼らの陰湿な報復が目に見えている。押し付けられる理不尽に逆らう事から目を背け、誰もが口を塞ぎ、異常はやがて日常となる。

 いっそのこと巨大な《肉食亜竜》が集団で攻めかかってくれば、彼らも目覚めるのだろうにという妄想に浸りつつ、変わらぬ異常な日常に身を任せる。

 ふと、下の詰所から聞こえてくる同僚達の会話に耳を澄ませた。

 近頃の彼らの話題は、もっぱら、長老達の命によって、禁猟地に入っていった人間達と、その案内役につけられた気の毒な同胞についてである。たった五人でその場所に入って、一体、何人の者達が無事に帰ってこれるかと、捨て駒にされた竜人族の若者に、多くの者達が同情か侮蔑の感情を以て論じている。あるいはその奥に秘められた深遠なる最長老の配慮とやらをまことしやかに語る者も……。

 彼らは、決してそれを真剣に語っている訳ではなく、退屈な役目の最中の雑談がわりの暇つぶしである。

 人間達が出発してまだ四日。最短でも十日程度はかかるその旅路に、本格的に里が湧くのはまだ先のことだろう。まだしばらくは続くだろう平凡な日々を思いつつ、ふわわと一つあくびをする。

 傍らの水筒に手を伸ばし、眠気覚ましを口に含もうとした彼だったが、その視界を突如として眩しい輝きが襲った。握った水筒を取り落とし、中身がこぼれていることも忘れて、あんぐりとその光景に目を丸くする。


 突然、明々と輝き始めた《始原の門》――。


 その尋常ならざる光景に慌てふためいた彼は、おたおたと壁にかけられたばちを取り上げ、傍らの銅鑼に叩きつけた。

 二度、三度、そしてさらに幾度も……。

 異常を示す《始原の門》を前に、重苦しく鳴り響く銅鑼をこれでもかと夢中になって叩き続ける。夜の闇の中に同化するかのようにシンと静まっていた里の家々に次々に火がともり、人々が慌てて、外に出る。

 その銅鑼が鳴らされたのはもう十年以上前の事。突然、現れた巨大な《肉食亜竜》の集団暴走で里の堰が破られて以来のことである。

 その事を思い出したのか、里内にパニックが起きる中、《始原の門》はその輝きを徐々に薄めていく。

 突然、その場所に眩しい輝きを背負った五つの人影が現れた。

 武具を手にした詰所の者達が、あわてて禁猟地の門を開いて飛び出し、呆気にとられる中で、二つの人影が勢いよく現れた。

「あれ?」

 剣を抜き放って飛び出してきた先頭の人影が、奇妙な声をあげて立ち止まる。さらに傍らにいた者もそれに続くように足を止めた。

 幾つもの松明の輝きの中に浮かび上がったのは、つい数日前にこの門を後にしたはずの試練に挑んだ者達の姿だった。多くの者達の予想に反し、誰一人欠けることなく突然現れたその姿に、誰もが言葉を失った。暫くして誰かがぽつりと尋ねた。

「お前達……、一体……、ここで何をしてる?」

「あんたたちこそ。ここは一体……」

 疑問符ばかりが夜の闇の中に蠢き、やがて、その場所に混乱した里中の人間が押し寄せ、お祭りばりの大騒ぎとなったのは……、それから暫くしてのことである。




2013/11/12 初稿




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