表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚04章 ~遊探の旅路編~
113/157

27 リュウガ、決戦す!

 空に日が昇りかけ、草木がうっすらと息を潜め始める頃、闘いの準備を終えた一同は岩場をおりた。

 激しく争いあっていた《亜竜》達もそろそろ力つきかけているのか、一晩中、響き渡っていた咆哮はすっかり鳴りを潜め、時折、小さなうなり声が聞こえるくらいである。

 岩場の周囲を埋め尽くす《ルプト》達の死がいを目当てにした《死体漁り》達は、まだ現れる気配がない。一晩中、響き渡っていた咆哮と地響きに恐れをなし、森の中で、じっと息をひそめているのだろう。

 時折、弱々しく聞こえる小さなうなり声を頼りに、ザックス達は明け方の草原に歩を進める。道中、無数に転がる《ルプト》達の無残な躯や火球で焼かれて未だに炎のくすぶる草原の様子に慄然とする。

「ここまで滅茶苦茶にやられてるのに、それでも逃げないなんて……」

 この平原の覇者は一人いればいい――それを決めようとするかの如き激しい闘いは、明らかに獣の生存競争のルールを逸脱している。その行為に多くの者達が首をかしげた。

「ザックス……」

 アルティナの視線の先には、かみ砕かれ踏みにじられた亜種の無残な死体が転がっていた。互いの殲滅を意図したその凄まじい闘いの後に思わず身震いする。

 それから暫くして――。

 平原に点々と転がる《ルプト》達の死がいを辿って、ザックス達はようやく目的の場所に辿りついた。

 地平線にうっすらと登り始めた日の光を背にして、大岩のように佇む《タイラン》の姿。

 それを中心に、周囲には僅か数頭にまで減った《ルプト》達の姿がある。

 背にささった槍に無残に貫かれた亜種の躯を背負ったまま、《タイラン》は眼前で威嚇する亜種のリーダーと睨みあう。一晩中、激しく戦いながらそれでもまだ目の光を失わない《亜竜》達のタフネスさに誰もが舌を巻いた。

 周囲の《ルプト》が再び一斉に襲いかかる。暴れようとする《タイラン》だったが、よたよたとよろめきバランスを崩した。その瞬間を見逃さす亜種のリーダーが腹部にくらいつく。

 懐に飛び込んできた亜種のリーダーの姿に《タイラン》の目つきが変わり、大きく片足を上げて、大地ごと砕けよとばかりに踏みつける。誘いに気づいたリーダーが飛びのこうとした瞬間、その身体が宙へと咥え上げられた。

 登りつつある太陽を背に、《タイラン》は暴れるリーダーの身体を天へと持ちあげて、じっくりと音を立ててかみ砕く。その光景にアルティナが目を伏せ、誰もが眉を潜めた。痙攣して絶命したリーダーの身体を地に叩きつけ、さらにその躯を踏み砕く。身体を大きく振って背の槍に突きささったままの亜種の躯を弾き飛ばすと、まだ、周囲に《ルプト》達がいるにもかかわらず、《タイラン》は勝利の雄叫びをあげた。統率者を失った群れは動揺し、ついに逃走を開始する。不用意に《タイラン》の側を駆け抜けようとした一匹が踏みつけられて潰され、さらに一匹がかみ砕かれた。仲間達の無残な最後を振り返りもせず、数匹にまで減った《ルプト》達は、一目散にその場を後にする。

 平原の新たな覇者の誕生を称えるものなどなく、女王は一人孤独に佇む。そして、覇者の常として、すぐさま更なる強敵に対峙することとなった。

《タイラン》の左右から、武器を手にしたリュウガとザックスがそっと近づく。

 生存競争――闘って生き残るとは、目の前に立ちふさがる障害を越え続ける事。際限のない世界で倒れたその時が、その生命の終わるとき。幻影の街で出会った戦鎚の男の言葉をザックスはふと思い出した。

『一度、戦場に立ち強者である事を望んだ者の末路は、敗北による死でしかない』

 人間ならば弱者となって生きる術もある。だが、この地に生きる《亜竜》達は死ぬまで戦い続け、他者の糧となるまで、その生存競争の中で勝利しつつけねばならない。

 ――お前に恨みはないけどな、オレ達の前に立ちふさがる以上、排除する! それだけだ!

《補助魔法》を三重がけしたザックスは、《地斬剣》を手にして位置につくと、草原の新たな盟主への刺客となって立ち塞がった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 心の中に燃えたぎる炎のような復讐心とは裏腹に、標的の左手よりリュウガは冷静に歩み寄る。

 眼前に立つ朋友達の仇は、初めて遭遇したあの時よりもずっと強大で狡猾になっていた。背にささったままの槍を目にして、あの日の事を思い出す。

 祠からの帰還の途、誰も犠牲を出さずに終わりかけた試練に誰もが気を緩めていたその時、悲劇は起きた。

 突如として現れた仇敵は、瞬く間に同胞たちを踏みしだき、中の良かった友をかみ砕いた。その驚異的な力に驚きながらも、全力を以て槍を突き刺し、どうにか撃退した彼らだったが、無事に里に辿りつけたのはわずか半数でしかなかった。

 ようやくの思いで帰りついた彼らの訴えを聞く事もなく、禁領地への門は閉ざされ、平凡な日常を送る日々が続く。同期の者達は、一人、又一人と、その出来事を過去のものとしていった。

『お前の時間は、あの日を境に止まったままだ』

 只一人、過去にこだわり続けるリュウガを、戦士として失格だと烙印を押す者も多かった。


 あれから数年――。


 待ち望んだ復讐の時が、今、ようやく訪れた。望んだ形とは遥かに遠いものの、なりふり構ってはいられない。おそらくこれは生涯最大最後の機会となるであろう。

 己よりも遥かに戦士としての才能に優れていた友の形見の三叉槍を手に、宿敵に対してリュウガは身構える。

 一晩中、戦い続けた宿敵――《タイラン》は、怯えることもなく、彼と同行者達の前に立ちはだかり威嚇する。

 ――ここは我が楽園にして支配領域。狼藉者は立ち去るがよい!

 ――貴様との因縁、今日ここで終わらせる!

 言葉にならぬ二つの意思と殺意がぶつかり合う。死んでいった幾人もの友の無念を胸に、リュウガは気合とともに咆哮した。


 そのリュウガの叫びを合図に、ザックスが動く。

 すばやく取り出した《爆榴弾》を起動させて放り投げる。炎と砕けた礫が雨となって《タイラン》に襲いかかった。

 一瞬の隙をついて懐に飛び込んだリュウガが、その勢いのまま槍を突き立てる。だが、それは僅かに表皮を傷つけただけで、深く肉を抉る事はない。態勢を崩しかけたリュウガを《タイラン》は巨大な足で踏みつけようとした。瞬間、悲鳴を上げて《タイラン》は後ずさる。反対側から飛び込んだザックスの地斬剣の刃が《タイラン》の身体を深く抉った。

 数歩後ずさるとタイランはその巨大な顎で威嚇する。さらに大きく身体を回転させて尾を振り回し、二人を薙ぎ払った。

 飛び下がることで距離が開く。

 地に低く伏せるようにして、《タイラン》が身構えた。

 ――こいつ、思ったより固いな。

 必殺の一撃を念じて放たれた《閃光突き》で、《地斬剣》の刃は半分程度しか通らなかった。補助魔法を使って身体を硬化させているらしく、ザックスよりも攻撃力の劣るリュウガには少し、厳しいだろう。

 ――だが、無傷ではない。

 短期決戦では決着がつく事はないだろうと予想し、確実にダメージを与える戦術をとる。じりじりと距離を詰める二人を、同じくじりじりと後退しながら《タイラン》は警戒する。

《タイラン》を中心に二人の前衛が描く円よりもさらに大きな半径の円周上を、クロルとアルティナが固まらぬように動く。《タイラン》が放つもしもの火炎弾に備えたその布陣で、四人は慎重に標的を囲んだ。

 一度した失敗は決して繰り返さぬ性格らしく、常に左右の二人を警戒しながら《タイラン》は激しく威嚇する。だが、予期せぬ方向からの礫の一撃が、その目を撃ち、再び状況が動いた。

 クロルの正確な射撃で視界を奪われた《タイラン》にザックスが再び挑む。その気配を察知した《タイラン》はなりふり構わず、暴れた。

 繰り出された地斬剣の刃とタイランの牙が激突する。ザックスの繰り出す連続する攻撃を《タイラン》は頭を振り回しつつその牙で弾き飛ばす。《瞬速》で強化したザックスのスピードについてくる《タイラン》の巨体に密かに舌を巻いた。

 ――こいつ、速さもかよ……。

 クロルの口笛の合図で後退を掛け、同時にアルティナの《氷結連弾》が《タイラン》を襲った。身体を捉えるや否や、その身体を凍らせた氷が、すぐさま溶けていく。

「気をつけろ、素早さも強化してるぞ……」

「魔法にも耐性があるわ! 油断しないで!」

 冒険者達が冷静に、《タイラン》の能力を分析し、丸裸にしていく。さらに驚くべき事実をクロルが重ねた。

「ザックス、こいつ、治癒力も高いよ! 傷がもう再生してる」

 己がつけた傷跡がすでに見えなくなりつつあるという現実に、ザックスは驚愕する。おそらく攻撃だけなく己に回復魔法をかけているといった状態なのだろう。亜種も含めたあれだけの数の《ルプト》を相手に一晩中戦ったわりに傷が少ないのは、そういうことかと納得した。

 ――もうなんでもありだな……。

 目の前の標的は、《亜竜》として明らかに異端中の異端の存在である。

 眼前の《タイラン》の体力は底なしではないのだろうが、このまま膠着状態が続けば、こちらが不利になりかねない。やむを得ず、事前に仕掛けたさらなる切り札をザックスは投入する。

「ヘッポイ、頼む!」

 その声で《タイラン》の背後の茂みがガサガサと動く。

「フン、ようやくオレ様の出番か!」

 背後から現れたヘッポイが《爆榴弾》を放り投げた。思わぬ方向からの攻撃を受けて《タイラン》の集中力が乱れた。すかさずリュウガが、懐に飛び込み、ザックスがそれに続く。ヘッポイは戦いに参戦することなく後退して再び身を潜めた。

『このオレ様に、こそこそと逃げ隠れせよというのか、友よ』

『だから、言ってるだろ。この戦いお前の動きが重要になる。お前が作戦の鍵を握るんだよ』

 ようやくその扱いに慣れてきたザックスの思惑通りに、ヘッポイは撹乱役に徹している。強敵相手に妙な色気を出されると、味方にまで被害を及ぼしかねぬ彼の行動を、とりあえず封じておこうという、ザックス会心の策だった。

 眼前を足しげく交錯する二人の戦士に苛立ちを覚え、《タイラン》はしきりに巨大な牙で、噛み千切らんと襲いかかる。

 だが、クロルとヘッポイの適度な撹乱に、集中力を乱され、ついにその体力が尽き始めたのか、《タイラン》の動きは徐々に鈍くなっていく。

 不意にリュウガが大きく飛び下がった。ほんの一瞬、視線が交錯し、彼の意図を察したザックスが前に出る。苛立ちの咆哮を挙げながら頭突きをする《タイラン》をザックスは《地斬剣》の平で受け止め、押しとどめた。

 強烈な異臭を放つ口から除く牙の圧力を、《爆力》で強化した膂力と《全身強化》した肉体を以て押し返す。

「離れろ!」

 背後からの合図とともに膠着した力を上手く左に逃がしつつ、ザックスはその場を転がって離脱した。直ぐ背後で十分に力をためたリュウガが地を蹴り、一陣の閃光の矢となって三叉槍で突撃をかけた。

 酷く鈍い音とともに《タイラン》の牙が砕け、リュウガの槍がその下あごを大地に縫いつける。

「やったか?」

 跳ね起きて、次の攻撃へと移ろうとしたザックスの眼前で、大きなダメージを受けた筈の《亜竜》は恐るべき野生を発揮した。全身で反動をつけながら、傷口が開くこともためらわずに首をはげしく振り、地面から、槍ごと下あごを引きはがす。槍を握ったままのリュウガの全身が宙に浮き、怒りに任せた《タイラン》がすかさずそれを地面に叩きつけた。その瞬間、槍から手を離したリュウガだったが、少し離れた草地に叩きつけられ、そのまま全身を襲った強烈なダメージに苦悶する。

 怒り狂った《タイラン》が、天を仰ぎ、咆哮した。

「いけない! 逃げて!」

 アルティナの声に瞬時に状況を察したザックスが、反射的に倒れたままのリュウガと《タイラン》の前に立つ。

 三叉槍が下あごに突きささったまま大きく天を仰ぐ《タイラン》の眼前に、火球が生まれた。

 昨日見た物よりは小さいが、炎を渦巻かせながら形を保つそれに背筋を凍らせる。舌打ちしながらザックスは、《地斬剣》を地に突き立ててリュウガを庇い、剣の陰に身を隠して《全身強化》を再び施した。成す術もなく火球の餌食となろうとしつつある二人の姿に、クロルが悲鳴をあげた。

 女王の憎悪と憤怒が存分に込められた殺意の火球が、ザックス達へと放たれる。

 息を止め、《地斬剣》の陰に身を潜めたザックスは、防御に徹しようと試みた。

 瞬間、放たれた火球に向けてザックス達の背後から複数の氷の塊がぶつかった。

 アルティナの機転によって放たれた《氷結連弾》が火球にぶち当たり、その威力を半分にまで削ぎ落とす。それでも尚、《タイラン》の放った殺意の火球は、勢いを失いながら《地斬剣》に着弾し、破裂した。

 周囲が一瞬にして炎上し、草原が灼熱の煉獄と化す。

「ザックス! リュウガ!」

 再びアルティナによって放たれた《氷結連弾》で鎮火したその場所には、大地に突き立ったままの《地斬剣》とその陰に隠れて健在な二人の姿があった。

 ほっと胸をなでおろす仲間達の前で、ザックスが崩れ落ちる。慌てて起き上がったリュウガに支えられ、《地斬剣》を引き抜きつつ後退をかけた。

 追撃の絶好の機会であるはずだったが、対する《タイラン》にも動きはない。今のが死力を振り絞った一撃だったらしく、その反動のせいか目に見えて動きが鈍い。クロルの撹乱とヘッポイの嫌がらせに応じる事もなく、自身の体力の回復と傷の治癒に励んでいた。

「すまない。我の不注意で……」

 そう言い残すと、リュウガはザックスをアルティナに預け、素手のままで戦場に立ち戻る。

「なんて、無茶なことするのよ!」

 アルティナに支えられたザックスは、複数のやけどを負いつつ、息も絶え絶えの状態である。それでも震える手で《バッグ》に手を伸ばし、《高級薬滋水》を取り出した。栓を引き抜いたアルティナがザックスにそれを飲ませ、どうにか事なきを得る。

「ふう、助かったぜ、ヘッポイ。感謝する……」

 戦闘前に前衛で戦う二人の為にと、ヘッポイによって渡されたそれでどうにか回復すると、ザックスは《地斬剣》を手に、再び立ち上がった。

「どうやら、大丈夫そうね……」

 回復したザックスの様子に、アルティナは胸をなでおろした。

「全く、あんな真似がまだできるなんて……とんでもない化け物だな」

「そうね……、上級レベルダンジョンのボスモンスターと比べても遜色ないわね。でも相当に消耗しているのは確かよ」

 クロルの撹乱とヘッポイの嫌がらせに応じるその動きには、明らかに精彩がない。

「あと一息だな……」

「でも、油断しないで。アイツの目は死んでないわ! それにこっちも戦力が……」

「ああ、分かってる。でも、多分、大丈夫だ。このまま援護を頼む」

「分かったわ」

 視線を合わせる事なく、僅かなやり取りで互いの意思を通じ合わせ、ザックスは再び戦線に復帰する。

「リュウガ! やるつもりか?」

「うむ、すまんが、暫しおとり役を頼む」

 素手のままで《タイラン》と対峙していたリュウガの動きを見て、ザックスは彼の意図を理解した。

 闘いでは創造力が物を言う。

 勝利への強い意志と変化する状況に合わせた柔軟な対応。

 さらに状況を打開するイメージを想起し、それを実現させる実行力と勇気。

 死地で活路を見いだして生き延びる戦士としての資質を十分に備えたリュウガは、不利な状況に臆することなく宿敵に挑む。

 その彼に代わって正面に立ったザックスは《地斬剣》を片手に、タイランに悠然と歩みよった。

 東の空に登る太陽は、いつしか高い場所で輝いている。

 眼前の孤独な女王がこの場所の覇者となったのは、つい先ほどの事。だが、強大にして異端な力をもって死力を尽くすその姿は、歴戦の古兵そのもの。

 これはすでにリュウガの復讐の手助けとしての戦いというだけではない。眼前の《亜竜》を排除すべき強敵と認識し、持てる全ての力をもって葬る事を決意する。

《タイラン》も又、ザックスを最大の脅威と認識したらしく、小さく咆哮して、再び攻撃をかける。

 頭突きをかわしつつ懐に飛び込んだ彼を左足で踏みつける。それすらもさらにかわしたザックスの剣の一閃が、《タイラン》の腹部を大きく抉った。先程までとは全く異なる手ごたえに、ザックスは戦いの流れがこちらに向かいつつあることを実感する。

 痛みを無視して暴れるタイランの動きを冷静に見切りながら、ザックスの大剣は、確実にその身体を削っていく。

 そして、その隙をついて背後へと回ったリュウガが、《タイラン》の背に飛び乗り、背に突きささったままの槍に掴まった。

 突然背中に生じた違和感に、タイランが驚き、異物を排除しようとやみくもに暴れる。ザックスが慌てて、大きく飛び下がる。かつて己と友人達が突き立てた槍の一つに掴まり、リュウガはじっとその背で時を待つ。

 はがれおちぬ違和感に焦りが生じたのか、《タイラン》が再び天に向かって大きく咆哮する。

「いけない、皆、離れろ」

 それが火球を放つ前の予備動作である事に気づいたザックスが、仲間達に警告する。

 少しでも状況を好転させようと大技に頼る《タイラン》に、もはや余裕はない。繰り出されるだろうこの一撃の威力は落ちるだろうが、それでも直撃すればただでは済まない。

 分散し、危険を回避しようと周囲から距離をとるザックス達だったが、予期せぬアクシデントに目を疑った。 

 逃げるザックス達とは逆に、何者かが無謀にも《タイラン》の足元に飛び込んでいく。高級感あふれる防具を日の光にきらめせて疾駆するその者の名は、ヘッポイ。

 ――あいつ、何やって……。もう間に合わねえ!

 天を仰いでマナを集中した《タイラン》は次の動作へと移ろうとしていた。その足元に飛び込んだヘッポイが自らの防具である《円形盾》を投げ捨てて腰を落とす。

《タイラン》が大きくかがみこもうとしたその瞬間、ヘッポイが叫んだ。

「くらえ、鳳……翔……拳!」

 掛け声と同時に、地を蹴り、飛び上がる。火球を発動させるべくかがみこもうと、《タイラン》が勢いよく頭を下げた。

 ゴツン、と鈍い音が周囲に響き渡る。

 飛びあがったヘッポイのこぶ……否、頭突きの一撃が《タイランの》下あごをカウンターでとらえ、その反動で刺さったままだったリュウガの三叉槍が地に落ちた。

 見事にカウンターの一撃を決めたヘッポイが、そのまま草地にごろごろと転がる。ぬおー、と声をあげて暫し頭を押さえて呻いていたが、すぐにすっくと立ち上がり堂々と言い放った。

「ふはは、見たか、このオレ様の一撃を。オレ様こそこの戦いの鍵となる男! その存在を侮ったことこそ、貴様の敗因よ!」

 そこでこらえきれずに、再びがっくりと片膝をつく。思ったよりダメージが大きかったようだ。

 敗因を指摘された《タイラン》の方も、それどころではない。

 予期せぬ障害物が下あごを直撃し、大きく脳を揺らされて脳震盪を起こしたらしく、たたらを踏んで地に蹴躓く。火球を打ち出すべく集中したマナは、とうに霧散している。そして、それは最大の隙となった。

 それまでじっと背の上で耐えていたリュウガが素早く身を起こし、背に刺さっていた槍の一本を力任せに引き抜いた。足に力が入らぬらしく立ち上がれぬ《タイラン》の背を伝って、その頭部に達し、手にした槍を振り上げた。

「滅せよ、わが宿敵よ!」

 後頭部に槍を突き立てる。《タイラン》の絶叫が響き渡った。槍の穂先に脳を直撃され、それでもその驚異的な生命力を振り絞り、《タイラン》は立ち上がろうとする。

「リュウガ! そこから離れて!」

 アルティナの声が冷たく響く。振り返ったザックスの目に、目を閉じ腕を組んで精神統一する、珍しいアルティナの姿が映った。

 その言葉に従ってリュウガが飛び降りるや否や、アルティナが魔法を発動させる。

「雷よ、疾走はしれ! 彼の者に安らかな眠りを!」

 初めて耳にする彼女の呪文スペルによって発動した雷撃が、一直線に空間を伸びて後頭部に突き立てられた槍に直撃する。槍を伝ってその脳に直撃を受けた《タイラン》が大きく痙攣し、ドウと横倒しに倒れた。そのまま口から泡をふく。

 戦場に沈黙が訪れた。

 風の吹きつける音のみが支配するその場所に、巨大な《亜竜》の乱れきった呼吸の音と、冒険者達の具足のこすれる音が重なった。

 倒れた《タイラン》の目にはもはや戦意はない。刻まれた傷を治癒させることもなく、流れ出すおびただしい血が、留まることなく大地を黒く染めていく。はるか遠くの世界を見ているかのようなその目から、光が徐々に消えていく。

「終わったの……ね」

 ザックスの傍らに立ったアルティナが、そっと呟いた。

「そう……、みたいだな」

 一同が戦闘不能となった《タイラン》に近づこうとする、その瞬間だった。

 突然、その目に光を取り戻した《タイラン》が、大きく咆哮し、再びその身を起こす。

 慌てて身構えるザックス達を一顧だにせず立ち上がると、大きくふらつきながらあらぬ方向へ向かって歩き出し、徐々にスピードを速めた。

「逃がさんぞ!」

 すかさずリュウガが追いかける。この場面では正しい選択であろう。これほどの敵を生かしておけば、おそらく今年の《成人の儀》に挑む若者達は、間違いなく全滅する。

 らしからぬ女王の突然の逃走劇に、追跡者たちは眉を潜めて走る。

 だが、追跡を始めたザックス達を恐れる訳でもなく、《タイラン》はかろうじて躓かずに千鳥足で先を急ぐ。その先にあるのはザックス達がやってきた岩場とその傍らで大きく口をあける森。リュウガと並んで先頭を走っていたザックスが、徐々にスピードを緩め始めた。

「どうした、人間よ、何故、立ち止まる?」

 リュウガの問いにザックスは地面を指さした。そこに広がるのは《タイラン》が流すおびただしい血の後。そして、その量は徐々に増えつつある。

「こいつはもう助からない。皆と一度合流してから、追い詰めるんだ」

 逃走する《タイラン》は、昨夕現れた場所から森の中へと逃げ込み、姿を消した。

「そんな悠長なことをいっていたら、逃げられるではないか!」

「もう、こいつはそんな遠くにはいけない。それに敵はヤツだけじゃないはずだろう?」

 ここまでの道中、阿漕な罠を張ってまぬけな獲物を待つ物騒な森の生き物達の洗礼に、度々悩まされたのを思い出したのだろう。いら立ち気味のリュウガも、《ルプト》の死臭が立ち込め始めた岩場で立ち止まり、足の長さと装備の重さで遅れ気味のクロルとヘッポイとの合流を待つ。

 暫しの時をおいてようやく合流した仲間達とともに、森へと入ろうとした時だった。さほど離れていない場所で、絶叫にも似た《タイラン》の咆哮と複数の悲鳴が上がった。顔を見合わせた一同は、そちらへと急ぐ。《亜竜》達の巨体が作りだしたけもの道に点々と続く血痕を辿り、森の中の開けた場所へと出た。その場所で彼らは目を見張った。

 濃い緑の匂いに混じって血臭の漂うその場所には、昨夜の生き残りと思われる数匹の《ルプト》の無残な躯が散乱し、中央付近で孤独な女王が横臥している。微動だにせぬその姿に警戒しながら回り込み、《タイラン》の顔を覗き込んだ一同は絶句した。

 舌をだらりとたらし、完全に目から光が消え、孤独な女王は事切れていた。不意にその巨体の下から押しつぶされかけた一匹の《ルプト》がもぞもぞと這い出そうとするのに気付いて、リュウガが素早く駆け寄り、止めを刺した。短い断末魔の叫びが消えると、周囲に静寂が訪れた。

「一体、どういう事なのかしら?」

 周囲に漂う異臭に顔をしかめながら、アルティナが首をかしげる。

「みんな、こっちに来てよ」

 横臥した《タイラン》の腹のあたりにある、土が意図的に盛られたような場所を覗き込んでいたクロルが、一同を呼び集める。言われるままに中を覗き込んで、全てを理解した。その場所にあったのは複数の卵だった。そこはおそらく《タイラン》の巣なのであろう。

「お母さんだったのね……」

 ぽつりとアルティナが呟いた。ザックスには《タイラン》と《ルプト》が、どうして激しく争ったのかようやく分かったような気がした。クロルが言う。

「きっと互いに、子孫を根絶やしにしようと、戦ってたんだね。こいつが巣を守り、番の雄が《ルプト》達を襲撃していた。自分達の子孫の繁栄の為に脅威を徹底的に排除する。だから、あんなに無茶苦茶な戦いをしてたんだよ、きっと……」

 事切れる最後の瞬間、本能的に巣の危機を察知して、彼女は一目散に駆けもどったのだろう。己の死すらも厭わずに……。遥か離れた場所で卵の危機を感じ取ったのは、もはや自然の驚異といわざるを得ない。

 一同が暫し、沈黙する中、厳しい表情を浮かべたリュウガが槍を振りかぶった。

「ちょっと、待ってよ、リュウガ。一体、何するつもりだよ?」

「知れた事。こやつらはいずれ脅威となりかねん。今の内に排除する!」

「そんなの……ダメだ!」

 珍しくクロルが血相を変えて、リュウガの前に立ち塞がり彼を制止する。

「そこをどけ、ホビットよ。これは我ら竜人族の問題。我らの未来の為にこの場で禍根を断つ!」

「違う! 今、キミがやろうとしてるのは、無意味な殺戮だ!」

「何?」

 二人が睨み合い、場に緊張が走った。暫しの後、リュウガが口を開く。

「ホビットよ、戦とは殺戮そのものだ。己が種の存続の為ならば、相手を根絶やしにするのは当然のこと。それは竜人族であろうと、《亜竜》であろうと、そして人間族であろうと同じ。貴様も見てきただろう? それに昨秋、我もこやつの子供を殺しているし、《成人の儀》に向かった者達も同じ事をしている。この卵は過去類をみないほどの異端な《亜竜》の子孫なのだ。その脅威は並みのものの比ではない。未来において予想されうる脅威の排除は、いかに卑怯とそしられようとも、決して目を逸らしてはならぬ先達の義務だ。分かったら、そこをどけ!」

「いやだ!」

 クロルは一歩も引く事はない。

「君たちのルールは分かる。でもボクのルールは違う。ボクもキミ達もここでは同じ他所者。繰り返される命の営みの外側にいる存在だ。この卵の未来は、この場所に生きる者達の決定に委ねられるべきだよ!」

 リュウガが眉を顰める。

「ホビットよ。貴様もこの禁領地に入って、我らとともに多くの殺戮に手をそめた筈だ。いまさら、何を言うか?」

「それは違うよ」

 クロルが強く否定した。

「たしかにキミの言うとおり、ボクもここで多くの命を殺めた。それを否定するつもりなんて毛頭ない。でも、それはボクと仲間の命を守る為。己の命を守る為の本能である当然の防衛行動をしたにすぎない。食べるために殺したわけではないけれど、ボク達自信の命を繋ぐ為の行為だ。たしかに禁領地に入らなければ、そうする必要はなかったのかもしれない。でも、ここへ入る事は、ボク達にとって先へ進む為に絶対に必要なことであって、障害となって眼前に立ちふさがるものを排除するのは当然のことだよ!」

 小さな身体で仁王立ちになって、クロルはリュウガと睨み合う。

「ホビットよ。たとえ、ここで見逃したとしてもこの卵が順調に孵り、成長するとは限らぬのだぞ」

「だったら、なおさらじゃないか。今、ここでキミがこれを潰しても益になるものはいない。満たされるのはキミの自己満足だけだ。ボク達が離れた後、この卵を食べて、命をつなぐことのできるものだっているかもしれない。繰り返される世界の営みに余所者のボク達が介入するのは、間違ってる!」

 リュウガが表情険しく問うた。

「《成人の儀》は我らが我らである為に必要な試練。この場所で我は我らの種族を余所者であるとは考えてはいない。次代の我らの種族の若者達が、死ぬことになってもお前はそれでよいというのだな? 危険に置かれたものが自分達の種族の未来であっても、貴様は同じことが言えるのか? ホビットよ、それこそお前の自己満足ではないのか?」

「それは……」

 クロルが言い淀む。どちらにも理があるその議論に、おそらく答えは出ないのだろう。

 二人は暫し、沈黙する。決着のつくことのない完全な平行線の議論はそれぞれの種族の主張でもあり、その解決策はこの場にはない。

 ザックス自身、フィルメイアとしての価値観からリュウガの言い分は理解できるし、冒険者としての仲間であるクロルの言い分も十分に理解できた。当惑する一同の中で、口を開いたのはヘッポイだった。

「それで、どうするのだ、お前達。共に死線を潜り抜けた者同士、今度は主張が違うからと排除し合うのか? それともこの地での流儀に従い《武の試練》とやらで、決着をつけるのか?」

 少々きつい皮肉を利かせたその提案に、リュウガの顔に苦いものが浮かんだ。

 圧倒的に力量差があり、闘いに対してスタンスの異なる二人が力任せにぶつかったところで、得られるものなど無い。この数日の時間を無駄にすることになるだけであろう。

 暫し、卵とクロルの顔を見比べていた彼は、やがて槍を収め、その場に背を向けた。クロルの表情が緩む。

「いいの、リュウガ?」

 アルティナの問いに、リュウガは一つ頷いた。

「構わぬ。竜人族の未来を作るのは強い者のみ。今年の《成人の儀》に挑む者達にも、多少の困難を乗り越えさせねば、共に未来を歩む仲間とはなりえん」

 ザックスとアルティナは顔を見合わせる。

「厳しいのね……、彼らは……」

「さあな、強さをその拠り所にする者たちなんて皆、単純なだけかもしれないぜ?」

「それって、貴方の事?」

「かもな……」

 からかい気味の指摘に、小さく肩をすくめる。

 先へと進み始めたリュウガを追って、アルティナとザックスが、そしてクロルとヘッポイが続いた。

 激しい戦いを終えて、静寂を取り戻したその場所で、《タイラン》の巣の中の卵は、息絶えたまま横たわる母体にしっかりと守られるように抱かれ、静かに孵るべき時を待っていた。




2013/11/07 初稿




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ