24 ザックス、急襲される!
ザックスの選んだ『オトナの解決法』によって、『マリナ疑惑』に決着がつくと、夜の宴はさらに佳境へと至り、ヘッポイは宴の仕切り役となり、さらなる暴走を繰り広げる。
この世にカネで買えぬものなどないと豪語するその男にかかれば、レアなモノだけでなく違法なものすら実家の蔵に溢れるという。そのうちの一つを見せてやろうと、彼はとあるアイテムを《袋》から取り出した。
「これぞ幻のアイテム《躁運のダイス》!」
ガラスを思わせる薄いブルーの六面体のそれは、二つ一組でマナを込めて転がすと数字次第で己に運を運ぶという。幸運悪運というクナ石の表示に振り回されてきた身としては、今更ピンと来なかったのだが、そうではない者もいる。
「ちょっと待ってよ。それって、昔、発売禁止になったアイテムだろ?」
クロルが顔色を変える。怪しいというよりは、ヤバそうな臭いがぷんぷんと漂い始める。
「そうなのか?」
「たしか、使う人尽くに、破滅の道を歩ませる呪いのアイテムとかなんとか……。たとえ一度、幸運に恵まれたとしても、使い続ければ必ず悪い目がでるんだから当然と言えば当然なんだけど……。以前、そんな噂を聞いたことがある」
「おい、ヘッポイ。そんな物騒なもの取り出すんじゃない! さっさとしまえ!」
だが、ヘッポイは胸を張って答える。
「ふん、埒もない。創世神に選ばれたこのオレ様の力を以てすれば、いかなる幸運の目も自由自在!」
「ちょ、ちょっとまずいってば……」
クロルの制止も聞かずに、ヘッポイは手にしたダイスを転がした。
あー、という一同の溜息の中、マナの力を受けた二つのダイスはその場でくるくる回転し、ピタリと止まった。
出た目の数は4と1である。
目が確定するや否やそれは一瞬光って、消滅した。
瞬間、一同が囲んでいた焚火の炎が大きく天へと伸び、一瞬にして消えた。
はじけて消えた焚火の火から、傍らのアルティナを守りつつ、暗闇の中でヘッポイに苦情を述べる。
「何が、幸運が自由自在だ。妙なことしやがって。変なイカサマアイテム、いきなり使うんじゃない!」
ザックスが苛立たしげに、文句を言った時だった。
「静かにしろ、皆の者!」
リュウガが大きく叫んだ。徐々に暗闇に慣れてきたその目に、傍らにいるはずのリュウガの輪郭がじんわりと浮かびあがる。
愛用の三叉槍を手にした彼の視線は、背後の川へと向いている。悪い予感を覚えたザックスは《地斬剣》を片手に、その傍らに並んで暗闇の中で目を凝らした。
「どうした、リュウガ?」
「喋るな。川の流れがおかしい」
言われてようやく気付く。それまで轟々と大きな音を立てて流れていた水の音が、少しばかり穏やかになっている。
「左前、何かいるわ。大きい!」
アルティナの言葉と同時に、クロルが閃光弾を放り投げる。河岸に転がったそれが激しく輝いたその時、水面にそれまでなかったはずの大きな山が生まれていた。その山がさらに動き、水中からあらわれた強靱な尾が水面を激しく叩いた。
現れたのは巨大な《亜竜》。その大きさは先日戦った《イエロードラゴン》に匹敵する。その攻撃的かつ凶悪極まりない視線がこちらにじっと向けられている。一目、その姿を見たリュウガが驚きの声を上げる。
「バカな! こんな場所に何故、こいつがいる! しかも川の中から現れるなんて!」
「リュウガ、こいつは一体、何だ?」
ザックスの問いに震える声で彼は答えた。
「狂える剛竜《タイラン》。この《亜竜の森》最大の脅威だ。もっとも強大にして、狡猾。そして……」
手にした三叉槍を握りしめる。
「我が朋友達の仇でもある」
瞬間、河岸に近づいたそれの巨大な咆哮が、周囲に響き渡った。《躁運のダイス》はとてつもない厄介事を招いたらしい。
咆哮をあげた《タイラン》は、何故か再び水中に首を突っ込む。
顔を挙げたそれは咥えた何かをザックス達に向かって、放り投げた。ドスンと大きな音とともに、何かが転がる。暫し、痙攣するように跳ねていたそれはすぐに動かなくなった。
「《水生亜竜》だ。川の中でヤツに噛みついたのだろう」
昼間に出会った速竜ルプトほどの大きさもあるそれをあっさりと噛み殺して放り投げると、タイランは川岸に片足をかけようとしていた。
「アルティナ、岸を凍らせろ! クロルは牽制を!」
ザックスの指示に従いアルティナが《氷結連弾》でタイランの足元を凍らせる。凍った岸辺に足を取られ、大きな音とともに、バランスを崩したその巨体が地面にたたきつけられる。
すかさずアルティナがさらに魔法光を打ち上げ、辺りが昼間のように明るくなる。前に出ようとするザックスにリュウガの声が飛んだ。
「気をつけろ。こいつらは番いで行動する。どこかで片割れが息を潜めているはずだ! 気を抜くとやられるぞ!」
強大にして、狡猾。その評判は伊達ではないらしい。リュウガの言葉に従い、ザックスは指示を飛ばす。
「ヘッポイ、周囲の警戒を頼む! クロルはアルティナを……」
すでにアルティナは次の魔法の準備を始めている。少し長い精神統一からそれなりの大技になることを予想し、ザックスは牽制をかけた。起き上がろうとする《タイラン》の鼻面に飛び込み、《地斬剣》を叩きつける。
切りつけたその剣があっさりと弾かれる。まるで岩に向かって切りつけられるかのような感覚に驚き、飛び下がる。鼻面をしたたかに叩かれ憤慨した《タイラン》は起き上がり咆哮をあげた。
こんどこそ、河岸に上がり大地を踏みしめるとその鼻面を振り回し、ザックスに攻撃をかける。剣の平を立ててその一撃を受け止めたザックスの傍らから飛び出したリュウガが、手にした三叉槍を突き出した。
渾身の突きが《タイラン》の牙にぶつかり、折れた牙が大地に突き刺さる。悲鳴を上げるかのように咆哮するタイランの周囲に四つの光の像が生まれた。アルティナの魔法によって生み出されたザックスの姿が《タイラン》の周囲を踊る。リュウガと共に再び攻撃をいどんだザックスに対して、《幻像》に踊らされることなく《タイラン》は正確に防御し、巨大な尾を振り回して反撃する。
「皆、耳を閉じて!」
クロルが音響弾を放り投げる、《タイラン》の眼前で不快な音を破裂させた。だが、それすらも効果はなく、《タイラン》はリュウガとザックスに的を絞って攻撃を加える。
「目も耳も封じたし、鼻だって最初の一撃で麻痺してるはず。一体、どうなってるの?」
クロルが首をかしげる。
ブンと重い風切り音が響き、ついで太い尾がザックスとリュウガを襲う。ザックスが地に転がり、リュウガがタイミングを合わせて、飛び越えた。
「姫よ、炎を使えるか?」
「え、ええ」
「では、炎で攪乱してくれ、効かずともよい」
「わ、分かったわ」
すかさずアルティナが火炎弾を放つ。顔面ではじけた火の球に大きくひるみ、《タイラン》の動きが鈍る。
「所詮は、獣。火に弱いってことなのか……」
クロルがさらに《爆榴弾》を放り投げる。轟音とともに破裂したその炎を浴びて、《タイラン》はたまらず咆哮を上げた。それまで正確だった攻撃が鳴りを潜め、やみくもに暴れはじめる。
まるで、突然目が見えなくなったかのようなその動きの乱れに眉を潜めつつ、隙を窺いザックスはその横腹を切りつける。さすがに腹部は柔らかいらしく、補助魔法を三重掛けして斬りかかったその一撃は、大きなダメージを与えた。
咆哮をあげて、ザックスに向かって飛びかかろうとしたところを反対側からリュウガが槍で薙ぎ、大きく切り裂いた。
身体の両側面を大きく傷つけられ、《タイラン》は悲鳴をあげて大きく飛び下がる。川を背にして、地に伏せるかのように頭を下げ、ザックス達を威嚇する。
すっかり動きを止めたその姿は、全身傷跡だらけであり、この《亜竜の森》での生存競争の激しさを物語る。ここまで追い込まれれば普通の獣ならば背後の川を渡って、逃げるところだろう。獣の戦いとは生き残るための戦いであって、一部の特殊な人間のように、戦う事そのものに喜びを感じる事はない。
――こいつ、なぜ逃げない?
少し離れたところに転がる物体を目にして、ふとその理由に気づいた。向けられた異臭漂う巨大な顎を目にして、一つのアイデアを思いつく。
「リュウガ、悪いがおとりになってくれるか?」
一瞬、怪訝な表情を浮かべた彼だったが、地斬剣を背におさめたザックスの姿を見て、一つ頷いた。
「何を考えているかしらんが、先に倒しても文句をいうなよ」
言葉と同時に、彼はその場を離れ大きく左側に迂回し、《タイラン》に対して身構える。
腰を深く落とし、三叉槍を構えるその姿は、長弓に矢をつがえ、ぎりぎりまで引き絞って狙いを定める射手の姿のように見える。
尋常でないリュウガの気迫を感じ取ったのか、《タイラン》が彼に向って牽制するかのように咆哮する。瞬間、ヒュンと風切り音がして、《亜竜》の目に何かがぶつかった。おそらくはクロルが放ったのであろう不意打ちに、たまらず《タイラン》が身体を起こした瞬間、リュウガの姿がぶれた。
一瞬のうちに懐深くに飛び込んで、真っ直ぐに突きだされリュウガの槍が、固い表皮をものともせず、深々と《タイラン》の胸部に突き立てられる。すかさず柄を握りしめ、槍を引き抜く勢いを利用しながら、三叉槍の刃で身体を切り裂き、傷口を大きく切り裂いた。
強烈なダメージを受け、堪らずによたよたと右手に大きく後退しようとした《タイラン》の眼前に、今度はザックスの姿が現れる。彼の両手には《爆榴弾》が握られている。
「《爆榴弾》ってのは、こうやって使うんだ!」
言葉と同時に、両手のそれらを起動させ、大きく開いた顎の中に放りこむ。地を蹴って大きく飛び下がり距離を取ると、口の中に放りこまれた爆榴弾がその体内で破裂し、《タイラン》の身体を内側から粉砕した。
血しぶきを飛び散らせながら、《タイラン》はついに力尽き、凍ったままの川岸に足を取られて、そのまま背後の川へと転落する。
巨大な水音と共に《タイラン》の巨躯が水に落ちる。
魔法光に照らされる水面がどす黒く染まっていき、身体の中ほどまでを水に沈め、痛みに悶絶する《タイラン》に幾つもの陰が集まっていく。やがて、放りこまれた餌に魚が群れるかのように、《水生亜竜》の群れが水中を暴れ、水面を大きく泡立たせた。すこし離れた場所に立ち尽くすザックスの傍らに仲間達が駆け寄り、その結末を、眉を潜めて見つめる。
激しく流れる《タイラン》の血に引き寄せられた《水生亜竜》の群れが、瀕死ながらも水中で暴れる《タイラン》に襲いかかり、容赦なくその身を引きちぎっていく。絶命した《タイラン》の身体を食い散らかしながら暴れる無数の《水生亜竜》はやがて徐々に数を減らしていき、再び水面に静けさが戻った。
「暑いから川でひと泳ぎってのは……、やめた方がよさそうだね……」
おっかなびっくりで川を覗き込もうとしたクロルの眼前で、一匹の《水生亜竜》が大きく飛び跳ねた。悲鳴をあげて飛び下がるクロルに対して、リュウガは只、黙って静けさを取り戻した水面を見つめたままだった。
「リュウガ、これでお前は仇を取れたんだな……」
リュウガは、首を静かに横にふる。
「違う、ヤツの背には、かつて我らが突きさしたままの槍がなかった。こいつは、おそらく番いの雄の方だ」
「じゃ、じゃあ、まだ、こんな奴がいるっていうの?」
僅かに怯えた様子でクロルが尋ねる。
「うむ、今のヤツよりも一回り以上大きく、ずっと性質の悪い雌の個体がな……」
静けさを取り戻しつつある周囲を見回して、リュウガは首をかしげる。
「厳しい環境を生き残る為に、奴らは常に番で行動するはずなのだが……。あるいはこの闇にまぎれて何処からか様子を窺っているのか? 昼間の《ルプト》といい、どうにも解せぬ事ばかりだ……」
暫し、黙考していたリュウガだったが、やがて顔をあげ、ザックス達に告げる。
「人間よ、悪いが、もしもヤツが目の前に現れた時は、我は我に与えられた案内者の役目を放棄する。あやつだけは……、いつか必ず我が手で息の根を止めねばならん。例え、この身を犠牲にしてもな……」
「リュウガ、お前……」
その顔に浮かぶ固い決意の表情に反論はできなかった。ずいぶんと長い間抱えてきた因縁に決着をつけようとする彼の姿に、なんとなく自分達の姿が重なったような気がした。ふと、ヘッポイが思いだしたように口を開く。
「なんだ、竜人よ。友の仇を討ちたいのか。ふっ、容易い事。ならば、もう一度、このダイスで……」
再び《袋》から、事の発端となった件の《躁運のダイス》を取り出そうとする。
「ええい! もう、やめんかい!」
何が起きるか分からぬその危なすぎるアイテムの行使を、やめさせようとする一同の容赦ない突っ込みが、暗い闇の中に、響き渡った。
2013/11/04 初稿