23 ザックス、真実を知る!
食事を終えた一同は、轟々と音を立てて流れる川のほとりの岩場で、煌々と燃える焚火を囲んでいた。リュウガが調達してきた《亜竜》よけの香草が燃える匂いにもようやく慣れた頃である。
《亜竜》が近寄らぬとはいえ、鼻の曲がりそうなその臭いに一同から不満が上がったが、「とある凶暴な《亜竜》のフンを身体にぬるという方法もあるが……」という言葉で、不満を言う者は誰もいなくなった。下には下があるものらしい。
スリルに満ちた食事を終え、しばし、沈黙に満たされた時間が過ぎていたが、やがて、彼らは再び語り始めた。積極的に食材を調達してきたリュウガに、何か話をしたいという言外の意思表示をザックスは感じていた。
「人間よ、貴様、何故、あのような者たちと組む?」
おそらくそれは、クロルやヘッポイの事を指しているのだろう。
「問題か?」
「いや、そうではない。ただ……」
しばし、言い淀んだ後で彼は続けた。
「人間よ。力の論理を正当化するお前のあり方は、むしろ我らに近い。そのようなお前が、エルフの姫君はともかく、己よりも非力な者を頼みとする。その事に我は疑問を感じる。貴様たちの世界には、貴様と同等程度の力を持つものなどいくらでもいるだろうに……」
「だが、力はあったとしても真に信頼に値し、背中を任せられるかどうかは別問題だろう?」
「それは、そうだが……」
ふと、武勇伝でアルティナとクロルを笑わせているヘッポイに視線がいく。
――アイツは、別格だ。あらゆる意味で……。
――む、分かっておる、そのくらい……。
『以心伝心』とか、『場の空気を読む』という文化は、竜人族にもあるようだ。
「お前にはいないのか、そういう奴らは?」
その問いにリュウガの表情が歪む。しばらくして彼はぽつりと呟いた。
「いた……。かつては……。だが、あの者達は逝ってしまった。我を只一人おいて……」
それは長老との話し合いの場で仄めかされた彼の《成人の儀》の一件についてなのだろう。暫し、二人の間に沈黙が訪れた。
煌々ときらめく焚火の炎が闇にゆれ、ときおり、薪がぱちりと音を立ててはじける。
「フン、真に信頼に値する仲間……などという都合のよいもの、そうそう容易く見つかるものではないさ」
ヘッポイがぽつりと言う。ザックスが何気なく答えた。
「確かにそうかもしれないが、お前にだって、部下がいるじゃないか」
里に残して事後処理を押し付けてきた、四人の末成り瓢箪達の顔を思い出す。だが、意外な事にヘッポイは反論した。
「違うぞ、我が友よ。あれはオレ様の目的を達成する為に必要な駒となる部下ではない。只の同行者だ。いくらでも代わりの利く……な」
ザックスは僅かに顔を顰める。
「ヘッポイ、さすがにそれはどうかと思うぞ……」
「何を言うか、我が友よ。お前はこのオレ様が、《武の試練》なるものを受けていた時のことを、忘れたのか?」
「へっ?」
相変わらずふてぶてしい態度で、ヘッポイは続けた。
「あの時、そこの竜人族だけでなくお前の部下であるクロルやアルティナ嬢ですら、オレ様の身を案じていた。オレ様とは何の関わりもないのにだ……。お前に至っては、戦いの場において、少しばかり臆病風に吹かれかけたこのオレ様を堂々とぶん殴って戒め、その背を押した。あの一撃はオレ様の心を呼びさますのに十分に熱いものだった。だが、その間、奴らは何をしていた?」
場内の片隅で、ぶるぶると震えていただけの彼らの姿を思い出す。
「奴らは結局のところ、オレ様に付いてくることで得られるおこぼれ目当てに取り入ってきたにすぎん。口ではヘッポイ様だのとおだてながら、このオレ様を利用する価値なしと思えば容赦なく見切りをつける。暫くの間とはいえ共に時を過ごしたオレ様の介添えをする訳でもなく、試練に敗北しそうなオレ様の姿を見ながら、心配していたのはその後の自分のことだけ。結局のところ自分だけが可愛く、自分だけがよければそれでよいのだ……。そのような輩、世にごまんと転がっており、いくらでも代えはきくだろうが……」
真実を突いたその言葉に、ザックスは反論できなかった。ふと、アルティナが尋ねた。
「ヘッポイさん、どうして貴方はザックスについてきたの?」
「それはこの者に恩義があるからだ、アルティナ嬢」
貴方、一体、何をしたの、とでも言いたげな目でザックスを見るアルティナに、ザックスはブンブンと首を横にふる。
「オレ様はその特異な出自もあって裕福である故、よくも悪くも常に他者から異端な扱いを受けてきた。それは冒険者になっても変わりない。そんなオレ様を一人の冒険者として当たり前に扱ったのは、ライアット師とこのザックスだけだ。それは決してカネに代えられぬ得難きものだ」
ふと、首をかしげる。
ヘッポイはおそらくあの時のクエストの事をいっているのだろう。だが、ザックスとしては特に何かをした覚えもなく、ただ振り回されていただけである。
「あ、あのさ……裕福って、ヘッポイさんの家って何をしてるの?」
「何をしてる……とはどういう意味だ、クロルよ」
「ええっとさ、人間族なら色々あるだろう、商人とか工房主とか……」
「ふむ……、言いたい事がいまいち良く分からんが、何の変哲もない家だぞ。カネなら蔵からいくらでも湧いて出るし……」
――それを特別な家というんだよ、お前……。
ザックスは思わず心の中で突っ込んだ。そういえば、昔、アルティナも似たような事を言っていたな、とふと思い出す。しばし初めてヘッポイに会った頃の事を思い返し、ぽつりと呟いた。
「確か、《エルタイヤ》の富豪とか豪商とか、そんな話じゃなかったか……」
「ほう、よく知っておるな。だが、それほどの物ではない。親族に某自由都市の執行官であったり、とある王国の政商であったりといった面々がやたらにおる程度だ」
「そ、そうなのか……」
どうにもザックスの住む世界とは次元の違う世界の話のようだ。
「ああ、それで、あの《大盾》を作れたんだ……」
「フン、これの事か……」
《袋》から《輝く大盾・偽》を取り出す。
「やっぱり、見れば見る程、ライアットさんのものに似てるな……」
クロルの率直な感想に、ヘッポイは得意気に胸を張る。
「当然だ、このオレ様がカネをかけて本物と寸分たがわずに作らせたものだからな。もともと神殿に伝わる神具の一つである故、職人たちが畏れ慄いて、素材を《魔法銀》に妥協しなければならなかったのが痛恨の極みであるが……」
どうやら最初は《神鋼鉄》で作るつもりだったようだ。
「少しでも師に近づかんと、オレ様はこれに相応しき冒険者となるつもりだ! 成就した暁には今度こそ《神鋼鉄》で作ってみせようぞ!」
何事も形から入る主義らしい。《武の試練》の最中、高価な《高級薬滋水》を僅かな時間の間に大量に消費するなど、カネにあかせたその実力には疑義があるものの、それは人それぞれである。
「やり過ぎて、神殿に目をつけられないようにしとけよ」
ザックスの忠告をヘッポイはフンと鼻で笑う。
「神殿の年寄り共など是非もない。いずれあれは全て我がものとなるのだ。この世にカネで買えぬものなどないのだからな!」
買収でもしようというのだろうか? ふと、気付いてザックスは尋ねた。
「さっきと言ってる事が矛盾してないか? たしかカネに代えられぬ得難きものがどうとか……」
「何がおかしい? この世にカネで買えぬ物がないのは真。そしてこの世にカネに代えられぬ得難きものがあるのも又、真なり。真の金持ちこそがその意味を知るのだ!」
悪びれることなくヘッポイは堂々と胸をはる。
「ザックス、ボク、なんだか頭が痛くなってきた……」
「俺は頭痛が痛くなる頃さ」
ヘッポイの、ヘッポイによる、ヘッポイの為の世界のルールは、常人には及びもつかぬもののようだ。とはいえ、《招春祭》前に予期せぬ請求書に振り回された身としては、いろいろと思う事もあり複雑である。
「人間族の世界とは良く分からぬものだ……」
しばし、沈黙していたままのリュウガが口を開く。特異事例であるヘッポイなどを基準にされてはたまったものではないが、その誤解を説くのに要する時間を思い、黙認する。
「どうしてキミ達は人間族に対して、悪い感情を持つんだい? そんなに付き合いはないはずだろ?」
「付き合いがないわけではない。年に数度は奴らも訪れる。我らとて決して敵対意識を持っている訳ではない」
出会って早々、槍の穂先を向けた張本人が語る。
「奴らには確固たるものがない。口から出る言葉と腹の中が異なるのは当たり前であるし、成り行き次第で言葉も態度もすぐに翻す。その事で我が竜人族ははるか昔から翻弄されてきたという。何を考えているか分からぬものなど、不気味でしかないではないか?」
「確かに貴方の言うとおりだわ。でもそれが全てじゃない。彼らと胸襟を開き、長く付き合わねばその心胆の奥底は分からないものじゃないの?」
アルティナの言葉にリュウガは首を振る。
「そう考え、過去、多くの者達が里から出て、彼らとの付き合い方を模索した頃もあったという。だが、その尽くが皆、失敗し、帰ってこない、あるいは帰ってきても心を閉ざした者も多かった。過去には我らに友好を呼び掛けたその口で宣戦布告した国主すらいる。そのような者をどうして受け入れよというのだ?」
「それは……」
誰もが黙りこむ。
「かつて、我が一族からも、外の世界に目を向けようと勇んで出ていったものがいる。だが、その者は十年以上たって、人間族との間に出来た子供と共に戻ってきた。現実に絶望し、心を病み、そのまま世を去った。残された半竜人の子供のせいで、我ら一族はずいぶんと白い目で見られてきた……」
「リュウガ、もしかして、それってウルガのことか……」
「ウルガを知っているのか。そう言えば、貴様はあれに所縁のものだったな。ウルガは我が父シュウガの一番上の兄、サイガの一人息子。わが血族の忌まわしき者……、恥だ」
「ちょっと待て、リュウガ! ウルガが恥ってどういう意味だ!」
怒りを抑えられずに立ち上がる。掴みかからんばかりの勢いに、アルティナとクロルが慌てて引き止める。
ふと、初めてリュウガに会った時に感じた懐かしさを思い出す。それは彼の持つ空気とその容貌にどこかウルガを感じていたからであった事に気づいた。だが、当のリュウガに「ウルガが恥だ」などと言われれば、ザックスが怒るのも無理はない。
「分からぬな。貴様はなぜ、それほどに半竜人などに肩入れする? 昨秋、訪れた者たちのように長年共にあったと言うのならばともかく……」
その言葉に眉を潜める。
「それって、エルメラとダントンの事か?」
「名など知らん。昨秋やってきた一組の男女はウルガの友と名乗り、その亡き骸を里に届け、すぐに去っていった。その際、我は、その者たちと悶着を起こし、あの女魔導士に大けがをさせられた。あれがケチのつき始めだな……」
ザックスに対したものと同様の態度をとり、どうやら、エルメラを怒らせ、存分な報復を味わったらしい。暫し、リュウガを睨みつけていたザックスだったが、ひとつ息をつき、再びその場に座る。煌々と燃え上がる焚火の炎に目をやり、彼は言った。
「お前達竜人族ってのは、戦士なんだろ? だったら生まれなんかよりも行動じゃないのかよ。闘うってのは、常にそいつの意思と行動力が問われ続けるもの。勇敢さを重視するはずの種族でありながら、そいつがどんな生き方をしたかよりも、生まれや血の縛りの建前に囚われるなんて、なんか間違ってないか?」
「それは……」
ザックスの正論にリュウガは、言葉を詰まらせる。
「だが、あの者は半竜人、忌まわしき者、我らの中では長年、そう考えられてきたのだ……」
「つまりお前たちは現実に目を向けず、何も考えずに時を過ごしてきたってことだな。あの議場でお前が非難した老人共と同じように……」
リュウガの顔色が変わる。暫し、ザックスを睨みつけた後で、彼は目を逸らした。己の主張に正当性がない事を理解したのだろう。ザックスは続けた。
「まあ、いいさ。お前達がウルガの事をどう悪しざまにののしろうとも、オレの中では、いや、俺だけじゃなくウルガの名を知る全ての冒険者が、ウルガが誇り高き最高の冒険者であることを知ってるんだから……。オレはアイツに譲られた魂の証に恥ずかしくないあり方であればそれでいい。お前達竜人族がそれを邪魔したり、取り上げようとするなら容赦はしねえ!」
「そのくらいにしときなさいよ、ザックス! リュウガさんだっていろいろ思うところがあるからこそ、私たちと共にいるんでしょ?」
アルティナに注意され、再び黙りこむ。暫し、沈黙が流れ、川を流れる水音のみが周囲に響き渡る。互いに黙りこみ、重苦しくなりそうな空気を破ったのはヘッポイだった。
「フン、強いからといって必ずしも正しい訳ではない。強さ自慢の有象無象が束になろうが、何を言おうとそれはただの戯言に過ぎん。無意識に人を引き付け心酔させるもの、いわゆるカリスマという奴は選ばれたものにしか宿らぬのだ! かつての冒険者ウルガ殿、あるいは神殿巫女マリナ様、そしてこのオレ様のようにな!」
最後はともかく前の二者は、なじみのある名前である。
「おい、ヘッポイ、ウルガはともかく、なんでここでマリナさんが出てくるんだ?」
「我が友ザックス! 言葉が過ぎるぞ。マリナ様と呼ばぬか!」
「へっ?」
珍しくヘッポイの目がマジである。この男、どうやら、いわゆる、マリナ信者であるらしい。
「ザックス、お前、マリナ様の伝説の奉神の舞の一件を知らぬのか?」
「話くらいは聞いたことあるが……」
先日の《招集祭》の折に、イリアから事のいきさつを簡単に聞いていた。
彼女が上級巫女となったその年、エルタイヤでの《大招春祭》で初めて舞いを披露していたその舞台で、舞いを舞う彼女の前に酔った客が上がってきたという。その者がそれなりの身分であったがために、警護の者達が躊躇し、大事に至りかけたものの、彼女は動じることなく酔った客の手をとって舞い続け、舞台に美しい花を咲かせた。
その後、彼女のたっての希望で誰一人傷つくことなく事なきをえた数年前のその出来事は、当時の観衆達の後押しもあり、今も《大招春祭》での伝説として語り継がれているという。
「あの光景をこの目で目撃したオレ様は、雷撃に打たれたように感動した。あれこそ、当に真のカリスマ! 創世神より与えられたこの世の奇跡というものだ!」
偽のカリスマが、過去を振り返りつつ力説する。
「近頃は、彼女の人気に嫉妬したエルタイヤの巫女共が徒党を組み、数を頼みに人々の人気をとろうとしているようだが、所詮は烏合の衆。カリスマとは個人にのみ宿る究極の自然の恩恵であり、阿漕な人間風情の意思によってでっち上げられた作りものや紛い物の有象無象に、真の感動が与えられることなどあろうはずもない! 愚か者共が……」
ヘッポイの、ヘッポイによる、ヘッポイの為の演説が始まる。
「あの日の事をオレ様は生涯忘れんだろう。あの日、そのように心に刻んだオレ様は、オレ様の心が命ずるままに思いついた行動を速やかに取ることにした。それはすなわちズバリ、《マリナ様親衛団》の創設である!」
なにやら不審な言葉が、ザックスの中の何かを刺激した。
「神殿巫女として日々の務めに従事なさるあの方の迷惑に決してならぬように、それでいてかのお姿を遠くから見守り、彼女が何かにお困りになられた時には、密かにこれを助け、決して見返りを求めない。その志を持ってオレ様が発起人となり、《マリナ様親衛団》は活動を開始した。その勢力はおよそ一カ月でエルタイヤを席巻し、一年後には全自由都市へと拡大し、見事な大組織となった。決して彼女に迷惑をかけず、それでいて、困られることがあるならば、陰ながらお助けする。その一点のみをもって会員の志とする事で、多くの者達が賛同したのだ。そして、年を追うごとにあの方はお美しくなられ、神殿巫女として、オレ様達の無責任な期待に十分に応えてくださっておられる」
ザックスの心の中に、ふつふつと何かがみなぎってくる。
「今や、オレ様の望みは達成され、オレ様は発起人としての役割を終えた。親衛団は最初の志のみを受け継ぎ、会員全ての自主的な活動に任されておる。あの方が神殿巫女として皆の期待に足らんとあられる限り、この志は永遠に受け継がれるだろう!」
その声が徐々に遠ざかっていく。代わりに、様々な過去の出来事が、ザックスの脳裏に走馬灯のように浮かんでは消えていく。
縁あって彼女と接点が生まれ、何かといじられることが増えるのに比例して、その信者達からの理不尽な迫害に遭い、ザックスは様々な危機に直面していた。時に命の危険を脅かされそうになったことすらも……。
今、その全てのからくりが、白日のもとにさらけ出されたのである。
――ヘッポイよ、キサマが、元凶か!
フルフルと拳を震わせながら、能書きを垂れ続けるヘッポイへの怒りが増幅する。この男、やはり、今の内になんとかしておかねば、将来、とてつもない災厄となりかねない気がする。
「マリナさ……いえ、マリナ様が神殿巫女でなくなられたら、ヘッポイさん達はどうするの?」
アルティナの問いに、ちっちっとヘッポイは指をふる。
「アルティナ嬢もまだ分かっておられぬようだ。あの方は骨の髄まで神殿巫女なのだ。そこから外れた生き方の出来る方ではない。心の中に決してぶれぬものがあるからこそ、それが魅力となって他者を引き付けるのだ!」
「そ、そうなんだ……」
ヘッポイのヘッポイによるヘッポイの為の理論に、アルティナすらも一掃される。今、はるか北の果ての大地に、再び繰り広げられようとしているヘッポイズ・ワンダー・ワールドの脅威に、対抗できるものなどありはしない。
――この男、やはり危険すぎる!
最高神殿もそう判断し、竜人族の里へと送りこみ抹殺を図ったに違いない。無事に帰還したならば、きっとさらなる騒動の種となることだろう。
ザックスは傍らにおいてある《地斬剣》にそっと手をかけ、その暗殺手段を検討する。幸いここは前人未到の秘境。証拠は《亜竜》達が消してくれるだろう。残るは目撃者をいかに口止めすべきか、というところだろうか?
不穏な暗殺計画を妄想するザックスの内心など気にも留めず、ヘッポイは弁舌滑らかに聴衆達に訴える。
「マリナ様という圧倒的なカリスマを見出したオレ様の輝かしい歴史的偉業に対抗して、愚弟がとあるウサミミ神殿巫女の為の親衛団を結成しようと躍起になっておるようだが、ヤツはまだカリスマというものがいかなるものかという事が全く分かっておらん。『カワイイ』だけではダメなのだ! 他者を無意識に引きつける魅力というものがいかなるものかという本質が分からぬ限り、それを備えぬ者は全て、紛い物でしかない! おお、そういえば良い機会だ。我が友ザックスよ、貴様に聞きたい事がある!」
「なんだ……、ヘッポイ?」
既に暴発寸前の怒りに支配されつつあるザックスが、ヘッポイを睨みつける。その迫力に押され、思わずヘッポイがたじろぐが、それでも彼は続けた。
「う、うむ。実は、昨年の秋以来、度々、このオレ様のところに妙な情報が上がってきていてな……」
「ほう、どういうものだ?」
「実は、ここのところマリナ様の周辺にしばしば不審な冒険者がうろついているらしい。先日の上級巫女降格の一件もマリナ様目当てにその妹分に近づいたその冒険者と神殿巫女達の間の悶着が原因で、マリナ様が責任をとらされた、などという不確定情報が交錯していてな。お前、何か心当たりはないか?」
焚火の向こう側に座るヘッポイが、訝しげな視線をザックスに送る。種々の要素に心当たりがないこともないが、その組み合わせが著しく間違っている。げに、噂というものは恐ろしい。
「なんで、オレに心当たりがあるんだよ?」
「うむ、実はな……」
ザックスから一度視線を外し、ヘッポイが声を潜める。
「目撃される冒険者の人相風体が、お前のそれに酷似しているような気がするのだ」
「ほほう、それで……」
ザックスの放つ険呑な空気に押されながらも、《マリナ親衛団》元発起人としての役割を果たすべく、ヘッポイは果敢に挑む。
「よいか、我が友ザックス。マリナ様は絶対にして不可侵。我ら冒険者だけでなく創世神殿信者の誇りである。そのような御方に乱暴狼藉を働こうとするならば、お前がいかに恩義ある我が友とて、決して許せぬぞ!」
精神的に乱暴狼藉を働かれているのはザックスの方であり、かの巫女とその周囲の人々に莫大な借りと迷惑を同時に掛けられているなどという現実は、おそらくこの男の耳に入る事はないだろう。目の前にいるヘッポイは、数多くの誤解と共に衝突してきた他の信者達と同様、まぎれもない絶対マリナ主義者である。
ふと、傍らの仲間達の視線に気づく。
――チャンスよ、ザックス。ここで彼女の真実とその悪行をしっかりとさらして、誤解を解きなさい! 発起人を説得すれば信者達も真実に目覚め、きっとこの先、悩まされることなんてなくなるはずよ!
アルティナがここぞとばかりに、力説する。その傍らでクロルが拳を握る。
――ここは一発、ガツンと行こうよ。男なら……。
信頼する仲間達の無言の声援を受け、ザックスは、今、長年の因縁に決着をつけるべく、その元凶へと立ち向かった。
「いいか、ヘッポイ、よく聞け!」
「な、なんだ?」
若干、おされ気味だが、それでもヘッポイは引く事はない。さながらマリナ教の殉教者というところだろうか。
「噂とは常に無責任なもんだ……。お前だって、流される無責任なそれに頭を痛めたことの一つや二つ、あるだろう? 何を隠そう、かくいうオレも《魔将殺し》などと呼ばれ、理不尽な妬みの一つや二つは当然の身。面白がって出鱈目な噂話を吹聴する奴だって出てくるはずだ?」
「成程、道理だな」
「全ては根も葉もない作り話。オレと彼女には何の接点もない。冒険者と神殿巫女として互いの距離はここから《エルタイヤ》程も遠い。オマエ様が、どうこう悩むに値しない問題だ! これまでどおり、オマエ様は安心して、信者どもと一緒に彼女を見守るんだ!」
黒い物を白だと信じ込んでいる者に、そうでないなどと説得する事は、如何に明白な証拠を提示しても不可能である。人という生き物は見たいものしか見ようとしないもの。ここはやはり、流れに任せ、うまくかわすのが処世術。目先の衝突を回避し、問題を先送りしてさらに捻じ曲げることこそが、正しい人間族のマナーである。やがて、ねじ曲がり過ぎた問題は、全ての人々から敬遠され、そのうち忘れ去られていくこととなるだろう。
ふと、傍らに座るアルティナの視線が冷ややかに感じられる。
――逃げたわね……。貴方……。
その傍らでクロルがしみじみと首をふる。
――ああ、これが人間族の『事なかれ主義』って奴か……。
当事者の苦労をしらぬ外野とは所詮、身勝手なもの。勿論、安直な保身が将来、さらに大きな問題へと傷を広げていくことになろう、などという不都合にはしっかりと目を瞑って、ザックスは一連の事態を打開した……。
2013/11/03 初稿