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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚04章 ~遊探の旅路編~
108/157

22 アルティナ、涙する!



 巨大な木の門を潜り抜けたその先で、一行を出迎えたのは三角形の建築物だった。およそ三階建の建物程度の高さの先端のとがった一対のそれは、例えて言うなら門というものであろうか。

「これは《始原の門》。《成人の儀》を迎える者達はこの間を抜けて、《亜竜の森》へと入り、目的地《竜神湖の祠》にある《終焉の門》へと至るのだ」

 一行の背後でリュウガが語る。その珍しい建築物を見上げながら一行は《亜竜の森》にむけて歩み出した。当然、先頭を行くのはヘッポイである。

 フンフンフンと鼻歌を歌いながら先を行くヘッポイの後を、ザックス、クロル、アルティナ、リュウガの順で進む。回復役が先頭を歩き、案内役が殿を務めるという前代未聞のパーティ編成に疑問を持つ者は、一行の大部分を占める。だが、陽気に先頭を歩む者の姿が、それらを口にする事を拒ませた。

《亜竜の森》は広く険しい故に、いずれ道に迷う事になるであろうと考え、飽きるまで好きにやらせようと考えた三人と、それをしぶしぶ追認する一人であったが、事態はすぐに彼らの想像を超えた。

 ヘッポイは道なき道を迷いなく進み、案内役のリュウガによれば、着実に目的地への最短距離を進んでいるという。

「道とはこのオレ様が歩いた後に出来るもの! お前たちは黙って先駆者であるオレ様の後についてこい!」

《造り手》たちが長い年月の研鑽の果てにようやく会得する真理に、すでに到達しているようだ。ヴォーケンが聞いたら涙を流して悔しがることだろう。

「あやつ、一体、何者だ?」

 時が経つにつれ、戦慄と驚愕にうち震えるリュウガに、ザックスの答えは唯一つだった。

「ヘッポイだ。それ以上でも以下でもない」

 二人の仲間達もその言葉の意味が分かり始めたのだろう。先頭を進むその背中に、徐々に畏怖とも恐怖ともしれぬ感情を抱き始めているようだった。


 とはいえ、目的地への道のりは順調そのものという訳ではない。

 森に入るや否や、そこに暮らす《亜竜》達の容赦ない洗礼が待っていた。

《亜竜》――その森に生息する生き物を総称して竜人達はそう呼ぶ。

 端的に言えば巨大なトカゲ、あるいは文字通り竜に似たもの。背の高いと言う言葉が可愛く見える程に巨大な木々の生い茂るその森の覇者達は、友好的という言葉とは縁遠く、己のテリトリーの侵入者に容赦なく牙をむいて襲いかかった。


 そびえ立つ巨木の間からさす木漏れ日を浴びて丈の低い草の生い茂るその森で、快進撃を続けるヘッポイの前に一匹の《亜竜》が立ちふさがる。

「なんだ、貴様! このオレ様の行く手を阻むとは、生意気なトカゲもどきめ……」

 倒れて朽ちた木の上に、人の腰丈程度の《亜竜》が後ろ足で立っている。赤紫色の毒々しい色をしたそれの正面に立ち、ヘッポイは睨みつける。

「どかぬか、このオレ様、弱い者いじめは好きではない! 道をあけよ!」

「よせ、罠だ、離れろ!」

 最後尾で気付いたリュウガの警告も空しく《亜竜》は閉じた襟巻を開いて毒液の霧をまき散らす。

「くぉー、目がー、目がー」

 それをまともに受け、転げまわるヘッポイに《亜竜》が飛びかかろうとした。

チッと舌打ちして、助けに入ろうとするザックスの直ぐ側を後方からヒュンと音がして何かが飛んだ。凄まじいスピードで飛んだそれは、《亜竜》の頭蓋に命中し、頭を撃ち抜かれた《亜竜》は呆気なく倒れた。振り返れば、彼の後方を歩いていたクロルが左の籠手を構えて立っている。

「クロル、今のは、お前が?」

 ザックスの問いに一つ頷き、彼は表情を引き締める。

「気を抜いちゃだめだよ。すぐに次が来る」

 再び正面を向いたザックスの前に三匹の同じ《亜竜》が現れ、倒れたヘッポイに狙いを定めている。《地斬剣》を引き抜きヘッポイを守るザックスを再びクロルが援護し、二匹の《亜竜》が頭を打ち抜かれて倒れた。最後の一匹をザックスがあっさりと剣で斬り捨てて短い戦闘が終わる。

「おい、ヘッポイ、大丈夫か?」

 回復魔法で己を回復させるヘッポイに駆け寄り、その安否を確認する。

「おのれ、飛び道具とは卑怯なり!」

 毒のダメージを回復させるとヘッポイは憤慨して立ち上がる。どうやら大事には至らなかったらしい。ヘッポイの言葉にふと思い出して、ザックスは傍らに立つクロルに尋ねた。

「今の、《スリング・ショット》か?」

「まあね……」

 満更でもなさそうに、彼は左の籠手を見せる。

「子供の頃の遊び道具をヒントに《鉄機人》に使われてた《魔力靭帯》をかき集めて造ったんだ。調整が難しかったけど。結構使えるでしょ?」

 マナで靭帯を伸ばし、その反動を利用して弾を飛ばす。射程も威力もかなりのもので、腕の内側で固定しての射出なので狙いもつけやすい。《加速》を使う事でさほど間隔を開けることなく第二射が放てるという。弾切れの際も石で代用できるため、応用範囲も広い。

「こいつにはもう一つ、面白い使い方があってね……」

 得意げに説明しようとするクロルの言葉を、リュウガが遮った。

「逃げるぞ。血の匂いを嗅ぎつけて死肉漁りが集まってきた」

 少し離れた草むらから、小動物程度の大きさの小型の《亜竜》がぞろぞろと顔を出し始めている。

「あいつらは厄介だ。群れてくると手に負えん」

「なんだか、気持ち悪いわ……」

 アルティナが顔をしかめつつ、一歩前に出て、広範囲に弱い雷撃を放つ。小さな悲鳴が上がって草むらの中でどさどさと何かが倒れる音がした。

「今の内に逃げましょう!」

 少し驚いた表情を浮かべたリュウガに声をかけ、一同はその場を立ち去った。彼らの後方でガサガサと刺激が揺れ、横たわった《亜竜》の死体は瞬く間に白い骨と化していった。




 先程の失敗に懲りもせず、ヘッポイは相変わらず先頭を歩く。

 己が美学を貫こうとでもいうのか、自分から弾避けとおとり役となるその行動も、もはや、ここまでくれば清々しい。

「人を導く者、自ら先頭にたって歩かねば、後から人がついてこぬではないか!」

 至言ではあるが、彼の口から出ると何故か首をかしげてしまうのが不思議である。一行の後方では、殿を歩くリュウガがすぐ前を歩くアルティナに尋ねていた。

「エルフの姫、先ほどのあれは《魔法》か?」

「え、ええ。貴方達は使わないの?」

「うむ、《魔法》なるものは戦士の成長を妨げる邪法故、我々の中では禁じ手とされている」

 自らの切り札を邪法と呼ばれたアルティナだったが、憤慨した様子はない。

「そうなの。でも、便利でしょ?」

「確かに……。だが、それゆえ……。いや、しかし……」

 彼はなにやら一人、ぶつぶつと考え込んでいる。その様子に肩をすくめて正面を向こうとしたアルティナだったが、その表情に厳しいものが走る。

「ザックス!」

 阿吽の呼吸で状況を理解する。森の木々が視界を妨げる中で、一行の後方から取り囲むように気配が近づいている。

「ヘッポイ、クロルとアルティナを守れ! リュウガ、あれは何だ?」

 現れたのは人の身の丈を少し越える大きさの《亜竜》の群れ。軽く十匹程度は視認できる。実際はさらに多いだろう。その姿にリュウガは、僅かに驚いた。

「こんな所で《ルプト》の集団だと!」

「どんなやつなんだ?」

 最後方のリュウガに並びつつ、ザックスは尋ねる。

速竜ルプト。この森で最も警戒しなければならぬ《亜竜》の一つだ。動きが早く。集団戦に長け、ずる賢い」

 オオカミなどの猛獣とほとんど変わらないらしい。身体の大きな分だけ、こちらの方が数段、タチが悪そうだ。

「飛びかかってくる奴らの攻撃は厄介だが、我や貴様の武器の特性を考えれば、もう少し開けた場所に出た方がいい」

「了解した」

 リュウガの指示に従い、ザックス達は有利な場所へと身を移す。数種の鳴き声を使い分け、移動するザックス達を取り囲むように迫る集団の統率に舌を巻く。

「先手必勝だな」

 補助魔法を三重に掛け、《地斬剣》を引き抜くと、囲みが完成する前に右側の群れへと襲いかかる。クロルとアルティナの援護を背に、先頭の一体を難なく仕留めた。

 ――こいつら、大した事ないな!

 そう確信して次の標的に的を絞るザックスに、怯えるかのようにルプト達が後退する。追撃をかけようとするザックスにリュウガの声が飛んだ。

「待て、人間よ! それ以上、追うな。奴らの術中にはまるぞ!」

 その言葉に驚き、足を止める。《ルプト》達はただ逃げているのではなく、木の幹を利用し、巧みに後退をかけている。

「こいつら……」

 それはおそらく誘いである。一行からザックスを引き離し、分散させて襲うつもりのようだ。彼らの行動とその意図に気づき背筋に冷たいものが走ったザックスの後方で、悲鳴が上がる。

「わっ、わっ、こっちから来た!」

 振り返ると左側の群れが分散し、仲間達に襲いかかっている。ザックスの時と同じ手口でリュウガを足止めし、クロル達に迫る。《地斬剣》で慌てて地面を一薙ぎして、牽制すると、彼らの元へと駆けもどる。

「フン、トカゲども、目にもの見せてくれるわ」

 ヘッポイが盾ごとぶつかり足止めし、アルティナがすかさず魔法で止めを刺す。距離をとってのクロルの《スリング・ショット》の牽制が《亜竜》達をひるませた。だが、それが災いし、パーティから離れ過ぎたクロルに別の方向から《亜竜》が襲いかかる。

「クロル、逃げろ!」

 ルプト達の動きに翻弄され、全く戦闘に参加できていないザックスが、慌てて援護に向かおうとする。だが、それを押しとどめたのはクロル自身だった。

「こっちは大丈夫! ヘッポイさんとアルティナの方を頼むよ」

 己の身体よりも遥かに大きな《亜竜》の突進に怯えることもなくクロルが言う。その顔に浮かんだ自信満々な表情に押され、ザックスはその言葉に従った。

 襲い来る三匹の《ルプト》。その突進を前にクロルは不敵に笑い、腰から フックを取り出した。

「小さいからって甘く見るなよ! いつまでも大地に這いつくばってるばかりが、ホビットじゃないんだ!」

 フックを《スリング・ショット》に引っ掛け、上方へと射出する。太い枝に引っ掛けたフックから伸びた銀の鋼線が陽光に照らされ、きらめいた。

「者ども、刮目せよ! 今、ホビット新時代の幕が開く!」

 言葉と同時に腰のウィンチに右手を添え、マナを込める。小さな音を立ててウィンチが蒔きあがり、《ミスリルグラブ》を嵌めた左手で鋼線を握ったクロルの身体が上へと舞い上がっていく。目標に遥か樹上へと逃げられ、三匹は飛び上がろうとするが、到底及ぶものではない。

 太い枝の上に立って身の安全を確保するや否や、クロルは反撃に転じて三匹の頭部をねらい打つ。瞬く間に頭を打ち抜かれて、三匹の身体が音を立てて倒れた。眼前の敵を一掃したクロルは、離れて戦うリュウガを援護する。

「クロル、やるじゃないか!」

 ヘッポイとアルティナに合流したザックスは、眼前の敵を蹴散らしながら思わず声を上げる。その言葉に気を良くしたクロルがさらに新しい技を披露する。

「このフックにはね、こういう使い方もあるんだよ!」

 素早く射出し、上方から一匹の《ルプト》の首に絡める。

「召し捕ったぁ!」

 伸びた鋼線をグラブをはめた両手で握り占め、そのまま枝から飛び降りる。枝を支点として、《ルプト》をそのまま持ちあげるつもりなのだろう。だが、そうは問屋が卸さない。

《ルプト》よりはるかに体重の軽いクロルは、地面に飛び降りられずに空中に釣り下がった。首を締め上げれられて怒り狂う《ルプト》の鼻先に、クロルの小さな身体がブラブラと揺れる。

「た、たすけてー」

 先程の自信満々な姿はどこへやら。顔色を失いかけたアルティナの援護で事なきを得て、クロルはようやく地面へと飛び降りた。

「気をつけなさい、クロル! 危ないじゃない!」

「助かったよ、アルティナ! いやぁ、失敗、失敗!」

 フックを回収しつつ、上がった株を少し下げたホビットの少年は、地道な援護射撃に戻る。ホビット新時代が来るのは、もう少し先のことらしい。

 やがて、群れの半数を失い、《ルプト》の集団がついに本格的に退却を始めた。

「追わなくていいのか?」

 一目散に逃げていく群れを見送るザックスの問いにリュウガは首を振った。

「放っておけ、あの程度なら、この試練の間はもはや害にならん。頼みとする数を失い、今度は奴らが別の群れの標的となる。体力を温存し、もっと厄介な奴らに備えるべきだろう」

「もっと厄介なヤツら?」

 リュウガは一つ首肯する。

「この分だといずれ出会う事になりそうだ。説明するより現物を見た方が早いだろう。貴様らも気を引き締めてかかることだ。ここから先の敵は一筋縄ではいかぬぞ」

 リュウガはすたすたと歩き出す。三人は顔を見合わせ、肩をすくめた。

 再びヘッポイを先頭に森を抜けた一行は、轟々と音を立てて流れる川に沿って先を急いだ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 未知の場所での探索でトラブルが起きるのは、戦いの時ばかりとは限らない。

 その日の野営で、予期せぬトラブルが起きていた。事の発端はアルティナである。

「手伝うわ、クロル」

 いつも通りに己の魔法で火と水の準備を済ませた彼女が、調理を担当するクロルに近づいた。砂漠の民との生活で、ルゼア達の賄いを手伝い、その面白さに目覚めたらしい。飽きが早いのはともかくとして、探究心の赴くままに、さらに己の世界を広げようと考えた彼女は、クロルの手元を覗き込み……、顔を大きくしかめた。

「貴方……、何してるの、一体?」

「何って、食事の準備だけど?」

 振り返る事なく悪びれもせずに返事をし、己の作業に没頭する。

「食事って……、それ……、食べるの?」

「そうだよ……」

「ウソ……」

 端正な顔が青ざめ、絶句する。どうしたんだ、と近づいてきたザックスにわなわなと肩を振わせ、彼女は訴えた。

「ザックス、クロルが……」

 感情が言葉にならぬようだ。その指し示す方向に視線を向けるものの、とりたてて目につくようなものは何もない。

「まあ、材料が調達できなかったからな、後はリュウガ達次第か……」

「そうじゃなくて、貴方、平気なの?」

 クロルの手元にある物を震える手で指さす。

「ん? ああ、『虫』のことか。まあ、この際、仕方ないかな……」

 この試練において一番の問題は食糧の調達である。《大砂漠》を越えることだけを考えていたため、ダンジョン探索に必須の携帯食料はさほど準備せず、砂漠の民に分けてもらった保存食も、ドワーフの郷への道中で使い果たしていた。

 竜人族の里に冒険者向けの品など存在するわけもなく、昨夕、里でクロルと共に食材の調達に出かけたザックスだったが、あまり好意的でない竜人族の者達に分けてもらう事ができず、かろうじて調達できたのが、小麦粉と乾燥させた『虫』だった。

《成人の儀》を受ける若者達は試練の間、基本的に食料は現地調達らしく、このあたりの特異な植生に詳しくない彼らでは、どれが食べられる物なのか、判断がつかない。

「まあ、あまり旨いもんじゃないが……、さすがに昔、食べる物がなかった時は仕方なくな……」

 故郷では食糧難は日常茶飯事だっただけに、サバイバル技術は必須である。

「でも、虫は結構、栄養価が高いんだよ。さすがに生は抵抗があるだろうけどさ……」

 取り出した怪しげな道具で、乾燥したものをゴリゴリとすりつぶし粉末状にしていくクロルの手際は実に堂に入っている。もうすっかり食べる事が前提になっているその状況に、アルティナは涙目になっていた。

「私……、無理……。絶対……」

「大丈夫だよ、粉にして、小麦粉に混ぜて、煮るだけだからさ……」

「ゴメン、勘弁して……」

 すっかり、拒否反応を示している彼女に二人は当惑する。そこにリュウガとヘッポイが現れた。

「良い物が手に入った」

 食材調達にいっていた二人が、獲物を披露する。その姿にザックスは眉をしかめた。

「リュウガ、これ……、食えるのか……」

 鶏程度の大きさではあるが、おそらくは《亜竜》の一種と思われる個体が数匹。みるからに毒々しい色のそれはグロテスクな代物だけに、なかなか手が出そうにない。

「さほど、大きくないうえに肉も柔らかい。毒もないので解体しやすい」

 うまく解体調理して原型が分からなくなれば、どうにかなるだろう。これも旅の習いということで、解体に入ったリュウガの手さばきをじっくりと観察する。

 この試練の間にはある程度、そのようなこともできねばならないのだろう。何事も挑戦である。

 ふと、袖を引っ張られる感触で振り返る。

 そこにはプルプルと震えながら無言で涙を浮かべ、断固拒否の意思をしめすアルティナの姿があった。

 どうやら、生理的嫌悪感が抜けないようだ。このあたりは育ちの問題なのだろうか?

「エルフの姫よ、ではこちらはどうだ」

 取り出されたのは野生の果実らしきもの。こちらも又、グロテスクな色をしている上に、凄まじい匂いを放っている。

 その匂いに鼻をつまむザックスとクロルだったが、意外にもヘッポイがそれを彼らに勧めた。

「一口食ってみよ。我が友。なかなか嗜み深い味だぞ」

 クロルと顔を見合わせ、試しに一つ口に入れる。凄まじい臭気に一瞬、気を失いそうになったが、直ぐに不思議な甘みが口の中に広がった。疲労した身体に甘さは貴重である。非常識な見て呉れに、非常識な味のその果実には、非常識な魅力が感じられた。

「これ、なんだかクセになりそうだね……」

「うむ、この森でとれる珍味の一つだ。まだ、季節が早いがな。夏になればより臭いが強くなり、より甘くなる」

 まだ臭くなるという。恐るべき果実である。

「どうだ、アルティナ、結構いけるぜ、これならお前も……」

 振り返ると膝を抱えて泣いているアルティナの姿があった。こちらもダメらしい。その姿に溜息をつく。

「私、やっぱり携帯食でいい……」

バッグ》からそれを取り出して握りしめる。もはやそれ以外は絶対に食べるつもりはないようだ。だが、残りはあと一、二食程度しかない。この先の事は……、おそらく考えていないのだろう。

「仕方のないやつだなあ……」

 己の《バッグ》に手を入れて、彼は残りの携帯食を全て取り出して彼女に渡した。

「たいして、数はないから大事に食べろよ」

 ザックスに続いて、クロルも同様に彼女にそれを手渡す。驚くべきことにヘッポイまでがそれに続いた。

「フン、紳士とはいかなる女性に対しても礼儀正しくあるものだ!」

 仲間達の好意に、彼女はありがとう、と感謝の念を示す。この先、長丁場になれば、どうなるか分からぬものの、どうやら、とりあえずの食料問題は解決したようだ。

 グロテスクな食材を煮炊きして怖いもの見たさで口に運んで歓声を上げる一同の傍らで、アルティナはカリコリと携帯食料をかじっている。その姿を見ながら、クロルはふと思った。

 ――あれって、確か、材料に虫も使ってたと思うんだけど……、言わない方がいいんだろうな。


 古人曰く。知らぬ事は幸せな事である、と……。




2013/11/02 初稿




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