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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚04章 ~遊探の旅路編~
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21 アルティナ、微笑む!

 只の座興でしかなかったはずのヘッポイの《武の試練》は、竜人族の指導者層に少しばかり動揺を与えたらしく、ザックス達が長老達の集まる議場に呼ばれたのは、ヘッポイの戦いが終わってから随分経ってのことだった。

 弁士を中心にしてぐるりとそれを見下ろしながら取り囲むように造られたその議場で、ザックス達はドワーフの長の親書を長老会議に提出した。

 正面の一段高い所に座っている老人こそが最長老であろう。長く真っ白な眉毛でほとんど目の形が見えぬその老人を中心に、老年から壮年の男女がぐるりと彼らを取り囲む。

《竜魂石》にふさわしき防具の作成の為の《緋緋色金ヒヒイロカネ》提供の依頼は、ヘッポイの試練で少々動揺した長老達にさらなる動揺を加えた。

「バカな、我らがその存在を知らぬ《竜魂石》などとは……。ドワーフ共め、つけ上がりおってからに……。一体何のつもりだ!」

「お待ちください。彼らは《造り手》としての誇りを汚すようなマネは決して致しません。それは戦士としての我らのそれに匹敵するもの。彼らの申し出は真であると思われます」

「彼らの誇りが問題なのではない。我らの預かり知らぬ《竜魂石》が外の世界に存在することが問題なのだ! 《竜魂石》を残せる程に戦士として研ぎ澄まされた魂を持つ者とは一体、何者だ!」

 発言の主が周囲を見回す。誰もが首をかしげるばかりである。

「我らは、古の盟約に従い外界との交流をほぼ断ち切って、今に至る。その間に里を抜け、帰らぬまま異郷の地で果てた者もあるという。だが、一度《竜戦士》と化せば、小さな国の一つや二つ簡単に滅ぼし、我らの耳に入らぬ事はないはずだ!」

「たしか、最後に里を抜けたのはサイガでしたな。あれは人間と番いをなし、その子を連れて戻ってきたはず……」

「とにもかくにも、《竜魂石》は我らが同胞の証。一刻も早く、ドワーフ族より取り上げるべきであろう!」

 議論は徐々に不穏な方向へと進んでいく。しばし、沈黙したままであった最長老が、弁士席に立つアルティナ達に向かって尋ねた。

「エルフの姫君よ。貴殿は件の石について何かご存知ではないかな。この書状によれば、そなたが里に持ちこんだものというではないか……」

 この老人も他の竜人達と同様、アルティナと共にいるザックスとクロルを一瞥もせず、その目に映っているのはエルフの姫君である彼女だけらしい。傍らのザックスと一度だけ視線を合わせると、アルティナは深呼吸の後でその質問に答えた。

「畏れながら、竜人族の皆さま。件の石は、かつてこの里より旅立ったウルガなる半竜人の冒険者によって残されたものであり、かの者の後継者として、こちらにおりますザックスなるフィルメイアの若者に、ウルガ自身の意思により譲られたものであります……」

「バカな!」

 場内がざわめいた。数人の者が血相を変える。その剣幕にクロルが怯えの色をみせる。発言者であるアルティナに厳しい視線が向けられた。

「半竜人が竜戦士と化しただと! バカなことを! いかにエルフの姫君とて、そのような暴言許されませんぞ!」

「人間族に己が魂を譲り渡すなどと、下劣な真似を……」

「大方、卑劣な手段で奪いとったのだろう。人間族は詐術で実にうまく他者を欺く生き物というではないか……」

 そのぶしつけな侮辱に憤慨したザックスが、抗議すべく前に踏み出そうとする。と、その手が強く握られ、彼ははたと足を止めた。アルティナがその目を合わさぬまま、その手を強く握って引きとめ、弁士席で長老達の揶揄を一身に受け止めている。

 ――アルティナ、お前……。

 ――ここは、私に任せて、ザックス。

 手に込められた力が、そのまま彼に彼女の意思を伝える。

 こちらに来て以来のエルフの姫君としての言動に違和感を覚えるものの、その振る舞いに不自然な点は見当たらない。それはアルティナが持つ本来の資質なのだろう。

 彼女の強い意思を感じ取りザックスは、怒りを収めて引き下がる。その端正な横顔に柔らかな微笑みが浮かんだように見えた。

 暫しの喧騒の後で、最長老が再び口を開く。

「姫君、そなたが先程おっしゃられたウルガなる半竜人は、確かにかつて我が里より出奔し、先日、その亡骸が彼の者の友人達によって届けられた事は間違いない。今一度、問う。ウルガはまことその身を竜戦士と化したのか?」

 朗々と響く最長老の言葉に、アルティナは堂々と答えた。

「はい。ウルガは己が仇敵と対峙する為に、その最後の戦いにおいて、その身を竜戦士と化して仲間たちと共に闘った……私はそう聞き及んでおります」

 アルティナの言葉に、周囲が騒然とする。

「聞き及ぶだと? はっきりせぬな……。そのような世迷言、一体何者に吹き込まれたのだ」

「失礼ながら姫君はまだお若くいらっしゃる。大方、人間族にたぶらかされたか……」

「エルフをたぶらかすとは、人間族とはまこと傲岸不遜な種族である事よ」

 だが、アルティナにひるんだ様子はない。最長老が尋ねた。

「姫君、そなた、その話を一体、何者より聞いたのだ?」

「こちらにいる、フィルメイアの若者よりです。最長老殿」

 場内が大きく揺れる。その場の視線の全てが初めてザックスに向けられる。最長老が再び口を開く。

「人間族にしてフィルメイアの若者よ。汝が名を問おう!」

 握られた手に力が込められた。一つ大きく深呼吸をして、ザックスは初めて口を開いた。

「オレはザックス。ウルガと共にその最後の敵となった《剣の魔将》エイルスと闘い、その結末を看取り、彼からその偉大な魂を譲り受けた冒険者、ザックスだ!」

 手を通して伝わってくるアルティナのぬくもりと力が、彼に不思議な冷静さを与え、力むことなく堂々と名乗りを上げる。

 彼の名乗りをうけて、アルティナがさらに続けた。

「良い機会ですので、皆様に改めて申しあげます。ここにいる人間族にしてフィルメイアの若者ザックス。そしてホビットにして大地の守り人クロル。この者達は、私の従者などではありません。冒険者として数多の死線をともにし、私がこの世で最も信頼を寄せるかけがえのない者達であります。以降、彼の者達へのぶしつけな言動は、エルフ氏族の長の一族に連なる、フォウハスが娘アルティナへの侮辱であることを、くれぐれもお忘れなきよう……」

 端然とその場に佇み、エルフの姫は怜悧な微笑みを浮かべる。

 その言葉と姿に誰もが息をのんだ。傍らに立つ彼の仲間達すらも……。そこにいるのはいつもの元気なおてんば娘ではなく、冷徹にして傲岸にして気高い妖精族の支配者、まごう事なきエルフの姫君である。

 場内がしんと静まり返る。彼らの常識からは想像もつかぬ事態に、誰もが戸惑いの色を浮かべた。

 最長老がぽつりともらした。

「成程、貴殿が冒険者ザックスか……」

 生じる違和感。まるで彼の事を知っているかのような口ぶりに、小さく戸惑う。

「皆の者よ……。どうやらこの者の申している事は事実のようだ。それはエルフの姫君だけでなく、先日、この里にウルガの亡きがらを届けにあらわれた彼の者の友人達からも聞き及んでいる事に合致する」

 おそらくそれはエルメラとダントンのことであろう。ザックスと別れたあの夏の日、彼らは一度、この地に訪れると言っていた事をザックスはようやく思い出した。

「御一同、彼の者を《緋緋色金ヒヒイロカネ》を渡す資格ある者とみなすか、如何や?」

 弁士台に立つザックス達を取り囲むかのように座る長老達の中で起立したのは僅か数名だった。多くの者達が彼らの常識と仕来りに反するその行為に、首を縦に振る様子はない。一人の長老が立ち上がる。

「畏れながら、最長老様。《緋緋色金ヒヒイロカネ》で造られた武具を与えられるは、竜人族の戦士にとって最高の名誉。それを人間族に渡すなど、この場にいる者達だけでなくおそらく里の多くの者達が納得出来ますまい」

「ほう、では、どうすればよいのかな」

 暫し口ごもったあとで、彼は続けた。

「この者に《成人の儀》を受けさせてはいかかでしょうか?」

 場内が大きくざわめく。最長老が初めて長い眉を潜め、そのまま沈黙する。これまでになく大きく動揺する人々のざわめきを誰も止めることなく、場内が荒れる。ザックス達は困惑し、三人で顔を見合わせた。

 最長老の元に幾人かが集まりはげしく議論を交わす。やがて、中心に座る最長老が再び立ち上がることで、収拾がついた。

「冒険者、ザックスよ!」

 厳かな声で最長老が尋ねた。

「我ら竜人族は、ウルガの魂を受け継ぐ資格が貴殿にあるかどうかを見極めるために貴殿に《成人の儀》の試練を受けていただく事を提案する。汝これを受けるや、如何に?」

 周囲の視線がザックスに注目する。

「お待ちください、最長老殿。お尋ねしたい事があります」

 ザックスの手を離し、アルティナが尋ねた。

「質問を許そうぞ、姫君」

「貴方がたがおっしゃられる《成人の儀》とは一体、如何なるものなのでしょうか?」

「ふむ、外部の者なら知らぬのも無理はないな。我ら竜人族の若者は、その年、成人を迎える者達が連れ立って、毎年、亜竜の森の禁領地にある祠に赴き、願をかける。無事に帰ってきた者のみが成人としてみなされる」

「つまり、多くの若者が連れ立って向かうその場所に、ザックスに一人で行けとおっしゃられるのですか……」

 アルティナの言わんとする事に気付く。道中はどうやら平坦な道のりという言葉とは程遠い状況のようだ。『亜竜』などという耳慣れぬ言葉に物騒さを覚える。

「今回は例外的な措置故、彼の者が向かい、無事、《成人の儀》を果たすのであれば、手段は問わぬ。御一同、異議ある者はおられぬかな?」

 反論する者はない。つまりアルティナとクロルが同行してもかまわぬと言う訳である。三人で顔を見合わせ、互いに頷き合う。

 ザックスは周囲を一睨みして言う。

「いいだろう、ウルガに譲られた誇り高き魂の証を、いまさらアンタ達にどうこう言われるのは、癪に障るが、亡きウルガの誇りの為、あえてアンタ達の流儀に従おう。ただし、オレが試練を乗り越えた暁には、きちんとこちらの要求に応じてもらえるんだろうな?」

 その視線の先には、最長老の姿がある。

「よかろう。戦士ザックスよ。約束を決して違えぬ事を我ら竜人族の誇りにかけて、このワシ自ら約束しよう」

 握ったアルティナの手に僅かに力が込められる。ここからの流れは彼女に任すべきだろうと考え、「了解した」と答えてザックスは引き下がる。再びアルティナが尋ねた。

「最長老殿。目的地の祠とは一体どこに……」

「そのことについてはそなたたちに案内人を付ける事にしよう。誰か、リュウガを呼べ!」

 小さなざわめきが生まれる。暫しの時を置いて、リュウガの姿が現れた。予想以上に早い彼の登場に作為的なものが感じられた。あらわれた彼に最長老が命令する。

「リュウガよ! この者達を《竜神湖の祠》へと導くがよい! よいな!」

 暫しの沈黙の後で、彼は首を横に振った。その行為に多くの者達が当惑する。表情を変えることなく最長老は尋ねた。

「どうした? リュウガよ。これは常日頃より、主の希望であったことではないか? 何が不満だ?」

 最長老の問いに、リュウガは間髪入れずに答えた。

「最長老様、何故彼らなのですか? 我々自身の《成人の儀》の一件以来、我は再三再四申し上げてきたはずです。禁領地に異常な能力の個体が増えつつあることを……。それを貴方方は皆、若者達の未熟さゆえと切り捨て、多くの若者達の犠牲を無駄にし続けてきた。結果として若者達が訓練で必要以上に締め付けられ、怪我をし、心を病む者もいる。その甲斐もなく、犠牲は増す一方……。先ほどの立ち合いにおいて人間族に後れを取った者とて、今年最も優秀な若者であったはず。我々も長く閉ざされた時間の中で変質しつつあるのです。どうか、このような外部の者たちに頼らず、戦士の精鋭を組織し、一刻も早く調査を願います。我らの問題は我ら自身の手で……」

「黙らぬか、リュウガ! この慮外者が! 貴様の目に余る振る舞いを、常日頃から大目に見てくださる最長老様に何故楯突くか!」

 周囲からリュウガへの非難が湧きおこる。長老格の一人からの言葉にリュウガは憤慨して反論した。

「黙れ、最長老様の御威光を都合よくかさにきてばかりのくせに……。貴様ら不甲斐ない老人共がきちんと現実を見れば、失われた命はもっと少なくすんだのだ! 我が友の犠牲までをも無駄にして……」

「目上の者に対して無礼であるぞ、小童こわっぱ! フン、所詮は呪われた汚らわしき一族という訳か」

「貴様……」

 今にも掴みかからんばかりの勢いのリュウガに、多くの長老達からの叱責が飛ぶ。だが、全ての者からではない事にザックスは気付いた。

「どこかで見たような光景ね……」

「ホントだ……」

 小さくため息をつくアルティナとクロルの傍らで、ザックスはリュウガの振る舞いを注視し、その言葉を胸に刻む。彼も又、竜人族という人の集団の中で生まれる問題の矢面に立たされ、出口のない迷路のような日々をすごしているのだろう。出会った時以来の彼の様々な言動に、その端々が見え隠れしていた。

 暫し、やり場のない怒りに震えるその背を見つめていたザックスは、彼に声をかけた。

「やめとけよ、リュウガ! それ以上は無駄な議論だ」

「貴様は黙っていろ! 人間よ! これは我が竜人族の問題だ!」

「竜人族だろうと人間族だろうと同じ事さ。年寄りってのは、世の中が変わりゆく現実よりも、その事で否定されて無意味になっていく己の経験のほうが大事なんだよ」

「それは、愚か者の所業ではないか!」

「だから、愚か者なんだよ。まぎれもなく……な」

 リュウガは唖然とした表情を浮かべて絶句する。

「ザックス。言い過ぎよ!」

 慌ててアルティナが袖を引く。だが、構わずにザックスは続けた。

「大きな問題が起きた時、大抵原因の大本にいるのは、見たくない現実から目を背け、己に都合のよい解釈をして事を荒立てぬようにする年寄り共だ。そいつらごと、すっぱり排除すれば大抵の問題はさっぱり綺麗に片付くんだが、どういう訳だか、皆、それをしない。歳取る事に妙な幻想抱いてる奴の多いせいでな。そいつらの足元を見た要領のいい奴、いい加減な奴がその尻馬に乗って、結局、バカを見るのはお前みたいな真面目な若者ヤツだ。お前だって、気付いてるんだろ?」

「し、しかし……」

 だが、彼はそれ以上反論できなかった。ザックスの言葉は、常日頃から胸の内に抱えてきた彼自身の言葉のはずである。

 ザックスの暴言に顔色をかえて非難する者、呆れる者、拍手する者――、周囲の者達の反応はさまざまである。

 議場内がしばし、混乱する。やがて、成行きを見守っていた最長老が手にした杖を床に一つ叩きつける。すぐさま周囲が静まった。

「リュウガよ、主の言いたい事は理解した。その上で再び主に命令する。この者達を連れ、《竜神湖の祠》へと赴け! 答えは如何に?」 

 それはおそらく彼への最後通告なのだろう。その事に気づいたのか、暫し、悔しそうにうつむいていたリュウガだったが、やがて、首肯してその命令に従う事を了承した。彼の返事を受け、最長老は高らかに宣言する。

「では、明朝、かの人間族の若者の資格を試すべく、禁領地への門を開くこととする。御一同! 異論あるまいな?」

 そこにいる全ての者達が、その言葉に従う事を無言で示した。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 翌朝、すっかり晴れ渡った空の下で、禁領地への門の前には人だかりが生まれていた。

 前の晩、ザックス達は《成人の儀》についての仔細を、最長老からの指示を受けた側近を通して聞かされた。本来その役割に当たるはずのリュウガは、再びどこかへ雲隠れしていた。

 野次馬と化しつつある人垣が割れ、その中をザックス達三人が粛々と歩く。やがて、禁領地へと続く巨大な木の門へと至った時、彼らは小さく驚いた。

 その場所に立つ二人の姿。一人は見覚えのある三叉槍を手にして戦装束に身を固めた案内役のリュウガだった。

 そしてさらにもう一人……。

 リュウガと同様に戦装束に身を固めたヘッポイの姿がある。一晩休んですっかり回復したらしくその顔色はいい。破損した装備も交換し、彼はスッキリとした様子でザックス達を迎えた。三人で顔を見合わせると、ザックスはヘッポイに尋ねた。

「ヘッポイ。お前、ここで何してるんだ?」

 ヘッポイは悪びれもせずに、答えた。

「知れた事。我が友が困難な試練に立ち向かうと聞くに及び、合力するのが、人としてのあるべき姿。大船に乗ったつもりでオレ様に任せるがよい」

 泥船の主が胸を張る。

「待て、待て! お前、神殿の使者じゃなかったのかよ?」

「フン、役目はとうに終えている。事後処理など他の者達で十分だ!」

 どうしても彼は付いてくるつもりらしい。唖然とするザックスの傍らでクロルがぽつりと呟いた。

「まあ、いいんじゃない? 彼の回復魔法はこの先、必要になるはずだよ」

 初めて見るジャケットを羽織り、《ミスリルグラブ》を手に、さらになにやら大仰な籠手を左手に着けたその姿で、クロルはそのまま歩き出す。

 確かに回復魔法を使える彼の力は今のザックス達にとって必要であるが、それ以上に負の要素が大きすぎる。

『ヘッポイの災禍』――かつてそう名付けられた事件で当時者となったことのない者には、その恐ろしさが分からぬのだろう。この試練をどうにか無事に乗り越えた時、クロルも又、その被害者として、トラウマを抱える事になるに違いない。

 ――ヘッポイ、お前の出番はもう終わりだろ!

 制止してどうにか思いとどまらせようとするザックスに先んじ、ヘッポイは高らかに声を上げる。

「開門せよ! これより冒険者ヘッポイとその友ザックス、そして彼の部下達が貴殿らの試練へと挑む! 皆の衆、尊敬の拍手で以て、我らを送り出すがよい!」

 彼に応えるかのように巨大な木の扉が音を立てて開き始める。周囲の人垣から歓声が沸く。昨日、《武の試練》において勝利したヘッポイは、竜人族の中でちょっとした話題になっているようだ。いつの間にかリーダーのザックスを差し置いて、仕切り役になっているその姿に、かつてのクエストでの苦い思い出が蘇る。

 アルティナがふと囁いた。

「気付いてた? 貴方、いつの間にか、あの人の『部下』から『友』になってるの?」

「あ、ああ。一応な」

 大変、迷惑な話ではあるが……。

「よかったわね、格上げになって……」

 悪戯っぽく彼女は微笑む。一つため息をついてザックスは答えた。

「もしもの時は頼むぜ。我が部下アルティナ!」

 彼女はプクリと頬を膨らませる。

「私、貴方の部下になったつもりなんて、全然ないわよ!」

「でも、アイツの中じゃ、そうみたいだぜ。苦情ならあっちに頼む」

「う……。それは卑怯だわ!」

 パーティとは一蓮托生である。当惑と困難と混沌しか見えぬ先行き不安な旅路に、ザックス達は足を踏み出した。




2013/10/30 初稿




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