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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚04章 ~遊探の旅路編~
104/157

18 ザックス、躊躇う!

 翌日の昼下がり、ギノッツに連れられたザックス達一行は郷の西側にある大きな建物の立ち並ぶ区画へと連れてこられた。

 ザックス自身、昨夜は相当な量の飲酒をしたものの、翌日の目覚めはかなりスッキリしたものであった。一樽丸ごと飲み干したギノッツとヴォーケンすらもけろりとした顔である。ドワーフ達が愛飲する蒸留酒は、翌日の仕事に差し支えぬように抜けが早いという。

「おい、師匠。今更、こんなとこに何の用だよ?」

「黙ってろ! オメエは一から鍛え直しだって言っただろ!」

 いがみ合いながら先を歩く二人は、とある大きな建物の中へと入っていく。

《愚者の保管庫》――と名付けられたその場所に、ザックス達は足を踏み入れた。

「これは……、宝の山ってやつなのかな」

 足を踏み入れたその場所を一目見て、クロルが目を輝かせる。あらゆる類いの武器や防具、そしてアイテムが収められたその場所の光景にザックスとアルティナは言葉を失った。

 無数の品が展示されるその場所には、奇抜なものばかりが並んでおり、普通の店先で売られるようなまともなものは何一つない。面白グッズ集めが趣味のサンズが見たら、泣いて喜ぶことだろう。

「一体、ここは?」

 ザックス達の疑問に答えたのはギノッツだった。

「ここは、《愚者の保管庫》っていってな……。俺達《造り手》の暴走が生み出した連綿たる『恥』の歴史さ……」

 言葉とは裏腹に、ギノッツの顔に浮かんだ感情は侮蔑よりも苦笑や呆れといったものである。

「『恥』……なの?」

 首をかしげるアルティナとクロルにギノッツは答えた。

「ここに並んでるもののほぼ全てが、作る側が己の技術を極め尽くす事のみを追求しすぎて、使う側の事を全く考えなかった結果、使い物にならねえって代物ばかりさ」

 一行は興味の引かれるままにその場所に赴いて、展示された様々な珍品の間をそれぞれに歩いて回る。

 究極の切れ味を求めた結果、鞘にすら収められず危なくて持ち歩けない剣の隣には、絶対に折れぬ事を目的にしたために持ちあげることすらできなくなった剣がある。既にそれは剣としての外観すら留めていない。さらにその隣には間合いを自在に操らんとして鞭の要素を取り入れた剣がある。その複雑な構造故に剣としての耐久力は皆無であり、鞭の特性であるスピードも完全に死んでいる。何よりもそれを取り扱って確実に怪我をするのは使い手の方であろう。術者のマナを直接刃に変換するという剣に至っては、マナの刃を形成するに相応の量を持った戦士がおらず、なにより魔法を扱える者がいるならば、わざわざ剣とする意味がない。

 武器の展示場ですら、そのような物が無数に並んでおり、さらに別の区画には同様の防具や、道具がならんでいるという。

「冒険者の力をもってすれば使えそうなものもありそうだけど……」

「過去、同じように考えて大怪我した奴や死にかけた奴が沢山いるが、オメエも挑戦してみるか?」

「いや……、やめとこう」

 この場合、己だけは特別という発想は極めて危険である。他人の身に起きた事を軽んじる者は、いずれ己の身で味わうことになるのが世の常である。

 それを裏付けるかのように、鎧の展示場に置いてある、《絶対防御の鎧》の前の床には、不気味な人型のへこみがある。かつて補助魔法で身体強化を施してそれを身につけようと試みた冒険者が、余りの重さに転んで身動きが取れなくなり、郷をあげての救出活動で大騒ぎになったという。

「どれもその道を極めたといわれる奴らが、最高の技術を駆使し最高のものを目指して生み出した究極の欠陥道具の山々だ。《造り手》としての技があっても心がない、あるいは心があり過ぎて己の技をつぶしてしまう――一つの事を追求し過ぎたあまり、周囲とのバランスが取れなくなって、道具自身がその身を滅ぼしちまったってことだな」

 ザックスには、ギノッツがヴォーケンに伝えたいことが何となく理解できたよう気がした。それは人生にも当てはまることであり、おそらくそれはギノッツ自身への強い戒めなのであろう。

 ふん、大きなお世話だ、と呟きながらもヴォーケンは神妙な顔をしている。

「けれどもな……」

 ギノッツは続ける。

「使う側を意識しすぎて造られた道具ってのも問題だ。便利すぎる道具ってのは、それを手にした人間のスケールを小さくしたり、横着にさせちまう。便利さゆえに道具自身が、使う側を甘やかし、その身を滅ぼしちまうんだな。適度な不便さやクセってのが、あってこそ応用力も生まれる。変化する状況にうまく合わせられる柔軟性をもってこそ優れた道具といえるんだ」

 このあたりになると、もはや、ザックスには理解不能な世界である。

 一通りその階を見回って、一同がさらに上の階へと行こうとしたとき、ふと、クロルがぽつりと呟いた。

「でもさ、自分の全てを出しきってこれを作りあげたその瞬間って、みんな幸せだったんじゃないかな?」

 ギノッツが訝しげに彼を見つめる。

「一生懸命に作り上げた結果が失敗作でもさ、それは所詮、他人の評価であって、作り上げた者にとっては精魂込めて生み出したかけがえのない一品。それが他者にどう評価されるかで、自分の持ってるものと世の中のズレが見えるようになる。《造り手》にとっては十分に有用な完成品だと思うけどな」

 ギノッツとヴォーケンが思わず顔を見合わせる。

「成程、そういう考え方もあるか。お前さん、小さいのになかなかやるのう」

 ギノッツの感心したような言葉にクロルは顔を赤らめる。

「べ、別に大したことじゃないさ。いつも失敗ばかりしてるから、そう思っただけだよ」

《造り手》達にしか分からぬ共感を今一つ理解できぬザックスとアルティナは、互いに顔を見合わせ、肩をすくめるのだった。




 様々な珍品に目を肥やした後で一同が訪れた《愚者の保管庫》の二階の展示場には、用途不明の物が数多く並んでいた。

「これも、ドワーフが造ったものなの?」

 アルティナの問いにヴォーケンは首を横にふる。

「いや、ここに並んでるのは《異界物質ダーク・マター》って呼ばれてるものでな……。オメエさん、妖精族なら聞いた事あるだろ? この世界とは違う別の世界ってやつの存在を……」

 所謂、《狭間の世界》というもののことだろうとザックスは理解する。

「ここにあるのは、その別の世界ってところで造られたものらしくてな……」

 ヴォーケンは展示されている不気味な模様の描かれた一枚の薄い板を取り上げ、床にたたきつける。派手な音が響いたものの、板は割れも曲がりもしない。

「こんな風に傷一つ、つきはしねえ……。だから加工も破壊も絶対に不可能だ。この世の物とは全く違う理で出来てるからだ……なんていうやつもいるが、確かなことなんて誰も知らねえ。分かってんのは、何一つ同じ物がねえって事くらいだな。このドワーフの郷には、人間族の商人があちこちからこんな品々を持ちこんできてな、保管庫ここに放りこんでるうちに結構な数になっちまったという訳さ」

 展示されているそれらの一つ一つを、クロルは興味津々と観察している。

「なんだか、面白そうな話ね」

「そうか? オレ達にはあまり関係の無い話のようだけど……」

 ザックスの何気ない返事に、意外な横槍が入った。

「何、言ってる。オメエだってそいつをいつも身につけてるじゃねえか!」

「へっ?」

 思いがけぬギノッツの指摘に、暫し、唖然とする。己の胸元を指さして、ギノッツは続けた。

「オメエら、冒険者がいつも身につけてるその《クナ石》。そいつはまぎれもない《異界物質ダーク・マター》なんだよ。過去、ドワーフ郷の者達があらゆる手段を駆使して破壊しようとしたが、出来なかった。同じ物があるはずのない《異界物質ダーク・マター》をどうやって手に入れてるのか知らねえが、神殿は大量に持ってやがる。オメエの腰についてる《バッグ》とやらも同じさ。そいつは《異界物質ダーク・マター》ではないが、一体、どういう技術で造られたかってのが、ちっとも分からねえ。そいつらがあるから、俺達ドワーフは絶対に神殿を信用しねえんだ。マナを込めただけでそいつの人生や価値が表示されたり、手ぇ突っ込むだけでいかなる道具の出し入れも自由にできちまうなんて、冗談にも程がある。造る側の意図や製法が全く読めない道具ってものの存在は、不気味すぎるのさ」

 己の首にかかったクナ石を外し、ザックスはマジマジと見つめる。ギノッツの指摘にこれまで当たり前のように便利に使ってきたそれらが突然、不気味なものに感じられた。

「師匠、あまり脅かすんじゃねえよ。こいつら冒険者には、どうにもしようのねえことだろ」

 ヴォーケンの合いの手に、ギノッツはフンと鼻を鳴らす。

「そうやって見たくないものを見ねぇようにするのが人間族の悪い癖だ。知らぬ間に、相手に懐柔され、いいように付け込まれてるって事に、気づこうともしねえ」

「あのなあ、クソ師匠……」

 少しばかり、呆れ気味にヴォーケンが溜息をつく。

 神殿や自由都市の外側に身を置き異なる価値観の中で暮らす者達の率直な言葉は、自由都市で当たり前に暮らす者には毒気が強い。自由都市に身をおいてまだほんの少ししかたっていないにも拘らず、いつのまにかどっぷりと神殿と自由都市の価値観に浸りつつある己に気づき、ザックスは驚きを覚えた。

暫し、己のクナ石をしげしげと見つめていたザックスだったが、やがて首元にそれをしまうとぽつりと言った。

「敵だと分かれば戦うだけさ。オレは冒険者だからな。武器を向ける相手を間違えさえしなければ、後の勝敗は時の運。なるようにしかならねえよ……」

「ほう、相手の扱う道具がいかなるものであってもか?」

「悪いな、ギノッツ爺さん。どんな戦いでも戦うのは道具じゃない。人だ。オレは道具に使われるつもりなんてさらさらないよ。たとえ、それがどんなに優れた武器でもな……」

「仮にそれが世界を覇する程の力を秘めた武器であってもか?」

「自分の身の丈に合わぬ物なんて必要ないだろう。何かの拍子にそれが急に無くなっちまったら、どうするんだよ? オレはオレの力量に見合い、信頼に値するものをヴォーケンに任せるつもりだ」

 それは幻影の街での夢の中で戦鎚の男と戦う事で得られた彼なりの回答である。暫し、ザックスの顔を睨みつけるように見つめていたギノッツだったが、ふっと柔らかな笑顔を浮かべた。

「成程。己の誇りよりも優先したいものが見つけられたという訳か。良い使い手に巡り合えたらしいな。この幸せ者が……」

 それはザックスにではなく、ヴォーケンに向けられた言葉なのだろう。

「いいだろう。この使い手に免じて、俺の残りの命、オメエに皆くれてやろう」

 老ドワーフは、不敵に笑った。

「このクソ師匠。試しやがったな……。下らねえ小細工しやがって……」

「やかましい! 世の中ってのはな、オメエのオツムの中よりずっと複雑なんだよ!」

 相変わらず口の悪い師弟の言い争いは、異端味あふれる道具達の眠る館の中で存分に響き渡るのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 その日の夕刻、ザックス達三人は《愚者の保管庫》の近くの建物で開かれた郷の評議会に呼ばれていた。

 十五人の評議員によって構成される評議会では、郷の運営についてのいくつかの議題が評決された後で、ウルガの《竜魂石》の扱いについての評議が始まった。

「では、防具職人組合の方で、一切の仕切りがされるのじゃな」

「でも、アンタのところは前回のあの一件で、ずいぶんもめてたんじゃないのかい」

「今回はオレ達は組合としては口を出さねえ、代わりに二人ばかり職人を参加させることで話がついている」

「なるほど、じゃあ、問題はないね。となると、後は造るだけだね。誰が頭を張るんだい?」

「ゴンゾックの爺さんが、一切の取りまとめをやるってことになってら!」

 ザックス達の分からぬところで次々に取り決めが行われていく。ウルガの石は、郷の誇る最高級の防具職人たちの手で、それに相応しい防具として生まれ変わる、ということがかろうじて理解できる程度である。

「大丈夫だよ。ザックスちゃん。アンタはデンと構えてりゃいいのさ!」

 彼らの傍らに座る郷の評議員の一人であるノヴェラが肩をたたく。ザックスはアルティナやクロルと顔を見合わせて肩をすくめた。

 この席にギノッツとヴォーケンはいない。すべてを評議員の肩書を持つノヴェラに任せ、《愚者の保管庫》の前で別れた彼らは、早々に鍛冶場へと籠っていた。保管庫で残した言葉通りに、残りが限られた寿命のギノッツが、只一人の愛弟子に全てを伝授せんとする師弟の挑戦は、すでに始まっていた。

 ドワーフ達が最高の技術を駆使して、ウルガの石に相応しい物を作ってくれるという名誉がどれほどのことかということは、ザックスにもぼんやりと理解できる。ただ、その事で大きな懸案が生まれつつあった。所謂、対価というものである。

 世知辛い人間族の世の中では、あらゆる事物は全て取引によって動く。一体どれほどの物を要求されるのか見当もつかない事が、ザックスを落ち着かせぬ最大の要因となった。

「いかがしたかな、フィルメイアの客人よ。なにやら落ち着かぬようだが……」

 上座の真ん中に座った評議長なる肩書を持つドワーフの老人が尋ねた。暫し、迷った後でザックスは、己の本音を語った。

「その、アンタ達の申し出にはとても感謝してるし、技術についても信用してる。ただ、それに一体どれだけの見返りを求められるのかってのが、気になって……」

 何を隠そう、《招春祭》前には、破産しかけた貧乏所帯である。

 最高の物にはそれに見合う最高の値段が……。世に例外は多々あれど、それでも人間族の価値観の基本である。

 ザックスの言葉に評議員達が互いに顔を見合わせ、座が暫し沈黙に包まれる。何かまずい事を言ってしまっただろうか、と冷や汗を流すザックスだったが、予想に反して、彼らは大声で笑い始めた。

「な、成程。たしかに、人間族らしい心配ではあるな……」

「うむ、まあ、しょうがないではないか」

「このような大きな仕事、滅多にないからのう……」

 そんなに珍しい仕事だから、とんでもない事になりそうで震えているのである。ようやく笑いを収めると、評議長が静かに口を開いた。

「フィルメイアの客人、たしかザックス殿であったな」

「あ、ああ」

「郷の全ての《造り手》達を代表して、まずは貴殿に感謝を申しあげる。激しき魂の輝き溢れる《竜魂石》にふさわしき名誉ある仕事を我らに与えてくれたこと、実に誇りに思う」

 周囲の評議員と共に一斉に頭を下げる。ザックス達も慌てて頭を下げた。顔を上げた評議長は再び語り始める。

「この度の仕事、貴殿の心配するところの対価なるもの、所謂、人間族がいうところのカネやそれに類するものについて、ワシらは一銭も受け取るつもりはない」

「そ、そうなのか……」

 驚いて仲間達と顔を見合わせる。

「うむ、これは我らにとって値段のつけられぬ仕事であり、もしも受け取るべき対価というものがあるならば、この仕事に携わることのできる誇りが、それに当たる」

 その考え方がいまいち理解できず、ザックスは首をかしげる。評議長は続けた。

「我らは《造り手》。人を知らずとも道具のことはよく知っておる。そのものが手にしている道具を如何に扱い、何をするか? その一点において人を知ることができる。そして……」

 表情柔らかく彼は語り続ける。

「確かに今のワシらは貴殿のことを何も知らん。だが、ギノッツという男の事はよく知っておる。そしてその弟子ヴォーケンについてもな。故に彼らが使い手として認めた貴殿に、この値のつけられぬ名誉ある仕事によって生まれる、新たな道具の所有者としての資格が十分にあると考えておるのだ」

 周囲をきょろきょろと窺う。評議員の誰もが云々と頷く。

「困難な運命を義務づけられ、それに抗い、乗り越えようとする者には、助くるに足る優れた道具は必要不可欠。優れた道具も又、そのような者の為に生まれてくるのが宿命である。たとえ種族は違えど、我らは必要とされる道具を介して、その人となりを見、世の動きを知る。貴殿に与えられた困難な運命を乗り越えんが為の道具を生み出す事は、我ら《造り手》にとっての本懐なのだ」

 初めて会ったドワーフ達にまでその困難極まりない運命を約束されてしまい、内心複雑なザックスだったが、彼らの言わんとする事は何となく理解できだ。無言で一つ首肯する。

「だが、ここで一つ、今のワシらには大きな問題がある」

 あっ、やっぱりか、とクロルが小さく呟いた。何事もすんなりといかぬのが、やはり彼らのパーティの宿命である。

「厄介そうな話になることは覚悟してるよ……」

「そうか、客人よ。そういっていただけると我らも助かる」

 ちょっとした修辞のつもりだったのだが、大いなる厄介事の引き受けが決定した。二人の仲間が眉を潜め、ザックスは半分涙ぐむ。言葉というのは恐ろしい。

「実のところこの新たな道具を生み出すにあたって必要な材料が今、この里にはないのだ」

「材料? 一体、何が必要なんだい?」

 首をかしげる。ドワーフの郷なら、魔法三金などいつでも手に入るというのがヴォーケンの話であったが、それでは足りぬのだろうか? 

「イロカネ……正確には《緋緋色金ヒヒイロカネ》といわれる魔法三金をはるかに凌駕する素材が必要なのだ」

 耳なれぬ名に三人は顔を見合わせる。博識なクロルでも知らないようだ。耳なれぬ素材の名に興味を引かれたらしくクロルが口を開く。

「あの……、初めて聞く名前なんですけど、一体それは?」

 その問いに老齢の評議員の一人が答えた。

「《緋緋色金ヒヒイロカネ》というのはな……。竜人族の里でしか手に入らぬ貴重な素材での……、お前さん達が持ってきた《竜戦士》の魂の力を完全に受け止めるきるだけの素材は、この世にそれしかないんじゃ。彼らはその武具を作る為に必要なだけの量の《緋緋色金ヒヒイロカネ》しかこちらに渡さん。その扱いには本当に神経質なほどでの……。故に彼らからの依頼があった時にのみ、彼らはこの郷に持ち込み、余ったものは残さず回収していくのが習わしとなっておる。そうやって我らは長い間、彼らと付き合ってきたのじゃ」

「ああ、そういう事か……」

 クロルが小さくため息をつく。事情が分からずザックスが彼に尋ねた。

「おい、クロル、一体、どうなってるんだ?」

 小さいながらも様々な事を知っているクロルの存在は、近頃ザックスのパーティに必要不可欠な存在となって定着しつつある。

「竜人族ってのは、とても偏屈な種族らしくてね……」

 その評価に評議員達が苦笑する。彼らではとても言えぬ本音を、あっさりと言ってしまったようだ。

「力の論理を基準にして物事を判断するから、ボク達ホビットなんて眼中にないのさ。彼らが対等に扱うのはエルフの七氏族の長とその一族のみ。それ以外とは『対等』な交渉なんてしないんだよ」

「つまり拳で語りあうのが大好きな、脳筋連中ってことなのか……」

「まあね、意外とフィルメイアのキミとは話が合うかもしれないね。ただ、人間族でなければ、だけどね」

 二人のやり取りに座が大爆笑する。

「問題は他にもあっての……」

 一同が笑いを収めたところで、他の評議員が口を開いた。

「こちらから彼らとの連絡手段がないので、直接彼らの元にまで赴かねばならんのだ。ここから《ロクセ》へ赴いてさらに《大砂漠》の北の街へ、さらにそこから三カ月程度かの。往復でも一年はかからんじゃろうが……」

「なあ、事実上、不可能なんじゃないのかよ、それって……」

 ザックスの言葉に一同が黙りこむ。長い旅路の果てに脳筋達をどうにか説得して再び戻ってくる……。残念ながら、ザックス達にそれほど時間の余裕はない。ウルガの石をこの里に預けて、数年後に出来た道具を送ってもらう頃には、どこかのダンジョンで死んでいたという可能性だってありえないことではない。それが冒険者というものである。

「あ、あのさ……、竜人族の側からはどうやってこちらに接触するんですか……」

 クロルの問いに一人の評議員が答えた。

「《跳躍門》を使うんじゃよ。お前達もよく知っておるじゃろう。自由都市流に言えば《転移の扉》かの?」

「なんだ、じゃあ、簡単じゃないか……」

 ザックスは胸をなでおろす。如何に距離があってもそれは困難なことではない。時間についてはあっさりと解決する問題である。

「それがそうでもないんじゃ。《跳躍門》を開く事ができるのはあちらの側からのみ。対等な関係とみなされぬ者では扉は開けぬのだ。残念じゃが、ワシらドワーフにはそのような権利はない。まあ、長年、必要ともしなかったからの」

「どういう事だ?」

「ワシらは《造り手》。物作りさえできればよいからの。依頼はあちらこちらから勝手にやってくる。我らの側から出向く必要などない。イロカネの武具もあちらからの依頼があれば、数年おきに郷をあげて作るといった程度じゃからな……。この度の事は本当に稀なことなんじゃ」

 そこで一同は黙りこんだ。材料さえあれば郷は動く。しかし、肝心のそれがないという事では全て水の泡という訳である。

「どうやら、諦めるしかないようだな……」

「ザックス、そんな……」

 クロルの顔に落胆が生まれる。

「仕方ないだろ。今のオレ達には、竜人族の奴らのところまで行って帰ってくる時間はない。石を預けて運任せにするか。別の素材で妥協するか……。もともとそのつもりでもあったしな……。ウルガの為にもそれに見合った最高の物があるに越したことはないが、無いなら無いなりにやりくりするのが冒険者ってやつだろ?」

「それは、そうだけど……。こんな機会めったにないんだよ。キミにとってもボク達にとっても、これはとても大きな問題なんだ。安易に妥協するのはボクとしては……」

 冒険者としてのザックスの妥協は、《造り手》としてのクロルの目から見て忍び難いものがあるようだ。

「お前のいいたいことは分からなくもないよ。でもな、オレ達も冒険者。霞を食って生きてる訳じゃない。夢とロマンの前に立ちふさがる現実ってやつと向き合わなきゃいけないだろ……」

「それは、そうだけど……」

 クロルが口ごもる。彼もザックスの言いたい事はわかるのだろう。暫しの沈黙が周囲に流れた。

「あ、あの……。待って下さい!」

 口を開いたのは、それまで沈黙を保ち続けていたアルティナだった。

「《跳躍門》をこちらから開くには、何か特殊な条件があるのではないのですか……」

 彼女の問いに評議員達は暫し顔を見合わせていたものの、すぐに傍らにいたノヴェラが彼女に答えた。

「まあ、確かにね。だが、それは不可能というものだよ。エルフのお嬢さん。こちらから扉を開ける事ができるのは竜人族が唯一『対等』と考えるエルフの氏族に連なる者のみ……。たとえ、生粋のエルフであっても無理なのさ。アンタもエルフならそのあたりの事はわかるだろう」

「やはり、そうでしたか……」

 暫し、沈黙し、そのまま何かを考え込む様子を見せる。なんとなくその姿に悪い予感を覚えたザックスが、彼女を引き止めた。

「アルティナ、もういいさ。諦めよう」

「でも、ウルガの石の力は、これからも《魔将アイツ》とやりあう為に、貴方には必要なんでしょう?」

 クロルと同じく、アルティナも又、食い下がる。

「そりゃ、そうだけど……」

「だったら……」

 しばし躊躇ったあとで、顔をあげてザックスの瞳を覗き込む。

「ここは私に任せて……。知ってるでしょう、貴方は……。私の事を……」

「お前、まさか……」

「ザックス、私もクロルと同意見。ここで妥協すべきではないわ。あの日、アイツと一人でやり合う姿を傍観者という立場でしか見られなかった私達だからこそ、それが分かるの。ここで諦めちゃ、絶対に駄目。出来る事は全てやりきるのが私達のパーティでしょ」

「でも、お前、それじゃ……」

 彼女はすすんで自分の事については明かさない。触れるべきではない事を知っているからこそ、ザックスも又、いかなることがあっても彼女の事には触れないようにしている。それは冒険者として互いに上手くやっていくための、これまでの二人の間の暗黙の了解のようなものだった。

 今、彼女がその禁を自分から破ろうとしている事に気付き、ザックスの中に躊躇いが生まれた。

 ザックスの迷うような視線に、しばし、無言のままの彼女だったが、すぐに何かを決意したらしく、評議員達に向き直る。

 瞬間、彼女が身にまとう空気が変わる。

 いつものおてんばな冒険者ではなく、凛とした気迫に満ち溢れた一瞬でのその変貌に、ドワーフ達だけでなく、彼女をよく知るザックスとクロルまでもが息をのんだ。

「改めて皆様に名乗らせていただきます。私の本名はフォウハスの娘アルティナ。フォウハス氏族の先代の長、フォウハスの娘ルティルの愛娘であります。ドワーフ評議会の皆様、身分を隠していた非礼をお詫びします。訳あって、今は身分を隠して冒険者をしております故、どうかご容赦を……」

 楚々とした態度でアルティナは、そっと礼をする。

「な、なんと……」

 突然の彼女の告白に評議員の誰もが言葉を失った。アルティナは真摯な表情で彼らに問うた。

「まことに身勝手を承知の上で、あえて皆様にお尋ね申し上げます。この私の名前……、皆さまと、我が盟友であるこの冒険者ザックスの未来の為にお役に立たないでしょうか?」

 周囲の評議員達を一人一人見つめる。

 しばし、唖然としたままで彼等はアルティナを見つめる。誇り高く気高い妖精族であるエルフ、それも未来の長の一人たらんものが突然名乗りをあげたのだから、戸惑うなという方が無理である。

 だが、状況は予想外の展開を迎えた。

 暫し、誰もが呆然としていたものの、やがて議場内にどっと歓声が上がる。評議員達が一斉に立ち上がりアルティナのもとへ駆け寄った。

「ルティルちゃんの娘だって……」

「ホントかよ。おお、言われてみれば、確かに面影がある……」

「目鼻立ちがよく似てるのう……」

「アタシも耄碌したね。なんだってすぐに気づかなかったんだろ……。こんなに側にいたのに……」

「じゃあ、あの時ルティルちゃんが連れてた赤ん坊が、アンタなんだね。まあまあ、本当に大きくなって」

 もはや、収拾つかぬ状況の中心に立たされたアルティナは、呆然としてザックスを振り返る。彼女の視線を受けて、彼は肩をすくめた。兎にも角にも、彼女の存在は彼らに好意的に受け止められているようだ。混乱渦巻く議場の中で、ザックスがクロルにそっと尋ねた。

「な、なあ、皆、アルティナが名乗っただけで、なんで、信じちゃうんだよ? ウソついてるかもしれない、とか考えないのか?」

「分かってないね、キミ。自分のルーツを重んじる妖精族。とりわけエルフのしかも氏族の名前なんか、騙ったらそれだけで重罪なんだよ。純粋種の彼女がそんな真似する訳ないってこと、彼らは分かってるのさ……。それにさっきの迫力、見ただろ? 彼女はまごう事なき『エルフの姫君』なのさ」

「そ、そうなのか?」

 ドワーフ達にもみくちゃにされつつあるアルティナの姿を眺めながら、クロルは続けた。

「まあ、なんにせよ、これで問題は一つ解決したね。後はキミ次第ってところか……」

「へっ?」

 訳の分からぬクロルの指摘にザックスが当惑する。その姿を見ながら溜息をつく。

「やっぱり分かってないね、キミ。このまま、上手く事が運ぶなんてホントに思ってるの? 偏狭な竜人族と人間族との間の戦争の火種にならないように、ボクは祈ってるよ」

 クロルがとんとんとザックスの肩を叩く。どこまでも他人事のようなクロルの口ぶりに、ザックスは自分達の先行きに大いに不安を覚えるのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 三日後の昼下がり、ザックスの姿は、郷の入口近くの市場にあった。

 本名と身分を明かしたアルティナはその日から評議会の者達に代わる代わる拉致され、思い出話に付き合わされていた。

 彼女の母親は、気位の高いエルフにしては型破りだったらしく、存命の当時は、何かとドワーフ達との親交も厚く、郷の様々な問題についても便宜をはかっていたという。

 クロルは、郷の評議員であるノヴェラの紹介で、とあるドワーフの工房へと赴き、何やら怪しげな道具の作成にいそしんでいた。

 ギノッツとヴォーケンは鍛冶場にこもりっきりになり、ほとんど出てこない。ノヴェラの弟子達の差し入れる食事で、二人とも生きている事は分かるが、時折聞こえる猛獣のようなうなり声や喧嘩腰の罵声が、周囲の人々を一切、寄せ付けなかった。

 子供に悪影響を及ぼしかねぬので辞めさせてくれという苦情が、評議会に訴えられるのは時間の問題だろう。


 他にする事もなく退屈を持て余していたザックスは暇つぶしに《ドワーフの郷》を探索しようとしたものの、《造り手》ではない彼に工房の様子などさして珍しくもなく、結局、無難に市場へと足を運んでいた。

 それにしてもこの市場、有用な実用品が所せましと並ぶ一方で、《愚者の保管庫》に直行しかねぬ奇抜な品々も多数並んでいる。

 特にお土産売り場には、マナの力を動力に利用した肩もみ機など、使い手を選ぶ品々や、明らかに民芸品のレベルを逸脱した機能付きの商品がならび、ドワーフ達の異常な職人魂とそのこだわりにあきれ果てる。それらを手にとって「変態だな」と何気なく呟きかけたザックスに、周囲から強烈な《造り手》達の殺気が浴びせられ心底、閉口する。

 とにもかくにもイリアを始めとした知り合いの顔を思い浮かべながら、お土産なるものを選んでいたザックスは、市場の福引抽選券なるものを手に入れ、抽選会場へと赴いていた。

 悪運度MAXの影響か、この手のことにはとんと運が回ってこないザックスである。かつて最高の幸運度を引っ提げて、ガルガンディア通りを荒らしまわった頼みのアルティナがいない以上、諦め半分で抽選機を回したのだが、その日は珍しい事に、良い結果となった。

「おめでとうございまーす」

 頭の上でカランコロンとカネが鳴り、大量の紙吹雪が落ちてくる。このあたりの凝った演出もドワーフならではというところだろうか? 見知らぬ人々に拍手されて気恥ずかしさで逃げ出したい気分のザックスに手渡されたのは、一等の景品の釣り竿だった。

「いやー、お兄さん、あんた運がいいね……」

「はい?」

 思わぬ褒め言葉に首をかしげるザックスに、景品を手渡しながら、係員が続けた。

「この釣り竿、《真剣勝負リアルバウト竿ロッド》といってね、《造り手》が大層偏屈な人で年に数本しか作らないから、《大砂漠》の向こうにはほとんど出回らないんだよ。お兄さん、東側の人でしょ。きっとあっちの釣り好き達には羨ましがられるに違いないよ……」

 折角の一等の景品だというのに何の変哲もない竿にがっかり気味のザックスに、係員が力説する。

「お兄さんも釣り好きなら分かるでしょ?」

 人違いである。だが、もはや、聞く耳はないらしい。

「かかった魚との手に汗握る勝負の末に、後少しっていうところで逃げられるあの絶望感。この竿はね、かかったら最後、どちらかが勝負を放棄するまで逃げられない。魚の側の放棄はないから、人間側があきらめて糸を切らぬ限り、えんえんと勝負を続けることのできる夢のような品。そう、これぞ当に真剣勝負リアルバウトなのさ!」

 製作者の精神を疑いかねぬ、やはり無駄な性能付きの品ということらしい。優れた道具はそれを必要とする者の為に生まれてくるのが宿命という、ドワーフ達の言葉に従うなら、これは協会長の老人にでも渡してやるのが無難であろう。

「どうせなら、なんでも釣れるとか、必ず釣れるとかそういう能力のほうがいいじゃないの?」

 ザックスの何気ない問いに、ちっちっちっ、と係員が指を振る。どうやらこの係員、無類の釣り好きのようだ。

「お兄さん、分かってないね。釣りってのはね、糸をたらす前から始まってるんだ。その日の天候や釣り場の状況から獲物の状態を予想し、最適な仕掛けで挑む。魚たちの心理を読み説く事も釣りのエッセンスなんだよ。近頃は《約束された勝利ジェノサイド竿ロッド》なんて、糸さえたらせば、魚達を吸い寄せるなんて魔法の品も出回ってるみたいだけど、あんなのは素人が喜ぶだけの紛い物さ。雑魚まで根こそぎ釣り尽くして、良場がどんどんなくなってるって嘆く釣り人も多いからね」

「そ、そうですか……」

 好事家の世界の話は、興味のない者には辛いもの。適度に相槌を打ってその場を逃げ出す事にする。

「兄さん、頑張りなよ! 『目指せ、大陸一の釣り師』だね!」

 あまりにも恥ずかしい声援を背に受け、ザックスは早足でその場を離れるのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「あれ? ザックスじゃない。こんなところで何してるの?」

 市場からの帰り道にふと声をかけられ、振りむいた彼の前に立っていたのはアルティナだった。評議員達に拉致られ、暫し顔を見ていなかった彼女だったが、相変わらず元気なようである。

「お前こそ、何やってるんだ、こんな所で」

 意味不明な機能付きの釣り竿を担いだままのザックスの問いに、彼女は少しばかり困ったような表情を浮かべた。

「ほら、ここには母様の知り合いって人も多いからね……」

「ああ、そういうことか」

 それ以上、この話題は触れぬ方がよいだろうと判断する。ザックスに必要なのは冒険者のアルティナであって、アルティナも又、それを望んでいるはずである。互いにそれを察し合い、話題を逸らすかのように彼女はザックスに尋ねた。

「それ、どうしたの? 貴方にそんな趣味ってあったっけ?」

 彼女は、ザックスの担いだ釣り竿を面白そうに眺めている。

「ん、まあ土産を少しな……」

 手にした釣り竿を担いで、肩をすくめる。釣りのセンスがないザックスがこれを手に『大陸一の釣り師』を目指すよりは、使いこなせる者に与えるのが幸せというものだろう。

「そう、じゃあ、私もミン達に何か買って帰ろうかな?」

「ああ、色んな品があるからな、いろいろと目移りするかもな」

 彼女の同行人が現れた事を機に、二人は別々の方角へと歩き出す。

 この時、パーティを危機に陥れかねぬ恐るべきその暴挙を事前に察知し、未然に防ぐべきだった、と後になって激しく後悔することになろうことを、その時のサックスは夢にも思わなかった。




2013/10/25 初稿




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