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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚04章 ~遊探の旅路編~
103/157

17 師弟、相打つ!

《ドワーフの郷》――。

 己を《造り手》であると自覚するものならば誰もが憧れ、一度は訪れてみたいというその場所は、白羊山脈西側のふもとにある。ほとんど素通りといえるほどに単純な入郷審査を終えた一行は、精緻をきわめた装飾の施された巨大な石門をくぐって広場に出た。その場所で、彼らは目を丸くする。

 広場に店を出し、行き交っているのはほとんど人間の商人であり、その光景は建物の形状以外、《ロクセ》のそれと遜色ない。

「な、なあヴォーケン、ここってホントに《ドワーフの郷》なのかよ?」

 仲間達も少し心配そうな表情を浮かべている。ヴォーケンが笑いながら答えた。

「ああ、間違いなくそうさ。ここは品物のやり取りをする市場だからな、奥にいけばいくらでもドワーフ達の工房が軒を連ねているぜ。技術の流出や品物の密輸なんかの問題もあって、立ち入りにはそれなりの人脈が必要になるがな。なんと言ってもドワーフってのは製作バカが多いからな。世間知らずのドワーフ職人が、人間族の商人の口車に乗せられて身を滅ぼさぬようにする為の自衛手段でもあるのさ」

 三人は成程と納得する。

 クロルとヴォーケンは様々な店の軒先を覗いては、《ペネロペイヤ》ではなかなかお目にかかれぬ品々の珍しさを語り合う。

 ザックスもアルティナと共にあちらこちらを歩いては、商人たちとのやり取りを楽しんでいた。


 ふと、数人のドワーフの集団がザックス達とすれ違う。一人の老婆が足を止めて振り返った。

「おや? アンタ、もしかして……、ヴォーケンちゃんじゃないのかい?」

 声をかけられたヴォーケンの方も、一瞬、キョトンとした顔で相手の顔を見る。その表情にすぐに驚きの色が現れた。

「ノヴェラ婆ァじゃねえか。なんだ、まだ、生きてたのかよ?」

「あったりまえだろ! あたしゃ、あと百年くらいは現役さ。相変わらず口の悪い子だねえ。ようやく帰ってきたのかい?」

「ま、まあな……」

「そっちはアンタの連れかい? エルフにホビット、それにアンタはフィルメイアだね……。珍しい……」

 再会を喜び合う二人に周囲の注目が集まる。己の連れを紹介した後で、ヴォーケンは尋ねた。

「な、なあ、ノヴェラ婆ァ。そ、そのさ、師匠は……」

 らしくなく口ごもるヴォーケンに、ノヴェラはあっけらかんと答えた。

「相変わらずさ。あの頑固者ときたら……毎日『鉄』しか見てないよ。変わったことといったら、そうだね……、そろそろお迎えがきそうなことくらいかね……」

 ヴォーケンの表情に一瞬陰りが生まれる。

「安心おし、あの頃とアイツはなんにも変っちゃいない。とりあえず、顔出してみることさ」

「あ、ああ」

 いつも快活なヴォーケンが、今は少しばかり小さく見える。一体彼の師匠とはどういう人柄なのか。三人は顔を見合わせた。

「ほらほら、何してるんだい? アンタ達も来るんだよ」

 ノヴェラに連れられ、一行はドワーフ達の工房が立ち並ぶ区画へと足を進めた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ヴォーケンの師匠、ギノッツは、郷の中心広場のすぐ近くに工房を構えている。すぐ隣に工房を持つ縁で、昔からヴォーケンは師匠共々、何かとノヴェラの世話になっていたようだ。

 ヴォーケンの店に負けず劣らずのオンボロな外観のその工房は、周囲の景観を明らかに壊している。郷の美観にこだわりを見せる建築職人達に毎年建て替えを勧められているのだが、頑固な工房主は首を決して縦に振らないらしい。

『やかましい、俺が気にいってるんだ! 文句あるか!』

 怒声と共に数本の剣が同時に投げ付けられ、建築職人たちが転がり逃げていく様は年に一度の風物詩となっているという。

 ヴォーケンの店の外観がオンボロなままなのは、おそらくその師匠の影響だろう。


 懐かしいその場所に近づくごとに、言葉少なになっていくヴォーケンの心情は複雑なものであろう。

 緩やかな石段の先にある、かつて飛び出した師の工房の入口で暫し立ち尽くすヴォーケンの姿を、妙に深い砂地で覆われた中央広場に立ったザックス達は、西に傾いた日差しを浴びながら、ノヴェラと共に見守っていた。

 少しばかり、とうの立った家出息子帰還の図である。

 かなりの間、躊躇した後で、ようやく踏ん切りをつけると、ヴォーケンはいつもの調子で入口に広がる布に手をかけた。

「おい、クソ師匠、いるのかよ……」

 布を翻して、中に足を踏み入れようとしたその瞬間、黒い物体が勢いよく飛び出してヴォーケンの身体に衝突した。

 不意の一撃を受け、緩やかな石段をヴォーケンの身体がゴロゴロと転がる。だが、何事もなかったかのようにむくりと起き上がり、ヴォーケンは叫んだ。

「テメエ、いきなり、何しやがる!」

「ほう、誰かと思えば、バカ弟子じゃねえか。久しぶりだな! 図体ばかりでかくなりやがって、ずいぶんと鈍っちまってるみてえだが……」

 見事な両足飛び蹴りで飛び出してきたのは、工房主の老ドワーフであり、ヴォーケンの師匠、ギノッツ本人らしい。

「俺が鈍っちまっただと? どこに目ぇつけてやがる! 上等だ! テメエ、今ここで息の根、止めてやる!」

「舐めるな、ハナタレ小僧が! こちとら、オメエ程度にどうにかされるほど、ヤワな鍛え方しちゃ、いねえんだよ!」

 言葉と同時に師弟の身体が激突する。まるで闘牛同士がぶつかるようなゴツンと言う鈍い音が周囲に響き渡った。

 当初の目的はどこへやら……。突然、始まった師弟による仁義なき真剣勝負リアルバウトに一同は絶句する。

「やれやれ、どうやら無事に始まったね。それじゃあ、アンタ達はこっちにおいで……」

 肉体同士がぶつかるにしては尋常でない音を響かせて激突する二人の姿に、動揺する事もなく、ノヴェラはザックス達三人を手招きする。

「ノヴェラさん、あれ、放っておいていいんですか?」

 顔が引きつり気味のアルティナに、ノヴェラは平然と答えた。

「大丈夫だよ、放っときな、いつものことさ。そのうち、二人で転がり落ちてくるから、巻き込まれて怪我しないようにするんだよ」

 それは経験から出た言葉なのかもしれない。ザックス達を誘い、己の工房前に置かれたテーブルに座らせると、ノヴェラは工房からティーセットを持ち出し、茶を入れ始めた。

「よう、ノヴェラ婆さん、一体、何の騒ぎだい?」

 周囲に響き渡る不気味なうなり声と騒音に驚き、顔を出した隣の工房主が、客人をもてなしているノヴェラに尋ねる。

「大したことじゃないよ。ギノッツのところのヴォーケンちゃんが帰って来たんで、あいつが手ずから歓迎してるのさ……」

「なにぃ! ……ってことは、久々におっぱじめたのか。もう何年ぶりだ? こうしちゃ、いられねえ……」

 騒ぎは次々に広がり、周囲の建物から続々とドワーフ達が現れ、手に手に酒瓶や酒の肴を持ち寄って、広場に集まり始めた。ザックス達の座っているテーブルにも次々に酒の肴が乗せられ、徐々に増えつつある観客達は、激しくどつき合う二人の姿に歓声を上げている。

 ノヴェラの言った通りに組んず解れず階段を仲よく転がり落ちた二人は、深い砂地の中央広場でさらなる取っ組み合いを始めていた。立ったまま互いに背後を取り合ったかと思えば、寝技に持ち込み関節を狙う。激しく体勢を入れ替えながらの技巧をこらしたそのファイトに、周囲からはやんやの喝さいが起きている。

 ノヴェラの話によると中央広場が砂地になったのは、この師弟が原因らしい。かつて色鮮やかな美しいレンガ仕立てだったその景観を台無しにする行為に、当時の建築職人たちが猛然と反対したものの、度重なる莫大な修理費用に頭を痛めた郷の評議会での決定は、覆る事はなかったという。


 ――背の低いギノッツがヴォーケンの急所を狙って頭突きを入れる。それを馬跳びでかわしたヴォーケンの巨体が、すぐさま両足飛び蹴りで宙を舞った。


「ギノッツの奴は、武器職人、とりわけ剣を打たせたらこの郷でも右に出る者はいなんだがね。一切妥協しない性格なんで、弟子が育たなくて……。我慢強さに定評のあるドワーフでもみんな逃げ出しちまうのさ。ヴォーケンちゃんは、そんなギノッツが生涯にただ一人認めた愛弟子なのさ」

 懐かしそうに過去を振り返りながらノヴェラは語る。

「初めて、ヴォーケンちゃんが《星付き》を打った時は、あのギノッツもうちに来て密かに喜んでね。アタシも驚いたもんさ。ギノッツでもあんな顔をするんだってね。もっともその直後にヴォーケンちゃんをボコッちまったけど。あの時の喧嘩の理由はなんだったかねえ……」


 ――長身巨躯のリーチを活かし、打撃で圧倒するヴォーケンに対して、ギノッツはしっかりと防御の姿勢を取る。動きの鈍い左手を庇いつつ、的確に打撃ポイントをずらし、ヴォーケンの隙を見つけて再び組みついた。


 戦い続ける二人の姿に歓声が沸く。ふと、クロルが厳しい視線を送っている事に気づいた。

「どうしたんだよ?」

「気付かないのかい。ギノッツさんの左手……」

 クロルの指摘はギノッツの動きの鈍い左手の事をさしているのだろう。だが、その意味にザックスは気付かなかった。

「クロル、あれって、もしかして……」

 アルティナの顔に、小さな動揺が浮かぶ。ノヴェラが静かに語った。

「半年くらい前からかねえ。アイツの左手が石になり始めてね……。俺もとうとう年貢の納め時か、なんて笑ってたけど……。どうしてもやり残したことがあるともいってね。ヴォーケンちゃん、本当にいい時に帰って来てくれたよ。やっぱりあの師弟は心がつながってるんだねえ……」

 エルフは木に、ドワーフは石に、ホビットは土に――寿命を迎えた妖精族の結末の話を、ザックスはようやく思い出した。


 ――膝関節を狙うギノッツを強引にひきはがし、立ち上がるや否や上手く背後をとったヴォーケンは、その首を絞め上げようとする。ヴォーケンに重心を一瞬預け、そのまま前転したギノッツはヴォーケンを巻き込んで砂地を転がった。


「ヴォーケンちゃんが出てった時は、さすがのギノッツも落ち込んでね。鍛冶槌を一月以上握らずに酒ばかり飲んでたものさ。さすがのアイツもあの時は相当堪えたみたいだね。まあ、自業自得なんだけど……」

 その頃、たしか弟子の方は《大砂漠》を歩いて横断しようとして、遭難しかけていたはずである。

「どっちもどっちだな……」

 ぽつりとザックスは呟いた。

「あれからずっと、ギノッツは待ってたのさ。次の弟子も取らずにね……。いつかヴォーケンちゃんが戻ってきて、譲り損ねた最後の技を伝える時がくる事を信じてね」


 ――再び背後の取り合いとなった二人だったが、ヴォーケンが先手を取り、ギノッツを抱え上げようとする。短い脚を上手く絡めてそれを防ぐと、ギノッツは背後に頭突きを加えて、ヴォーケンがひるんだ一瞬のすきをついて逆に背後をとった。動かぬ左手を巧みに使って、ヴォーケンを抱え上げ、身体を反らして背後へと放り投げる。ヴォーケンの巨体が弧を描き宙を舞う。

『おおっ、あれは、投げっぱなしの大技……』

 観衆達の歓喜の中、ヴォーケンの身体が砂地に叩きつけられ、音を立てて倒れてついに動かなくなる。

 勝利を確信したギノッツが片手を高々と挙げ、やんやの喝さいを浴びた。その直後、そのギノッツも又、音を立てて地に倒れた。仲良く伸びた師弟の姿に、苦笑と歓声が同時に沸き起こる。


 やれやれ、ようやく終わったね、と呟いてノヴェラは腰を上げる。

「誰か、悪いけど、治療師を呼んできておくれ。バカが二人伸びてるから、大至急ね。アタシの名前を使ってくれて構わないよ」

 一人の若者が立ち上がり、慌てて走りだす。アンタが転んでけがするんじゃないよ、というノヴェラの忠告に周囲が笑った。

 そのまま広場へと向かうノヴェラに連れられ、倒れたままの二人のそばにザックス達は赴いた。

「気は済んだかい、ギノッツ?」

 淡々と尋ねるノヴェラに、仰向けに倒れたギノッツは荒い呼吸のまま、得意気に言った。

「おうよ。見たか! 俺は、まだまだあんなハナタレに負けたりなんかしねえぞ!」

 少し離れた場所で伸びたままのヴォーケンを、慌ててやってきた複数の治療師達が取り囲んでいる。取り囲む彼らの顔が、若干青ざめ、引きつっているのは気のせいであろう。

「相変わらず……、バカだねえ……」

 しみじみとノヴェラが呟く。久方ぶりの師弟対決という前座が終わった中央広場では、たくさんのドワーフ達による本格的な酒盛りが始まろうとしていた。

「ギノッツ爺さん、アンタ、何、考えてるんですか! 自分の身体の状態も顧みず、久方ぶりに帰還した弟子まであんな目に遭わせるなんて! ノヴェラさんも止めて下さいよ! この人、アンタの言葉以外、聞きはしないんですから!」

 ヴォーケンの治療をどうにか終えたドワーフの治療師が目を吊り上げて、転がったままのギノッツに説教する。半ギレ気味のその言葉で、ザックス達はこの郷にまだ常識というものが確かに存在しているという安堵を覚えた。

 どうにか治療を終えぶつぶつと文句を言いながら去っていく治療師達を見送ると、少しばかりふらつき気味のヴォーケンが近づいて、転がったままのギノッツの側に立つ。むくりと起き上がり、立ち上がったギノッツはヴォーケンと向かい合う。

 しばし、睨み合っていた師弟だったが、やがて師が口を開いた。

「……で、オメエ、何しに帰ってきた?」

「テメエから教わりそこなった技が必要になった」

「そうか……」

 しばし、ギノッツは黙りこむ。日焼けした顔に刻まれた深い皺と白く染まりきった濃いひげによって、その表情は読み取れない。再び口を開く。

「だったら……、オメエの『鉄』を見せてみな!」

 その言葉に一つ大きく深呼吸したヴォーケンは、傍らに立っていたザックスに請うた。

「ザックス、悪いが、例のモノを頼む」

「あ、ああ」

バッグ》に手を伸ばし、彼から預かっていた物を取り出す。それは出発までの数日の間で打ち上げた一振りの《鋼鉄の剣》だった。材質そのものは平凡であるが、滑らかな反りのある片刃の剣は《ミスリルセイバー》の形状に近い。だが、どちらかといえば、かつて《剣の魔将》が持っていた《大太刀》に似ていると言っていいだろう。

 ザックスからそれを受け取ったギノッツの目つきが変わる。驚くほどに丁寧な手付きで器用に蒔かれた布を取り払うと、動かぬ左手に剣の平を乗せ、じっくりと見定める。

「そこのエルフのお嬢ちゃん。あんた魔法が使えるのなら、ちょいと強い光で照らしてくれんかな」

 すっかり日の落ちた広場を照らす明かりの光では光量が足りぬらしい。その言葉に従ったアルティナの生み出した魔法の光が、周囲を明るく照らしだす。ヴォーケンの顔にこれまで見たことない程の緊張が浮かんでいた。

 時に剣を立てたり寝かせたりして、その刃を厳しい視線で鑑定していたギノッツだったが、やがて、それを終えるとぽつりと呟いた。

「程々にイカれてんな……。だが、まだまだ思いが足りねえ。命の鼓動が強く聞きとれねえ……」

 弟子の顔色が青ざめる。だが、ギノッツは言葉とは裏腹に、弟子の剣を丁寧な手付きでそっとザックスに返した。

「俺の腕は足りねえのか、師匠」

 弟子が問う。師匠は答えた。

「それほどでもねえさ。辛めに見ても、十分、及第点だ。だがな、昔、お前が打った《ミスリルセイバー》に比べると、少々物足りねえ。いい意味での荒々しさがなく、小さくまとまっちまってるな……」

 その言葉に弟子は唇をかみしめる。それは彼自身が十分に自覚している。

「師匠、一体、俺に何が足りねえ? 長い事、ずいぶん色々手探りしてきたが、どうしてもそれが分かんねえ」

 弟子の苦渋の言葉に師匠が答える。

「あえて言うなら、現実感だな……」

 弟子にとって、それは意外な言葉だったようだ。師匠は続けた。

「オメエ、未だにあれ以上のものが打てねえと思ってるだろ……。そうじゃねえ! オメエはとっくに打てるようになってんだ。技量だって文句ねえ。もうこの俺が教えることなんて何もねえ、ってほどにな……。あれからたった一人で、よくここまで到達したもんだ。でもな……」

 僅かに息を継ぎさらに続けた。

「だからこそ、オメエはまだ心のどこかでカッコつけてんだよ。気取ってんだ! だから立ち止まったつもりになってるだけだ、まだ、辿りつくべき先があるはずだなんてな……。その迷いが僅かな曇りになる。ミスリルセイバー(あれ)を打った時、そんな事考えてたか? そうじゃねえだろ? 只、無我夢中で目の前の『鉄』に挑んでいたはずだ!」

 淡々と続く師匠の言葉に熱意がこもる。

「オメエは幻想の中の『先』って奴につかまってる。決まり切った『先』、誰もが到達すべき『先』なんてものはどこにもねえ! 目の前の鉄を叩いて叩いて、ひたすらに叩き尽してテメエが造り続けた『後』に、ただ道ができるだけの事だ! いつも言ってるだろう? 造るというのは生きる事。そして、生きるというのは狂う事だ! そこに鍛冶屋も冒険者も関係ねえ! 良い物も悪い者も全部ひっくるめ、真剣に今を積み重ねて生き、真剣に狂ってこその人生だ!」

 不詳の弟子を睨みつけ師匠は語る。

「いいものを作ろう、同業や客に認められよう、そんなクソみたいな感情は捨てちまえ! 己を捨てて目の前の『鉄』だけを見ろ! 《造り手》ってのは、そういう生き物だ! もう今のオメエは俺の言葉すら聞く必要なんてねえ。ただ目の前の『鉄』を己の命の炎に無心にべて、その声だけに耳を澄ませ! そして、狂った自分いまの全てを一途に叩きこめば上等だ! そうすりゃ、オメエが望む、オメエだけの世界が見えるはずだ!」

「師匠……」

「オメエが欲しいのは、《神鋼鉄オリハルコン》の扱いとイスティル刀の製法だな」

「ああ、それと悪いが、師匠、もう一つある」

「アン?」

 ギノッツは初めて意外そうな表情を浮かべた。

「ザックス、もう一つのあれを頼む」

 ヴォーケンに請われ、ザックスは《バッグ》から一つの小箱を取り出した。先ほどのギノッツに習い、丁寧な手付きでそれを開けて、手渡す。中にあるのは深紅に輝く二欠片のウルガの魂。ギノッツの顔色が大きく変わった。

「どうしたんだい、ギノッツ?」

 ノヴェラが傍らからそれを覗き込む。途端に厳しい目つきになった。

「ヴォーケン、オメエ、こいつをどうしたいんだ。いや、今までこれをどう扱ってきた?」

 師匠の問いに、弟子はウルガの魂の石にかかわるいきさつを手短に説明する。暫し、黙って聞いていたギノッツは「成程」と小さく呟くと箱をノヴェラに預けた。一つ大きくため息をつくギノッツの側をノヴェラがそっと離れた瞬間、怒声が飛んだ。

「こぉの……、アホンダラがー!」

 大地を蹴りあげ、見事なアッパーカットがヴォーケンの顎に炸裂する。まともにそれを受けたヴォーケンの身体が、空中できれいな弧を描き、音を立てて砂地に倒れた。

『おお、あれは、もしや伝説の《鳳翔拳》……』

『今、一瞬、ギノッツさんの背に翼が見えなかったか……』

 酒盛りに興じるドワーフ達がやんやと騒ぎ立てる。少し離れた場所に音を立てて倒れたヴォーケンだったが、何事もなかったかのようにむくりと起き上がった。

「老いたな。師匠。今の技は全く使いこまれたものじゃねえ。決めが甘いぜ!」

「フン、バカなオメエには似合いの技だろうが、そんな事も分かんねえのか?」

「なんだと!」

 憤慨する弟子を放置して、ギノッツはノヴェラに一つ頷いた。ノヴェラが周囲のドワーフ達に声をかける。

「誰か、こいつを社に置いて、鐘をならしておくれでないかい」

 その言葉に酒盛りに耽っていたドワーフ達の騒ぎがぴたりと収まった。暫しの沈黙の後、数人の若者達がその役を拝命する為に、こぞってノヴェラの元に馳せ参じた。ドワーフ達にとってそれは名誉なことであるらしい。

 その様子にヴォーケンが青ざめる。

「師匠、こいつはそれほどの……」

 ギノッツは呆れたように言った。

「ヴォーケン、さっきオメエに言った事は全部取り消しだ! ここで、オメエの馬鹿さ加減をよーく反省しろ! オメエは一から鍛え直しだ!」

「なんだと! クソ師匠!」

「おう、やるか、バカ弟子! かかってこいや!」

 かくして、始まった師弟対決の第二ラウンドに周囲は再びわき上がった。




 第二ラウンドにおいて、互いの腕と足を相手の顎に激突させて同時に倒れた師弟は、完全にマジギレした治療師の一団にさらにボコられた。雨あられの如く降る罵声と怒声の入り混じる説教とともに治療され、それでも飽きることなく第三ラウンドへと突入する。

 とはいえ、すっかり夜も更けており、第三ラウンドは蒸留酒の飲み比べとなっていた。

「中途半端な知識と経験で手を出すから、赤っ恥かくんだよ、バカ弟子! いつも、言ってるだろうが、『一を極めるからこそより多くをることができる』ってな!」

「それが理想論だっていうんだよ、クソ師匠! 『多くをるからこそ、一の真の価値を見出す』ことができるんだろ!」

 蒸留酒の大樽を傍らに師弟は議論する。議論する二人の姿を背にして、ザックス達はノヴェラの手料理で歓待を受けていた。

 又、いつ、つかみ合いになるかとはらはらするアルティナとクロルに、ノヴェラは笑った。

「あの二人の問答に答えなんて出ないのさ……。どちらも正解でどちらも間違っている。あの二人が言ってる事はね、同じ事柄を違う方向から見ているだけのことだからね」

 刃を鍛えるという只一点のみを極限まで追求する事によって、無数の石や素材の真価を見抜く目を養い、そこから世の理を洞察するに至った師匠に対して、様々な有象無象の中に生き、そこから、己の基準となる一つの道を見出し極める事を選んだ弟子。

 大局からみればそれは同じことだと、ノヴェラは言う。

 件の議論の原因となっているのはウルガの魂の石の扱いである。その石の価値に全く見合わぬ扱いをしてきた、弟子の未熟さに師匠は腹を立てているようだ。

《竜魂石》と彼らが呼ぶその石は、ドワーフの若者達によって、中央広場の社に置かれ、鐘が鳴らされる事でその存在は郷中のドワーフ達に知られる事になった。

 鐘の音につられて、今や中央広場では郷中の人間が集まりすっかり酒盛りに興じている。その傍らで石の置かれた社には数組の職人達が集まっては、何やら真剣に議論している。

「おや、どうしたんだい、ザックスちゃん、食が進まないようだね……。口に合わなかったかね……」

 ザックスに尋ねるノヴェラに慌てて首を振る。

「いや、十分美味しいよ。ノヴェラさん。ただ、それよりも、石の事が気になって……」

《ペネロペイヤ》の大市なみの人だかりになりつつある中央広場の様子に、置かれた石が無くならぬかとザックスは気が気でなかった。ノヴェラは笑った。

「ああ、それなら大丈夫だよ、安心おし。あの場所はこの郷に住む者にとっては、侵さざるべき神聖な場所。あの場所で不正を侵すようなマネは決してしないのが、この郷に暮らす者の暗黙のルールさ」

 数組の職人たちの集団が互いに探りあいをしながら、首をひねる姿が目立つ。誰もが置かれた石に敬意を払って向かい合い、その扱いに細心の注意を払っている。

「アンタにとって大切な恩人の形見であり、決して代えの利かぬものである事は十分に承知してるよ。でも今は《竜魂石》については暫くお忘れ。アタシ達ドワーフの誇りにかけて、あの石をぞんざいに扱わぬ事を約束するからさ」

 ノヴェラの言葉に首肯する。

 ここまできた以上、己には何も出来ぬのだから、彼らを信じて任せるより仕方ないだろう。

 気持ちを切り替え、並べられたテーブルの料理の山に挑む。優れた《造り手》でもあるというノヴェラは料理の方にもこだわりがあるらしく、出されたものはどれも絶品である。ハミッシュとは違った魅力をもった達人のようだ。

 挑戦開始と同時にみるみる皿を空にしていくザックスの本気の食欲に、二人の仲間とノヴェラが目を丸くした。

「これは……、ヴォーケンちゃん以上の逸材だねえ……」

 遠慮という言葉を《ペネロペイヤ》に置き忘れてきたザックスの勢いに、呆れた様子のアルティナの傍らでノヴェラがぽつりと呟いた。

 件の二人はザックスの背後で先ほどから静かになっている。骨付き肉の塊と強い酒精の蒸留酒のジョッキを手に振り向いたザックスの目に、酔いつぶれた師弟が仲よく昏倒している姿が映った。

 その姿に溜息をつきながらノヴェラが呟く。

「やってる事は滅茶苦茶なんだけどね、結局のところ心の奥底では互いに信頼し合ってるのさ……。こんな関係を作り出せる師弟ってのは、滅多にいない。長く離れていても同じ世界で同じ物を見て、互いに一歩も譲らぬ真剣勝負でぶつかり合ってきたからこその共感とそれゆえの反発って奴だね。本当に幸せな師弟なんだよ、この二人は……」

 並んで眠る二人の姿を見守りつつ、もうずいぶんと昔からの二人の関係を知っているその言葉には、感慨深いものが感じられた。

「さて、明日からは大変な日になりそうだ。何せ、郷挙げての大仕事が転がり込んできたみたいだからね。アンタ達も今夜はゆっくりお休み」

 腰を上げたノヴェラは寝床の準備を整えに、母屋へと消えていく。

 瞬く星々の美しい春の夜空は、旅人達にひと時の休息をあたえるべく、深々と更けていった。




2013/10/24 初稿




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