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Lucky & Unlucky  ~アドベクシュ冒険譚~  作者: 暇犬
アドベクシュ冒険譚04章 ~遊探の旅路編~
102/157

16 ザックス、到着する!

 すっかりなじんだ砂漠の景色を遥か後方に置き去りにし、進むごとに丈の深くなる緑の匂いを満喫しながら荷馬車はトコトコと進む。四人で御者役を交代しながらの馬車での旅路は、暫し静寂に包まれていたものの、そのうちまた賑やかな珍客があらわれるのだろう。


 砂漠の横断を予定よりもずいぶんと早く終えたナシェム一族と《カメジロー》一行は、無事に《大砂漠》西端の街《ロクセ》に辿りついた。交易品を捌きながら、夏までこの街に腰を押し付ける予定の彼らに暫しの別れを告げ、ザックス達は、一路《ドワーフ郷》へと目指し、西へと旅を進めた。

 西端の街《ロクセ》はよくいえば自由な気風に満ち溢れているといえる。

 尤も柄の悪さにも満ち溢れ、自由都市に感じられる秩序の匂いからは少々縁遠い。大陸の西側諸国の大商人と砂漠の民との間の微妙な力関係によって成り立つその街の、荒々しくものびのびと感じられる空気に、ザックスたちはふとそれぞれの故郷を思い出していた。創世神殿の存在しないこの街には、神殿の力が人々の生活の中にうっすらと与える圧迫感や息苦しさといったものが全く感じられない。

 やたらと豪華な装飾を施した法外な値段の貸し馬車を押し付ける馬車屋にヴォーケンが激怒し、ようやく借りた安価な荷馬車に乗って、街を出ようとする四人に、今度は、道中警護を売り込む荒くれ者達がわんさか押し寄せ閉口する。これも旅の倣いとして丁重に断り、街を後にした彼らだったが、悪名高き『山賊街道』のさらなる洗礼が、四人の旅路を阻んでいた。


「やあやあ、遠からん者は音にも聞け! 近からん者は目にも見よ! 我こそは《トゥルーゼ》にその人ありといわれた漂泊の自由騎士、その名もフォーベン! 貴公ら、さぞや名のある武人と見た! ついては我と一つ手合わせを願いたい! 嫌だと申すのならば、その荷を置いて立ち去るがよい!」

 小鳥のさえずりが心地よいのどかな街道の真ん中に、突如として立ちはだかる一人の男の姿。

 古ぼけた甲冑に身を包んだ巨漢の壮年の男は仁王立ちで馬車の行く手を阻む。

 御者席に並んで座っていたクロルとアルティナの目が点になり、荷台にごろりと転がって雲の行方を眺めていたザックスがむくりと起き上がる。傍らに座っていたヴォーケンは苦笑いを浮かべていた。

「これで何度目だよ……」

 うんざりとした気分で珍客の相手をすべく荷台を下りると、馬車の前に立ちふさがった男に尋ねた。

「念の為に確認しとくが、山賊ってことで……、いいんだよな?」

 都合、八度目となる山賊の登場であるが、当の男は顔を赤くして怒鳴りつける。

「ぶ、無礼な……。我をあれらのような下賤な手合いと同じに扱おうとは……。そもそも、このフォーベン、我が力量に相応しき主君に出会うべく、こうして強者と戦い、日々、己を磨き続けておる。千人の猛者を倒した暁には、我が覇道の宿願、必ずや成就するに違いない。そして今日、ついに貴公達で丁度千人目の記念すべき日となった。これも天のお導きに違いない! いざ、尋常に勝負、勝負!」

 主君探しをしながら覇道の成就までをも目論む不届き千万な襲撃者の啖呵に、ザックスはこめかみを押さえる。何より、主君足りうる人材がこのような街道で伴も付けずに歩くかということも、はなはだ疑問である。

「……で、本当は何人目なんだい?」

 クロルのさりげないつっこみに男はぐむむ、といい淀む。

「とりあえず、相手してあげなよ、ザックス」

「分かったよ、面度臭ぇな……」

 背の大剣の柄に手をかけたザックスの姿に、フォーベンなる挑戦者兼襲撃者の顔色が変わる。

「ぬ、ぬう。我はこれまで九百九十九人の猛者を倒してきたのだぞ。貴公、命は惜しくないのか?」

「惜しくない! とっとと、かかってこい!」

「き、貴公、まことによいのか? 我は九百九十九人の猛者を斬り伏せてきたのだぞ! に、荷物を置いて行けば、許してやるのだぞ!」

「いいから、さっさと剣を抜け! 時間が惜しい!」

「く、くぬー、我が力量を軽んじた報い、その身で受けるがいい」

 あたふたと慣れぬ手つきで剣を抜こうとする、その一瞬の隙をついたザックスの体当たりの一撃をまともに受け、フォーベンの巨躯は道の端まで弾き飛ばされて転がり、そのまま気絶した。

 全く緊迫感を覚えぬ襲撃騒ぎはあっさりと片づいたものの、先ほどから同様の事態が繰り返され、一行はうんざりとしていた。


《大砂漠》西端の街《ロクセ》とさらにその西側に連なる《白羊山脈》の中腹にある村《ミドレッジ》を結ぶこの街道が、《山賊街道》と呼ばれるようになったのはここ数年のことらしい。その名の通り、ザックス達が街道を進むや否や、山賊達が次々にあらわれる。

 最初の数組は、教科書通りの扮装をした柄の悪い男達の集団が現れ、クロルの音響弾とアルティナの魔法、そしてザックスの体当たりで軽く蹴散らされた。このあたりには冒険者崩れはいないらしく、荒くれ者とはいえその戦闘能力は至って平凡な者が多い。圧倒的な力量差故に、極力加減して、怪我程度で済ませるようにしつつ、彼らは旅を進めた。

 しばらく進むうちに、ガチンコ勝負を挑む正統派山賊団はなりをすっかり潜め、代わりに、現れたのは様々な詐術まがいの手段を駆使して金品をまきあげようとする技巧派山賊団の面々である。

 謎の病気が流行って困っているというとても元気そうな村人や、珍しい芸を見せるといって宴会芸を見せたあとで、割高な通行料や見物料代わりに荷物をおいていけと要求する者など、その芸風はバリエーションに富んでいる。

 先程、ザックスに弾き飛ばされた男の千人目云々という啖呵は、良き主に仕える事を望んだ一人の騎士が、百人の猛者と戦う事を決意したものの、奪った武器を毎夜磨いているうちに鍛冶屋になる事を選んでしまったという、この地方の説話が元ネタとなっているらしい。


 道端で気絶しているフォーベンにザックスは活を入れて目覚めさせる。しばし、混乱していた彼は、己を囲む四人の旅人を前にしてようやく状況を理解し、平謝りに謝った。どうやら主君探しはやめたようだ。

「た、大変失礼しました。未熟な我が力量、貴方様方になど到底及ばぬとみました。な、なにとぞ、ご容赦のほどを……」

「いや、それはいいからさ……、この街道、一体どうなっているんだい? 次から次へと変な山賊達が現れるけど……」

 クロルの問いにしばし、きょとんとした顔でフォーベンは首をかしげる。

「こ、これは、お坊ちゃん、理由をご存じでない、と?」

 子供扱いされたクロルがむっとしながら、頷く。

「し、しかし……、これはこのあたりに暮らす者達の高度な機密に関わること故、我の口から軽々しく喋る事など……、とてもとても……」

 言葉とは裏腹にちょいちょいとフォーベンは手を差し出す。どうやら情報料をよこせといっているらしい。ため息交じりに銀貨を数枚、彼に握らせる。

「皆さまが次々に襲撃を受けられるのは、おそらく、我ら《白羊山脈山賊協会》の提供するサービスをお受けなさらなかったからではと……」

「白羊山脈山賊協会?」

 油が注された扉のように滑らかになったフォーベンの口から語られたのは、次のような事情だった。


 数年前、《ロクセ》の一部の大商人達が結託し、砂漠の民との交易の利益を独占する為に、周辺の山賊達をけしかけ、対立する大商人や街道を往来する小商人の排除を目論んだらしい。その結果、街道周辺の村落は困窮し、そこに暮らす山賊達も又、困窮したという。自業自得とはいえ困った山賊達は《白羊山脈山賊協会》を組織し、《ロクセ》の大商人達と対立した。

 大商人達の方も、当初は対立することになった山賊達から、自分達の荷駄のみを守る為の自前の警護部隊を組織したものの、どんどん高くなる警護料に割が合わないと判断して方針を変え、山賊協会と話し合いを行った。

 その結果、《ロクセ》の大商人たちに《山賊街道》の管理を任された山賊達は、彼らのサービスを受ける旅人や商人達の道中を保証し、それ以外の者には通常営業するという、普通の旅人にとって極めて迷惑な状況が生まれたらしい。

 やたらと豪華な装飾を施した法外な値段の貸し馬車、あるいは道中警護の雇用を押し付けてきた荒くれ者達こそが、彼らのサービスそのものという訳である。

「世の中って、色んな商いを考える人がいるものなのね……」

 しみじみと呟くアルティナの言葉に、仲間達は深く頷く。ようやく事情を把握したものの、事態が根本的に解決したわけではない。

 道中、お気をつけてー、と呑気に手をふるフォーベンに見送られ、ザックス達の更なる珍道中は続くのだった。


 それから、さほど時を置かずして――。

 先を進む一行の前に、かつて四大魔王と戦い、辛くも引き分けた勇者の子孫達が立ち塞がり、世界の平和の為に荷物を置いていけと要求したという。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 正統派山賊団7度、技巧派山賊団14度、そのうち不正設置された私設の関所を2度ほど強引に破り、計21度の襲撃をかわして、《白羊山脈》中腹の村《ミドレッジ》に辿りついた一行は、馬車屋に馬車を返してさらに先へと進んだ。帰り道では、資金の余裕があれば、彼らのサービスを享受し、無用な争いを避ける事にも検討の余地があるだろう。

《ミドレッジ》の直ぐ傍には山の反対側へと続く巨大な洞窟が口を開け、旅人や商人達はその洞窟を通って、《ドワーフの郷》や西側の国々へと至る。

 相当な標高のその場所は山のふもとに比べてはるかに気温が低く、ザックス達は《アテレスタ》の冬の寒さを思い出した。《バッグ》から《アテレスタ》で使った外套を引っ張り出して身にまとい、一行は斜面の中腹にぽっかりと巨大な口を開く洞窟の中へと進んだ。

「おおー」「綺麗」「すごい」という三者三様の驚きが漏れたその場所は一面、氷の世界だった。

 出口までほぼ一直線の巨大な容積を誇る洞窟は、天井から、壁面、床の一面が氷に覆われている。氷の中に埋め込まれた魔法光のカンテラが、時折色を変えて輝き、旅人達を洞窟の出口へと誘っている。

「ここらあたりは全て、ドワーフ郷の職人たちの仕事だな」

 幻想的な光景に息をのむ三人に、ヴォーケンが説明する。

 さらに一行は進み、やがて洞窟の半ばに辿りついたところで、ふと天井を見上げたアルティナが悲鳴を上げた。

「ドラゴンよ!」

 予期せぬ強敵の急襲に慌てて、戦闘準備に入ろうとした冒険者達を、ヴォーケンが笑って制止する。

「三人とも落ち着いてよく見てみろ」

 魔法光を天井に飛ばしたアルティナが驚きの声を上げた。

「これって……、もしかして壁画なの?」

「そういう事だ。驚いたか?」

 コクコクと頷く三人に、ヴォーケンがニヤリと笑った。こうなる事を予期して黙っていたのだろう。

「人が悪いぜ、ヴォーケン。びっくりしちまったじゃないか」

「まあ、そういうな。優れた芸術に感動するのも旅の醍醐味さ」

 天井には巨大なドラゴンが描かれた壁画が一面覆われた氷に埋まり、あたかも生きたまま氷漬けになったかのように見える。その迫力は圧巻の一言に尽きる。周囲を見回せば、同じように様々なモンスターが描かれた幾つもの壁画が氷の輝きの中に眠っていた。

「もう少し、先に行けば彫刻なんかもあるぜ。造り物のゴーレム相手に、魔法なんかぶっ放さんでくれよ、嬢ちゃん」

「そ、そんなことしないわよ」

 プンと頬を膨らますアルティナの姿に、仲間達は笑ったが、いざ実際にそれを目の当たりして三人は言葉を失った。

「ドワーフの技術って……、すごいのね……」

「あ、ああ……」

「…………」

 氷に半ば埋もれて今にも歩き出しそうな巨人達の姿はダンジョンの光景を彷彿とさせる。事情を知らずに歩けば、間違いなく魔法の一発や二発は放っていただろう。

 出口を守る門番の如き彼らに見送られ、彼らは氷の洞窟を後にする。トンネルを抜け山のふもとへと下る道の両脇には、圧倒的な質感の石像が次々に現れる。それら一つ一つに目を奪われ、感嘆の声を上げながら一行はふもとへの道を下る。

「それにしても、これだけたくさんの石像や壁画があって、どれひとつとして同じものがないんだな」

 率直なザックスの感想に、ヴォーケンが答えた。

「数ある《造り手》の中でも芸術家連中ってのは、特にプライドが高いからな。他人のモノマネなんざしようものなら、即座に寄ってたかってぶっ壊されちまう。それにそんなバカなことをするやつなんて滅多にいないからな」

「どうしてだよ?」

「いかに妖精族の寿命が長いといえど、いつかは必ず終わりが来る。人生の大半をかけて己の狂気と情熱をつぎ込んで生み出し、死んだ後も残り続けるかもしれぬ創作物が、他人のモノマネでしかないなんてことになったら、只の恥だ。あいつらのプライドがそれを許さないのさ」

「何とも厳しい話だね」

 クロルの感想にヴォーケンは首を振る。

「そうでもないさ。お陰で、年々、そういった情熱のある本物が生まれる事が少なくなりつつあるなんてことが、俺がいた頃には問題になってたな……」

「どうしてさ?」

「題材にも限りがあるうえに、後進が先達者を越える事が義務付けられるってことは、後になるほどそれだけハードルが高くなるからな。いかに生まれながらの《造り手》といわれるドワーフ族とて、真に才能とセンスに恵まれた奴なんてのは、なかないねえ。おまけに、己のモノマネを正当化するプライドのない《造り手モドキ》はともかく、《造り手》というのは存外、嫉妬深い。自分よりも優れた奴を手放しで認めたり褒めることのできる奴なんて、まずいない。せいぜい、利用しあう程度だな。それでいて、自分を脅かしかねぬ存在を陰で色々と足を引っ張って引きずり落とすのも、まぎれもない《造り手》の姿なのさ」

「嫌な世界ね……」

 アルティナの率直な感想に、ヴォーケンは苦笑いする。

「まあ、そう言ってやるな。実用性の無いものってのは、目先のことに一喜一憂する大衆には、なかなかその価値を認められないからな……。その道を知り尽くした者をうならせるほどの優れた腕を持ちながら、一生鳴かず飛ばずに終わる奴……なんてのも、《ドワーフ郷》ではざらだ。まあ、《ドワーフ郷》だからこそ、そういう奴らもどうにか食うだけは食っていける、とも言えるがな。仕方なしに奇妙な前衛芸術に走って己を見失う奴もいるくらいだ。誰もが王道ど真ん中を歩き続けるだけの力量と心の強さを持っている訳じゃねえ。ちっとばかり、ひねくれても仕方ねえ事なのさ」

 世の中は広い。只の冒険者には及びもつかない世界は、まだまだあるようだ。

 やがて、一行の視界には、ふもと近くの巨大な集落の姿が映り始めた。中規模の自由都市程度の集落を高台から眺めながら、ヴォーケンはぽつりと呟いた。

「もうあれから十年以上たつのか……。クソ師匠の奴、まだ生きてるといいんだが……」

 丸屋根の独特な建物が立ち並ぶその光景に、ヴォーケンは懐かしそうに眼を細めながらも、その表情には僅かに固いものが混じっていた。




2013/10/23 初稿




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