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そして夏休みも近付きテストも刻一刻と迫っていたが、夜勤の人数が少ないのもあってバイトは休めなかった。
中成大学・明王大学駅に着いて電車から降りた途端、熱風が顔に当たる。大学や俺のアパートがある玉那市は盆地で、寒さはもちろんで暑さも半端なかった。
実家は一応関東圏だが、こんなに蒸し暑いなんてことは殆どなく、早速夏バテ気味だ。
だがそんな日でも店内は涼しいのが、コンビニバイトの数少ない利点の一つだった。
今日は明王大で学部も一緒の大越健太と組む日で、大越との日はいつもギリギリにコンビニブンブンに着いた。
「よっ、大越。今日も暑いなぁ~」
「おはようございます、中井くん。今日も遅いですね」
「ははは、なんでだろうなー」
惚けたふりをすると、分かっているのか半分呆れているようだった。
「はいはい、ちゃんと仕事はして下さいね」
適当に返事をして、ユニフォームに着替えようとロッカールームに入った。
それにしても、同い年なのに大越は何故か妙に敬語を使ってくるから変な奴だ。
そして二十二時を過ぎて夕勤の子と代わり、大越と店内に出た。
この時間だと大抵人影は殆どなかったが、ふとアイスクリームケースの前でここにいるはずのない後ろ姿を見付けてしまった。
ショートカットでボサボサの頭に、何よりさっき見た覚えがある赤いTシャツに濃い青のジーパン姿。
「……みーずーほーさん!」
予想通り、表に『家がない』と書かれているTシャツを着た瑞穂さんが振り返った。
半分冗談とも言えない文章がプリントされたその赤いTシャツについては、既に夕飯の際に突っ込んだのでここではもう触れないでおく。
「ん? どうしたの?」
「どうしたのじゃありません! なんでそんな格好でうちの店にいるんですか!」
「ここ、あたしの大学からも最寄りのコンビニだし、客なんだからどこにいたって問題ないでしょー」
店で会うのは初めてだったが、瑞穂さんは悪びれもない様子だった。
……しかしよくよく考えてみると、このTシャツを着て玉那駅から電車に乗ってここまで来た瑞穂さんって……呆れて何も言えないとはこのことだろうか。
「まぁそうなんですが……少なくとも、その格好で一緒に電車は乗りたくないですね……あれ、でもなんでこんな時間に? さっきまでうちで珍しくテスト勉強やってたじゃないですか」
「こんな暑い日にそんなのやってられる訳ないじゃない。あ、それよりアイス買ってよーあたしモンスターカップのバニラが好きー」
アイスケースを勝手に開けると、全国共通の緑のユニフォームを着た俺の方に青いパッケージで包まれたアイスを差し出してきた。
「俺は夾の方が好きですし、客って言うなら自分で買って下さいよ!」
アイスを受け取らずにそんなやり取りをしていると、大越が何やら不思議そうな顔をして近付いてきた。
先にレジにいた大越は、俺と同じ緑のユニフォーム姿だった。
「どうしたんですか、中井くん」
大越がそう話しかけると、瑞穂さんは大越の方を向いた。丁度今日の夕飯の際、同じ学部の友達がバイト先にいることが話題に上がっていた。
「あ、初めましてーシュンの飼い主兼ルームメイトの長谷川瑞穂って言います」
「飼い主ってなんですか! 面倒を見ているのは俺の方でしょう!」
誰もいない店内だから良かったが、こんな漫才みたいなやり取りを大越も面白そうに見ていた。
大学でも仲が良い大越には、非常識で面倒見るのも大変な居候のことを一応話してあった。
「ははっ、あなたが瑞穂さんですか。お話は中井くんの方から聞いています。それにしても、面白いTシャツですね」
「うん、だからアイス奢ってー」
文脈を相当無視したやり取りだったが、大越は意表を突かれたように再び笑った。
そして「いいですよ」と言ってレジにアイスを持って行き、ポケットから財布を取り出していた。
瑞穂さんも「わーい!」と言いながらそれに付いていき、今やレジを隔てて二人は向き合っている。
一瞬呆気に取られたが、慌てて俺もレジに向かった。