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キャリーケースの女  作者: 瀬戸真朝
第二部 九章【そして、歯車は回り始める。】
35/39

9-3


「あのですねー、来週の木曜、午後からでいいんで家空けてくれませんかねー?」


その日もシュンは帰りが遅かった。

少しは覚悟もしていたつもりだったが、返す言葉が見付からない。

丁度口の中にカレーが残っていたからって、返事が詰まっているのをシュンは気付いていない様子だった。


「いいよ」


──瑞穂が今返せる言葉はそれしかなかった。

まだ寝る時間じゃない。素直になるためには、温もりが欲しかった。

結局、いつだってシュンが気付かないようにしか涙を流せなかった。


 

そして今朝。シュンが浮かれながらも家を出た後と、瑞穂は起き上がった。

元々意識はあったのだが、シュンが出掛けるのを待っていたのだった。

立ち上がって部屋を見回す。

本人は掃除したつもりであったようだが、室内には櫛や鏡にドライヤーがあり、畳んではあってもキャラクター物のタオルが置かれたままになっている。

棚に置かれた瑞穂の酒瓶も隠されていない。一応確認したが、洗面台の歯ブラシも二本のままだ。

お風呂にはシャンプーやリンスも、シュンのとは別に瑞穂のが置かれている。


「こんなに酒あったら普通引くし、いくら部屋が片付いていても、こんなんじゃ気付くに決まってるわ! 大体、『来週の木曜』って言えば誤魔化せると思うなよー! 世間様はその日、イブだっつぅの! 女なめんな」


苛立ちのあまり一人でそう呟くと、一つ一つキャリーケースに私物をしまっていく。

けれどここに来た時よりも増えていて、どう考えてもキャリーケース一つには入りきらなかった。

半年という時間を感じる。

──ここは、居心地がとても良かった。けれども。


「もう、居られるわけないじゃない」


まただ。同じ事が再び起きている。だが考えても仕方なかった。

紙袋に入れて持って行こうかと一瞬迷ったが、青い燃えないゴミ袋を広げ、また買い直せるものを次から次に突っ込む。

最後に、夏に買ったあの浮き輪たちもゴミ袋に入れた。


「だって、必要ないもの」


そう自分に言い聞かせる。

『また来年』が訪れないことを、シュンと違って瑞穂は既に分かっていた。

というか、気付かれないと考えているシュンがおかしい。

──クリスマスイブだって、ずっと楽しみにしていたのに。

シュンの誕生日にケーキの写真が撮れず落胆していたら、『またクリスマスの時に食べるんですから』とシュンは言った。

それから瑞穂は『シュンとクリスマスも過ごせるんだ』と、ずっと楽しみにしていた。

だが、当人はそのことも忘れて今頃彼女とデートだ。

そして家を出る際にゴミを一通りまとめて玄関に置き、キャリーケースを持ってドアを閉めた。

鍵をかけた後、昨日眠れなくてルーズリーフに書いたメモをポケットから出す。


シュンに自分の想いなんて、伝わらなくていいと思っていた。

だけど、何にも伝えないまま去るのはなんだかやっぱり悔しかった。

だからあんな詩のような文章を置いていった。

そしてそのメモと一緒に合鍵を封筒に入れ、新聞受けに入れた。

約束だと思っていたクリスマスイブに、帰れる家を瑞穂は失った。



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