9-2
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「あーもう、泊まれるならどこでも行ってやるわよ!」
あの日生人から住所を受け取り、自暴自棄な思いで瑞穂はシュンの家に押し掛けた。
そしてシュンの前でその暴君さを最大限に発揮した。
瑞穂が無理矢理布団を奪った後で少しだけ目を開けていると、シュンは少し離れた隣に新しい布団を敷き始めていた。
そして電気が消されると、横で大きく寝返りを打つ音が何度も聞こえた。
その間、瑞穂はずっと身構えていた。いつ男が来てもいいように──瑞穂にとって、いつだってそれは緊張の時間だった。
だが朝方近くなって、隣から規則正しい寝息が聞こえてきた。
瑞穂は驚くしかなかった。
何人もの男の家を行き来したが、何もしてこなかったのは今までに生人しかいなかった。
寝ているのを確認してシュンの布団の中に潜り込んだ。
瑞穂に背を向けて寝ていたシュンの背中に顔をうずめたが、眠りが深いシュンは起きなかった。
その温もりが裏切らないことが分かると、やっと涙が出た。
瑞穂は昔から、上手く泣けない子供だった。
──義理の兄を含め、生人以外の男は瑞穂の体を目的に近寄ってきた。父に関しては、近寄ってさえ来なかった。
事の最中に瑞穂がいくら泣いても、男たちはそんなことを気にする訳なんかない。
そんな自分の存在意義は体を許すことだけで達成されていたが、そのような用途でも必要とされていたかった。
だけどシュンは、翌朝にはっきりと言った。
『俺、絶対そういうことしませんから!』
それは、体以外で求められなくてはこの家にはいられないように思えた。
だが、自分の容姿や性格が他人より劣っていることは瑞穂も分かっていた。
だからシュンと過ごす時間が増えるにつれ、どうしたらずっとこの家にいられるか不安になり、夜になるとその不安は瑞穂に忍び寄った。
いつもは生意気なことしか言えないのに、寝ている間にそっとシュンの背中で泣いた。
バイトがある日はシュンが帰ってくるまでずっと起きて待った。
そして熟睡していると思わせてシュンが眠った後に隣で少し眠り、シュンが起きる前に自分の布団に戻る日々だった。
生人との生活はいつ幸せが壊れるか怖かった。
一方でシュンは段々と、自分との生活を楽しんでくれていたのがなんとなく分かった。
じゃれ合いも多かった。
ささやかな触れ合いのほか、本を読みながら背中に寄りかかっても、シュンは嫌な顔ひとつしなかった。
けれど、シュンの隣で酒を大量に飲んで酔っ払っても、シュンは生人と同じで決して瑞穂に手を出さなかった。
それがまた、不安で仕方なかった。
だから自分から行くよりも、抱かれる方がまだ楽だった。
抱いて欲しかった。
一方で生人とはあまり会えていなかったし、美奈子のことは何だか気まずくて自然と遠ざけてしまっていた。
シュンと大越から話を聞くことはあったが、九月の末にシュンのバイト先のコンビニで生人と美奈子の二人と偶然顔を合わせてしまったことがあった。
久々に見た二人が楽しそうに笑っている姿を店の外から見ると、やっぱり辛い。
そして、その翌日。晃文堂書店に客として美奈子が訪れた。
だが去り際に聞かされたのは思ってもいない言葉だった。
「私、生人くんと付き合ってないからね」
レジを隔てて聞き返す間もなく去っていく美奈子の言葉に、瑞穂は驚かされた。
それでも、一度離れてみると心の整理もつき、生人がどんなに自分に優しくても、美奈子への接し方とは全く違うものだと分かった。
だけど美奈子にそう伝えるのも何だか悔しくて、ずっと言えずにいた。
だがしばらく経って、シュンが浮き足立って帰ってきた。
疑問に思ったが、シュンがバイトの間に大越の家に遊びに行った際、事の顛末を聞かされた。
美奈子の真意は分からなかったが、それでも〝クリスマスを瑞穂さんと過ごす〟というように聞こえたシュンの言葉を信じたい自分がいた。
だからシュンには何も言わなかった。
しかし結局、その日は訪れてしまった。