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○第九章
「ねぇ、教えて。生人にとって、あたしは何だった?」
ベンチに座って回想していると、生人から電話がかかってきた。
その際、瑞穂はずっと聞けなかったことを尋ねた。
「一緒に暮らしてちっとも苦痛じゃなかった。だから理想の結婚相手だったけど、好きとかとは違った」
生人は決して嘘を吐かない。
だから、たとえ今までどんなに思わせぶりな態度を取られていても、それは生人にとって〝恋愛〟とは違う。
それが真実だった。
「じゃあ今度こそ、好きになれる人を幸せにしなよ」
だから、〝友達〟として言えることなんて、たった一つしかなかった。
そんなこと、分かっていた。
──なのに、胸が苦しい。自分にはもう、誰もいないのだ。誰も自分を幸せにはしてくれない。
電話先からシュンの声が聞こえる。
だけどもうシュンに会わす顔どころか声さえも用意出来ず、電話を切った。
今はもう、いつもの能天気な姿にはなれなかった。ベンチの上で膝を抱え込む。
この季節ならではの冷たい風が、服の隙間を狙って体に当たる。
しばらくして、瑞穂は立ち上がった。
ここでは泣けない。
途中、駅のロッカーに寄ってキャリーケースを取り出し、電車の扉に寄りかかって揺れを直に感じていると、コートのポケットの中にあった携帯のバイブ音に気付かなかった。
中成大学・明王大学駅で降り、明王大近くの九階建てのマンションに着いたのは夕方近くだった。
ここの最上階に大越の住居がある。
「どうしたんですか、また。しかも今日は大荷物で」
部屋に入る際にそうは言われたが、それ以上は聞かれなかった。
店で出会って以来、シュンのバイトがある日は終電の時間まで瑞穂は大越の家にいるようになった。
そのうち、シュンと大越がバイトで組む時は店にしばしば遊びに行った。
──夜、一人で眠れなかったから。
部屋の中は薄暗かったが、テーブルランプの灯が室内を橙色に染めていた。
このくらいの明るさが瑞穂にとっても丁度良かった。大越の部屋はいつ来ても落ち着いた。
大越はキッチンでお茶の支度をしているようだったがシュンと違い、大越は必要以上に話し掛けてこない。
それもあってか、シュンの前ではどうしても見せられないもう一人の自分も、大越の前ではいつの間にか自然と出せた。
だから、ここでは気を張らなくていいことを知っていた。
慣れ親しんだソファに深く寄り掛かると、白い布地に包まれた。
瑞穂は再び深く息を吸うと、この半年間を思い返した。