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キャリーケースの女  作者: 瀬戸真朝
第二部 八章【失わなければ、手に入らない。】
31/39

8-3

しばらくして、室内にみなこちゃんが入ってきた。


「俊也クン、いきなり出て行くからびっくりしたよ。それに、なんで生人くんちにいるの?」


その質問に俺は短くしか答えなかった。


「瑞穂さんが出て行ったんだ」

「えっ?!」


みなこちゃんはそう声を漏らしたが、俺の口から瑞穂さんの名前が出た事で、どういうことになっているか察したようだった。


「みなこちゃん、みなこちゃんにとって〝本当に好き〟って思える人は誰かな?」


俺が突然脈絡もなくそう聞くと、みなこちゃんは驚いた様子だった。


「え、そんなの決まってるじゃない……」


みなこちゃんは怯えたような表情をしている。


「本当に? じゃあ、誰?」

「それは……」


いつもと違って俺が強い口調でそう問い質すことに、みなこちゃんは戸惑っているようだった。


「俺は、分かってるよ」


みなこちゃんは黙り、目で俺と佐藤先輩を見た。

少しの間の後、俺らが何も言わないことでやっとみなこちゃんは口を開いた。


「……高校生の頃からずっと、生人くんのことが好きだった。

でも、瑞穂ちゃんから生人くんと暮らしているって聞いて、諦めようと思った。

けど、告白されてやっぱり好きで……でも、この部屋に来た時、ここから瑞穂ちゃんを追い出しちゃったんだなぁと思うと、耐えられなくて」

「じゃあ、俺と付き合ったのは?」


そう聞くと、みなこちゃんは俺の方を向いた。


「それは、うちのお店に瑞穂ちゃんが来て、『どういうこと?』って聞いたら、『今、シュンの家で暮らしてる』って言うから……。私が生人くんから離れたのに戻れないでいるのなら、私と俊也クンが付き合えば瑞穂ちゃんも上手くいくんじゃないか、って」

「どうしてそこまでして……?」


俺がそう聞くと、みなこちゃんは必死に訴えかけるような目をした。


「私って、いつも誰にだって愛想良くしなきゃ、嫌われそうで怖いと思ってたんだ。

そんな私にとって、一人でいても自分らしくいられる瑞穂ちゃんはずっと憧れだった。

だから、瑞穂ちゃんのこと、すごく好きだったからどうしても幸せになって欲しくて!

そりゃあ、俊也クンには悪いことしたって思ってるけど……」


みなこちゃんは段々と下を向き、最後は涙声だった。

すると、今度は佐藤先輩が口を開いた。


「それは、オレの意思とか全然踏まえられていないよな」

みなこちゃんは顔を上げる。

俺から見ても目に涙を溜めているのが分かったが、それを堪えるかのように強い口調で先輩に向かった。


「だって、前に生人くんが私のこと好きって言ってくれたけど……そんなの、信じられるわけないじゃない!」


みなこちゃんはそう言うと、先輩の部屋の中でも食器棚がある方に視線を移した。

佐藤先輩はそれを見計らって食器棚の方に向かい、あのペアのマグカップを取り出した。


 

そして、二つのマグカップを床に叩き付けた。

 



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