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○第八章
佐藤先輩は一時間近く、ゆっくりと瑞穂さんの話を聞かせてくれた。
瑞穂さんの家のこと、高校時代の瑞穂さん、そして先輩と暮らして出て行った瑞穂さん。
「じゃあやっぱり、これは佐藤先輩のことなんですか?」
俺はあのルーズリーフを渡す。佐藤先輩はそれを受け取ってじっと見ていた。
「多分お前のことだろうが、『二人とも』のもう一人はオレのことだろうな」
しばらくして、先輩は俺にルーズリーフを返した。
「瑞穂がオレを必要としてくれていたのは分かっていた。だから、オレに出来ることがあればしたかったんだ」
それが先輩にとっては、瑞穂さんの勉強を見たり、生活環境を与えたりしたことなのだろう。
俺も最初は生活費を見返りに瑞穂さんと暮らしていた分、恋人ではない異性と暮らすことに関しては否定する気はない。
だが、それ以外で先輩に聞きたいことがあった。
「でも、どうしてみなこちゃんと先輩は今、付き合ってないんですか?」
「瑞穂が出て行ってしばらくして、美奈子が家に来た時に『やっぱり付き合えない』って言われたんだ」
なんとなく、その理由が今の俺には分かる気がした。
「あのマグカップ……」
「ああ、片方は瑞穂のだ」
二つのマグカップは今でも食器棚にある。
一目見ただけで分かるほど、その二つだけがこの部屋の中で浮いていた。
そして、使われることもないのに並んで置かれていた。
「先輩、どうしてマグカップはあのままに?」
「片付けるのもどうかと思って……一つは瑞穂のだしな」
あぁ、やっぱりそうか。
だから、みなこちゃんは。
「先輩、俺、ずっと先輩のこと尊敬してました。けれど、言わせてもらいます」
俺は真っ直ぐと、佐藤先輩の方を見る。
「先輩は、親切心で瑞穂さんにそうやっていたのかもしれません。
けれど、そんなの優しさでも何でもありません。
ただの偽善です! 先輩はどれだけ人を傷つけているか、分かっていますか?!」
どんなに先輩が優しくても、みなこちゃんのことを瑞穂さんが知った時、どれほどの絶望を感じたのだろう。
だったら、最初から優しくしない方が瑞穂さんのためだったのではないか。
──あんな、詩のような文章を書いた瑞穂さんの想いを考えたら。
だが、俺も他人のことは言えなかった。先輩はただ黙って、俺を見続ける。
「確かに、今まで俺もそうだったかもしれません。けれど先輩と違って、俺は反省しました」
尊敬している先輩を前に生意気なことを言ってしまったことに段々後悔してきた。
心臓の鼓動がうるさい。
けれど、ここで終わるわけにはいかなかった。
一番言わなくてはいけないことがある。
「それに、瑞穂さんはぐーたらで俺が家事とかしてましたけど、先輩と違って『俺に出来ることがあればしたかった』なんて言いません。
俺はただ、瑞穂さんといると楽しくて、一緒にいたかっただけですから!」