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キャリーケースの女  作者: 瀬戸真朝
第二部 七章【瑞穂の物語】
28/39

7-7

「付き合ってないのに、そんなのおかしいよ」


高校時代の友人と久しぶりに会った際にあの生人と暮らしていると言うと、そう返されたことがあった。

けれど瑞穂は、その非難を疑問に感じた。

生人に恋人はいないし、自分たちは〝友達〟なのだから問題はないと思っていた。

ただ、今まで横にいるだけで手を出してきた男たちと、生人が違うことだけは分かっていた。



瑞穂にとっては、この頃は今まで殆ど経験したことがない、〝幸福〟と呼べる毎日だった。

食事は料理も得意な生人が作ってくれていたが、実家では自分の分の食事なんて用意されなかった。

実家にいるだけで責められていたのに、生人と暮らす家は見えない温かさで満ち溢れていた。

初めて存在を肯定された瑞穂は、四季が過ぎる様子をゆっくりと生人の横で感じることが出来た。


けれども一方で、幸せであると同時にいつまでこの幸せが続くのだろうかと不安もあった。

いつかは生人にも恋人が出来て、自分が出て行かなくてはいけない日が訪れるのではないか。

今だって自分が勝手に押しかけているだけで、本当は彼にとって迷惑なのでは。

──そう考えると、不安は止まなかった。

生人の手は温かいゆりかごを揺らすと同時に、瑞穂を奈落の底まで落とすことも出来る手だった。



そして、その予感は的中した。


「彼女が出来た」


もうすぐこの家に来て一年が経つ頃だった。

昼食を食べていた部屋の中にまで春の日差しが入ってきていた。

その日差しの温かさからか、とてもじゃないが生人の発言から冷たさを感じることが出来なかった。


「誰なの?」


段々と事態を把握してきた時、瑞穂はかろうじてそう聞けた。


「バイト先が一緒で、同じ吹奏楽だった子。あ、うちの高校だから、お前も知ってるかも知れないな。名前は」


田代美奈子さん。


そう言われた時、時間が止まったような気が瑞穂にはした。

『付き合ってないのに、そんなのおかしいよ』

──そう言った美奈子は、瑞穂にとって唯一の友達だった。


それから、家に美奈子が来ると言われたが、反応する気力は瑞穂にはもうなかった。

それでも『出て行ってくれ』とは生人は決して言わなかった。

だが、それがまた瑞穂にとって苛立った。

生人はずるい、としか思えなかった。

そんなことを考えている自分は、あの家から救い出してくれた生人に惹かれていないはずがないとやっと気付く。

そして気付いた以上、もうここにはいられなかった。


生人が深夜にバイトに行っている間に、瑞穂は荷物をまとめた。

あのキャリーケースに次々と自分の物を詰めて行ったが、マグカップだけは入れるのを躊躇った。

キャリーケースはもう一杯だ。それに、行く宛もないのに陶器を持ち歩くのは気が引ける。

何より、どうしてもこのマグカップを見ると、生人との日々を思い出してしまう。

結局、食器棚に伸ばした手を引っ込め、マグカップはそのまま置いて瑞穂は生人の家から出た。



そしてまた昔のように男の家を転々とした。そのまま大学二年生になってしばらくし、晃文堂書店でのバイトを終えて外に出ると生人が待っていた。

丁度、今いる家の男との雲行きが悪くなってきた頃だった。


「生人? どうしたの?」


学部が違うのもあって会うのは久々で、生人の家に連れ戻されるのではないかと一瞬期待した。

だが、次の瞬間にはその期待は打ちのめされた。


「お前、どうせ行くとこないだろ。ここ行けよ」


渡された紙にはここから数駅先の住所と、男の名前が書かれていた。


「何よ、これ?」

「俺のバイトの後輩。一個下だけど、そいつんとこ行けよ」


男の家を紹介されたことに苛立ったが、行く場所に困っていたのは事実だった。

その向かった先で出会ったのが中井俊也だった。


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