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キャリーケースの女  作者: 瀬戸真朝
第二部 七章【瑞穂の物語】
27/39

7-6

生人は元々成績も優秀で、瑞穂の良い先生役となってくれた。

塾にも予備校にも通わずに、どちらも中成大に奨学生として合格出来たのはそんな日々のおかげだった。

そして瑞穂は高校卒業と同時に、キャリーケース一つで家を出た。

駅前から続く桜並木の下を歩いていると、落ちてきた花びらの色が黒のキャリーケースの上で映えた。

そのまま歩き続けると、前に地図で教えてもらったアパートに着き、ドアチャイムを押すと生人が出てきた。


「ほんとに来ちゃったよ」

「ああ」


新居であるアパートの玄関先で生人は微笑むと、瑞穂を温かく迎え入れた。



家電は生人の親が買い揃えてくれていたが、まず生活用品を揃えようと、二人で買い物をしに街に出た。

シャンプーやリンス、歯ブラシに二人分の食器……それに。


「あ、これかわいくない?」


瑞穂が手を伸ばしたのは、赤と青のパステルカラーがそれぞれ基調の、二つのマグカップだった。


「どっちか買お! あーでも、どっちもかわいいなぁ……どうしよう」


そうやって瑞穂が迷っていると、呆れたように生人が言葉を挟んだ。


「どっちも買えばいいだろ。一個は引っ越し祝いに買ってやるよ」

「やったー、じゃあ二つ買っちゃおう!」


そう言って、瑞穂は二つのマグカップを他の物と一緒に買い物カゴの中に入れた。

それ以来、お互い決めた訳ではなかったが、二人で紅茶を飲む時には赤が瑞穂で青を生人が使うようになった。

どちらが紅茶を入れようとそれは常で、瑞穂にとってはそのマグカップがまるで二人の象徴のように思えた。


元々気が合っていたのもあって、生人との同居生活は楽しく過ごせていた。

だが夜になって眠ろうとすると、時々どうしても寝付けなかった。

不安で涙が止まらなくなると、横で眠る生人の布団に瑞穂は潜り込んだ。


「どうしたんだ?」


最初のうちは生人もそう聞いていたが、布団から追い出すようなことはしなかった。


「夜に溶けてしまいそうで、怖い……自分がいなくなっても誰も悲しまないんだって、そう思うとどうしようもなく怖い……」


実家では自らの存在さえも否定され続けていた。

そんな瑞穂にとって暗闇は敵で、孤独を感じさせる存在だった。

それは昼間のあの明朗さとは対照的だったが、そんな弱さも持っていた。

生人は何も言わずに、横にいる瑞穂の背中をさすった。

そうされると、生人の布団の中で安心して眠りにつくことが出来た。



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