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キャリーケースの女  作者: 瀬戸真朝
第一部 六章【そして、長い長いクリスマスイブの始まり。】
20/39

6-3

*      *      *


「どこにいるんだ?!」

焦りのあまりついそんな言葉が出ると、途端に周囲の視線が俺に集まる。

だがそれも一瞬で、何事もなかったかのように人々は歩き出していた。


────瑞穂さんとはもう、会えないのか?

あれから勢いで飛び出し、玉那駅に来ていた。

クリスマスイブなのもあって、昼下がりの今も曇り空だったが駅前の人通りはいつもより多かった。

そんな人混みの中を見回しながら走り歩く。

あの目立つ黒い革のキャリーケースを引きずる姿を目印に探すが、瑞穂さんの姿はどこにもなかった。


思い起こせば、こんな時に瑞穂さんがどこに行くかなんて見当も付かなかった。

よく行く場所どころか、バイト先がどこの本屋なのかさえも知らない。

俺と暮らすまでどこにいたかも聞いた事がなかった。


頭の中で浮かぶ瑞穂さんは理不尽で暴君で突拍子もないことばかり言って、でもいつも笑ってて……それから…………それから?


瑞穂さんの趣味は?

瑞穂さんは大学で何を学んでる?

瑞穂さんの出身校は?

瑞穂さんの好きな物は?

瑞穂さんの誕生日は?

──俺は何一つ、答えられない。


「長谷川瑞穂って、一体誰だ……?」


走り続けた足を止めて、そう呟く。半年近く一緒に暮らした相手のことを何一つ知らない。

……いや、知ろうとしなかった。そんなことに今更気付いた。


探す宛もなく、駅前の広場で途方に暮れた。

手の冷たさを感じ、癖でついジーパンの後ろポケットに手を入れると、中に紙の感触に気付く。

取り出してみると、家を出る時に勢いで入れたあのルーズリーフがくしゃくしゃになって入っていた。

焦っていたせいで中身をちゃんと読んでいなかったことに気付き、もう一度広げる。



『君にとっては

座る席がなくて困っていた人に

隣の席を譲ってあげたら

その人は眠ったまま 寄り掛かってきたけれど

疲れているのだな と、肩に重さを感じても

起こさずに そのまま枕になってあげた

ただ、それだけの事。


それが あたしにとっては

求めていた優しさで

ずっと感じていたい温かさだった

ただ、それだけの話。


けれど二人とも もういないことに

耐えられなくなっちゃったんだあ。』



「これって、どういう意味なんだろう……?」


訳が分からない。この詩が何を言っているのか、俺には理解出来なかった。

けれども、ルーズリーフが入っていた封筒の中には渡していた合鍵があったから瑞穂さんがこれを書いたことは確かだったし、手掛かりはこれしかなかった。


大学の教養科目の授業か何だったか忘れたが、『詩は何も言っていない。だから何度でも読むんだ』と偉そうに言っていた教授がいた。

けれど、この詩の中に伝えたいことが入っていると俺は思う。

だからこそ、それが分かりたくてもう一度よく読んだ。


「……『二人とも』って、どういうことだ?」


二人のうちの一人は俺だと何となく思う。

だったらもう一人は誰だ、なんて聞かれても分からなかったが、一応俺に向けて書かれているのだから自分も知っている人のような気がする。

だが瑞穂さんの交友関係さえも俺はよく知らない。

けれど、思い出せ。半年の間に、必ずどこかで…………そうだった、肝心なことを忘れていた。


幸いに駅は目の前で、ポケットにある財布には定期が入っている。

改札をダッシュで越え、来たばかりの下り電車に飛び乗った。



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