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同居することがいつの間にか決められている上、突然そんなことを言われて更に慌てた。
だがそんな俺を全く気にしていない様子で、さっき敷いた布団をまるで自分の物かのように女はめくる。
「じゃ、あたし長旅で疲れちゃったからもう寝る。おやすみー」
「ちょっと、それ俺の布団なんですけど!」
慌てながら布団の横に座ると、女はそんな俺を見て笑った。
「いいじゃない、横で寝れば。ついでにヤっても良いよ。あたしは寝てるけど」
そして女は欠伸をすると、目を閉じてしまった。
「ちょっ、起きて下さいってば!」
掛け布団ごと揺すったが起きる気配は少しもなく、女は寝息を立てていた。
「……こんなのアリかよ…………」
もはや諦めるしかないことを悟った俺は、仕方なくさっき押入れにしまったはずの予備の布団を運び出し、女とは離れた場所に敷いた。
……と言っても、狭いワンルームだから全然離れてなんかいないんだけど。
「『友達が来た時の為に、もう一式持って行きなさい』って布団持たせてくれた母さん、ありがとう……まさかこんな風に役立つとはな……くっそー、明日こそ追い出してやる!」
朝から畑仕事で今頃とっくに寝ているはずの母さんに向かってそう言うと、とにかく目を閉じて寝ようとした。
だが、隣で寝ている存在が気になって、もう一人の俺が言うことを聞いてくれない。
結局、殆ど寝られずにその夜を過ごした俺だった……。
──翌日。起きてすぐに違和感に気付いて背中を触ると、着ていたTシャツが少し濡れていた。
どうやら寝汗をかいてしまったらしい。実家でこんなことはなかったが、この部屋にはクーラーがないから仕方ないのだろう。
あぁ、これから暑い夏がやってくるのか。嫌だな……。
寝起き頭でそんなことを考えていると、先に起きていたらしい女が隣の布団から不思議そうな顔で俺を見ていた。
「そんなじっと見てきて、一体何なんですか?」
「いや、何で襲って来なかったのかなぁと。てっきり、我慢出来なくて夜中にでも来ると思ってたし」
思ってもいないことを言われ、俺は頭を抱えるしかなかった。
「……そんなに俺、信用出来ません? さすがに、好きでもない女の人なんて襲いませんって」
「チェリーボーイなのに?」
布団の上を転がりながら笑っている女を見て、俺は髪の毛をかき上げるしかなかった。
──好きな人相手じゃなきゃ何も意味がない、と正直思う。
焦っているのも事実だったが、経験がないからこそそう考えてしまう俺は異常なのだろうか。いや、そうではないと信じたい。
だから少し躊躇はしたけれど、語気を強めて言った。
「……俺、絶対そういうことしませんから!」
女は動きを止めて起き上がると布団の上に座り、立っていた俺をただ黙って見つめている。
その表情から驚いているように見えたが、何がおかしいのか突如笑い始めた。
「あはははは! じゃあシュンがいつまでチェリーボーイでいられるか、楽しみにしとくわ」
そう言って口角を上げた女の笑みが、何故だか印象的に思えた。
──その後、俺が作った朝食を囲みながら出て行くように遠回しに言ってみたものの、全然効かなかった。
それに害はなさそうだし家賃も助かるからと、結局のところ滞在を許してしまっている。
だからって長期でもいいかは別だけど。
……なんかもう、この状況を受け入れるしかないと思えた俺は、昨日と比べてちょっと成長したのかもしれない。
はぁ……結局、一人暮らしを一日も体験出来なかったんだなぁ……俺。