5-3
* * *
十月になって少しずつ肌寒くなってきたのだが、掛け布団が厚いせいか寝汗はまだかいていた。
そして瑞穂さんとの生活は相変わらずだった。
中成大の文学部に通い本屋で働く瑞穂さんは、俺の背中が丁度いいと言って背もたれにして本をよく読んでいる。
俺も読書の秋に乗っかって、背中に瑞穂さんの重さを感じつつレポート用の本を読んだりするなど、そんな風に過ごしていた。
さすがに服はあの黒い革のキャリーケースから出し入れしていたが、もう三ヶ月以上過ごしているのもあって着々と部屋に瑞穂さんの物が増えていった。
棚の上に置かれたドライヤーに櫛、部屋に干されているキャラクター柄のタオル。
……〝八海山〟の他に〝笹一〟なんて知らない銘柄の酒瓶が棚に並んでいるのはまぁともかくとして、どれも男の俺には縁がないものだった。
その日も俺はバイトに向かっていた。
大学周りは木々に囲まれているのもあって、駅から歩く際に見た空には、地元ほどではないが星がいくつか見えたのを覚えている。
星がよく見える、空気が澄んでいる夜だった。
二十三時近くになってレジ担当の大越と分かれると、バックルームで上着を着てからウォークインと呼ばれる冷蔵庫に入った。
ウォークインは、陳列されたペットボトルを後ろから補充しつつ、メールの確認や仕事中の息抜き(と書いてサボりと読む)が出来るほぼ唯一の場所だ。
そこで寒さに耐えつつ、一人なのをいいことに少し手を抜いて作業していた。
「あの、俊也クン。ちょっといい?」
ペットボトルの箱を開けて補充していると、扉が開く音の後に女の子の声がした。
そちらを向くと、何故かみなこちゃんがウォークインに入ってきていた。
「うわぁ、やっぱ寒い~」
「みなこちゃん?! これ着ていいよ!」
慌てて、自分の着ていた作業用の上着を脱いで渡すと寒かった。もちろん後悔はない。
「うぅ、ごめんね。ありがと~」
「どうしたの、こんなところに? 終電大丈夫?」
店から一駅離れたところで、みなこちゃんはオーナー夫婦と一緒に暮らしていると聞いた事があった。
「うん、もう帰ろうと思って~。でも、その前に言いたいことがあったから」
「ん、どうしたの?」
向かい合ったまま俺が聞くと、みなこちゃんは俺の顔色を伺うかのように上目遣いで見てきた。やばい、すごくかわいい。
「あのねぇ」
みなこちゃんは一呼吸置いた。いつもとは少し様子が違っていて、俺まで意味もなく緊張してきた。
「あのね、私と付き合ってくれないかなぁ?」
自分の耳を疑った。夢なのだろうか?
夢だったらここで寝ていてそのまま凍死するのだろうか?
いや夢でもいい、なんだっていい!
だって、あのみなこちゃんが俺と、つ、付き合うだなんて!!
そうやっていつの間にか一人で盛り上がっていると、不安そうに俺を見るみなこちゃんに気付くまでに時間がかかった。
「……あ、ごめん、もちろんだよ! 俺こそ、付き合ってください!」
そう言うと、途端にみなこちゃんは笑った。
「良かった、じゃあ私これで帰るから。お疲れさま」
「あぁ、うん! お疲れ様」
上着を返してもらうと、みなこちゃんはウォークインを出て行った。
「俺がみなこちゃんと付き合うなんて……ふふふふふ」
結局、終わるのが遅いのを心配した大越が来るまで、寒さも忘れて頭の中で妄想を繰り広げていた。
そのせいで大越にはすぐにバレてしまった。