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キャリーケースの女  作者: 瀬戸真朝
第一部 四章【もう二度と、見れないもの。】
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4-4

*      *      *


花火大会当日は無事に晴れた。

どうせだから昼間から玉那ランドに行こうと大越は誘ってきたが、瑞穂さんは嫌がった。


「別に花火大会だけでいいじゃない。あそこつまんないし」

「瑞穂さん、行ったことあるんですか?」


朝食の際にそう聞いたが、瑞穂さんは何も答えないままだった。

そして結局、夕方から大越と待ち合わせることになった。

夕闇が残る中、バスが出ている中成大学・明王大学駅の東口で大越と待ち合わせた。


「お待ちしていました」

「おう。行こうぜ」


普段は中成大生ばかりだったが、駅前の人通りが普段より多く、家族連れが特に目だった。

そのことから、花火大会目的の人が多いと感じさせる。


「なぁ、なんで閉園するんだ?」


玉那ランド行きのバスの中も人が多く、俺たち三人は立ったまま乗っていた。

瑞穂さんは珍しく会話に参加せず、下を向いている。

そんな中で俺が大越に聞いたのだった。


「確か、家電だったかな? 母体の会社が赤字経営で、リストラとか経営縮小の嵐なんですよ。何せ、この不況ですからね」

「なんでお前が知ってるんだよ?」


土地勘があるならともかく、ここが地元ではないはずの大越がそんなスラスラ言えることが不思議だった。


「経済学部ですからそのぐらい知ってますよ」


大越は涼しい顔で言った。

俺も経済学部で同期のはずなのだが、最近大越が遠く感じるのは気のせいなのだろうか。

まぁ、俺が子供なだけなのかもしれないが。


一方で、大越にとってはせっかく株稼ぎになりそうな場面だったのだが、そんな俺と大越のやり取りも瑞穂さんは上の空で聞いていなかったらしい。

瑞穂さんはずっと下を向いて何かを考えている様子だった。こんなことは珍しい気がする。


やがて、玉那ランドに着くとバスから人がゆっくりと降り始めた。

俺たちも降りて、入口のゲートに向かう。

今日の花火大会は地域還元として入園無料だとチラシにも書いてあり、ゲートは自由に行き来出来るように開放されていた。

園内に入ると、メリーゴーランドやコーヒーカップ、名前は分からないが動いて上がったり下がったりする子供向けの乗り物が見えた。

やはり、ここは仲間内で遊んだりデートしたりする学生向けの施設ではないようだ。

家族連れが目立つが、それでも花火大会のせいか大学生らしき姿もちらほらはあった。


「観覧車と反対側の方に穴場があるんですよ。そっちに行きましょう」


大越が俺らの先頭に立って案内しようとするから驚いた。


「お前、ここ来たことあるのか? 結構きついぞ、この坂」

「いえ、ネットで調べました。思ってたよりも坂ですけど、この先にいいところがありますから」


大越はそう言うと歩き続けた。

俺も瑞穂さんを横に連れながら、大越のすぐ後ろにいた。

瑞穂さんは時々相槌程度に会話に入ってくるものの、今はただ黙って坂道を歩き続けていた。

機嫌が悪いのかよく分からなかったが、ともかく今日は珍しく瑞穂さんのテンションが低かった。

まぁたまにはそんな日もあったっておかしくはないけど……大越は気にしていない様子だったが、俺にとって違和感がかなりあった。


「ここです、ここ。良かった、あまり人いないですね」


きつい坂道を上った先は山の中によくある、屋根も付いた休憩所みたいなところだった。

元々丘陵を切り崩して作った遊園地だから坂道は多いと聞いていたが、このような休憩場所もあるみたいだった。


「ここからだと、観覧車の横に花火が上がるのをきれいに見れるんですよ」

「観覧車……」


準備良くレジャーシートを敷きながら大越が言い張ると、瑞穂さんが呟いた言葉が聞こえた。

俺が聞き返すと、瑞穂さんはそれ以上何も言わなかったけど。


やがて花火大会が始まると、花火は少し小さかったが人ごみに溢れることもなくまっすぐと花火を見ることが出来た。

空に打ち上がる花火のすぐ横には、この街一帯からよく見える観覧車のあの光があった。


「きれい」


俺の隣で瑞穂さんがそう呟いたのを俺は聞いた。

花火から目を逸らして瑞穂さんを少し見ると、目の前に広がる花火に心から感動しているかのような表情のように思えた。

瑞穂さんにとって、この花火は特別だったのだろうか。


「そういえば、もう二度とこの花火を見ることは出来ないんですね」


ふとそんなことを口にすると、瑞穂さんは振り返って俺を見た。

何も変哲もない、ただの花火大会に変わりはないのだが、今年で閉園する以上ここで花火を見ることは二度とない。

そんなことを言いたくて言ったつもりだった。

けれど瑞穂さんは違うように受け取ったようだった。


「そうね。でも、それは何に関してもそうよ。同じ物を見れることは、二度とないわ」


瑞穂さんのその呟きは、今日のことだけを含めて言っていることではないと思った。

そう考えると、何だかその言葉は深かった。

だが、一日一日を大切にしなきゃいけないのは分かってはいるのだけど、実際それが出来ているわけではなかった。

大切にしたいのだけど、どうしたら大切に出来るのだろう。俺には分からない。


「僕もそう思います」


言葉に迷って言うのを躊躇っていると、先に大越がそう答えた。

何だか悔しかったが瑞穂さんの顔を見ると、何かを吹っ切ったのか段々表情が明るくなってきた。


「屋台いこー! お好み焼き食べたいなーもちろんシュンのおごりで」

「何言ってるんですか、瑞穂さんの方が先輩でしょう!」


花火大会が終わる頃には、瑞穂さんはいつもの調子だった。

内心、少し安堵したのを本人には悟られないように思いつつ、後でこっそりお好み焼きを買って帰ろうと決めた。


「瑞穂さん、僕がおごりますってば」

「やったー、シュンと違ってやっぱ大越くんは分かってくれるわね!」


……前言撤回。

帰りはバスが混んでいるのもあって、三人で並んで駅まで歩いて帰った。

もう二度と見ることがないあの花火の色は、八月最後の夏休みの思い出として残った。




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