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電車に乗り、やがて窓からあの観覧車が近くに見えてくる。
日帰りとはいえ遠出していたのもあってか、無事に帰って来れたことでようやく肩の力が抜ける気がした。
そして玉那駅で降りると、疲れていたのもあって珍しく外食をすることにした。
店を出る際、更に珍しいことに瑞穂さんが全額出したので驚いた。だが、それで終わりではなかった。
「あれ、何ですかこれ?」
帰って来て早速濡れた水着を洗濯機に入れると、喉の渇きを感じて冷蔵庫を開けた。
するといつも入っている野菜類の他に、小さめの白い箱が置かれている。
「あ、忘れてた! それ、開けてみて」
瑞穂さんがそう言うので冷蔵庫から取り出し、何なのかと思いながら開けた。
見るとそこには、ショートケーキやチョコレートケーキ、チーズケーキにモンブランが入っている。
「あれ、これって……」
「シュン全然気付かないんだもん。はい、ハッピーバースデー!」
そう言われ俺は呆然としたが、ふと今日が八月三日であることを思い出した。
「知っててくれたんですか?!」
夏休みの真ん中にあるせいで、小学生の頃から誕生日を忘れられがちだった。
だから祝われないことに慣れていたし、自分でも忘れているほどだ。
なのに、まさか瑞穂さんが知っているとは思わず、驚きを隠せなかった。
「シュン、ケーキ何が好きか分からなくていっぱい買ったし、好きなの選んでいいよー」
そう言われ、段々と察しがついてきた。いつも突拍子のないことを言う瑞穂さんについ慣れていたが、考えてみれば急に海なんておかしい話だ。
俺に楽しんで欲しくて、瑞穂さんなりに今日のことを計画したのだろう。
「ショートケーキおいしい?」
ケーキを二人で突付いていると、瑞穂さんにそう聞かれた。
「おいしいですよ。それに、今日も楽しかったですよ」
そう返すと、瑞穂さんはフォークを持ちながら満面の笑みを浮かべ、俺の方を見た。
「シュンも楽しかったなら良かったー!」
それから瑞穂さんは熱心にチーズケーキを食べていたが、突如「あっ!!」と声を放った途端に深刻そうな顔つきをした。
それを見て、俺も焦った。
「ど、どうしたんですか?!」
不安になりつつそう聞くと、瑞穂さんは涙目になりながらゆっくりと俺の方を向いた。
「ケーキ……写真撮るの忘れたぁ……」
思ってもいない言葉で俺は一瞬呆れながらも、慌てて気を取り直した。
「またクリスマスの時に食べるんですから、その時撮ればいいじゃないですか」
元気付けようと思ってそう言うと、瑞穂さんは少し驚いたように俺を見る。
よく見ると少しだけ涙が出ているように見えたが、すぐに何でもないかのように瑞穂さんは振舞った。
「そう、よね……クリスマスがあるもんね。よしっ、食べよう! うん、おいしー」
少し気になりはしたが、瑞穂さんは携帯を構えることもなく再び食べることに専念していた。
いつもの瑞穂さんだった。
──この時、〝クリスマス〟という言葉が自分から出て来るぐらい、冬になっても瑞穂さんが家にいるものだと、ごく自然に思っていた。
それぐらい瑞穂さんの存在は、いつの間にか俺にとって普通と化していた。
だから、その言葉が一体どういう意味を持つかなど全然考えてなかったんだ。