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キャリーケースの女  作者: 瀬戸真朝
第一部 一章【暴君、光臨。】
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1-1

とてもハイテンションなコンビニラブコメディーです。

ですが第七章──瑞穂の物語──から急展開を迎えます。

それまではゆるーい彼らの物語を楽しんで頂けたら幸いです。

全10章で既に完結済みです。


なお、手元にあるwordファイル内ではもちろん文頭を下げているのですが、編集上の都合により文頭下げをしておりません。

申し訳ないのですがご了承の上お読みください。

○第一章



「よっしゃ、ついに一人暮らしの始まりだー!!」


実家から送った荷物を昼過ぎから運び入れていたが、やっと片付けも一段落着いた。

布団を敷いて勢いよく倒れ込むと、天井の木目が視界に広がる。


「ここボロいし、こんな音立てると苦情来たりするのかな……ま、一階だし大丈夫だよな。よしっ、今日からここは俺の城だ!」


梅雨明けも近付き、夏も迫った今。

春から始まった東京での大学生活も多少は落ち着いてきた。

今までは毎日一時間半もかけて実家から大学に通っていたが、バイトの給料も貯まって今日から念願の一人暮らしが出来ると思うと、どうしても気分が高まってしまう。


「もう、わざわざ毎日家に帰ったりしなくていいんだ!」


布団の上で派手に寝返りを打つと、今までの日々を思い返した。


「飲み会やバイトで朝までこっちいたりすると、荷物やテキストとか取りにわざわざ家帰ったりして面倒だったしな。仕送りとバイト代足しても、こんなボロアパートを借りるので精一杯だったけど……」


二階建て木造アパート一階。

部屋の壁は土壁で出来ていて、床はフローリングではなく畳の和室。

私鉄だが特急が止まる比較的大きい駅が近いのと、風呂・トイレ別というのが数少ない利点、というこの部屋を見回してみる。


「まぁでも、友達んちに何度も泊まるのは気が引けたし、やっぱ一人暮らしは楽だしな。それに、せっかく東京の大学に来たんだから、距離なんて気にせずにキャンパスライフを満喫しなきゃな!」


おっと、いけない。

一人暮らしをすると独り言が増えるとよく言うが、その通りなのだと気付いた。

これから気を付けないと。


 

そんな時、玄関のチャイムの音が聞こえた。

一体誰だろう?

片付けに手間取って、今はもう夜の十一時だ。これ以上荷物が届く予定はないはず。

それに、ここの住所は友達にまだ教えていない。


「はーい、どちら様ですかー?」


一体誰なのか疑問に思いながらも立ち上がると玄関に行き、ドアを開けた。

すると扉の前にいたのは化粧気もない、美人でもなくパッとしない顔の若い女だった。

髪は茶髪のショートカットで、ボサボサな頭をしている。

服はヨレヨレのTシャツに、濃い青のジーパン姿。


俺もこの時期だと、Tシャツの上からチェックの柄シャツを羽織り、水色のジーパンとかと合わせているぐらいだ。

それで髪も染めてない俺は、おしゃれだと言われる人種とは程遠いのは自覚していた。

しかしそんな俺にも、この女の格好がダサいことは分かる。

そして女の背後には革製で小さめの黒いキャリーケースがあり、縫い目の白が黒の革に映えて目立っていた。

どこをどう見回しても全く見覚えがないぞ……。


「あのー、どちら様ですか?」


戸惑いながらも話し掛けると、女は何も言わずにキャリーケースを持ち上げて部屋に突如上がり込んで来た。


「ちょ、ちょっと! 勝手に入らないで下さいよ!」


だが女は何食わぬ顔で中に入り、部屋中をゆっくりと見回した。


「……ふーん、男の部屋にしてはきれいな方ね。ワンルームだけど……ま、そこは問題ないか。 もうちょっと広ければ良かったんだけどねぇ」

「な、何なんですか、あなたは?!」


勝手に部屋に上がり込まれたらそう聞くのも当たり前だ。

しかし、女はその質問には答えずにキャリーケースを部屋の隅に置き、俺の方を見た。


「あたし、ここに住むから。よろしく」


突然言われたその一言は、俺の頭を混乱させるのに十分過ぎる言葉だった。

ここに住む? 誰が? 一体どうして?

しかしいくら考えても仕方ないことに気付き、慌てて反論した。


「おいっ、勝手なこと言うなよ! なんで俺が、知らねぇ女と暮らさなきゃいけねぇんだよ」

長谷川瑞穂はせがわ みずほ

「…………はぁ?」


この状況で名乗られるという不意打ちをされ、つい気が抜けてしまった。


「これであたしたちは知り合いでしょ。何か文句ある?」


そう言われて納得しそうになったが、慌てて突っ込んだ。


「名前知ったからって知り合いじゃねぇよ! そもそも俺の名前を知らないじゃんか」


あやうく騙されそうだった俺も俺だが、肝心なことにようやく気付いた。

だが、まるで小さな子供を見るような目で女は見てくる。


「知ってるわよ、中井俊也なかい しゅんや君。

呼びやすいから『シュン』でいいわよね」


いつの間にか名前が知られている上、更にあだ名まで勝手に決められている状況に益々焦った。

何だかこのままだと、せっかく手に入れた俺の城が見ず知らずのこの女に乗っ取られてしまうような気までしてきたぞ。


「何がシュンだよ! それに何で俺が、お前なんかと暮らさなきゃいけな──」


文句を言おうとすると、女が言葉を遮ってきた。


「『お前』じゃないわよ、『瑞穂さん』って呼びなさい。あたし、これでもシュンの一つ上なんだから」

「何で俺の歳まで知ってるんだよ? というか、俺の一体何をどこまで知ってるんだ?!」


そうやって焦っていると、なだめるかのような口調で女はこう言った。


「まぁ良いじゃない、シュン。家賃と食費と光熱費は半分払うし。敷金や礼金とかは払わないけどね」


『半分』──その言葉につい、心をときめかされた。

築ウン十年のボロアパートなのに、ここは一応都内だからって家賃は高めで今のバイトの給料だと正直辛い。

仕送りもあるが、電気代とかを考えたらなかなか切羽詰まっている。

でも、だからって今日初めて知り合った奴と一緒に暮らすなんて……それに、一応相手は女の子なんだし……でも家賃…………。

頭の中で葛藤していると、突然女が俺の顔を間近から覗き込んできた。


「……うわぁ、何ですかいきなり?!」


慌てて離れると、女は笑い始めた。


「いやぁ、一緒に暮らすって言っただけでこんなにビビってるなんて、童貞なんだなぁと思って」

「ちょっ、おい!」


どうしてバレた?!

大学に入って、周りの男共がとっくに卒業していると知り、正直ただでさえ焦ってるのに……


「ははは、まぁそう焦らなくていーよ。チェリーボーイ君」


まるで、俺の心を読んだかのようなその言葉は胸に突き刺さった。


「べ、別に、今年でもう十九なんだからいつだって出来るし! それにそんなこと、お前に関係ないだろっ」


慌てながらもそう言うと、「『お前』じゃなくて、みーずーほーさん!」と釘を刺してきた。

そんな、初対面で名前なんか呼べるかよ……。


「これから暮らしていく相手なんだから、ちゃんと名前で呼べるようにしなさいよ、シュン。それに、あたしがシュンの童貞を卒業させたっていいし」

「はぁ?!」




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