第6話 ひとりで運ぶ男
サルコは、いつも一人で荷を運んでいた。
獣人の荷運びは珍しくない。だが彼の場合、珍しいのは仕事の速さより、誰とも組まないことだった。大きな背に縄束を掛け、黙々と坂を上り下りする姿は、町の誰もが知っている。けれど、彼と長く世間話をしたことのある者はほとんどいない。
ある昼、夕凪染房へ入るはずの布地が届かなかった。待ち合わせの倉庫へ行くと、サルコが荷車の前で立ち尽くしている。荷主の商人が、鼻にかかった声で言った。
「いやあ、やっぱり獣人の爪跡がついた荷なんて、うちの客が気にするものでね」
荷は傷一つついていない。言いがかりだった。
サルコは反論しなかった。ただ縄を解き、荷を置いて帰ろうとしていた。そこへルラが迷いなく割って入る。
「その布、うちの注文です」
「受け取り拒否されたんですよ?」
「私はしていません」
ルラは荷の端を確かめ、笑いも怯みもなくサルコを見上げた。
「重かったでしょう。お茶、飲んでいきませんか」
あまりにも自然な誘いに、サルコの耳がぴくりと動いた。疑うより先に、戸惑っている顔だった。
夕凪染房へ戻ると、ルラは温かい茶と、余った生地で包んだ蒸し芋を出した。サルコは最初こそ立ったままだったが、「冷めますよ」と二度言われてようやく座った。
「……礼は要らない」
「まだ礼は言っていません」
「言いそうな顔をしていた」
「そうですか。では後で言います」
そのやり取りを見て、アルカディウスは倉庫の商人へ向き直った。怒鳴りもしないし、責め立てもしない。ただ契約書を広げ、受領拒否による損失と、今後の取引信用の低下を一つずつ示した。
「個人的な好悪を理由に受け渡し条件を変更した場合、違約金が発生します。また、運び手の種族を指定する条項は本契約にありません」
「そ、そんな大げさな」
「大げさではありません。帳面に残る、というだけです」
静かな声なのに、商人の顔色はみるみる悪くなった。結局、荷はその場で正式に受領された。
夕方、茶を飲み終えたサルコが立ち上がる。
「違いを笑わずに見たやつは、久しぶりだ」
ぶっきらぼうな言い方だったが、そこに混じる温度は低くなかった。ルラは残っていた蒸し芋を包み直して渡す。
「次は代金を払って、ちゃんとお客さんとして来てください」
「食い物にまで帳面をつけるのか」
「商いなので」
「……嫌いじゃない」
アルカディウスが戸口まで見送ると、サルコは少しだけ振り返った。
「困ったときは呼べ。速さだけなら、役に立つ」
ひとりで運ぶ男がそう言うのを、ルラは染め桶の湯気の向こうで聞いていた。のちに町が大きく揺れる冬の日、その一言がどれほど頼もしい約束になるかを、このときのふたりはまだ知らない。




