第5話 オレンジ色のパーマ大惨事
騒ぎは、だいたいディラッチが呼ぶ。
港町一の髪結い兼美容魔導師を名乗るその男は、腕だけなら文句なしに一流だった。問題は、腕以外の部分がだいたい勢いでできていることだ。
「見てなさい、今日は港じゅうの頭上に新しい風を吹かせるから!」
そう言って彼が広場で披露したのは、風向きと湿度を計算して、髪を一度で美しく巻く美容魔導だった。見物人は多く、ボンカは最前列で拍手し、ルラは嫌な予感しかしない顔をしていた。
「アルカディウスさん」
「はい」
「止めなくていいんですか」
「止まる人なら、とっくに誰かが止めています」
案の定、海から急に風向きが変わった。ディラッチが得意げに掲げた薬液が、きらりと橙に光った次の瞬間、霧のようになって周囲へ飛び散る。
悲鳴が上がった。
魚屋の若旦那の髪がふわりと持ち上がり、湯屋の番頭の前髪が見事な渦を巻き、船乗り見習いの頭には鮮やかなオレンジ色の巻き毛が誕生した。広場は一瞬静まり、次いで爆笑と怒号が同時に起きる。
「なんで俺だけ夕焼け色なんだ!」
「似合ってるよ!」
「似合ってても困る!」
ディラッチは「計算上は完璧だった!」と叫び、アルカディウスは苦情処理の中心へ走り、ルラは飛び散った薬液の匂いを嗅いで眉を寄せた。
「これ、柑橘皮の抽出液が強すぎる。熱で定着したんだわ」
「直せますか」
「中和はできる。けど完全には戻らないかもしれません」
「それでもお願いします」
夕凪染房の裏庭が即席の救護所になった。ルラは酢と灰汁と薬草を混ぜ、中和液を作る。ジェスパーは目に入った者の手当てをし、ボンカは騒ぐ見物人を笑いながら並ばせた。
アルカディウスは怒鳴る魚屋に頭を下げ、巻き毛になった番頭には代替の帽子を手配し、ディラッチにはひたすら桶を運ばせた。派手な男がしおれた犬みたいな顔で働く姿は少し面白くて、苛立っていた者たちもだんだん笑ってしまう。
夕方には、最初ほどの鮮やかさは落ち着いた。けれど何人かはほんのり橙の名残を残したままで、広場のあちこちで「いや、思ったより似合うな」「明るく見える」と妙な評価が生まれた。
「災難でしたね」
「でも、広場がいつもより楽しそうです」
「たしかに」
片付けのあと、ルラは指先についた橙を見つめた。夕焼けにも果実にも似た色だ。ディラッチは鼻をすすりながら言う。
「この色、名前を《オレンジ》にしようと思ってたのに……最悪の披露になった」
「色に罪はありません」
「言うねえ、染物屋」
「ただし、次に風向き計算を間違えたら、あなたの髪を一か月、藍一色にします」
「それはやめて」
皆が笑う。広場の騒ぎは迷惑だったはずなのに、終わってみれば町じゅうが同じ話をしていた。
そしてその日の笑いは、のちに港町でもっと大きな《オレンジ》の話題が持ち上がる前触れになった。




