「いきますわよ、お嬢さまぱーんち!」
こちらまでいらしてくださりありがとうございます。
ごく軽い暴力、性愛描写が出てきます。
正直ノリで書きました許してください。
薄目でお読みくださいませ。
Calling my boyfriend/husband by their full name
をコピペしてようつべで検索すると理解度が深まるやもしれませぬ。読んだ後にでもお気が向いたらぜひ。
「ヘブロン・リッチウェルス」
名を呼んだ、それだけで愛しい婚約者を恐怖のどん底に突き落とせました。そしてむき出しの感情のまま思い出した下町風文句を叩きつけます。
「 “ I’m gonna knock you flat. “ 」
だってあなたが、会うなりおっしゃったんだもの。
ーー「婚約を破棄しよう」って。
声こそ震えていたけれど、区切ることもなく言い切りましたね。事前に何度もなんども言う練習したのがわかりました。あなたは真面目な努力家ですもの、覚悟を決めてらっしゃったのね。
ですからこのレヴィアナ・マネキャッシュも覚悟をお見せしますわ。
下町風に言うと、
ーー地獄の果てまで追っかけて思い知らせてやったらぁ、ですかしらね。うふふ。
今日はいつも通りのお茶会にするはずでした。
我がマネキャッシュ家の一室で、お馴染みの席、お馴染みの婚約者、お馴染みの侍従に侍女ーー毎回違うのはお茶とお茶菓子くらいです。
会うなりロンがなにか打ち明けたそうにしているのは察しておりました。わたくしは情報を掴んでおりましたし、相談を優しく聞くだけの心づもりでしたのよ。「大変でしたわね、でももう心配なさらないで」そう言って、元通り仲良しの婚約関係が続くはずだったのです。
それが、婚約破棄?
今年結婚というときになって?
おふざけが過ぎますわ、まったく。
「ヘブロン・リッチウェルス」
努めて穏やかに二度目を呼ぶと、やっと意識が戻ったようです。固まっていたロンがぐわんと揺れ、血の引いた肌になりました。テーブルに置いた人差し指が痙攣してますね。
それも致し方ないこと。
親しい婚約者をフルネームで呼ぶことは、仰々しくよそよそしいことです。
ふだん愛称で呼んでいる殿方なのですもの。名前をまったく略さずにお呼びすることは、これ以上のない怒りを表明していることになります。
人によっては即座に両手を上げる。つまり全面降伏宣言をします。泣いてしまう殿方もいらっしゃるでしょうね。中には目も合わせず逃げる方だっています。
常にそばに控えている彼の侍従はあわれみの目(「骨は拾ってやるから」)を向け、あまつさえハンカチで目尻をぬぐう仕草をしました。優しくロンの肩を叩いてから、そそっと早足で立ち去ります。
賢明な判断ですこと。
わたくしの心を感じ取って蒼白になっている婚約者にうっすら微笑みます。
「その前にわたくしにお話しすることがあるでしょう」
「事情は説明する、けど婚約破棄は受け入れてほしい」
ロンの中では決定事項なのですか? このようなやり方で納得すると侮られているのなら、ますます許せません。
「目を閉じてくださる? 歯を食いしばってらしたほうがよろしくってよ」
なにせ、こちらに非のない一方的な婚約破棄宣誓です。
平手打ちくらいは予測していたのでしょう。
はじめから抵抗する気のないロンは素直に目を閉じて、椅子の肘置きに両手をしっかと被せました。
わたくしはロンから目を逸らさず、すっと侍女のほうへ手の平を上にして差し出します。サッと開いた鞄の中から、例のものを取り出して手へ載せられました。
鞭でないぶん、ありがたいと思ってくださいませね?
「いきますわよ、お嬢さまぱーんち!」
ロンが口を引き結ぶ。
横に振りかぶり、ロンの顔目掛けて半身をひねります。
バララララ、と札束が頬を撫でていきました。
予想していなかった感触だったでしょう。ロンが目を見開いて、わたくしの持つ紙幣を眺めています。
「レ、レヴィアナ……?」
まだ衝撃が足りないようです。
もう片方の手を横に出すと、侍女がさらに札束を追加します。
彼の両頬を札束で挟みぺちぺち叩いてあげれば、うふふ、やはり混乱してますわね。
「ロン、あとおいくら必要ですの?」
わたくしの後ろで侍女がせっせと積み上げていく札束を、ロンが呆然と凝視しています。止めなければ、どんどん高くなりますよ。
「知ってるの……? いや、レヴィアナ・マネキャッシュともなれば知ってるか……」
肩の力を抜いて、ずるずると背もたれを擦り落ちていくロン。まだわたくしを愛称で呼んでくださらないのね。だらしない姿に失望なんてしません。かわいく映るだけです。愛称で呼ばれないほうががっかりですわ。
婚約破棄を言い出した背景は存じ上げてます。
新事業を立ち上げたけれど、立ち行かなくなるどころか借金に化けてしまい、リッチウェルス家を苦しめていること。
わかったからこそ用意しました。
「ええ。だからリッチウェルス家を立て直すのに、おいくら必要か、教えてくださる?」
「だめだよ。きみに、きみの家に頼るつもりはない」
弱腰だったロンがきちんと背筋を伸ばして、膝の上で拳をにぎりました。
あら。
まるでロンから思いを告白されたときの目ですわ。わたくしたち両思いなのね、と寄り添ったあの日。二人でなら幸せになれます。そう信じておりました。
この手にあるのはその未来のために用意した、ほんの一部です。
「気遣い無用、わたくしがこれまで貯めたお小遣いをチョメチョメして増やしたものですわ」
「いや、『チョメチョメ』の使いどころ違くないかい?」
あら、下町風の言葉遣いって難しいですわね。要は手っ取り早く財を増やすために、法律に反しない程度の方法を選んだだけですのよ。
あまりの札束の高さにいよいよ侍女の手が届かなくなって、ジェンガ積み方式に変えて積み直しだしました。
「え、えぇー……」
さすがに引いてますわね。紙面上に書かれた数字ではなく、実際に家の負債額を現金で持ち出されては、その総額に愕然とします。こう、視覚情報として自分の至らなさを見せつけられると、いたたまれないのでしょうね。だからといって借金程度でロンの魅力が損なわれることはありません。もともとロン個人の責任でもありませんし。
パン、と一度札束同士をぶつけて叩くと、侍女は遊ぶ手を止めました。お遊びが過ぎましたね。お金を侍女に回収してもらって、閉じた扇を両手で持ちます。
お金が視界から消えて気を持ち直したのか、ロンが正気を取り戻しつつあります。
「急に婚約破棄を言い出して悪かったよ。でもうちの事業のひとつが悪化して……マネキャッシュ家まで悪く言われるのは耐えられない」
例えば、マネキャッシュ家がお金にものを言わせてリッチウェルス家と結婚する、とかでしょうか? 事業が上手くいかなくなったのは一週間前ですし、婚約は何年も前でしたわよ。
それとも見る目がなかったと?
リッチウェルス家が笑い物になるから?
「責任感はお持ちでしょうけれど、その判断はわたくしには不誠実ですわ」
扇をロンに突きつけます。
「問題が発生した時点でちゃんとわたくしに相談なさいませ」
それが踏むべき手順ではないかしら?
「婚約を破棄するのは、あなたがわたくしを嫌いになったときだけです」
パッと扇を広げます。
「ロン、わたくしのこと、お嫌い?」
歪んで、震える唇は扇で隠して。口の内側の肉を噛んでいなければ、歯が鳴り出しそう。潤んだ瞳だけを見せるのです。 ほうら、動揺しています。顔全体を見せたりなんてしたら、錯乱して首をくくりそうな勢いです。わたくしを恐怖に陥れたのがロン自身だなんて知られたらおおごとですわ。
「わがままで気が強くて、かわいげのないわたくしを、嫌いになりましたか?」
問うてはみても、嘘だろうが「嫌い」なんて告げられたら絶望では済みません。ええ、恐ろしくて仕方ありませんわ。
どうか違うとおっしゃって。
願いながら見つめていると、それまでのひたすらかわいらしい困り顔から感情が引いていきます。顔の下半分を手で掴み、目線を下に向けて、ロンはなにやら考え込みました。邪魔できない雰囲気です。なので精悍な姿にしばしうっとりタイムに入ります。
うふふ、佳景ですわ。
やがてふぅー、と細いため息をついてわたくしを見つめました。
「ごめん。出会ってからこれまでの僕のどの行動が『嫌いになった』と思わせたのか、教えてくれる?」
口角を上げつつも、目の奥に怒りを感じられます。これはわたくしに対してではなく、ロン自身に苛ついてますわね。
「きみへの愛を疑わせるような行動をとっていたとしたら、僕は僕自身を許さない」
絶対の自信がはみ出ています。「わたくしへの愛」において、ロンはほんとうにたくさん伝えてくれました。
「不審な行動などありません。だから、わたくしはあなたが好きなのです」
大切にしてもらえたから、好きになる。大切にしてもらえなければ好きにならないのか? と問われると、例外もあるでしょう。
けれど大切にしてもらえたからこそ生まれる愛もありまして、熱意と努力が続かなければ愛は枯れます。少なくともわたくしはそうです。そしてロンは、出会ったときからわたくしに優しく誠実に接してくださいました。それが二人の絆を確固たるものにしたのです。
最初は釣り合いのとれた子爵家家同士の契約としてしか認識していなかったヘブロン・リッチウェルスとの婚約です。わたくしの十八歳の誕生日を待って結婚すると決められていました。初対面では三歳上のロンのことは好きでも嫌いでもなく、ひとまず無難にやっていけそう、という印象でした。
数回は会ったけれど、お互いの好みも詳しくないとき、会話の中で「どこか行きたい場所はあるか」と尋ねられたのです。とっさにわたくし「宇宙へ」と答えました。
どうしてそんな鶴から亀が生まれるような、突拍子のない単語が出たのかしら。
きっと緊張していたのです。真正面からロンを見つめるのもはばかられ、上か下ーー空か庭ばかりを見てたせいでしょうね。なぜ「空へ」でもなく「宇宙へ」だったのかはほんとにわかりません。
あとになってあれは「デートで行きたい場所」を訊かれたのだと理解しましたけれど、想定外の答えに「いいね」と楽しげに笑うロンに撤回もできませんでした。
次のデートでは、
「いまはこれで我慢してね」
と、隕石が触れる博物館に連れていってくださったのです。
宇宙を旅してやってきた、ごつごつの冷たい石に触れたとき、体の中にふわりと光が広がった気がしたのです。あれがきっと、ロンからの愛の片鱗でした。
おばかなわたくしの発言のせいで悩ませたことでしょう。でもわたくしの冗談のような言葉を真に受けて、一所懸命に考えて、最善の答えをくれました。その熱意がわたくしに恋と安心を抱かせました。ロンならば、わたくしを受け止めてくれる、と。同時にわたくしもどこまでも彼を支えましょう、と決めたのです。
ロンがいくら自分はダメだと責めたとしても、わたくしが抱きしめますから。
「事業を失敗したことを悔やんでますの? それとも借金をこさえたこと?」
それらが婚約破棄の理由かと、予想をつけました。あらあら、目尻を下げた哀愁も、わたくしには色気にしか見えませんわよ? 下町で言うところの、なんでしたかしら、ああそう。「けしからん」フェロモンですわ。
「きみの夢を潰してしまった……こんな男は、きみにはふさわしくないだろう」
わたくしの夢。
リッチウェルス家が手がけた新事業というのも、宇宙ロケット開発だったのですもの。
宇宙に行きたいと言い出したのはわたくしですけれども、さすがに宇宙規模の甲斐性は、一人の人間の男が背負うには広大すぎます。神さまにも手に負えないのではないかしら。
わたくし、夜のお庭にピクニックシートを敷いて、ロンの隣で星空を眺めるくらいで大満足する女ですわよ?
今度は安っぽすぎますか? うふふ、おだまりあそばせ。
「わたくしの夢とおっしゃいますが、わたくしはなにひとつ関わらせてもらえていないのですけれど?」
「それは……、アナの行きたい場所に連れていくのは僕の義務だと思っていたから」
平和な時代とはいえ、貴族女性はいまだ男性に頼らざるをえない場面が多くあります。外出の付き添いなどが典型的な例ですわ。父兄や婚約者または侍従がその役割を負います。貴族女性が一人で外歩きなど、ろくに教育も受けていない恥晒しと評価される不便な世の中です。
けれどわたくしを連れ出すのがロンの義務だとおっしゃるのなら最後まで責任を持つのが筋ではなくて? 好き勝手に甘やかしたあとにわたくしを投げ出すなんてひどいですわ。捨てないでください。
これからの人生、ロンといられないのなら、なんてむなしいのでしょう。
もう彼の名前を呼ぶことさえかなわないとしたら。
想像しただけで涙がこぼれます。
「きみは泣き顔もかわいいけれど、ものすごく心臓に悪い。怒られたほうがマシだ」
自己嫌悪で唸っているロンを手招きしました。
さて、そろそろ大詰めですわ。
「こちらの首飾り、外してくださる?」
「え? あ、ああ……」
額に汗をかいて、反射のように従うロンの指は冷えていました。滑る指で失敗しつつもようやく留め具を外せたところで、わたくしの手を重ねます。ロンの手を首にぴったりつけて上へと誘導しました。
ところどころで感じられる、剣とペンで鍛え上げられた指の節。触れたときにわたくしの肌を傷つけないようにと短く整えられた爪先。知ってますのよ。
「耳飾りも」
大きな手を操って、耳たぶを撫でるように、指が滑って耳飾りがさらわれました。
思考停止、とロンの赤い顔に書かれています。
これまではせいぜい手を握ったり、抱擁したり健全な範囲でしか触れ合ってきませんでしたから。もちろん、わたくしもロン以外で男性経験はありませんから、いまとても勇気を出してますのよ。原動力は、まだくすぶっている悲しみを煮詰めた怒りですけれど。
手でまた下向きに首をなぞらせ、触れた襟を広げるようにします。鎖骨が見えてますかしらね。
「あ、ああああアナ……?」
よい反応です。ほどよくいかがわしい空気になってきましたわね。
「こんなのダメだよ、見られ……てない?! 侍女は?!」
ロンが周囲に助けを求めてますが、侍女などとっくに札束とともに下がらせています。二人きりですとも。まぁ扉は隙間が開いてますけれど。
外した首飾りと耳飾りをロンの手に握らせました。
「先ほど見せた現金で足りないなら、わたくしの持つアクセサリーとドレスをすべて売り払ってもかまいませんわ。リッチウェルス家のために使ってください。ですから……」
傾げた首のまま、ロンを見上げます。
「どうかこの身ひとつ、もらってくださいませ」
力を失くしたロンはかくん、と床に両膝をつきます。椅子に座るわたくしの腰にすがりつきながら、息を大きく吸いました。
「婚約破棄……、したくないっっっ」
陥落完了です。
言質はいただきましたわ。もう心配はなさそうです。
顔を上げたロンは、わたくしの両手を取りました。
「アナ。愛してるんだ。結婚……してくれる?」
わたくしは緩みきった笑みで答えます。
「 “ Damn straight! ” 」
今日はじめて、ロンが声をあげて笑ってくれました。ひぃひぃ苦しそうに笑っています。ツボだったようです。おかしいですわ。決め言葉らしいのですけれど、下町風には使いこなせていないのでしょうか。
それから、はじめてするときのような口づけをくれました。
アクセサリーをロンにつけ直してもらいながら、わたくしは微笑みます。
「次にわたくしを怒らせるときは奥さまぱんちをお見舞いすることになりますから、お覚悟あそばせ」
「うーん。一応確認しとこうか。なにそれ……?」
お嬢さまぱんちが財力の見せつけだったのですから、奥さまぱんちがただの暴力であるはずがないことは、ロンにもわかっているはずです。
「これまであなたからいただいた指輪を全てはめてからのぱんちですわ」
婚約してから二年ばかりが過ぎています。季節ごとに贈られてきた指輪さらに婚約指輪(親指大宝石)を合わせれば十の指全てに着けられますわ。おそらく婚約指輪が一番攻撃力が高いでしょうね。
わたくし自身には腕力や握力がなくとも、ぱんちの威力をあげられることでしょう。殺傷力といいますか。
流血上等ですわ。わたくしの心を出血させることになるのですから。
「恐ろしいね。奥さまぱんちの出番がないように気をつけるよ」
ロンの身震いを直に感じながらも、わたくしはきっとそんな日は来ないと確信しています。
だって、「奥さまぱんち」と言ったのに「お嬢さまぱんち」じゃないの? と訊かないロンはもうわたくしと結婚することを確約してくださいましたもの。ね。……ね? うふふ。
So, they are back to square one.
(振り出しに戻っちゃったね。)
「それにしても、きみがちょくちょく挟んでくる乱れた言葉はどうしたの……」
「もし家もなにもかも失くして市井で生きることになっても、わたくしはロンについていきます。そのために勉強を始めましたのよ」
読み物や舞台から得た知識ですけれど。
ロンはいまいち納得していない様子です。
「アナは街に出たら浮くだろうなぁ……きみには絶対苦労させないから」
「あら、わたくしはロンと苦労を共にしたいのですわ」
「うーん、僕のアナかわいいがすぎる」
力任せのロンのハグも、好きですわよ。
最後までお付き合いくださりありがとうございます。
この後ロンはアナから受けた資金援助で事業をやり直しますが、また失敗して、二人して放心してからの三度目の正直大逆転〜か、
平民落ちしてもロンとアナは笑って暮らしてるので、どっちでもいい気がしてます。
幸せにおなり……( ˘ω˘ )
家名は説明も野暮かもしれませんが、
マネキャッシュ = money + cash
リッチウェルス = rich + wealth
です。
明るい気分になれるよう書きたかったのです。
お嬢さまパンチ(財力)で婚約破棄騒動を解決する話でした。
真剣に愛してると伝えるときにもフルネームで呼んだりするので、名前を呼んだときの表情とか、声の調子でも意味は変わってくるのですが、今回はおこ系で通します。
一度は婚約破棄書いておかないとな、って(そんなわけはない)。
おもしれー女系ヒロインってこれで合ってます??
「〜してくださる?」「〜よろしくってよ」とかの語尾が好きです。だだもれですかそうですかすみません。
またお会いできますように。
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