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マーダーゲーム・トライアル  作者: 野村勇輔
Stage4 残影の住棟

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第9回

 


   9


 刹那、篠原の姿が視界から突如として消えてしまう。


 動揺の中、その姿を探して僕らは辺りを見回した。


「きゃっ!」


 美月の叫び声に視線をやれば、美月のすぐ目の前に篠原が立っている。


 彼女はその銃口を美月の額に向けて、今まさにトリガーを引こうと口元に笑みを浮かべていた。


「美月!」


 叫び、僕は篠原に向かって迷うことなく銃を放った。


 けれど次の瞬間には篠原の姿はすでにそこにはなく、弾丸は虚空へと消えていく。


「――ちっ!」

 思わず舌打ちしたところに、


「あら、でも軌道は正しかったわよ?」


 すぐ耳元で篠原の囁く声がして僕は瞬時に飛びのいた。


 しかし、そこに篠原の姿はどこにもなくて。


「どこだ! どこに行きやがった!」

 高瀬がぐるぐると身体を回転させながら篠原の行方を探す。


 くそっ! これじゃぁ、どうしたらいいのかわからない!


 なんなんだ、あの人のあの動きは! このままじゃぁ、ここで全員――!


 考えろ、考えるんだ! どうすればあの人を殺すことができるのか!


「大丈夫? 私のことばかり気にしていたら、亡者たちに襲われちゃうわよ?」


 声だけが耳に響いたその時、


「さ、沙彩ちゃん……っ!」

 美月の悲鳴にも似た声が聞こえた。


 美月の前にはひとりの女性が立ちはだかり、ふらふらと美月に向かって近づいている。


 ……くそっ!


 僕は思わず美月に駆け出す。


 そんな僕のすぐ後ろから、

「ヒカル!」

 高瀬の息を飲む声がした。


 僕は美月に駆け寄りながら、その視線を高瀬に向けた。


 高瀬の前にもひとりの少年の姿があって。


 まさか、あれが高瀬の死んだ弟か?


 思いながら、今はとにかく美月を助けないと、と視線を美月に戻したところで。


「気が散り過ぎよ」


 篠原の声が聞こえた途端、僕の身体は地面に放り投げられていた。


 いや、違う。


 突然現れた篠原が僕の前に足を出してひっかけ、前のめりに転倒させたのである。


 ガンッと激しく顔面を打ちつけ、僕は呻き声を漏らしながら、それでも急いで身体を起こした。


 顔を上げたすぐそこに、篠原の顔と銃口が目に入ってくる。


「あなたには零士を差し向けようと思ったんだけれどね。残念だけど、あの男は納得のうえで死んじゃったから、業に塗れた亡者にはならなかったみたいなのよね」

 だから、と篠原は僕の額にぴったりと銃口を押し付け、

「私があなたを、殺してあげる」


 にたりと笑む篠原の口元に僕は絶望した。


 もう、間に合わない。


 今から篠原に銃を向けたところで、きっとその前に彼女の放った弾丸が僕の頭部を撃ちぬくのだ。


 そうして僕は……死ぬ。


 終わりだ――


 絶望と恐怖に震えるなか、不意に耳元で声が聞こえた。


『――あきらめないで』


 鈴の鳴るような清らかなその声に、僕は「えっ……」と小さく呟く。


 刹那、腕に巻いていたあのお守りのブレスレットが、眩い輝きを強く発したのである。


 その途端、

「――ちっ!」

 輝きから逃れるように、銃を構えていた篠原が歯噛みしながら、一気に数メートル後ろに飛びのいた。


 その様子に、僕は戸惑いを隠せなかった。


 これは、いったい……?


「――まだあきらめないで、悠真くん!」


 僕はハッと我に返り、美月に視線を向けた。


 先ほど聞こえた声によく似たその声は、沙彩という亡者に首を絞められながら、必死に抵抗を続ける美月のものだった。


 美月は苦しげな表情で、しっかりとその銃口を沙彩の額に押し付けていた。


 それから悲しそうに、涙を浮かべながら、

「……ごめん、沙彩ちゃん。大好きだったよ」



 ――パンッパンッパンッ!



 美月は何度もトリガーを引き、沙彩の頭が続けざまに破裂する。


 沙彩の、美月の首を絞めていた両腕が力なく下がり、どさりと仰向けに地面に倒れた。


 そんな沙彩に、美月は涙ながらに声を張り上げ、

「でも――あたしは生きる! 絶対にあきらめない! 生きて、このゲームから抜け出すの!」


 そんな美月の声に呼応するかのように、美月のお守りがあの強い輝きを解き放った。


 篠原が身体を震わせながら、憤怒の表情に変わっていく。


「……何故だ! 何故だ! 何故だ!」


 これは、いったい何が起こっているのか。


 あの神社でもらったお守りが――奇跡を起こしているとでもいうのか。


 心願成就と厄除けのお守り。


 あの宮で、あの巫女さんによって手作りされたというこのお守りに、いったいどんな力が秘められているというのだろうか。


 ――いや、今は考えていたってしかたがない。


 僕は輝くお守りに手を触れる。


 優しい温かさが感じられて、絶望が希望へ、不安が安堵へ、そして確信へと変わる。


 ……大丈夫。勝てる。僕らなら、絶対に。


「高瀬!」

 僕は叫び、高瀬に顔を向けた。


 高瀬も苦しげな表情で、自分の身体にしがみついて放れない弟の側頭部に銃口を突き付けていた。


 弟は――ヒカルは高瀬の顔を仰ぎ見ながら、

「なんで? どうして僕を殺そうとするの? どうしてあの時、僕を助けてくれなかったの? 兄ちゃんが助けてくれてれば、僕は……」


 ヒカルのその訴えに、高瀬は顔を激しく歪め、涙に顔をくしゃくしゃにしながら、

「……あぁ、すまなかった。けど、俺は……俺は……!」



 ――パンッ!



 どさり、とヒカルの身体が地面に倒れる。


「俺は、生きる! 生きることをあきらめない! 生きて、お前の分まで生き抜いてやる!」


 その高瀬の声に応えて、お守りが強く光を発した。


 僕らの腕にしたそのお守りはさらに強く輝いて――ついにそれぞれが握る拳銃をも包み込むように光を広げた。


 そして、ゆっくりと光が収まるなかで、


「――えっ」

「なに、これ……」

「おいおい、マジかよ」


 それまで腕に巻かれていたはずのお守りブレスレットが、まるで拳銃と一体化したかのように、そのグリップに巻かれていたのである。


 刻み込まれた白い五芒星がきらりと光り、それを目にした篠原が目を見開いて悪態を吐いた。


「貴様ら、どこでそれを……! あの男は、どこまでワタシの邪魔をするのか!」


 僕は思わず、その言葉に眉を寄せた。


 あの男? 零士さんのことか?


 いや、だとして、それってどういうことだ?


 それだと話がかみ合わない。たぶん、篠原のいうあの男とは、別の誰か……?


 そこでふと、僕の脳裏にいつか篠原が口にした言葉が過ぎる。


 彼女は亡者たちを指して、ヨモツイクサと呼んでいた。


 もしもそのヨモツイクサを篠原が使役しているのだとしたら、彼女の正体は――


 でも、そう考えれば、神社で手に入れたこのお守りが何らかの力を発現していることにも納得がいった。


 あの狩満神社に祀られていた主祭神は伊邪那岐神。


 そしてそれと対を為し、のちに黄泉の国の女王として君臨したのは――伊邪那美神。


 またの名を――黄泉津大神。


「……貴様ら、まとめて殺してくれる! 貴様らも亡者となって! 吾が永遠の闇を彷徨え!」


 篠原は絶叫し、両手にした拳銃を僕らに向けてだっと地を蹴り、飛び出した。


 僕らは互いに頷き合い、篠原を囲むように動き出す。


 今はただ、この力を信じるだけだ。


 恐らく伊邪那岐の力の宿る、この銃を。


 僕を中心にして、左に駆ける美月と、右に駆ける高瀬。


「――っ!」

 篠原はそんな僕らの動きに一瞬たじろぎ、足の動きを鈍らせた。


 僕は、その迷いを見逃がさなかった。


「いまだ!」


 僕の叫びとともに、僕らは篠原に向かってトリガーを何度も引いた。


 乾いた音が幾重にも辺りに鳴り響き、光輝く弾丸が篠原の身体を次から次へと撃ち抜いていく。


 踊るように、苦しむように、悶えるように、篠原の身体は僕らの放った弾丸に激しく揺れた。


 篠原は目を大きく見開き、断末魔の悲鳴をあげる。


 それは人の声ではなかった。


 まるで壊れた機械から発せられた甲高い警告音のように、僕らの耳を引き裂くように。


 噴き出す血はどす黒く、それはもはや血ですらなかった。


 ぼとぼととその身体から、うねる赤黒い蛭のような塊が地面に落ちる。


 それらは落ちた瞬間ギイギイと軋るような音を発して、ジュっとまるで蒸発するように姿を消していったのだった。


 それでも僕らは発砲をやめなかった。


 全ての思いを、願いを、トリガーを通して弾に込めて。


 やがて篠原はその弾丸の雨の中で力なく膝をつき――仰向けにばたりと崩れた。


 ぜえぜえと激しく上下する胸。篠原は再び立ち上がろうとするも、けれどがくがくと震えて力の入らない腕と脚に、苦悶の声を漏らした。


 僕は銃を構えたまま、ゆっくりと近づく。


「……おのれ……おのれ……おのれ! 何故、このワタシがお前らに、お前ら、なんか、に――」


 その言葉を最後に、ついに篠原の身体はぴくりとも動かなくなってしまったのだった。


 虚空を見つめる瞳、力なく開いた紅い唇。


 身体中に空いた穴からはじくじくと止めどなくどす黒い闇が流れ出ていた。


「あ、あたしたち、勝った……の?」

 美月が口にして、高瀬も不安げに、

「――やった、よな?」

 僕に顔を向けてきた。


 僕は動かなくなった篠原を見下ろしながら、

「……たぶん」

 眉を寄せながら、頷いた。


 その途端、あの甲高いファンファーレと花火、そして大砲のような音が辺りに鳴り響いた。


 真っ暗だった空に一気に青空が広がり、不気味に輝いていた赤い月が暖かな光を発する太陽へと姿を変える。


『CONGRATULATIONS! GAME CLEAR!! Winner :Yuma Sakura , Mizuki Fujiwara , Rei Takase』


 そんな文字が青空に浮かび上がる。


「――ゲーム、クリア!」

 高瀬が嬉しそうに破顔して、

「悠真くん!」

 美月が僕にしがみついてくる。


「うん」

 僕もそんな高瀬と、笑顔で涙を流している美月に深く頷いた。


 そして次の瞬間、僕らの周囲をあの光り輝く四角いブロックが現れて、世界全体を包み込んで、そして――

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