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マーダーゲーム・トライアル  作者: 野村勇輔
Stage4 残影の住棟

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第7回

   7



 悲鳴にも似た怒声とともに、銃声が辺りにこだました。


 二発、三発、四発――


 音は一号棟から二号棟へと移動しており、僕らは建物や棟間に生える生垣に身を潜めながらそちらへと駆けて行った。


 やがて三号棟を目の前にした棟間の道で、零士さんに追い詰められた大鳥望がカチカチと弾の切れた拳銃に顔を歪めているのが眼に入った。


 零士さんはそんな大鳥にしっかりと銃口を突きつけ、



 ――パンッ



 彼の右太ももを迷うことなく撃ち抜いたのだった。


 大鳥は呻くような悲鳴をあげ、その場に崩れ落ちる。


 撃たれたももから血が溢れ出し、彼の白のパンツを赤黒く染めていった。


 零士さんを見上げる大鳥の眼は恐怖に怯えていた。


 許しを乞うように両手をあげる大鳥のその右手を、零士さんは迷いなく撃ち抜く。


 大鳥の悲鳴がこだまする。


「……あとはお前ただひとりだ」


 零士さんの声は低く静かだったが、僕たちの耳にも届くほど芯の通ったはっきりとしたものだった。


「ち、ちがうんだ! 俺はアイツに指示されただけで、まさか殺すだなんて……!」


 必死に捲し立てる大鳥の肩を、零士さんはさらに容赦なく、



 ――パンッ



 大鳥は呻き、その顔を絶望一色に染めたのだった。


「……言い訳は要らないんだよ」


 その額にとどめの一発を撃ちこもうと銃口を上げた零士さんに、高瀬が急に銃を構えた。


「――高瀬!」


 僕が思わず口にした瞬間、零士さんはこちらを振り向くことなく腕を曲げて銃口を僕らに向けた。



 ――パンッ、パンッ



「――っ!」


 二発の弾丸が高瀬のすぐ足元の地面をえぐる。


「邪魔すんなっつっただろうが!」


 零士さんの怒号に、高瀬はたじろいだように銃をおろし、僕に顔を向けた。


 僕はそんな零士さんの背中に、大きなため息を吐いてから声をかけた。

「……零士さん。この人は」


 零士さんはそんな僕の問いかけに、じっと大鳥の顔を睨みつけながら、

「――視たんだろ。俺の家族を。かつての我が家を」


「……じゃぁ、やっぱり、ここは……零士さんの……」


 すると零士さんは自嘲するように、あの軽い笑い声をあげてから、

「まったく、このゲームの主催者も余計なことをしてくれるぜ」


「……大鳥さんが、零士さんの奥さんやお子さんを?」


「――あぁ、そうだ。もっとも、こいつは実行役にあてがわれた馬鹿な餓鬼にしか過ぎないけどな」


「実行役ってことは」


「もともと俺は刑事でな。俺にパクられた腹いせに、今井誠二がこの馬鹿と桜井のふたりに、俺の嫁と娘を誘拐させようとしたのよ。けど、桜井の野郎が暴れた嫁をその場で撃ち殺しやがってな。娘も泣き喚くもんだから、この馬鹿がその場で首絞めて殺したんだとよ」


「……そんな」


「そのうえ、こいつらはそのあと国外に逃亡しやがってな。今まで逮捕に至ることもできなかった。信じられねぇだろ? けど、それが事実だ。捜査に加われなかった俺は刑事を辞めて、こいつらの行方を探すことにした。何年もかけて捜査上で知り合った伝手を使ってな」


 そうそう、と零士さんは皮肉るように笑んでから、

「お前らにやったその銃もその伝手で手に入れたもんだ。ずっと不思議に思ってたろ?」


 その言葉に、僕らは思わず手にした銃に視線をやる。


 ――この拳銃は、そういうことだったのか。


 零士さんが元刑事……


 僕は改めて零士さんに視線をやった。


 零士さんはじっと大鳥を睨みつけて、

「……今井は殺った。桜井も殺った。あとは、この馬鹿だけだ」


 大鳥の額に照準を合わせ、そして。


「やめ――」

 大鳥の苦しげなその声を無視するように。



 ――パンッ



 大鳥の額が撃ちぬかれて、ばたりと仰向けに彼は倒れた。


 僕らは息を飲み、言葉を失う。


 処刑を終えた零士さんを、ただ眼を見張りながら見つめることしかできなかった。


 こちらに背を向けたまま、空を仰ぎ見る零士さんの姿は、全てをやり終えたように、静かに息を長く吐いて――


「……っ!」


 僕らは更なる驚愕に身を構えた。


 零士さんの両脇に、突如としてあの光るブロックがいくつも現れたかと思えば、その輝きの中から奥さんと娘さんの姿が現れたのである。


『――もう少しだよ、パパ』

 娘さんが、静かに呟く。


『あと三人殺せば、また一緒に暮らせるわ』

 奥さんが、じっと僕らを睨みつけた。


 僕と高瀬はハッと息を飲み、美月は小さく悲鳴をあげた。


 こちらに振り向く零士さんに、僕らは咄嗟に銃を構えた。


 緩慢な動作で僕らに銃口を向けてくる零士さん。


 あまりの緊張に、僕の息は荒くなった。


 ――零士さんを殺さなければ、僕らが殺られる。


 けど、そんなことが可能なのか。


 僕らの腕前で、零士さんに対抗できるなんて、どうしても思えなかった。


 それだけじゃない。


 僕らが、零士さんを殺さなければならない。


 その事実が、僕の胸を強く絞めつけて、手と足が震えて止められなかった。


 なんで、どうして――零士さん。


「――どうした。撃たないのか?」

 零士さんが、静かに口にする。


 その声は優しく、けれど、いつものように嘲るようで。


『早く、パパ』

『早く、あなた』


 奥さんと娘さんが、零士さんの横で煽り、急かせた。


 けれど、零士さんは一向にトリガーを引く様子もなく。


 ただ、僕らの視線だけが何度も交わる。


 零士さんはもう一度長いため息を吐いてから、

「――わりぃな。やっぱ、俺にはできねぇわ」


 悲哀に満ちた声でそう口にして、奥さんと娘さんをそっと抱きしめた。


「零士さん……?」


 声をかければ、零士さんはおもむろに僕らに視線を向けて。


「――お前らは、俺みたいになるんじゃねぇぞ」


 自らのこめかみに銃口を押し付けて。


「――零士さん!」

「お、おい!」

「やめて――っ!」


 僕らの制止する叫びのなかで。



 ――パンッ



 乾いた銃声。


 零士さんの頭部から飛び散る赤い飛沫。


 ばたりと崩れ落ちる零士さんの身体と、流れゆき広がる赤い血。


「……なん、で……」


 零士さんが、死んだ。


 自分で自分の頭を撃ち抜いて、死んだ。


 その衝撃が僕らの身体を駆け抜けていく。


 ――嘘だ。


 なんで、どうして、こんな……


 ――お前らは、俺みたいになるんじゃねぇぞ。


 その言葉が、僕の耳でこだまする。


 倒れた零士さんの身体を見下ろしていた奥さんと娘さんの姿が、ゆっくりと姿を消していった。


 零士さんは、自らの復讐を果たして、死んだ。


「――悠真」

 高瀬が銃をおろし、僕に顔を向けてくる。


「……うん」

 僕はただ、俯くことしかできなかった。


 あまりのショックに、心がそれに追いつかない。


 感情よりも、疑問だけが激しく僕の中を駆け巡っていくだけだった。


「……」

 無言で美月が僕の肩に手を載せる。


 美月の眼にも、うっすらと涙が浮かんでいた。


 僕は静かに頷いた。


 ――終わった。


 零士さんの死によって、このステージは終わりを迎えたのである。


 けれど。


「……なんか、おかしくないか?」


 高瀬が眉を寄せて、「え」と僕は呟く。


 高瀬は辺りを見回しながら、

「……ゲームが終わらない」


「え、なんで? どうして?」

 美月も焦るように口にした。


 僕も辺りを見回し、様子を窺う。


 あのファンファーレが聞こえない。


 大砲の音も、花火が打ちあがる様子もまったくなかった。


 完全なる静寂。


 無音の世界。


 どこまでも続くように見える住棟と青い空。


「――まさか、零士さんの自殺で終わったから」


 高瀬がぼそりと口にして、僕の背筋がぞっとした。


 美月がぎゅっと僕の腕をその胸に抱きしめてくる。


「ど、どうするの? もしかして、このまま――」


 そのときだった。


 どこからともなく長いため息が聞こえてきたかと思えば。


「――つまんない。まさか、自分で死んじゃうなんて」


 聞き覚えのあるその声に、僕は戦慄を覚えた。


 その声はすぐそばの住棟から聞こえてきたのだ。


 見れば、住棟の二階。


 その廊下側の手すり壁に、ひとりの女が腰かけていた。


 彼女は優雅にその長い足を組んで、僕らを静かに見下ろしている。


「……篠原さん」


「ほんっと、つまんない」


 篠原さんは静かに言って、ふわりと僕らの前に、飛び降りてきたのだった。

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