第5回
5
零士さんが殺人者であろう現実に、僕は心の底から打ちひしがれていた。
今でも零士さんが殺人者じゃないという可能性を信じたかったけれど、参加者リストから考えるに、もはやそんな希望など万に一つもありはしないことはわかっていた。
僕らを除く参加者は、あと零士さんと大鳥望のふたりだけ。
このふたりのどちらが殺人者であるか、などということを議論するまでもない。
あの女性の叫び声が聞こえた部屋で、恐らく過去に起きたのであろう出来事。
それを想像するに、零士さんが以前のステージで話していたことを思いだした。
零士さんの願いは、高瀬と一緒。
つまり、死んだ人間を黄泉帰らせること。
――あの部屋の写真に写っていた女性と女の子は、恐らく零士さんの家族だったのだ。
それが、なにかしらの事件によって、たぶん、死んだ。
零士さんが結局何者なのかわからないけれど、状況から考えてヤクザか何かの関係者でほぼ間違いないだろう。
このステージが零士さんの記憶から形成されていることは確定してしまっているのだ。
だから、どんなに否定しようとも、それはもう抗いようのない事実なのだった。
あの零士さんが――殺人者。
でも、それならなぜ僕らを殺さなかった?
今井誠二を殺し、桜井良彦を殺し。
僕らを殺すなんて容易いことであろうはずなのに、けれど零士さんは僕らを殺さなかった。
いったい、それはどうして――
「……悠真くん」
廊下の隅にうずくまり顔を伏せていた僕に、美月が声をかけてきた。
ゆっくりと顔を上げれば、美月は僕の顔を覗き込むようにして優しい笑みを浮かべていた。
それから美月はおもむろに僕の隣に腰を下ろすと、僕と同じように体育座りする。
「……大丈夫?」
そう問いかけられて、僕は苦笑いしながら、
「どうかな。まだ、気持ちの整理がつかない感じ」
すると美月は小さく頷き、
「わかるよ、その気持ち。あたしも、沙彩ちゃんが殺人者になったとき、信じられなかったもの」
――沙彩ちゃん。
その名前に、僕はハッと息を飲んだ。
「……その名前、さっきも」
美月はうんと頷いて、
「あたしの親友で、恋人だった女の子。刀部沙彩」
「こ、恋人?」
僕は思わず眼を見張った。
まさかの告白に動揺して、少しばかり頭が混乱してしまう。
しかし――いや、それも別におかしいことなんかじゃない。
なんとかそれを飲み込む僕に、美月は自嘲気味に、
「驚いちゃうよね、急にそんなこといわれると」
「あ、いや、そんなことないよ」
美月は「ありがとう」と静かに口にして、
「沙彩ちゃんはね、すっごくかっこよくて、美人で、あたしの憧れでもあったの。マーダーゲーム・トライアルのアプリをダウンロードした時も、沙彩ちゃんの願いを叶える助けになればと思ってそうしたんだけど――」
前に聞いた通り、そのあとすぐに参加したステージで、刀部沙彩は殺人者となってしまったのだ。
「あたしも最初、沙彩ちゃんが殺人者だってことをすぐには受け入れられなかった。あたしの目の前で他の参加者を殺して、驚いて腰を抜かしてしまったあたしの首を、沙彩ちゃんはぎゅっと絞めてきたの。ごめんねって、涙を流しながら。だからあたしは――抵抗しなかった。沙彩ちゃんも自分が殺人者になるだなんて思ってなかったんだと思う。あたしを殺したくなかったんだと思う。それでも、あたしを殺してでも叶えたい願いがあるのなら、あたしは――死んでもいいって思っちゃったの」
「……そんな」
「あのときはね、本当にそう思ったの。大好きな沙彩ちゃんに殺されるのなら、それで沙彩ちゃんの願いが叶うのならって」
僕は、顔を伏せる美月に、どう声をかければいいかわからなかった。
ただ黙って、そんな美月の顔を見つめることしかできなかった。
美月は続けた。
「でも、そんな沙彩ちゃんを、零士さんはあたしの目の前で撃ち殺したの。死ぬ瞬間の、沙彩ちゃんの顔、今もあたしの脳裏から離れなくて……辛くて……」
「……美月」
美月は大きなため息を漏らして鼻をすすり、
「……沙彩ちゃんが殺されたとき、零士さんはあたしに言ったの。どうして抵抗しなかったんだい、って。口元は笑ってたけど、眼は全然笑ってなかった。今思うと、たぶん、抵抗しなかったあたしのことを軽蔑してたんだと思う。あたしはそんな零士さんに、何も答えることができなくてさ」
ふふっと美月は自嘲するように微笑んで、
「あたし、そのあとも死にたくてしかたがなかったの。沙彩ちゃんのいない世界で生きていたくなかったから」
「なんで――」
「あ、でもね、死ねなかったんだ。どうしても身体が逃げちゃって。現実でも自殺をしようとして、足がすくんで、手が震えて、自殺することもできなくて。だったら殺人者に殺されればいいんだと思ったんだけど、どうしても身体が生き延びることを望んじゃって。逃げたり隠れたりして、ずっとゲームが終わるのを待っていたの。初めて悠真くんと一緒になったゲームがあるでしょ? あのときも、あたしは誰かを殺すくらいなら、本当に殺されたかったんだ」
……嗚呼。やっぱりそうだったのだ。
美月は確かに、そう思っていたのだ。
僕は何ともいえない感情に、胸が強く絞めつけられた。
けれど――
「でも、今は違う」
美月は僕に顔を向けて、じっと僕の眼を見つめながら、
「――悠真くんと出会って、一緒に行動して。一緒に廃墟のステージを駆け回ったとき、あたしは悠真くんの姿を見て、やっぱり自分は生きたいんだって、生き抜くことを望んでいるんだって気付いたの。それはあの病院のステージで確信に変わってさ。悠真くんのおかげで、殺されるくらいなら、ちゃんとそれに立ち向かおうって気持ちにさせてくれたの」
まぁ、それでもやっぱり怖いものは怖いから、足がすくんじゃったりするんだけれど、と美月は恥ずかしそうに苦笑して、手首に巻いたあのお揃いのお守りを目の前にかざしながら、
「それにほら、みんなで買ったこのお守り。あたし、すごく嬉しかった。悠真くんや高瀬くんのおかげで、こんな気持ちになれたんだって感謝してる。だから、みんなで生き残ろう。絶対にこのゲームそのものから抜け出そう。例え殺人者が零士さんであったとしても、あたしたちを殺そうとしてきたその時は――三人で立ち向かおう。絶対に、あたしたちは生き残るの」
「……あぁ。そうだね」
僕は、決意に燃えるそんな美月のしっかりとした視線に、深く頷いたのだった。
「――やれるか、悠真」
廊下の向こう側から、零士さんの行方を探っていた高瀬が、ゆっくりとこちらに近づいてくるのが見えた。
高瀬は僕の眼の前に立つと、じっと僕を見つめながら、
「もしお前が零士さんを殺れないなら、俺が代わりに――」
「――大丈夫。やるよ、僕も」
僕は覚悟を決めて、立ち上がった。
ぎゅっと右拳を握り締めて、ふたりの前に腕を伸ばす。
手首に巻いたお守りが小さく揺れて、美月も高瀬も、そんな僕に倣うように、腕を伸ばした。
あの神社でそうしたように、僕らの腕が三角を形作る。
互いに視線を交わし、同時に深く頷いて。
「――行こう」
僕は零士さんの消えた階段の先へと、真っすぐ視線をやったのだった。




