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マーダーゲーム・トライアル  作者: 野村勇輔
Stage4 残影の住棟

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第3回

   3


 美月の様子は明らかにおかしかった。


 あれ以来、彼女は何か思いつめたような表情で、さきほどの動揺を引きずり続けているようだった。


 僕も高瀬も、そんな美月からどうしても目を離すことができなかった。


 僕らはふたたび住棟の影に隠れながら、他の参加者たちを探して歩く。


 一号棟、二号棟、三号棟――どこにも人の気配は感じられない。


 そこから更に四号棟に進んだところで、



 ――たったったっ



 軽い足音が聞こえ、僕らは足を止めて顔を見合わせた。


 僕は高瀬に頷き、「自分が行くからここで待っていてくれ」と口に出さずに右手のジェスチャーでそれを示した。


 高瀬は「わかった」と声に出さずに口だけ動かし、美月の姿に軽く視線をやって眉を潜める。


 なるべく早めに戻れ、美月にこれ以上余計な心配をかけさせるな。


 高瀬の視線は僕にそう言っているようだった。


 僕はすり足で四号棟の短い階段に足をやった。


 数段上った先には左右に伸びる廊下が続いており、いきなり襲われたりしないように注意を払いながら、銃を構えて影からゆっくりと廊下を覗き込む。


 右を確認し、左を確認して。


「――っ!」


 そこに小さな女の子の姿があって、僕は思わず身を強張らせた。


 前回の病院ステージにいたピンクのパジャマの女の子――殺人者の記憶から造られた亡霊かなにか――を想起させるその女の子はランドセルを背負い、廊下の向こう側へ向かって小走りに歩いていた。


 瞬間、あのときの蜘蛛医者のような化け物がいるのではないかともう一度廊下の反対側に顔を向けたが、そこにはなんの変哲もない廊下が続いているだけだった。


 ランドセルの女の子はしばらく廊下を進み、やがてその先の一室――恐らく4108号室の扉を開け、

「ただいまぁ!」

 そんな元気な声と共に、ばたりと扉を閉めたのだった。


 僕はそれからしばらく様子を窺ってみたのだけれど、それ以上はなにも起こらなかった。


 あの女の子は、いったい――


 この世界が殺人者の記憶から造られている以上、あの女の子には必ず殺人者と何らかの繋がりがあるはずだ。


 だとすれば、あの女の子が入っていった部屋を調べてみる必要があるだろう。


 思い、僕は一度高瀬と美月のところまで引き返した。


 この先はなにが待ち受けているかわからない。


 あの女の子の消えた部屋の先に、蜘蛛医者のような化け物が待ち構えている可能性だってあるのだから。


「わかった、行ってみよう」


 高瀬と美月は僕の言葉に頷くと、緊張した面持ちで僕の後ろに続いて四号棟への階段をあがる。


 先ほどの廊下を左に曲がり、足音を立てないように注意しながら、あの女の子が入っていった部屋へと進んだ。


 その扉の前で一度周囲を見回し、他に誰かの姿が見えないか確認したあと、緊張しながらドアノブに手を伸ばしたところで、



「きゃぁあああああああああぁああぁああああっ――――――――――――あぁっ!」



 扉の向こう側から甲高い悲鳴が聞こえてきたばかりか、誰か複数の人間が暴れるような激しい物音が聞こえてきたのである。


 その瞬間、驚きのあまり僕の手が小さく振るえた。


 高瀬は「はっ」と息を飲み、美月も「ひっ」と悲鳴をあげる。


 僕らは目を大きく見張って互いに視線を交わしたあと、意を決して一気にドアノブを開き、銃を構えた。


「……?」


 そこにはきっと悲鳴の主やあの小さな女の子、或いは第三者の姿があると思っていたのだけれど、その先に広がっていたのは、ただの静寂だけだった。


 ぶわりと風が駆け抜けていき、部屋の中から鉄のような臭いが漂ってきて、僕は眉を潜めた。


 靴のまま上がり框を跨ぎ、部屋に入る。


 短い廊下の先はダイニングキッチンになっており、大きなテーブルが横倒しになっていた。


 床にはテーブルのうえに置かれていたのであろうものが散乱しているだけでなく、そのテーブルと同じようなデザインの椅子も床に倒れている。

 そしてその周囲には、どす黒い血だまりがどろりと広がっていたのだった。


「――っ!」

「おい、マジかよ……」

「うっ……」


 美月が口を押えて視線を逸らせるのを目にしながら、僕は改めて状況を確認する。


 ここで誰かが襲われた、それはきっと間違いない。


 けれど、どこにも襲われた人の気配も、襲った人間の気配も感じられなかった。


 ダイニングキッチンの向こう側は掃き出し窓になっており、開け放たれた窓の向こう側から吹く風がレースのカーテンをバタバタと激しく波立たせている。


 血痕は床だけではなく、ダイニングキッチンに面した居間の壁にも飛び散っていた。


 その居間から右手側に視線をやれば、恐らく寝室に繋がっているのであろう扉が小さく風に揺られている。


 恐る恐るその寝室の扉を開けてみたが、そこにも人のいる気配は全くなかった。


 ただ、そこに誰かが潜んでいたのであろう土汚れの足跡だけがわずかに見てとることができる程度だった。


「あの叫び声のひと、どこへ行ったんだろう……」

 美月が呟き、高瀬は掃き出し窓の方へ身体を向けた。

「当然、あっちから逃げていったんじゃないか? たぶん、他の参加者だろ」


 けれど、僕はそうは思わなかった。


 何故ならば――


「……違うんじゃないかな」


「あぁ? なんでだよ」


「床の血を見てみなよ。これだけの怪我をしていたら、窓に向かって血が伸びてないとおかしいでしょ?」


「……確かに。なら、ここにいたやつらはいったいどこへ行ったんだよ」


 そんな高瀬に、僕は首を横に振って、

「最初から、誰もいなかったんじゃないかな? だってここは、殺人者の記憶から造られた世界なんだからさ」


「んん? どういうことだ?」


「だからさ」と僕は小さく息を吐いて、「この部屋で、昔誰かが殺されたんだよ。それはもしかしたら殺人者の家族かも知れないし、或いは殺人者本人が何者かに襲撃された現場かも知れないってことだよ。さっきの悲鳴はたぶん女性っぽかったし、だとしたらたぶん、殺人者の家族かなにか――彼女って可能性も考えられるよね」


「あぁ、なるほど。つまり、俺たちがさっき聞いた声と音は幻だったってことだな」


「そういうこと。だとすれば、この部屋のどこかに殺人者に繋がる情報があるはずだよ」


 僕がそう口にすると、


「――ねぇ、見て」


 美月が居間の本棚に置かれた写真立てを指差した。


 見れば、そこには先ほど僕が見た小さな女の子と、その母親らしい女性が笑顔でピースをしている写真が飾られていた。


 たぶん、小学校入学時の記念だろうか。


 写真を撮ったのはきっと父親に違いない。


「……これ、そういうことだよね?」


 美月の言葉に、僕はなにも言えなかった。


 言わんとしていることは、十分わかる。


 たぶん、ここで殺されたのは――


 その時だった。


 

 ――パンッ! パンッパンッ!



 すぐ近くから銃声が辺りに響き、僕らは思わず身構えた。


 さらにふたりの人間が駆けまわる足音と、激しい罵声のような叫び声がそれに続く。


 僕は高瀬と美月に顔を向けた。


「行ってみよう」


「――あぁ」


 ふたりはこくりと頷いた。

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