第1回
1
そこは何の変哲もない団地だった。
空は青く晴れ渡り、燦々と輝く太陽が暑いほどの日差しを地に降り注がせている。
建ち並ぶ住棟はしんと静まり返り、人の気配というものを感じさせなかった。
鳥や虫、野良猫の居そうな気配すらなく、気味の悪いほどの静寂が広がる。
それを除けば、どこからどう見ても、本当にどこにでもありそうなただの団地の光景だった。
「――ここは?」
高瀬が眉をひそめながら口にして、
「ここが、ゲームのステージ?」
美月も小さく首を傾げた。
僕は咄嗟にスマホを取り出し、今回の参加者を確認する。
今井誠二。
大鳥望。
桜井良彦。
黒崎零士。
高瀬玲。
藤原美月。
佐倉悠真。
――――。
――計七人。
「零士さん」
僕はどこかほっとしながら呟いた。
零士さんの存在に安堵してしまう僕は、どうやらまだまだこのゲームに対して、彼に頼る意識があることに思わず自嘲してしまう。
けれど、いないよりはいた方が心強いに決まっている。
「まずは零士さんを探そう」
バッグからGlock17を取り出して弾倉を確認しながら口にすれば、
「……えっ」
美月が困惑したように口を開いた。
「悠真くん、それ本気?」
「零士さんのことを、美月が信用してないのはわかってるよ。でも、あの人が殺人者ではない限り、きっと僕らに協力してくれると思うんだ」
「そうかも知れないけど、あたしは――」
いきなり美月と意見が分かれてしまい、僕はどうするべきか思案する。
けれど、どのみちこのゲームを終わらせるには、この参加者リストの中にいる殺人者を仕留める必要があることに代わりはないのだ。
誰にも会わずにすませるような道はない。
とりあえず、顔見知りである零士さんが殺人者であるかそうでないか、それを確かめたい気持ちに僕は駆られた。
僕と美月の視線が交わり、結論が出ないまましばらく見つめ合っていると、
「おいおい、いきなり仲間割れはやめてくれよ」
高瀬がそんな僕らの間に割って入った。
緊張したような面持ちで僕らを見やり、静かな声で、
「……とにかく、一旦悠真の言う通り、零士さんを探してみよう。あの人のことを信じられない気持ちは俺もわかるけどさ。何の当てもなく歩き回るより、なんか目的をもって行動したほうがいいだろ?」
そんな高瀬の説得に、美月は渋々ながら納得し、
「……わかった。けど、十分に気を付けて行こう。零士さんを見つけても、しばらく様子を見てから話しかけるってことなら、あたしは賛成する」
「悠真も、それでいいか?」
「……もちろん」
僕はゆっくりと頷いた。
こんなところで言い争いなんて望んじゃいない。
美月の心配は当然だ。このゲームのルール上、誰が殺人者になるかは誰にもわからないのだ。
少なくとも、このステージに飛ばされてきた時点で僕らの中に殺人者がいる可能性は低そうだった。
これまでのゲームに於いて、ステージは殺人者の記憶から形成されているという。
それを信じるならば、この団地に対する記憶のない僕らは、とりあえず殺人者の該当から外して問題ないだろう。
残るは零士さん以下四人の男たち。
リストの顔写真を見る限り、全員が三十代から四十代以上の中年の男たちだった。
今井は四角面の厳つい男で、眼つきも鋭くどこか悪意に満ちた印象だった。
大鳥は逆三角の顔にはっきりとした銀髪が特徴的で、神経質そうな男に見える。
桜井は見るからにやんちゃそうな男で、顔中に刺青が入っていた。
零士さんが殺人者でないことを祈りつつ、僕は静かに耳を澄ませる。
どこかから物音が聞こえてこないか、足音が響いてこないか集中すれば、
――ざっざっざっ
どこかから、地面を踏みしめる足音が聞こえてきた。
「――聞こえる?」
小声でふたりに訊ねれば、高瀬も美月も無言で小さく頷いた。
「行ってみよう」
僕の言葉に、高瀬も美月も、手にした拳銃を静かに構える。
なるべく足音を立てないように、建物の壁に沿ってじりじり歩いて音のするほうへ足を向ける。
もちろん、僕らの周囲を取り囲むかのように建つ四階建てのアパートの部屋や廊下から、誰かに見られていないか十分に注意しながら。
――ざっざっざっ、じゃりっ
足音が、アパートの角の向こう側でぴたりと止まる。
僕らは一瞬顔を見合わせ、ごくりと静かに唾を飲んだ。
いつ襲撃されても対抗できるよう、拳銃のセーフティを確認する。
「……ちっ」
はっきりとした舌打ちが、角の向こうから聞こえてきた。
たぶん、零士さんのものではない。
忌々しそうに、唾を吐き捨てる音がそれに続く。
「――こんなん、もうアイツに決まってんじゃねぇか」
野太い、男の声だった。
間違いなく、零士さんの声ではない。
零士さんを除く今井誠二、大鳥望、桜井良彦のあの三人。
顔写真から想像するに、恐らく今井誠二の声ではないかと思うのだけれど、もちろん確証があるわけではない。
――ざっざっざっ
再び歩き出し、足音がこちらに近づいてくる。
――かちゃり
先頭に立つ僕は、しっかりと拳銃を両手で構えた。
いきなり撃ち殺すつもりなんて、当然ない。
角の向こうからやってくる男が殺人者かどうかもわからないのだ。
それでも、十分すぎるほどに警戒しておいた方が身のためだということは、これまでのステージで身に染みてわかっていた。
息を飲みながら、ゆっくりと地に伸びる影が見えてきた、その時だった。
――パンッ
角の向こう側で、乾いた音が突然響いた。
赤い血が辺りに飛び散るのが目に入った次の瞬間。
――どさり
目の前に、今井誠二の身体がうつ伏せに倒れてきたのだった。
後ろから撃ちぬかれたのであろうその頭部から、じくじくと血が地面に広がっていく。
「――っ!」
美月の息を飲む声が後ろで聞こえ、
「……マジかよっ」
高瀬が驚愕の声を漏らした。
僕は思わず駆け出す。
誰が今井を殺したのか、殺人者が誰なのか、どうしても確認しておきたかったのだ。
我ながら驚きの行動だった。
初めてこのゲームに参加させられた時からは考えられない命知らずな行動だ。
今井の遺体を跨ぐように角を曲がり、拳銃を構えて飛び出せば。
「――いない」
そこにはもう、誰の姿も見当たらなかった。




