第2回
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僕の手には拳銃――Glock17が握られていた。
どこまでも続く暗闇の中、目の前には今まさに横尾の手にするメスによって、美月の首筋が引き裂かれようとしていた。
僕は咄嗟にトリガーを引く。
――パンッ!
乾いた銃声が、暗闇の中に響き渡った。
瞬間、横尾の側頭部から大量の赤い血がばっと噴き出し、ばたりと倒れる。
僕は駆けだし、美月を助け起こそうと腕を伸ばした。
けれど僕は――
頭から血を流す美月の、虚空を見つめる亡骸を目にして――
――自分の叫び声で目を覚ました。
呼吸が乱れてうまく息ができない。
手足が激しく震えて止まらなかった。
しばらくの間、夢と現実を判別することができなくて、僕は激しい後悔に打ちひしがれる。
美月を、撃ち殺してしまった――
その感触が、まだ手の中に残っている。
トリガーを引いた感覚が、その反動を受けた感覚が、己の放った弾丸が彼女の頭を撃ちぬいた感覚が、その全てが僕を襲ったのだ。
――違う。
僕が撃ったのは横尾の頭だった。
美月じゃない。
美月は生きている。
僕は、美月を助けるために、横尾を撃ち殺して――
僕は、人を、殺したのだ。
その途端、胃の奥が激しく動いた。
喉元までせりあがってくる胃酸の波に、僕はたまらずトイレに向かって駆け出した。
黄色くて酸っぱいものを大量に吐き出し、咽て咳き込む。
今だ手は震え、胸は激しく上下していた。
ここ数日の、朝のルーティンと化しているこの状況に僕は涙が止まらなかった。
人を殺したことに対する後悔。
それは美月の命を助ける為だったという大義があってなお、僕の心を引き裂いていた。
僕はなんとか心を落ちつけ、口の中を漱いで気を取り直した。
カレンダーで今日が美月、高瀬と三人で会う約束をした日であることを確認して、急いで準備する。
こんな弱気な自分をあのふたりには見せたくなかった。
特に、美月には――
僕は普段通りに(あれからずっとそうしているように)Glock17と弾の入った箱を底に詰め込んだバックパックを背中に担ぎ、少し早めに家を出た。
バスに乗ること数分でバスターミナルに到着し、大学近くのあの公園までゆっくり歩いた。
約束の時刻まではまだもう少し時間がある。
空は青く晴れ渡り、陽の光は優しく温かかった。
鳥たちのさえずりや、道路を走るたくさんの車、歩道を歩く人たちの姿や声が、ここが間違いなく僕の良く知る現実であることを教えてくれた。
公園に入ると、親子連れが遊具で遊んでいるなか、僕はあたりをぐるりと見回して、
「――美月」
そこに、すでに美月が到着していることに気が付いた。
彼女は数日前に僕らが座っていたベンチに腰掛け、ぼんやりと親子連れを見つめている。
僕は美月のところまで駆け寄ると、
「おはよう、美月。早いね」
「――あ、悠真くん。おはよ」
美月はにっこりと微笑んだ。
その膝の上にはいつものリュックが抱えられていた。
恐らく、このリュックの中にも美月のGlock19が隠されているのだと思うと、何とも言えない気分になる。
僕が美月の隣に腰かけると、美月は小さくため息を吐いて、
「――なんだか最近、ちゃんと寝れてなくって。朝もすぐに目が覚めちゃったの」
「……僕と一緒だね」
「悠真くんも? やっぱり、あの人を――」
「……うん」僕は頷く。「どうしても、あの時の感覚が抜けなくて。寝れてないんだ」
毎日嘔吐していることは、もちろん言わない。
美月は「そう」と口にして、すっと僕の手を握ってくれる。
「――ごめんなさい。あたしがあの時、ちゃんとしてれば……」
「そんなこと言ったらダメだよ」僕は首を横に振る。「むしろ僕でよかったと思ってるんだ。じゃないと、今頃は美月が僕みたいなことになってたかもしれないんだから」
たぶん、美月のことだから、僕以上に心がもたなかったんじゃないかという気がしてならなかった。
それは前回や前々回での美月の様子から明らかで、いまだ彼女はこのゲームに対する恐怖が僕よりもなお抜けていないのは確実だった。
「――うん」美月は静かに頷き、「ごめんね、ありがとう、悠真くん……」
さらに強く、僕の手を握り締めてくれたのだった。
そんな僕らに、
「……俺、もしかしてお邪魔だったか?」
すぐ後ろから声がして、
「――ふひっ!」
「――ぎゃっ!」
僕も美月も変な悲鳴をあげてしまう。
「なんだよ、その叫び声は」
見れば、そこには高瀬がにやりと口に笑みを浮かべながら立っていた。
僕は咄嗟に美月と繋いでいた手を離してから、
「き、来たんなら声かけてくれよ!」
「かけただろう、今」
「もっと普通に!」
「なんだよ、空気読んでお前らがキスするところまで見てろってのか?」
「き、キスなんて、なに言ってんだ!」
「あれ? 違ったのか? なんかそんな雰囲気だったけど。映画だったら絶対あのままキスまでいってただろ」
「え、映画と一緒にしないでくれ! 美月が困ってるだろ!」
ほれ見ろ、と僕が指差した美月も、顔を真っ赤にしながらどこに視線をやればいいのか本気で困惑しているようだった。
高瀬はおかしそうに笑ってから、
「――悪い悪い! 君が藤原美月さんね。聞いてた通り、めっちゃ可愛いね」
「お、お前! 何を――!」
「なんだよ、佐倉が自分でLINEに書いてたんじゃんか。可愛い女の子だって」
あぁ、もう! と僕は顔が熱くなるのを感じながら、
「ご、ごめん美月! もう、こいつの言うことは気にしないで!」
「え、あ、うん……」
「あっははは! ごめんごめん!」
高瀬が悪びれる様子もなく、口先だけでそう謝ったのだった。
それから高瀬は片肩に背負っていたバッグを軽く直してから、
「んじゃ、行こうか」
「行くって、どこへ?」
訊ねれば、高瀬はふふんと鼻で笑って、
「せっかく三人でチームを組むんだ。何かみんなでおそろいのものが欲しいだろ?」
そう口にしたのだった。




