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マーダーゲーム・トライアル  作者: 野村勇輔
Stage3 亡魂の病棟

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第5回

   5


 図書室から逃げ出した僕らは、無我夢中で院内を走り抜けた。


 西棟を階段で3階まで駆け上がり、管理棟を抜けて左へ折れ、東棟へ辿り着いたところで、美月が急に僕の手を強く引っ張る。


「待って……! 待ってよ、悠真くん!」


 僕は慌てて立ち止まり、背後を振り返った。


 激しく息を切らせた美月の体が、どんと僕の胸に顔を埋める。


「あ、ごめん……!」


 慌てたように僕から一歩離れ謝る美月に、僕は彼女の背後を――あの化け物や、或いは頭を撃ち抜かれた女の子が追いかけてきていないか様子を窺いながら、

「――い、いや、僕も、ごめん」

 美月と同様、僕も肩を上下させながらそう口にした。


 今のところ、奴らが追いかけてくる気配はどこにもなかった。


 ほっと胸を撫で下ろすも、僕の手には、貼り付いたように拳銃が握られたままだった。


 ……女の子の額を撃ち抜いた感覚が、まだこの手に残っていた。


 拳銃を握りしめたままの手は激しく震え、僕のいうことを全く聞いてくれない。


 あの女の子が人ではないのは間違いなかった。


 だから、僕は迷わなかった。


 弾丸を喰らった女の子は、力なく僕の腕から手を離して、どさりと仰向けに倒れて黒々とした液体を垂れ流した。


 僕はけれど、そんなことなど気にしているほどの余裕はなかった。


 美月の手をもう一度握り直して、ただその場から、一刻も早く逃げ出したくてたまらなかったのだ。


 あのあと、下崎さんがどうなったのかなんて知る由もない。


 非常階段のほうへ駆けて行ったところまでは見ていたけれど、或いは今頃は神辺さんのように掴まって、その頭にあのドリルで穴を開けられて絶命しているかも知れないと思うと、助けられなかったことが悔やまれてくる。


 ――いや、駄目だ。そんなこと、このゲームに参加している以上、考えてはいけない。


 とにかく自分と、そして美月の命が助かることが優先事項だ。


 他人の命まで心配している余裕なんて、今の僕には、全くないのだ。


 それにしても、あのふたりは、あんなところでいったい何をしていたのだろうか。


 恐らくあの図書室は、入院患者の為のものだったのではないかと思う。


 僕も幼いころ、一度だけ喘息だか何かで入院したことがあったけれど、たしかあの病院にも小さいけれど入院患者用の図書室があったはずだ。


 しかし、図書室でわざわざ調べるモノなんて、果たしてあるだろうか?


「――落ち着いた?」


 美月が僕の顔を覗き込んで、僕ははっと我に返る。


「え、あ、うん、ごめん――」


「悠真くん、時々突然考えこんじゃうよね。今度は何を考えていたの?」


「あぁ、うん。下崎さんと神辺さんは、あそこでいったい何を調べていたんだろうって思ってさ」


 すると美月は「やっぱり」と口にして、胸に抱えていたリュックから、一冊の絵本を取り出した。


「え、これは――?」


「あの女の子が図書室に入ってきたときに、床の上に落ちてたの。たぶん、あのふたりが本棚から抜き出して、床に落としちゃったものだと思うんだけど……」


 僕は美月からその絵本を受け取り、題名に目を向ける。


『こども部屋のアリス』


 不思議でも鏡でもない、初めて目にするタイトルのアリスだった。


 非常灯の明かりを頼りにその内容を確認すれば、ぬいぐるみか何かで作られた人形を使った写真を利用した絵本のようだった。


 タイトルは違えど、内容は間違いなく不思議の国のアリスである。


 ただ、僕の知っているお話よりも、少しばかり省略されているようだった。


「――ただの絵本、だよね。特に変わったところは全然ないけど……」


 美月が口にして、僕は頷く。


 パラパラとページを捲っていくうち、終盤近くのページからはらりと何かの紙片――画用紙か何かの切れ端だろうか――が落ちてくる。


「……あっ」

 美月がそれを咄嗟に拾い上げ、表と裏を矯めつ眇めつしながら、

「なんだろう、これ。子供の描いたお絵かき、かな?」


 僕らはその紙に描かれた絵をじっと見つめて――そして同時に眼を見張った。


「こ、これって――」


 そこには、あの医者の姿をした、蜘蛛男の絵が描かれていたのである。


 その隣には、あのピンクのパジャマを着た女の子が、ベッドか手術台の上に寝かされたような姿も描かれている。


「もしかして、これが? これがあの蜘蛛男の基になった、殺人者の記憶か何か?」

 と美月が眉を潜めて、

「たぶん――そういうことなんだろうな」

 僕もそれに同意した。


 けれど、僕が額を打ち抜いた女の子は、間違いなく参加者ではなかった。


 あれはこの世界の化け物かなにかで、下崎さんを油断させて、蜘蛛医者に彼女を殺させたのだ。


 だとすれば、このステージでの殺人者とあの女の子には、なんらかの繋がりがある。


 もっと言えば、下崎さんや神辺さんは、そのことを知っていた――?


 それがいったいどういうことなのか、思考を巡らせようとした、その時だった。


「――悠真くん!」


 美月が突如叫んだかと思うや否や、拳銃を構え、僕の後ろに向かってパンッと一発、発砲したのである。


 瞬間、美月の身体が衝撃にぐらついて後ろに倒れそうになるのを、僕は咄嗟に腕を引っ張って支えていた。


 それと同時に、僕の背後で美月の放った弾丸がなにかに撥ね返った音が聞こえた。


 続いて、誰かが息を飲むような声が聞こえる。


「な、なんでそんなものを! お前らただの学生じゃないんか!」


 野太い、男の声だった。


 暗がりの中を、声のするほうに視線を向ける。


 そこには太った男の姿があって、尻を床に付けた状態で、後ろにあと退りながら、片手に注射器のようなものを握っていた。


 僕は記憶を手繰り、それが参加者リストにあった藤堂信之という男であることを思い出す。


 彼の手にした注射器には何らかの液体が詰められており、怪しげに光を反射していた。


「――殺人者」


 僕は震える美月の腕から手を離すと、銃口を藤堂に向け、トリガーに指をかける。


 あの注射器にいったい何の液体が入っているのか知らないけれど、恐らく油断した僕の首筋にあれを注入しようとしたのは間違いない。


 このゲームでそんなことをするってことは、十中八九、あれを刺されれば死に至るということだ。


 美月も怯えたような表情のまま、再び藤堂に向かって銃を構えた。


 僕と美月の銃口を、藤堂は恐怖に顔を引きつらせながら、首を激しく横に振って、

「ち、違う! 俺は殺人者じゃない! 銃をおろしてくれ!」


 そんなことを言われたって、信じられるはずもない。


「それなら、まずその注射器を捨ててください!」


「い、いや、これはそんな危険なものじゃなくて――」


「いいから早く!」


 僕は叫び、脅しでないことを示すべく、一発彼の足下に向かって発砲する。


 パンッ! と乾いた音共に、弾丸が床に撥ねる音が軽く聞こえた。


 我ながら、覚悟が足らない行動だと自嘲する。


 けれど、藤堂が殺人者だという確証があるわけではない。


 もしここで間違えて殺してしまえば、そもそも0である僕らのポイントはマイナスに至り、その結果として、僕らの身にどんなペナルティが課されるのかわかったものじゃない。


 確証を得るまでは、僕らの手で彼を殺すわけにはいかないのだ。


「わ、わかった! わかったから早まらないでくれ!」

 藤堂の額に汗が滲み、震える手で注射器を投げ捨てた。

「ほ、ほら、捨てたぞ! 早くその銃をしまってくれ!」


 僕と美月は彼に銃口を向けたまま、視線を交わらせる。


 美月は逡巡するように瞳を揺らし、

「ど、どうするの、悠真くん……」

 僕に決定権を委ねてくる。


 僕は藤堂に銃口を突き付けたまま、

「――藤堂さん、質問に答えてもらえますか」


「お、お前、なんで俺の名前を」


「そんなもの、リストを見ればわかるでしょ」


「あ、あぁ、確かに――」


「それより、あなたが何者か教えてください」


「な、何者かだって?」


「そうです。職業は? 年齢は?」


 藤堂は床に尻を付けたまま、じっと僕の様子を窺い見るように、

「――五十六歳、医者だ」


「この病院のことを、あなたは知っていますか?」


 瞬間、藤堂の視線がわずかに揺らぎ、

「……し、知らん! 初めてだ、こんなところは!」


 ――嘘だ。


 僕は彼の視線の動きから、そう判断する。


 藤堂はたぶん、この廃病院のことを知っている。


 確証はない。どちらかと言えば、これは直観だ。


 そしてもし彼がこの廃病院を知っているのであれば、殺人者である可能性は著しく高くなる。


「……あの注射器には、何が入っていたんですか?」


「ま、麻酔だ。ただの麻酔!」


「でも、それって量によっては命を奪うことも可能ですよね?」


「そ、それは――」

 言い淀み、さらに視線を闇に彷徨わせる藤堂。

「確かにそうだが、なにか武器になるものがないとワシが殺されてしまうだろうが! お前らだってそうだろう! その拳銃を、いったいどこで手に入れたんだ!」


「質問しているのは僕のほうです」


 僕はそんな藤堂の言葉に答える気なんてなかった。


 ここは、彼が殺人者か否かをはっきりさせなければならないのだ。


「――もう一度質問します。あなたは、本当に、この病院を知らないんですね?」


 トリガーに指を沿わせて、改めて銃口を彼の額に合わせながら、僕は訊ねた。


 藤堂は歯を食いしばり、恨めしそうな瞳を僕に向けたまま、

「……わかった、わかった! 正直に言う! だが、ワシは本当に殺人者なんかじゃない! 確かにワシはこの病院で――」


「ああああああああああぁぁあああぁぁあああああぁあぁあっ――――――――ッ!」


 突然、藤堂の言葉を遮るように、どこか遠くから甲高い悲鳴が響き渡った。


 僕らは咄嗟に背後を振り向き、銃口を藤堂から逸らせてしまう。


 僕はすぐさまそれに気づいて、慌てて身体を藤堂に戻して。


「――くそっ!」


 そこにはもう、藤堂の姿はどこにもなかった。


 ただはるか闇の中から、藤堂のものと思われる足音だけが、どこか遠くへと去っていくのが聞こえてくる。


「ゆ、悠真くん、今の悲鳴は――!」

 不安げに、僕の身体に身を寄せてくる美月に、僕は辺りを見回しながら、

「一旦、どこかに隠れよう。様子を見てから、何があったのか調べるんだ」


「……う、うん。わかった」

 美月は不安そうに、小さくこくりと頷いた。

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