第2回
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篠原さんは例の胸元の大きく開いた黒いドレスを身にまとっており、その豊満な胸の前で両手を組みながら、
「お久しぶり。と言っても、まだ一週間くらいしか経っていないけれど」
にっこりと微笑みながら、そう口にした。
僕は美月と顔を見合わせて、構えた拳銃をおろしながらほっと胸を撫で下ろした。
「……良かったです。篠原さんに会えて」
「――そう?」
篠原さんは口の端を釣り上げながら、
「それなら嬉しいわ。私も、あなたたちに会えてとても良かった」
それから辺りを見回して、
「それにしても、大きな病院よね」
ですね、と僕は頷く。
「僕、こんな大きな病院に来たのは初めてです」
「よかったじゃない。健康的な人生ってことよ」
「ですかね?」僕は軽く笑ってから、「篠原さんは?」
「私くらいの大人になると、何がしかの理由でかかったりするものよ」
「じゃぁ、僕もそのうち、かな」
「――さぁ、それはどうかしら」
冷ややかな微笑みを浮かべる篠原さんに、それはどういう意味かと訊ねようと思ったのだけれど、まるでそれを遮るように、
「そんなことより、他の参加者たちは今頃どこをさまよっているのかしらね」
案内図にその長い指を沿わせる篠原さん。
「今のところ、このプロムナードには私たちしかいないみたい。だとすると、他の人たちはこの中央棟、東棟、西棟、北棟、管理棟のどこかに潜んでいるってことになるわね」
僕もその案内図を改めて眺めながら、
「大きいとは思ってましたけど、これはなかなかですね」
中央棟と東棟、西棟はそれぞれ十階まであり、それぞれが通路で繋がっている。その三棟を取り囲むように、北棟、管理棟、プロムナードが四階までの高さがあって、プロムナードの屋上は庭園となっていた。また、中央棟と西棟は地下二階まであるようだった。
これだけ広いと、誰がどこにいるのか探すだけでも骨が折れそうだ。
この世界が殺人者の過去から形成されているものだとするならば、そいつは医療関係者か、それとも入院患者か――
いずれにせよ、この案内図をメモするか、頭に叩き込んでおく必要がありそうだ。
「さて、どこから行きますか?」
篠原さんに意見を求めると、彼女は首を傾げながら、
「あら、今度も一緒に行動するつもり?」
「……えっ?」
僕は思わず絶句する。
零士さんも高瀬もいないこの状況で、僕と美月のふたりだけでゲームに挑むのにはやはりまだ不安がある。
篠原さんの腕を頼りにしていただけに、その言葉に僕はひどく戸惑った。
「で、でも、みんなで行動したほうが――」
「必ずしも安全とは限らないでしょ? 殺人者に一網打尽にされちゃう可能性だってあるっていうのに」
「いや、でも、知恵を出し合って殺人者を早く見つけ出せば――」
「あのねぇ、佐倉くん」
篠原さんは、僕に対して嘲るような視線を寄こす。
その赤い唇を不気味に歪めながら、目を細めて、
「――私たちは、仲間ではないのよ?」
「……っ!」
僕は、その言葉に、息を飲んだ。
篠原さんの言いたいことは、わかっている。
このゲームの一番重要なところ。ある意味で、その本質。
――己の願いを叶えるために、参加者は殺人者を殺す。
或いは、殺人者はそのために参加者を皆殺しにする。
それはつまり、このゲームの参加者全員が、本質的に敵でありライバルということに他ならない。
いかに早く殺人者を見つけ出して殺すか、または参加者を皆殺しにするか。
全てはそこに帰結するのだ。
「わかっているでしょう? 私も、あなたも、そこで黙りこくっている藤原さんも、みんなみんな敵同士なのよ。慣れ合う必要なんて――ひとつもないの」
はっきりとそう言われて、僕の背中が一瞬震えた。
篠原さんの眼の冷たさ、呆れたような口調、その全てが僕を打ちのめした。
僕が最初に参加した、あの廃墟の街を舞台としたゲームで彼女が助けてくれたのは、ただの気まぐれだったということなのか、それとも――
篠原さんは動揺する僕を楽しそうに見つめてから、
「悪いけど、今回は別行動をとらせてもらうわ。頑張ってね、ふたりとも。簡単に命を落とさないことを祈っているわ。なにせ、殺人者だけが敵とは限らないのだから――ね?」
妖しげに微笑みながら僕たちに手を振ると、すたすたと管理棟のほうへと姿を消した。
僕はただ、その後ろ姿が闇に消えて見えなくなるまで、見つめることしかできなかった。
篠原さんが協力してくれない以上、僕は美月とふたりで殺人者を見つけ出して――殺さなければならないのだ。
零士さんに貰った拳銃があるとは言え、僕も美月もまだ人を殺した経験がない。
そんな僕らに、果たして――
「……ねぇ、悠真くん」
「――えっ」
はっと我に返り、僕は袖を引っ張る美月に顔を向けた。
美月は眉間に皴を寄せながら、わずかに顔色を悪くしている。
「……どうしたの?」
問えば、篠原さんの消えた闇を見つめながら、
「篠原さん、あたしたちが拳銃を持ってること、どうして何も言わなかったんだろ……?」
その瞬間、僕は思わず眼を見張る。
――そうだ。その通りだ。
篠原さんは、僕たちが拳銃を構えていたこと、手にしていたことに対してひと言も触れることはなかったのだ。
それって、もしかして、最初から僕らが拳銃を持っていることを知っていたから……?
ひとつの可能性として考えられるのは、零士さんと篠原さんの関係性だ。
篠原さんも零士さんと同じく拳銃を所持している。
ふたりがどういう知り合いなのか判らないけれど、或いは現実世界でも繋がりがあって、この拳銃を用意するのに篠原さんが関わっていることも考えられる。
それならば僕らが拳銃を手にしていることに何も疑問を感じなくてもおかしくはないだろう。
……だけど、本当にそうだという確証があるわけでもない。
「それにあの人の眼、やっぱり怖かった……」
美月が小さく口にして、袖を掴む手の力が強くなった。
僕は「怖い?」と問い返す。
美月はうんと頷いて、
「……気を付けよう、悠真くん。やっぱり、信じちゃダメだよ、あの人のこと」
「う……うん……」
僕はそんな美月に、ただ頷き返すことしかできなかった。




