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マーダーゲーム・トライアル  作者: 野村勇輔
Stage3 亡魂の病棟

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第1回

   1


 気味の悪いほどの静寂。肌を包み込むひんやりとした空気。


 どうやら今回は気を失わずにすんだようだ。


 安堵しながらゆっくりと瞼を開けば、そこに広がっていたのは病院の廊下と思しき場所だった。


 非常灯の薄ぼんやりとした灯りだけが辺りを照らし、廊下のあちらこちらに散らかった医療器具や倒れた車いすを不気味に浮かび上がらせている。


「……ここは?」


 僕はひとり言ち、ついで藤原さんの姿を探した。


「ふ、藤原さん! 大丈夫?」


 藤原さんは手にした拳銃を握ったまま、頭を抱えるようにして蹲っていた。


 今回は藤原さんも倒れることなく、この世界に転移することができたようだ。


「……う、うん。ちょっとだけ、頭がぼんやりするけど」


 ふらつきながら立ち上がろうとする藤原さんを、僕は咄嗟に支えてあげる。


「ありがと、ごめんね」

 それから藤原さんも辺りを見回し、

「ここは――廃病院、かな?」


「たぶん、そうだと思う。今でもやってますって感じは全然ないね」


 廃屋ほど荒れてはいないが、天井や床が崩れている様子もない。鼻をつく消毒液の匂いは、どこか古びていて、この場所が長い間放置されていたことを物語っていた。非常灯の薄明かりを反射するリノリウムの床にはうっすらと埃がたまっており、よくよく見れば、人が歩いたような足跡が見てとることができた。


 ――足跡。そう、人の足跡だ。


 僕はスマホを取り出し、今回の参加者をチェックする。


 佐倉悠真、藤原美月、そして他の参加者五人の名前と写真が並んだその最後に――篠原梨花。総勢八人。


 零士さんと高瀬の名前がないことに不安を覚えたが、篠原さんがいることにわずかな希望を僕は見出す。


 それはもちろん、篠原さんが殺人者でないことを前提としたものだけれども。


 藤原さんも、僕のスマホ画面を横から覗き込みながら、

「……篠原さん以外、知らない人ばっかり」


「僕もだ」


 このひっそりとした廃病院のどこかに、彼ら彼女らが潜んでいる。


 僕は手にしていたバックパックから拳銃を取り出すと装弾を確認する。


 つい昨日、二回目のゲームに参加したばかりだというのに、まさかこんなに早く三回目が訪れるとは思いもよらなかった。


 逆に言えば、あの二回目で零士さんからこの拳銃――Glock 17を受け取ることができて良かったとも安堵した。


 少なくとも、武器となるものがある。それだけで心の支えとなるのだった。


 そんな僕の様子に、藤原さんはわずかばかり戸惑うように、

「ゆ、悠真くん、ずいぶん慣れた手つきだね……」


「え? あぁ、零士さんから簡単に扱い方を教わって練習したからね」


 慣れている、というほどじゃない。生き抜くために必要だから、頭と体に叩きこんだ、そんな感じでしかない。


 藤原さんも、手にしたGlock 19を不安そうに見つめながら、

「あたしに使えるのかな、これ……」


「大丈夫、そんなに難しくないから」僕は藤原さんに、簡単にその扱い方を説明してから、「ただ、反動にだけは気をつけて。しっかりと狙いを定めて、衝撃に持って行かれないように足をなるべく踏ん張って撃つんだ」


「う、うん……」


 僕は改めてバックパックを担ぎ直すと、長い廊下のどちらを行こうか考える。


 今はとにかく、この病院と思しき棟内の見取り図が欲しかった。


 壁に向かって右に目をやれば薄暗い闇が延々と続いているように見え、左に顔を向ければ少し先に開けた場所と思しき光の反射が見えた。


 こうしてみると、かなり大きな病院のようだ。たぶん、どこかの総合病院といったところではないだろうか。


「行こう、藤原さん。僕から離れないで」


 藤原さんはこくりと小さく頷いてから、

「――美月でいいよ、悠真くん」


「うん?」


 突然そんなことを言われて、僕は思わず首を傾げる。


「あたしのこと、下の名前で呼んでくれる? その方が呼びやすいでしょ?」


 た、確かにそのほうが短くて言いやすいけれど――なんだかそわそわしてしまう。


 女の子を下の名前で呼んだことなんて、実のところ一度もないのだ。


「わ、わかった――美月」


「うん」

 美月はこくりと頷いた。


「じゃぁ、行こう、美月」


「……どっちに行く?」


「とりあえず、全体の見取り図が欲しい。もしかしたら他の参加者も同じことを考えて、そこに集まってるかも知れないから」


「……殺人者が、待ち伏せとかしてないかな?」


「その可能性もあると思う。だから、十分気を付けて行こう」


 頷く美月と視線を交わし、僕は開けた場所の方へと足を向けた。


 いつでも発砲できるようにトリガーには指をかけたまま、背中に美月の気配を感じながら、僕は一歩、また一歩進んでいく。


 聞こえてくるのは僕と美月の幽かな足音。呼吸音や心臓の音すら壁に反響してしまいそうなほどの静けさのなか、僕らはエントランスと思しき場所に出た。


 誰も座っていない椅子がいくつも並び、横にのびる受付のカウンターがいかにも悲し気にそこにはあった。


 片隅に見えるのは調剤薬の受け取り窓口だろうか。


 出入り口の大きな自動ドアはぴったりと締めきられており、前に立っても開かなかった。


「――悠真くん、あそこ」


 美月が指さす方に顔を向ければ、そこには棟内の案内図が大きな柱に掲げられていた。


 僕らは警戒しながら案内図のところまで歩みを進める。


「……これは、なかなか大きいね」


 思わず口にすると、美月は「そうだね」と同意して、

「中央棟、東棟、西棟、北棟、管理棟。それから、プロムナード……?」


「僕らのいるここが――」


「――プロムナードね」


「――ひぃっ!」

「――うわぁっ!」


 すぐ後ろから声がして、僕も美月も思わず悲鳴をあげてあと退った。


 互いに拳銃を構え、声の聞こえた方に銃口を向ける。


「……大丈夫よ。慌てないで、ふたりとも」


 おかしそうににやりと笑んだ篠原さんの姿が、そこにはあった。

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